沈黙することは賢い、だから僕は沈黙しない(2010/08作)

 8月の、とある原子野を歩く私。

「ねえ、夏休みの宿題やってる?」

 それは、ヒロシマ・ナガサキの時とは全く違う思想で作られた、新型の原子爆弾らしい。

「いまやってるのは夏休みの自由研究さ。この写真を見てごらん。体中の皮膚がむけて、赤くただれてるだろ。彼女は中学生の女の子でね、初めての恋文をまだ渡せずにいるんだ」

 再びメールが届いた。

「恋文を渡す予定にしてる、相手の男の子は無事だったの?」

「ああ、彼は無事さ。裏山の鉱山で、ウラン鉱石の採掘に動員されていたからね」

「よかった。早く彼女のこと抱き締めてあげて。きっと、すごく怖がってるから」

 私は裏山へ彼を捜しに行った。

「村井Aくん! どこにいますか!」

 赤く燃える街を、無言で見つめる男子生徒たち。

「同じクラスの坂本清子さんから手紙を預かってきたんです!」

「おい! キヨちゃんがどうしたって!」

 私は、駆け寄ってきた村井Aに坂本清子の恋文を渡した。

「どうしてこんなときに」と村井Aは言いながら、手紙を開いた。「そんな……、俺、嫌われてると思ってたのに」

 村井Aは読んだ手紙をギュッと握り締めると、鉱山の斜面を転がるように駆けて行った。

「で、そのあと二人はどうなったの?」

 坂本清子は数時間後に息を引き取った。村井Aは被爆の後遺症に苦しみながらも、79年の人生を生きた。

 村井氏は晩年に記した自伝の中でこう述べている。

「幼馴染みだったキヨちゃんの変わり果てた姿を目にしたとき、私は彼女に近寄ることすら出来ませんでした。彼女はもう人間の姿をしていません。まるで地獄の使者か、さもなくば、新しい神か……」

 私の自由研究はすでに5千ページを超えていた。ヒロシマ・ナガサキの原爆と酷似している、この新型爆弾の意味とは何だ?

「坂本清子は普通の女の子よ」

「分かってる」

「この戦争を止めて」

「それは出来ない」


 ♪おもく重なった アキバの空の下 人刺して わが子密室で 餓死させて 毎日の テレビ画面のあちらとこちら


「歌?」


 ♪息とめて 痛み閉じ込めて 死にたくなったら 一人で死ねっていうキモい戦争


「もうやめて下さい」

 坂本清子が私の手をそっと握った。

「手紙、届けてくれてありがとう」

 目の前には、緑の草原がどこまでも広がっている。

「ここは?」

「原子爆弾の故郷です」

 誰もいない草原を、夏風が吹き抜ける。

「彼らを、故郷へ帰します」

「彼ら?」

 メールが届いた。

「P.S. また、学校でね」

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