できるだけ素っ気なく、でも優しさを忘れずに(2010/06作)

 寒かった。

 男はピストルを動物に向けながら、私の質問に答えた。

「つまりやつらが、無抵抗だからさ」

 男は動物を撃った。

「生きたければ、抵抗するしかない」

「では、抵抗する手段がない場合は?」

「知らんよ」

 私は自分のピストルを取り出した。

「俺を撃つ気か?」

「ええ」

「撃てよ」

 私は男を撃った。

「意外と痛みはないぜ、でも……」


 私は動物園を出ると路面電車に飛び乗った。

「次の駅は、論理の痛み、論理の痛みと、言葉と詩と恋……」

 向かいの席に腰かけているミニスカートの女子高校生が、太股をあげて足を組み直した。

「えー次は、非論理の快楽、非論理の快楽と、物語と夢と恋……」

 私の隣りに座っていた中学生の男子は、携帯電話のカメラで女子高校生の太股を撮っている。

「えー携帯電話のご使用は、適切に、適切に」

 女子高校生は中学生の視線に気付くと、はだけたミニスカートをさっと直した。

「えー次は、音楽広場、音楽広場でございます」

 私は壁の降車ボタンをピンポンパンと鳴らした。

「ああそっか!」

 私は気付いた。

「論理的な人間存在の一つの帰結としての恋とは生命存在の中へ閉じ込められる永遠に対する抵抗である!」

 私は女子高校生と中学生の手を引っ張って、ピンポンポンと電車を降りた。

「もおっ! なにすんのよ!」

「つまりセックスとは生命に対する挑戦なんです!」

「ぜんぜん、意味わかんないんだけど!」


 広場へ入って行くと、陽気なバイオリン弾きが私たちをエスコートした。

「人殺しと生徒たち、そろってご来場でーす!」

 広場に集う人々から拍手と歓声が上がった。

「よっ、待ってました!」

「好きよ! あたしも殺して!」

 群衆の中から、一人の男が私に声をかけてきた。

「よう、また会ったな」

 あの動物殺しの男だ。

「やっぱり、あのままでは死にきれなくてね」

 男は一本の指揮棒を私に投げた。

「早く舞台に上がれよ。皆お待ちかねだぜ」

 群衆は二つに分かれて道を作り、私たちを舞台へ誘った。

「さてさて、指揮者の殺人ナルシストさんが到着しましたよ!」

 マイクを持った司会者が、待ち構えていたように喋りはじめた。

「高校生と中学生は素敵な歌を、そして演奏は25世紀交響楽団でお届けします」

 指揮棒の先端に止まった砂粒ほどの虫が、透明な羽を天に向け広げた。

「曲は交響詩できるだけ素っ気なく、でも優しさを忘れずに。どうぞ!」

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