短編集

euReka

夢の中(2008/11作)

 真夜中、電話のベルが狂ったように鳴った。200回ほどベルが鳴ったところで、僕は目をこすりながら電話に出た。

「ついさっき夢の中で会った者だが」と電話の向こうから男の声は言った。「あんた、どうして俺のこと殴ったんだ? 酷いじゃないか!」

 僕は男が何を言いたいのかよく分からなかったが、もう一度同じ言葉を聞き直すのも面倒だと思った。

「多分、人違いだね」と僕は言った。「僕は誰も殴ってないし、ここ半年夢は見ていない。失礼する」

 僕は受話器を置いてベッドにもぐりこんだ。

 しかし5分ほどするとまた電話が鳴った。僕は目を閉じたまま受話器を取って耳に当てた。すると今度は女の声が聞こえた。

「さっき夢の中で会った女だけど、明日、あなた暇かしら」

「悪いけど、君たちのゲームには付き合ってられないんだ」と僕は真夜中の受話器に向かって言った。「せいぜい、いい夢でも見てくれ」

 電話を切ると、僕は朝まで眠った。


 次の日、僕は目が覚めると仕事へ出かけた。仕事をしながら僕は昨夜のことを少し思い出したが、仕事が終わる頃になるとすっかり忘れていた。会社を出ると空に夕やけが広がっていた。家へ帰ろうと歩きだすと、急に誰かが僕の腕を掴んだ。

「昨夜の電話、覚えてるよな?」とその男はもう片方の手に拳銃を握りながら言った。「俺は、あんたがどうしても気に入らないんだ。ちょっと付き合ってもらおうか」

 僕は背中に拳銃を押し当てられたまま路地裏へと連れて行かれた。薄暗い路地裏でゴミをあさっている野良犬を見つけると、男は足で蹴飛ばして追い払った。

「さあ止まるんだ!」と男は僕に言った。「そのまま動くなよ。また、夢で会おうぜ」

 男が黙った瞬間、路地裏に銃声が響いた。男は拳銃を手に持ったまま力なく地面に倒れた。男の背後には、煙の立つ拳銃を構えた女の姿が見えた。

「危なかったわね」と女は笑顔で言った。「早く逃げましょう。見つかると厄介だわ」

 僕と女は路地裏を出ると、まるでデートでもしているように夕暮れの街を歩いた。

「あなたって勝手よ」と女は僕の隣を歩きながら言った。「夢の中の出来事をすぐに忘れてしまうんだもの」

 僕は、夢の中で何があったのか女に尋ねた。

 すると女は言った。「教えない。知っても意味がないわ。あなたは忘れたいから忘れたの、ただそれだけのことよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る