第117話 百番手のちから


同刻

ゴルトラ洞穴門


              ――中心部より手前





「――コレですか?」


 とは白い女。カストリックの物珍しげな視線に目ざとく気付いたらしく、愛しげに右手を添え、頭頂に王冠似の装飾を施す特徴的な棒武具を掲げてみせる。


「先ほど話に出ました『漂着物』に『万年筆』と名付けられた筆記用具がありまして。コレはその特大版――奉納用に製作された大判書物に書き込むための逸品モノですの」

「「「……?!」」」


 それが筆記用具?

 もはや武器にしか見えない巨大さに皆が驚愕するのを感じ取ったのだろう。白い女は嬉しげに、そして誇らしさもこめて語り続ける。


「そも『万年筆』については、これまで帝国貴族が愛用していたハーピー製の羽ペンよりも丈夫で使い心地がよいともっぱらの評判で。

 当然ながら岩窟族ドワーフによって特別に複製されたこの『金剛』もまた、彼らの地でしか採掘されない希少鉱物を用いることでその風合いと手触りは極上のものとなり、下腹部をしびれさせるほどの太さと頑強さに至ってはヘタな武具など足下にも及ばず。思わず護身用にと拝借してしまいました」


 赤い舌をちらと見せ、白い女は目を細めて光沢のある長棒に頬ずりする。それをしかめっ面で「貸した覚えはないがな」とツッコむ老人。


「勝手に持ち出すなと何度も言っておるのに」

「ですが使用許可はきちんともらってます。どこで使うかくらい、使用者である私の自由では?」

「そこは“常識の範囲”だろ?! 漂着物はオーバー・テクノロジーの産物だから、学園から持ち出さないのが常識。暗黙の了解というものだろぉ?!」


 ツバ飛ばし人差し指を何度も突きつける老人に白い女は眉をひそめて反論する。


「常識? 暗黙の了解? そんな不明瞭な規定を書記官として鵜呑みにするわけにはいきません」

「なに胸張って云っとる? おまえの云っとることは正論でも何でもないっ。いくら凜々しい顔で尤もらしい理屈をこね回しても、詭弁は詭弁。いけないことはいけないんじゃからな!!」

「……あら、イケナイコトお好きなくせに」

「――っ」 


 思わぬカウンターに、のけぞりすぎて後頭部を打ち付ける老人。当の白い女は何もなかったようにカストリックに向かってそっと笑みを浮かべる。


「では、続きをいたしますか」

「……」


 やりにくい。

 唇をへの字に結ぶ騎士長の表情が雄弁に語る。

 カストリックとしては、モチベーション高く本気で仕掛けなければ、老人に痛い目をみさせることなど叶わないという見立て。それほどの相手と思っての、全力戦闘を挑んでいるわけであるが。


「さあ、いたしましょ――?」

「……っ」


 白い女が右足を万年筆に絡めるようにして前へ出る。一瞬、ちらと見える生白いもも。

 わざとだ――。

 そんなあざとい・・・・間の詰め方が、歩法術というものがどこにある?

 だが女の口端に浮かぶ笑みは自然で清らか、媚びる意など皆無。

 

「……っ」


 カストリックは己の邪念を責め、振り払うように激しく首を振る。

 悪いのは未熟な自分。

 悪いのは男の本能と。

 そんなカストリックの葛藤など知らぬげに。


「どうしました?」


 今度は左の足をからめて進む白い女。

 次も右。

 また左。

 愛しげに細指を棒部ですべらせ、生足を白蛇のようにまとわりつかせ、豊かな胸が果実のように筆の幹にて生る。

 その仕草はどうにも思わせぶりで、どうあっても男の邪念を誘発し、なんとか戦意を高めようとするカストリックをさらに動揺させる。


「まだですの?」

「……」

「それとも、焦らしがお好き?」

「……っ」


 この下品な言葉のチョイスも何とかならんのか。

 剣を握り込んだまま、額にびっしりと汗を浮かべて立ち尽くすだけのカストリックに、女は言葉でも詰めてくる。


「その気で襲ってきたのはそちら。だからどうぞと私は応じただけ。なのに、ためらうと?」

「待て、そうではなく」


 カストリックらしくなく必死さを滲ませながら、手を振って。


「こらしめたいのは、そちらの老人であって書記官殿ではない」


 そうカストリックが本音を告げれば、


「いやです」

「は?」


 思わぬ返事にカストリックの目が点になる。

 冗談じゃないと白い女。


「あんなシワくちゃとでなく、私で満足なさい」

「だから貴女では」

「フノーなので?」

「は?」

「いけません。乙女を目の前にしたら奮起するのが男の務め。その剣なら、きっとコレの耐久限界を見極めさせてくれるはず。それをさぐらずして半端に終わらせることがあってよろしいと?」

「~~っ」


 ああ、まぎらわしい!

 もういったい今は何の話をしているのかと、様々な感情を顔面に表出させるカストリック。

 そんな彼の気苦労など知らぬげに、白い女は「もちろんよろしくありません」と首を振る。その所作さえも美しく。


「せっかくお借りしたこの金剛。黒光りするほどにしっかりと使い込み、制作者に改善点をフィードバックさせるのも使用者の責務。私そう思っておりますの。だから殴って殴って殴って殴って……たっぷりと殴り合いましょう」

「……っ」


 楚々と微笑んで、どこか切なげに万年筆に頬ずりしながら近づいてくる白い女にあのカストリックが後退る。

 そこへなぜか顔を紅潮させたモーフィアが、「カストリック様っ」と叫んで割って入る。


「カストリック様っ。そのイロボケ女は、私が相手になります!!!!」

「いや――」


 戸惑うカストリックに、


「あしからずっっ」


 鼻息荒く会話をシャットダウンさせたモーフィアが、白い女を睨み付ける。


「では、そういうことで!!」

「あら」

「であれば、ワシもひと肌脱ぐとしよう」


 同じく颯爽と白い女の前にしゃしゃり出てきたのは、もうひとりのイロボケ――ジョイオミナ老。


「なんでよ?!」

「そうしたいからじゃ」


 嫌悪を隠さぬモーフィアに老人はキメ顔で返す。それを「邪魔です」と無感情に金剛万年筆のひと振りで薙ぎ払う白い女。

 一瞬で消し飛ぶ老人に続いて。


「貴女も」

「え?」


 老人と一緒にされたショックとあまりのスピードに反応できないモーフィア。

 不思議と脇腹に衝撃はなく、それでいて強烈な一撃によって気付けば真横に吹き飛ばされていた。それを二メートルと飛ばずに誰かに抱き留められる。


「大丈夫か?」

「……カ、カストリック様?」


 まだ状況が掴めないモーフィアの肩に置かれた力強い手。そこから広がる温かさに安堵を覚える彼女に白い女の無機質な視線が向けられる。


「邪魔を排除したつもりですが」

「余計なマネだ」


 そう返すのはカストリック。


「はじめから部下の手を借りるつもりはなかった」

「え……?」


 上官の言葉にモーフィアは目をみはる。余計なマネをしたのは自分であったのかと。そのショックを察したようにカストリックが告げる。


「接近戦では分が悪い」

「!」

「ここは任せておけ」

「……っ」


 誤解と知って顔をゆがませるモーフィア。

 たとえ真意を説かれても、役に立てない事実に結局モーフィアの気持ちが晴れることはない。いや、ここで素直に引き下がれるかと顔を引き締めて。

 

「これは別に名誉を賭けた戦いじゃありません。ふたりで共闘すれば――」

「悪いが足手まといだ」


 きっぱりと拒絶するカストリック。

 「もうその辺で」とは白い女。

 誰のせいで揉めてると憎々しげにモーフィアの視線が向けられたときには、再び金剛万年筆による横殴りの一撃が迫っていた。



 ――――ガイッ



 咄嗟に受けたカストリックが押されて片手を添え直し、モーフィアを抱え込む形のまま宙に浮かされる。


「ぐぅ!」

「……っ」


 体勢が悪すぎて倒れ込むふたり。

 迫る白い女。


「いつまでもジャれてると死にますよ?」


 金剛万年筆を振り上げる視線はモーフィアの方。

 この女であれば、テストのために騎士長を本気にさせようとしてモーフィアの命を奪ってもおかしくない。そう思わせる彼女の何かが欠落した表情。



「くっ」

 ――!!



 剣を持つ腕はモーフィアの下敷き。

 間に合わないと悟ったカストリックが左腕を翳そうとした時、何かが白い女に投げつけられた。

 白い女が慌てず万年筆で弾く。

 さらに投げつけられるモノに対し、白い女がどこからか取り出し広げてみせるのは、真新しい大判の羊皮紙だ。



 ?!



 そこに飛翔物がぶつかった瞬間、消え失せた。

 何が起きたと考える間もなく、羊皮紙を掲げる白い女のカラダがブレ――四度まばたきする間に小刻みに位置を変え、投げつけられたすべてを羊皮紙の盾で受けきっていた。


 気付けば女の足下には何枚もの羊皮紙が転がっている。おそらく捨てては新品を取り出す行為を繰り替えした結果なのだろう。


 確かに結果を見れば――白い女が掲げる羊皮紙に生き物と思しきカラダの一部が描かれていれば――彼女が何をしたか、およその見当は付けられる。



 事実、彼女が使った巻物に記された術式は『封緘の魔術』の上位互換。

 『星幽界の茨檻アストラル・ケージ・オブ・ソーン』と呼ばれる第5階梯の遺失魔術。

 魔術や精霊術などの術だけでなく、現物すら異界の檻に閉じ込める結界魔術のひとつである。



 ただし、そのような魔術の存在すら知らないモーフィア達からすれば、驚くべき効果の巻物であり、そんな超級アイテムを景気よく使ってみせる老人と女のコンビに一体どれだけの数を所持しているのかと怖れさえ抱く。

 おそらく持ち歩いている財産価値だけでも“歩く国家予算”と評することが相応しく、『蒐集家』バルデアも色褪せる異常さだ。


「ご挨拶ですね」


 羊皮紙を丸めて懐に収める白い女が、洞穴の奥を見ながらクレームを付ける。


「――それとも、回収・・にご協力いただいたと好意的に受け止めるべきでしょうか?」

「別に。礼には及ばぬ」


 奥より現れたのは冷貌の士。

 ツキノジョウと呼ばれる魔境士族の武人。

 彼がバラした奇人の五体を鉄棍で弾き飛ばしていたと知るのは白い女のみ。さらにいえば、この中で最も厄介な相手が彼であるとも感じ取っていた。だからこそ。


「どうやら、『金剛』の相手に相応しいのはあなたのようですね」

「――」


 視線を自分に向けてくる白い女を無視して、月ノ丞はあるじに問う。


「若?」


 どうするかと。

 諏訪の侍は女子供に手は挙げぬが、敵として襲いくるとなれば別。

 おそらく状況の仔細までは掴んでいない月ノ丞としては判断をあるじに託すのが適切であったろう。


「……」


 託された弦矢は悩ましげに腕を組む。

 彼からすればどうにも憎めぬ相手であり、また故郷に帰るための貴重な情報源でもある。敵対したくないというのが本音であろう。

 だが悩む時は短く、


「手合わせと思え」


 そう答える。


「今は『送迎団』にある身。私事を殺し長の命に従わねばならん。とにかく、おふたりを無力化すればよい」


 ただそれは、“言うは易し”の典型だ。

 それでも受けて月ノ丞。

 軽く頭を下げ、白い女に向き直る。


「――あら」


 月ノ丞の構えに何かを察した白い女。

 「ヨルデ」と背後から声を掛けてくる老人も同様の何かを感じ取ったらしい。それでもどこか愉しげな調子で告げる。


「そいつ、やるぞ・・・

「ええ。百番手くらい・・・・・・ですか」


 白い女の方も変わらぬ穏やかな口調で月ノ丞を値踏みする。

 番手とはそういう意味か?

 どれほど積み上げた対戦経験が言わしめるのか、一見して月ノ丞ほどの武人を“百位”と位置づけた彼女の実力、その目利き。

 説明されずとも察した弦矢の目を細めさせた心外なる評価を、月ノ丞は冷厳な表情で聞き流し、ゆるりと歩を進めた。

 感情の揺らぎが一切無い、自然な一歩。

 そして二歩と。




 ――――っ




 まだ十歩もあるところで、白い女が金剛万年筆を全力で振り切っていた。

 気が逸ったのではない。彼女にしか分からぬ反応領域で、目の前に月ノ丞が踏み込んできたと察知したからだ。


「?!」


 しかし彼女が眉をひそめたのは、それが空振りに終わったと知ったため。


 殴りつけた人影が霞と消え、反射的に振り返る彼女の目に、当の月ノ丞は老人の下に迫っていた。


「ほ。ここまでなら・・・・・・八十七番手」


 変わらぬ呑気さで評定する老人が、ここまで来れた礼賛を示すように法衣の上着を片広げてみせる。

 その内張に刺繍された色鮮やかな動物たち。うち青刺繍の小鳥たちが輝くと同時にぷくりと浮き上がり、生を受け、現実世界に飛びだしてきた!




 それは表層の魔術法衣『小暗天の七星座ゾディアック・オブ・ブラックカーテン』が繰り出す攻撃刺繍の秘術。

 法衣の内張は星幽界とのつながりを持ち、そこに漂う七種いる動物の魂を術士の意のままにタイムラグ無しで喚び出すことを可能とする。

 この動物は精霊との結びつき強く、それぞれが炎や氷などの属性があり、それもまた攻撃に適した術として重宝される理由でもあった。ために。




 氷霧を散らす三羽のツバメが空気を裂く!!



 対して右にステップし、氷の刃と化した二羽を避ける月ノ丞。

 避けると同時に残りの一羽へ鉄棍を叩きつける。

 なのに。


「……ぐっ」

 

 なんと砕いたはずのツバメが鉄棍をすり抜け、月ノ丞の右胸に嘴を矢にして食い込んでいた。

 ただし問題はその刺し傷じゃない。

 傷口から激烈な冷気がカラダに染み入り、痛みに耐性のある彼に呻きをもらさせる。しかも傷口からビシビシと凍り付きはじめる追加の状態異常。

 それでも月ノ丞に焦りはなく、素手でツバメを鷲掴むや鋭く息吹いた。


 片桐流『想練』の極意。


 対妖術に使えるのではと火矢の実体験がある万雷から聞かされていた推測が脳裏を過ぎり、彼は咄嗟に試してみたのだ。驚くべき戦闘センス。

 そして結果は――是。

 パッと霧のように無数の氷片を散らして幻夢のごときツバメがかき消える。

 

「なんと」


 目を丸くする老人は、むしろ嬉しげに、すでに用意済みの次なる手を打ってくる。


 それは老人の腰元に現れていた幾つもの光点。


 目を凝らせば、老人に重なるようにして佇む魔術師の幻影が――中層の魔術法衣『星幽の魔術師ドッペルゲンガー』の唱えた『心霊の矢』が、至近距離で一斉に放たれる――否。



「ぅお!」



 射出寸前で老人の法衣に叩き込まれる鉄の棍。

 タイムラグなしで魔術を叩き込む、術士の常識を覆した老人の“速撃戦法”を月ノ丞はスピード勝負で凌駕する。


 ただし光点の消滅は、ダメージのせいではない。


 鉄棍に横から叩き出されたように老人の幻影が、あるいは霊魂のようなものが脇にズレ現れ、おそらくそれが原因で魔力の保持を断ち切られた。


 そこまではいい。


 驚くべきは、その幽体離脱というか分身現象が、夢の中の出来事のように、時計回りに12時の位置まで連続で起きたこと。 

 そうかと思えば、今度は目の前の老人が次々と消えてゆき、12時の位置で――逆さ宙吊りにでもされたような態勢の老人がそこで実体化する。


 おそらくは無傷で。


 つまり、その驚くべき防御魔術を発動させるために老人自ら・・・・『魔術の矢』を中断させたに違いなかった。


「――」



 この奇想天外な回避術にさすがの月ノ丞も呆気にとられる。

 もちろん、他の者たちも。

 その一瞬の隙を老人は逃さず手を伸ばす。 


「ほい、終わりだ」

「!」

 

 額に触れられた月ノ丞のカラダがかすかに身震いした。手のひらから伝わる異様な波動に彼は何を感じ取ったのか。その刹那。




「乎ぁ!!」




 彼にしては珍しき裂帛の気合い。

 空気の破裂する渇いた音が月ノ丞の額より鳴り響く。

 それは魔力と氣のぶつかりあい。

 そのせめぎ合いは一瞬で瓦解、弾きあう。


 破裂音ともに飛び散る血。


 額から流血しつつも踏み止まる月ノ丞に対し、手のひらを血塗れにした逆しまの老人が、為す術なく落下をはじめ、今度は守勢に立たされる。

 そこへ容赦のない月ノ丞による二連突き。



 ――ギ、

  ――ギ



 合間に襲いくる背後からの金剛万年筆を月ノ丞は難なく躱して、さらに迎撃。その反動を利用するように、落下を続ける正面の老人へ新たな突きを叩き込む。

 正面の老人と背後の白い女を相手に。



 ゴ、

   キ、

 キャ、

     キ、

  ガッ



 月ノ丞の信じがたい速撃に老人はいつの間にか真剣そのもの。

 しかし、わずかも劣ることなく装飾杖の打撃で渡り合い、白い女もこれまでに比べ三段階は飛び越えたスピード領域で万年筆を唸らせる。

 その短い均衡は一瞬で崩れ去る。

 宙で身をひねり片膝つく老人の頭部を月ノ丞が鉄棍で狙い、受けようとする老人の左手が棍に触れた途端、月ノ丞が倒されていた・・・・・・・・・・


 正しくは、その構図絵を反転させたようにふたり・・・の態勢が・・・・入れ替わった・・・・・・と云うべきか。


 だから叩きつけられた衝撃もなければ、感覚も月ノ丞にはない。気付けば仰向けに倒れていただけの話。

 ただし、老人と白い女を相手にそれは圧倒的不利な体勢となる。



「決まり、じゃ――なぁ?!」



 自慢げに留めを差そうとした老人の顔が歪んだ。

 話す途中でクイとひねられた棍を何気なく握らされ、その瞬間にカラダが勝手に横回転し、それでも反射的に着地しようとしたところをさらにズラされていた。

 無様に転がり尻餅をつかされる老人。


「?!」


 さすがに何があったかと目を丸くし、白い女も思わずぽかんと開けた口に手をあてる。



「……いやいや、ほんに……」



 不思議とダメージはなかったらしい。

 身軽に飛び起き、法衣のほこりをポンポンと払う老人。その顔には相手を舐めていた驕りはどこにもない。

 「これであいこ・・・だ」と起き上がった月ノ丞も神妙な顔つきに変わっている。その理由は次のセリフにあるようだ。


「……地に背を着けるは久しぶりだ」

「そうか。ワシは初めてだわい」


 戦いでは、と。

 そして両手を突き出し、またしても評定する。


「三十番手」


 「……それでも、か?」と弦矢の呟きを聞き咎めたのか、


「雲上人というが、その領域は奥深い。そこに至った者同士の戦う事例はあまりに少なく、運良く立会人がいても同じレベルでなければ客観的に評価するなど不可能。

 実質、順位付けなどできるはずもなく、故に誰もが横一列の三十番手になる」

「大陸は広いですから。三十人とはおおよその数。実数を知る者などおりません。それでもセンセイに認められるのは、本当に凄いことですよ」


 あまり実感のこもらぬ白い女の褒め言葉に、


「まあ、云うてもワシは本気ではなかったがの」


 遊びよ遊びと白髭をしごく老人。


「あら」

「ほんとじゃもん」

「いえ、それならこちらの殿方も、殺す気はなかったかと」

「……」

 

 云われてひどくシブイ顔になる老人。

 ぷいと顔を反らし「ワシ帰る」と。


「みやげはもらったのだろ?」

「はい。もはや争う理由はありませんね」


 それなら、もっとはじめの方で止められたのではと眉間にシワを寄せるモーフィアだった。

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