世界の死(2008/12作)
夢を見る機械というものがある。ひどく年代物の機械で、見た目や大きさは食パンを縦に入れて焼くトースターに似ている。機械の側面には赤と緑のランプがぽつんぽつんと並んでいて、まるで左右色違いの目を持ったロボットの顔のようにも見える。
「そんなもので、本当に夢なんか見られるの?」と彼女は言った。ソファーに寝そべって煙草を吹かしながら、テーブルの上に置かれたその奇妙な機械を退屈そうに眺めている。
「人間が夢を見るための機械じゃないよ」と僕は彼女に言った。「機械が勝手に夢を見るのさ」
「それって、なんの意味があるの?」
「さあね」
彼女はあきれたように溜め息を漏らすと新しいタバコに火を点けた。
僕は機械の底からだらしなく伸びている、干からびた蛇のような電気コードを部屋の電源プラグに差し込んだ。何が起こるかしばらく眺めていたが、機械はまるで死体のようにじっと黙りこくっているばかりだった。
彼女はいつの間にか、ソファーに深く埋もれながら寝息をたてていた。世界の死にふさわしい、穏やかな昼下がりだった。ある人は世界がまさに死につつあると言い、またある人はすでに世界は死んだと宣言していた。世界に死があるということが発見されたのはもうずいぶん昔のことだったような気がするが、死の議論を続けている人間はまだいるのだろうか?
僕はお洒落なコンドームの箱に似た煙草ケースから、彼女の煙草を一本抜き取って火を点けた。
そういえばこの間、彼女は僕の名前をもう思い出せないと言っていた。なので僕は気にしなくていいと彼女に言った。それはきっと世界の死に原因があって、じつは僕も君の名前が思い出せないんだと。
「だけどお互いに名前を知らないって、なんだか素敵ね」と彼女は言った。「まるで森の奥に棲むリスみたい」
「リス?」
「だって森の奥に棲むリスに、名前なんてないでしょ? だけど好きな相手のことはちゃんと知ってるの。匂いも、仕草も、秘密も」
「リスに秘密なんてあるのかな?」
「誰にだって秘密くらいあるわ」
僕はそんなことを思い出しながら床に寝転んだ。なんだか、やけに眠たくてしょうがなかった。彼女は氷のようによく眠っている。このまま千年でも眠り続けることができそうな気がした。
「森に棲むリスは、冬眠するんだっけ?」
そのときだった。
夢を見る機械はゆっくりと作動を始めた。
世界に、死が訪れた瞬間だった。
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