第98話 辺境伯の一手

その夜

ヴァインヘッセ城

     小広間――



 領都を囲う山地の西向こうに陽が沈んですぐ。

 ベルズ辺境伯が姿を現すと全員が揃えたように席を立ち主を厳粛な面持ちで迎え入れた。

 辺境伯が片手を上げて着座を促し、自身も上座の席に腰を落ち着ける。ただそれだけで、欠けていた何かがようやく収まったような落ち着きが場に生まれ、臨席者達の顔つきを変える。

 身が引き締められる空気に懐かしさを感じて。

 それほどに――ここ十年近く霞ゆくだけであった辺境伯の身内に今や火が灯り、紫斑すら目立つ相貌にも関わらず、精気に満ちた眼光がその存在感を際立たせていた。


 帰ってきたのだ――そう歓喜に奮える臣下は少なくない。


 事務方で唯一出席を認められた主席執政官もまた、感慨深げな眼で主を見つめてしばし――軽い咳払いで取り繕い、おもむろに口上を切る。そこに政治屋らしい冗長的な言い回しはなく、辺境らしい率直さで以て本題にずばりと切り込む。


「事前にお伝えしたとおり、先ほど監察官から伝書鳩による報せが届きました。これからその内容について端的にご報告させていただきます」


 それが伝書鳩に括り付けられていた現物か、手にした小さな巻紙を器用に伸ばしながら、主席執政官は歯切れの良い口調で読み上げる。


「“獲物は狙い通り”。されど“獣の群れは腹を満たせず”。続けて“二匹目の獲物に尻を噛まれる”――以上です」


 短い伝文は二度読み上げられたが、場の空気に特別な変化はみられなかった。

 無論、理解できなかったからではない。

 確かに聞いた限りでは、特別どうということのない文面であったが、内情を知る彼らからすれば重要な情報がきっちり記されていた。


 策の失敗・・・・という歓迎されざる事実が。


 それでも臨席者達に動じる素振りはなく、予想の範囲内であったことを窺わせる。最初に口を開いた辺境伯にも特別な感慨は感じられなかった。


「……“二匹目の獲物”か。あちらもそれなりの準備はしてきたわけだ」

「問題は奇襲を受けた・・・・・・下りだな」


 そう呟くのは辺境伯の長子であり『俗物軍団グレムリン』の団長たるオーネスト。


「あの樹林帯を囲む急斜面は、生半な体術で下り立てるものではない。それも噂の『調教闘士バトル・テイマー』に気付かれずとなれば、よほどの手練れに奇襲されたと捉えるべきだろう」

「そういう意味では、良い提案を受けたということになりますか。敵の手がひとつ明るみになったということで」


 オーネストに隣席する副団長のフォルムが含みのある感想を述べれば、自然と皆の注意がテーブルの下座よりさらに離れた位置へと向けられる。

 そこに慎ましく一人佇んでいるのは、フードを目深に被り卑屈なほど顔を俯かせたままの商人だ。 

 襟や袖が花弁のように開いた派手な服装と過剰にへりくだった口調に生理的嫌悪を覚えるが、首に提げた『行商五芒』が腕利きの商売人であることを保証する。

 フィヴィアンと名乗るその商人とは、はじめは貴重な塩漬け海産物の取引を行っていただけであった。それが、気付けば標的の戦力構成に関する情報仕入れや帝国で名のある『請負人』の紹介まで機密事案を懇意にするまでの仲になっていた。

 懐に入るのが上手い――そう評しているのはベルズ辺境伯だけであったが。

 不敬になるとでも考えているのか、初顔合わせ以来、顔を俯かせたままのフィヴィアンは歯の浮くような台詞を舌に乗せる。


「お役に立てたのであれば何よりです。商人の喜びとは、お客様の欲する品物を提供できた時に感じられるものですから。

 よろしければ、もう一組用立てることも――」

「それには及ばん」


 はっきり断ったのはベルズ辺境伯。


「おかげで敵の戦力を知る目安にはなった。できれば戦いの詳細をもう少し知りたいところだが、敵の新手が合流したと考えれば“雇い兵”でどうにかなるレベルでないのは間違いあるまい」


 だからこれ以上世話にはならぬと。

 それには同感だとオーネストが後を継ぐ。


「やるなら最大戦力で叩くのが常道だ。我らに任せていただければ確実に息の根を止めてみせる」

「『ゴルトラ洞穴門』で――ということですか」


 本命と見立てていた襲撃ポイントを一介の商人に言い当てられ、オーネストの鋭い視線が油断ならぬ商人に突き刺さる。それを俯いて直視しないからこそ、「ですが」と彼は平然と疑念を口にするのだろう。


「樹林帯での伏兵を読んでいた相手です。ならば襲撃に打って付けのポイントを無策で踏み込む愚を犯すとは思えません」

「では、君ならどうする」


 興味深げに質すのはフォルム。対して商人風情がと表情に険を込めるのは主席執政官。辺境の重鎮が居並ぶ前で、今度も意に介さず商人は思うがままを口にする。


「“戦い”は門外漢でありますが――」


 そう前置きした上で。


「そうですね。例えば領都までの進入路は『ゴルトラ洞穴門』以外にも一箇所だけあります。私なら、このギドワ属領より迂回して洞穴門の裏手から挟撃を仕掛けてみようかと」

「「「「…………」」」」


 ど素人の浅知恵だ。

 中央嫌いのギドワ族が辺境以外の部隊の侵入を許すはずもなく、また、危険なアル・カザル山岳を地理的に不慣れな部隊が踏破できるわけがない。まして山地を抜けるに比べれば、平坦と言える街道を進む送迎団より早く到着し、かつ襲撃のタイミングを調整するなど無理筋というもの。

 考えれば考えるほど、あり得ない作戦にしかし、執政官を除く三人は重苦しい沈黙を生む。

 

 やれるのでは――?


 そんな不安が拭えずに。

 ぽつりとその胸中を言葉にしたのはオーネストであった。


「我らの待ち伏せに背面強襲か。一度あったならば二度ないとは言えまいな」

「オーネスト殿まで。私も門外漢ではありますが、あの地を迂回ルートに用いるなどまともな策とは申せませんっ」


 断固と常識論を口にするのは主席執政官。それをさらりと反論するのはフォルムだ。


「戦いとは“欺し合い”の一面もある。まともでな・・・・・いからこそ・・・・・、策としては有効だと言えるかと」

「だとしても――」

三人の考えが一致した・・・・・・・・・・


 納得しかねる主席執政官をベルズ辺境伯が遮った。まっすぐ前を見つめたまま、決定事項であると口にする。


予定通り・・・・、明朝迎撃部隊を編成し出立させることにする。人選は任せるぞ、オーネスト」

「御意」


 その流れに「とんだ道化でしたね」と指摘したことを小さく自嘲するのはフィヴィアン。初耳だったであろう年嵩の執政官は、それもいつものことなのか、遺憾も示さず沈黙でもって臣下の姿勢を示すのみ。

 辺境伯を筆頭に戦闘経験の豊富な彼らからすれば、万難を排して戦いに望むのは当然の姿勢。自然の要害に守られた領都の優位性に胡座をかかず、護りを堅める対処ははじめから視野に入れていたというわけだ。

 そうだと知れば、他の二人が不満も異論も抱くはずがなく。


「人員は問題ないな?」

「ぬかりなく」


 辺境伯が唯一の気懸かりを口にすれば、団長の代わりにフォルムがはっきりと応じる。その声音に聞き慣れたはずの主席執政官が若干顔を青ざめさせるのはなぜなのか。

 物問いたげな執政官の視線を全員が察しながら黙殺する。そのぎこちない空気に気付いただろうにフィヴィアンが意も介さず「恐れながら」と商売気を出す。


「明朝ならば時間に猶予がございます。不足の備品があればいつなりと、このフィヴィアンめをお呼びつけください。ネステリア由来の創造的な品の数々をご用意してございますれば」

「山岳装備は特殊だぞ――?」


 図々しい商人に意地悪でもしたくなったのかオーネストが疑念を放てば、商人はむしろ満面の笑顔を思わせる声音で応じ、さらに低く低頭する。


「何の問題もございません。常にお客様の欲するものを――」

「それが商人の喜びか」

「……その通りでございます」


 先回りをするオーネストも表情には出さないが辟易したに違いない。事実、毒気を抜かれた空気が場に広がり、主席執政官は露骨に渋面をつくっている。

 貪欲であることが商人の在り方ならばフィヴィアンの姿勢を認めるべきとは皆も分かっている。ただし、癇に障る言動なのは間違いなかったが。

 とはいえ、部外者に聞かせられぬ事柄があり、彼自身の発言でそれを避けられたことを良しとして、ベルズ辺境伯が場を締めに入った。


送迎団やつらが洞穴門に到着するのは二日後になろう。それまでに使えるように・・・・・・しておけ。それとフィヴィアン」

「何で御座いましょう」

引き続き・・・・公都の状況を知らせてくれ。他に策を打ってるとも限らんからな」


 最初の指示に団長、副団長が小さく首肯し、二つ目の指示に商人が再度腰元まで低頭する。


「また明日、朗報を待とう」


 切り上げの口上を口にしてベルズ辺境伯が席を立つ。続いて臨席者全員が。去りゆく主の背をみつめ複雑な表情を浮かべているのは主席執政官ただひとりであった。


         *****


同夜

ヴァインヘッセ城下町

    とある裏通り――



 例え辺境であっても領都ほどの大きな街になれば、夜更けにも関わらず繁華街を中心に人の流れが途絶えることはない。

 酒場から洩れる明かりと喧噪、千鳥足の客が外へと吐き出され、公都のような街灯はなくとも、手にする灯具ランプがいくつも通りに揺れ動く。

 そんな光景が絶えたのはいつ頃であったろう。

 今や人影のない通りにあるのは寂寞の影と骨身に染みる冷気のみ。

 その通りを歩くに相応しい暗灰色の衣が一軒の宿へと音もなく吸い込まれてゆく。

 みすぼらしいその宿は裏通りにあった。

 領都が他の街と交流を断ってから、真っ先に煽りを受け、宿泊客は皆無となっていたはずである。だが人目を憚るように訪れた暗灰色の衣――フォルムはまぎれもなく宿泊客に喚ばれて参じていた。


「――いつぶりだ、こうして対面するのは」


 宿の狭い一室。

 ただひとつの家具である小卓を挟んでフォルムはその者と向かい合っていた。

 同じ暗灰色に身を包み、感情の抑制された声で告げる蒼白い顔の男は、頭髪をきれいに剃り上げていた。それは己が役割に徹する意志を示し、従順に奉公する誓いを立てた証だとフォルムは知っている。


「用件を窺おうか」


 対話を求める相手を拒否してフォルムは本題に入る。小卓の上に差しだしたのは“コーエンの宿にて待つ”と走り書きされた小さな紙片。最後に記されたψのサインでフォルムは何者が自分を喚んでいるのか察しが付いていた。


「問わないのか? なぜこの地にいると知れたのか。あるいはなぜ一人だけで来たのかと」

「知ったところでこの状況が変えられるのか? それに連れ戻すつもりがないことは分かっている。だから用件を窺うと云ったんだ」


 フォルムは相手の充血した朱眼を見つめる。ほぼ表情筋を動かさぬ種族でも、瞳を見ればその者の大雑把な意志を読み取ることは不可能ではない。

 相手は何の感慨も持ち合わせてはいなかった。


「……確かにまだ、あの方々・・・・から某かの裁定は下されていない。少しでも目立つ行動があれば定かではないが」

大戦まつりは目立ちすぎたかな?」


 どこかからかう調子のフォルムに相手は無言のまま。それが回答と捉えて彼は一足飛びに核心へと触れる。


火付けの役・・・・・を負ったつもりはないよ」

「結果的にそうであるからこそ、あの方々が見逃しているとは思わぬか?」

「云うじゃないか――」


 かすかに剣呑さを覗かせるフォルムに「それが務めだから」と相手は淡泊に応じる。いつもの台詞。揺るがぬ教え。


「あの方々を除けば――誰が相手でも、我らの立ち位置に上下はない。ただあの方々の意志を運び、伝え、時に代行するのみ」

「『伝道師エバンジェリン』――必要な役目だとは思うけど、よく退屈しないものだね」


 そこで初めて、相手の身内に何かの感情が揺らいだのをフォルムは感じ取る。

 鋭い棘のような敵意が。

 それは以前であれば決して向けられることのなかった感情だ。

 そう。

 “感情”など人間が持ち得る“雑念”と唾棄する割に、自分達は時折その不可視の熱に言動を惑わされる時がある。それが伝道師であっても不可避のものであるらしい。

 興味深げに己を見るフォルムの視線に毒気が抜かれたのか。


「……聞かなかったことにしよう。お前が選ばれな・・・・かった・・・理由はそういうところにある」

「“持つべきは友”――かな。君の寛大な心に感謝するよ、№1」


 選ばれてたまるかと、フォルムは内心の嘲笑を笑顔で隠す。表情筋を動かす器用さに呆れたのか、あるいは嫌悪を抱いたのか、旧き友は朱眼をわずかに細める。

 その側頭部にはすべての『伝道師エバンジェリン』に付された“尊号”と呼ばれる番号が彫られていた。

 №1――その順列に特別な意味合いはない。20名はいるとされる『伝道師エバンジェリン』の一人にすぎず、それでも『吸血鬼』の中では名誉職として捉えられていた。

 彼――今や№1と尊号で呼ばれるエルドリック・オウレル・ボース卿は自ら名乗りを上げ、審議を通過したフォルムにとっては変わり種・・・・だ。

 そう、あくまで彼一人きりの主観であったが。


「……君が目を付けられたのは別の者にだ」


 おもむろに本題へと切り出した伝道師にフォルムは興味を引かれ、すぐに察した。


「まさか……」

「帝国から聖都へ秘密裏に情報が寄せられた。その情報元が『魔術学園都市アド・アストラ』だという理由が解せないが」


 そう前置き入れて彼は告げる。


「おそらく『暗滅騎士団』――憤怒の十字軍クルセイダーズが召喚されることになる」

「――」


 その忌まわしき軍団の名を耳にして、フォルムの表情から笑みが消え去る。

 およそ暗闇に息づく者で、彼の者達の名を耳にして平静を装い、あるいは心胆寒からしめぬ者などいるはずもない。

 光によって影が払われるように。

 憤怒の十字軍クルセイダーズによって夜の使徒共は焼き払われるのだ。


「この地は十分に地盤が弛められた。君がここですべき仕事はないと思うが?」

「それはそちらの見解――と云いたいところだけど、ね」


 自身の考えに沈み込むフォルムの興味は、もはや目の前の伝道師にはない。


「まさかこの地に愛着が湧いたわけでもあるまい。だが逃げにくい状況なのは確か。そこで少しだけ協力してやった」


 それはどういう意味なのか。

 フォルムが訝しんだところで奥のベッドで身動ぐ影があった。そこで微かな血臭に初めて気付く。


「ここは君の部屋ではなかったのか――」

「領都が門を閉ざしてどれだけ経っていると思ってる? 宿に客など入るはずもない」


 ならばベッドから呻き声を洩らしつつ起き上がる者は誰なのか?

 フォルムは答えに気付いても特別な考えを抱くことはなかった。これもまた、伝道師が彼の決断を促すために処置したことであろうと。


「気遣いには感謝するけど、伝道師の役目を越えていないのか?」

「無用な心配だ。これもあの方々からの指示の範囲に入っている」

「なるほど……」


 ずいぶんと柔軟な指示の出し方をするものだ。

 あるいはそこまで読んでの指示なのか。

 ならばどこまで彼らは気付いているのか・・・・・・・・

 フォルムはしばし思考の海に沈むのであった。


         *****


翌日

ギドワ属領

 エレンテ城砦――



「奥方のお加減はいかがかな、トリス卿――」

「おかげさまで。今朝はきちんと朝食も採れて、後でフィッテの滝を観に出かけようかと」


 爽やかな笑顔でトリスは応じ、今し方ごねる妻を宥めてきた苦労を微塵もみせることはない。相手も粗野な顔を綻ばせ、「いい案だ」と賛同する。


「滝の飛沫が気持ちよくてな。しばらくその場にいるだけで気持ちも整うと通う者もいるくいらだ」

「それはそれは……」


 びたびた・・・・になるから嫌――妻の文句が今から思い浮かび、内心の辟易をトリスは隠して話題を変える。


「ところで、昨日会った行商人から気になることを聞きましてね」

「気になること……?」

「なに大したことではありません」


 口調は明るく、しかし思わせぶりに伏し目がちにして。


「領都が門を閉ざしたとか。大口の交易が断たれたと嘆いておりました」

「それは聞いている」


 城主ネッダ・ゴブラントは少し表情を硬くする。


「陛下のご病気が万一外に流布することを懸念してのものだと。領都民の不安は大変なものであろうがな」

「なるほど。だから警備をやけに厳重にしているのですね」


 納得いったとトリスが相づちを打ち、しかし続く言葉にネッダは不審を抱く。


「では、見知らぬ商人を招き入れて、武装品の取引に励むのも当然といえば当然ですか――」

「……それはどういうことだ?」


 ネッダの詰問調にトリスは若干驚いた顔をする。


「どうと申しましても。行商人が嘆くのも、その商人に大口取引を取られたからでして」

「そうじゃない。辺境伯が軍備を強化しているという話しだ」


 今度こそ、語気強く迫るネッダにトリスは当惑しながら説明を繰り返す。


「ですから陛下に安心して療養いただくために、軍備を増強して外敵にでも備えているのでしょう。もうすぐ公都からの『送迎団』も到着することですし、責任感の強い辺境伯がナーバスになるのも当然じゃないですかね」

「……」

「まさか真実はその逆と? 陛下を盾に中央から戦時補償を取り立てるとでも? ハハ……いや失礼。あまりにブラックすぎる冗談でした」


 言葉の端々で種をまき・・・・、トリスは現ギドワ族長の顔色を窺う。あくまで冗談と気軽な空気を装って。

 冷静に考えれば、おかしな発言であることに気づくはず。だが族長の沈黙は真に受けた者のそれ。それがこれまでじっくりと言葉の毒を仕込んできた成果であることをトリス以外が知ることはない。仕込みでじわじわと浸透していた毒がその悪しき効能を花開きはじめたなどと。

 あからさまに表情を強張らせる族長ネッダは、少し間を置いてトリスに尋ねる。


「――真意を質す必要があるかもな。貴殿はどう思う?」


 その言葉を待っていたとおくびにも出さずトリスも表情を引き締める。


「冗談ではないと?」

「辺境伯を疑う余地はない」

「けど責任感が強すぎる」


 強迫的な念いは暴走しがちなもの。

 ネッダは観念したように目を閉じる。それでも云わずにはいられないのだろう。

 トリスは優しく導く。


「あの方は……ただ辺境の民を愛しているだけだ」


 先代である彼の父と辺境伯は盟友であったという。真意は分からずとも、辺境伯を信じたい気持ちが重苦しい声音に滲む。


「それで……貴殿は思うのですね? 助けになれるかもしれないと」

「……そうだな。それもある」


 そこでネッダの気持ちが完全に傾いたことをトリスは感じ取る。ここが正念場だ。そして自身の有能さをあの方に示す時でもある。

 トリスの声に熱が込められる。


「辺境伯は信念の人です。おそらく貴方に声を掛けなかった理由があるはず。そして辺境と中央は共に手を取り合うべき時であることを忘れてはなりません。

 ならば、辺境の進むべき道を話し合うのが族長である貴方に課された務めではないですか……?」


 そうして促すように、飾られた先代族長の肖像画へ視線を向ける。

 ネッダの目線がその後を追う。

 辺境伯と先代族長。共に競い、反発し、そして支え合う良き盟友であったという。絵の中の首にかけられた勲章よりも辺境伯につけられた脇腹の傷が自慢であったらしい。

 十分に間を空けてからトリスは仕上げに入る。


「こうして憩いの場をいただき、妻が心から安らげたのもネッダ殿のおかげ。ならば万一の事態が起きたとしても、このシャトラ家が口添えを約束いたしましょう。しっかり訴えさせていただきいますとも。コブラント家がいかに辺境の未来を憂いたか。懸命に和を成そうとしたのかを――」

「トリス殿……」


 感じ入るように自分を見つめる辺境の武人へトリスは優しく笑みを浮かべてみせる。


「これでもルブラン家からの覚えもいいのです。あの方からもお口添えいただければ何も問題ありません。どうぞ、辺境と中央の光ある未来を御守り下さい」


 そうしてトリスは、あくまで様子を窺いに出向くギドワ部隊への帯同許可を取り付けた。自分も腕に覚えがあること、何よりも最後まで見届けなくては言葉に信がおかれまいとして。

 早速準備にとりかかるネッダの背を見つめながらトリスは内心軽く身震いしていた。


本当に・・・何かが起きるとは……ルブラン様はどこまで読まれていたのやら)


 寄子であるトリスがこの地で過ごせと促されたのは、『大浄化の儀』が公表される前のこと・・・・・・・・・

 領都の動きを監視することの他、指示事項のひとつにネッダを領都へ向かわせる事案があった。彼はそれを実行したにすぎない。この事もきっと何かの意味があるのだろう。少なくとも、ひとつだけ思い当たる節はあったが。


「――さて、しっかり機嫌をとっておかないとな」


 この土壇場で、辺境暮らしにすっかり飽いた妻のふて腐れ顔をネッダに見せるわけにいかない。そのミッションこそが意外と難題だと思いつつトリスは気持ちを引き締めるのだった。


         *****


同日

領都北側の山地

 ギドワ属領境界付近――



 正規の街道を封鎖した後。

 道から外れた山林へ『俗物軍団グレムリン』の一部隊が踏み入って極秘の潜伏先を探し求めていた。

 団長から受けた指令は“敵の搦め手に対する迎撃態勢の構築”。あくまで“暗闘”である以上、敵が真っ当に街道を通るはずもなく、故に林内の適度な位置に潜伏し、忍び寄る敵の極秘戦力を確認次第これを撃滅せよとの意図を含む。

 問題はどの位置に潜伏すべきかだが、地形的に潜伏に適したポイントは限られる。すぐに目星を付けたのは、ギドワ属領との境界付近にある山岳の切れ目ができる場所だった。

 横幅にして二百メートル。

 敵の侵攻ルートは大方の予想がつけられ、街道を軸にした西側にて潜伏ポイントを設けるのがベストだと結論づけられた。

 作戦の実質的な承認が下りたのは昨夜のこと。部隊を率いるだけでなく副隊長までが『幹部クアドリ』に担わせる人事に、上層部の本気度が末端兵士にまで深く浸透したのは言うまでもない。

 これは、ただ抑えておくべき防衛策のひとつではない――誰もが会敵を予感して部隊はぴりついた空気を纏っていた。


「――」


 時折、行く手を阻む蔓草を山刀マシェットで薙ぎ払い、部隊は一列縦隊で黙々と進んでゆく。

 “払い役”を三交代制にして前を歩かせ、そのすぐ後ろに隊長付補佐、さらに隊長である少女と見紛う小柄な女、そして副隊長と兵士達が続く。


「ほんとにもう――どういうつもりなの、テオ?」


 殺伐な部隊の雰囲気からすれば、あまりに場違いな少女の声。すぐさま叱責か恫喝の声が上がりそうなものだが、声の主が隊長その人であるために、咎める者は誰もいない。


「ねえ、なんとかいいなさいよっ」

「――ったく」


 先ほどから機嫌を悪くしている隊長に原因者である副隊長のテオティオは、悪びれた様子もなく陰鬱な声で応じるだけだ。


「さっき答えただろ。『裏街』の連中とつるんでるうちに妙に馴染んでしまっただけさ」

「だからって私の真似・・・・をしなくてもいいじゃない」


 繰り返し文句をつける隊長は特注の革鎧から延びる四肢を包帯できれいに隠してしまっている。それは彼女の特殊なアレルギー体質――『異性過敏症』から肌を守るためであったが、テオティオにそんな予防策は必要ない。

 なのに彼もまた、暗灰色のローブで頭からすっぽりと身を包むだけでは足りず、全身を包帯でぐるぐる巻きにしているのだ。彼女が何の当てつけ・・・・かと憤るのも無理はなかった。


「……互いの嗜好にケチをつけるのはルール違反だろ」

「嫌味は別よ」

「これは嫌味じゃない」


 あくまで陰鬱に我を通す同輩へ隊長――ヨーンティは「ふん」と忌々しげに鼻を鳴らす。実に気に食わないと。


(なんなのよっ。根暗な声しちゃって。最近おかしーわよ、テオのやつ)


 いつものように受け答えはしてくれる。だが、ノリがいつもと違うと彼女は不満を抱く。そんな彼女を鬱陶しそうにテオティオはあからさまに話題を変えてくる。


「……それよか、本当にやつらはこんなところに来るのか?」

「来るんでしょ。今は戦時下と同じ。“上”が決めたことを素直に聞き入れてればいいのよ」

「それじゃ困る」

「はぁ――?」


 ヨーンティが眉間に青筋浮かべてそうな声で足を止める。自分達の寄る辺は『俗物軍団ここ』だけだ。団がすべてなのだ。その団が決めた方針にケチを付けるなど正気かと。

 ゆっくりと顔だけ振り向けて。彼女の射抜くような視線に動じずテオティオが言い募る。


「戦えなきゃ困る。連中をたくさんやっつけてオレが強いことを証明しなきゃ――」

「なに云ってんの。『幹部あたしら』は強いに決まってんじゃない。強いから『幹部クアドリ』なのよ。それともなに? 自信がないなら辞めてほしいんだけど?」


 容赦なく切り捨てられてもテオティオが気分を害した様子はない。ただ「証明するんだ」と低い声で繰り返すだけである。その様子を訝しげに見つめながらヨーンティが嘆息した。とりあえずそれでモチベーションを保てるなら、否定するのも面倒だと。


「……なら祈ることね。敵が来るようにって。たくさんたくさん来るようにってね」

「たくさん来るように……」


 助言は気に入ってもらえたようだ。ひどく真剣な呟きに軽い怖気すら感じてしまうが。


(なんなの、こいつ――)


 陰気さ。身だしなみ。暴力への欲求。

 いつもと同じようで、なのにどこかはっきりとしない違和感がある。

 何よりその身内より沸き立つ異質な気――上手く言えないが確実に凄みが増している。


(だからって、単純に喜べないんだけど……)


 本来なら“頼もしい”と歓迎すべきだが。

 元々『幹部クアドリ』の関係は仲良しこよしではない。それでも任務中は互いに背中を預けられた。なぜなら軍団としての成功があってこそ、彼らの価値が認められ、付随する地位や富が与えられるからだ。

 なのに、今はテオティオが背後にいることに不安がある。まるでたっぷり毒を縫ったナイフを突きつけられているような心地悪さ。


(ダメよ、今は任務に集中しなきゃ)


 ヨーンティは問題をとりあえず棚上げにし、任務の遂行に集中するのだった。


 ◇◇◇


「この先に少し開けた場所があるようです。なので手前にあたるこの場所で潜伏するのが最適かと」


 隊長付補佐エッリの申言で詳細な潜伏ポイントが決定した。


「すぐに哨戒を出して。あとの者は野営の準備」

「ハッ。それと封鎖した街道警護の部隊とも連絡を取り合うべきかと思いますが、いかがいたしましょう?」

「しなさい」


 ヨーンティはあっさりと命じる。

 奇襲を狙うなら、敵に察知され易い余計な動きは慎むべきだ。だがヨーンティにそのつもりはなく、ただ流れに任せるのみ。むしろ力尽くで打ち砕くのを好む。

 じぶんに負けた時のおとこの情けない表情こそが好物だからだ。奇襲を受けて慌てふためく様も面白いが、やはり真っ向勝負で負けた時の悔しさにまみれた顔がサイコーなのだ。そんな隊長の嗜好を補佐たるエッリも熟知している。だからこそ、尋ねてきたのだ。


「伝者の配役と連絡のタイミングは任せるわ」

「すぐに取りかかります」


 それこそ単独撃破を試みず、あえて連携を図るのは、無論、部隊規模に不満があるからではない。

 確かに人数は多いとは言えず、戦時下でないため物々しい武装や人数の動員は避けねばならない実状がある。

 街道封鎖に20名。潜伏部隊には人目に付かない配慮もあって40名を割り当てるので限界だ。ただし、こちらには『幹部』を二人も付けており、戦力的には街道警備の数倍規模相当にはなっている。

 対して敵が“他領を通る危険性”を理解し慎重に行動するならば同数以下の部隊しか動かせまい。そうしたことも踏まえれば、準備した戦力は必要にして十分と誰もが思っていた。

 だから街道警備と連携を図るのは、軍としての基本行動を踏襲しているだけにすぎなかった。


「オレは上で・・待機しているよ――」


 潜伏ポイントが決まるとすぐ、テオティオは勝手に宣言し近場の大樹をスルスルと上っていった。とりつく島もない行動にヨーンティは怒りを忘れて肩をすくめる。面白くないのは補佐のエッリだ。


「……よろしいのですか?」

「よろしくないわ。でも今から引きずり下ろすわけにもいかないでしょ」


 ヨーンティは憮然と吐き捨てて、腕を組む。


「それに団長から紫水晶をたんまりもらったようだしね。あいつの狙撃に期待しましょ」

「この樹林帯で? 支障物が多すぎて狙いも付けられないのでは……」

「普通はね」


 でもそうではないとヨーンティは考える。逃げ隠れるために木に登ったのでなく、狙撃する自信があるから配置についたのだと。

 以前の彼なら無理な話だった。何度も一緒に任務をこなしているからそれくらいは分かる。だが、今回彼はあの場所へ自ら配置に着いたのだ。


「当たるんでしょ。……お手並み拝見といくわ」


 疑念を拭えぬエッリとは対照的にヨーンティは期待に満ちた笑みを浮かべる。


(あなたが望んだのでしょ……あの人が言っていた例の『真人部隊』とかいうものに)


 同輩が変わった理由はそれしか考えられない。

 “人間の中身を変える”――実に胡散臭い噂話であり、その耳にしていた実験部隊に彼は名乗りを上げたのだろうと。

 そこまでして――少しだけ寂しさのようなものを感じていた時、頭上で何かの物音が発せられた。

 薄らと短い光の尾を引き、何かが樹林を疾駆する。


 それはテオティオの長距離射撃『流星弾』シューティング・スター


 認識したときには、「敵襲っ」ヨーンティは大声で警戒を呼びかけていた。


「敵襲だっ。あたしを中心に隊列を整えろ!!」

「聞こえたか! 10人横列、四段陣形!!」


 即座にエッリが呼応し、各班長が跳び込んでくる。

 頭上では『流星弾』シューティング・スターが連射され、ヨーンティには視認できぬ敵潜伏場所へ次々と凶弾を叩き込む。同時に頭上から落ちてくる礫は輝きを失った紫水晶の成れの果て。

 景気のいい高額物品の使い捨てを目にしながら、ヨーンティはむしろ“これこそが『幹部』の特権”と内心喜悦する。


「急げっ、もたもたするな!」

「ヘイダール、早くしろ?!」

 

 荒々しい呼びかけが飛び交う中、軽鎧を着込んだ隊員が草むらを掻き分け縦横無尽に走り回り、時間を取らずに隊列が形成されてゆく。



 ヒュッ――

   ヒュッ――



 以前とは比べものにならない連射速度で放たれる

『流星弾』シューティング・スター。そんな相手にとっては死角からの狙撃に臆することなく、一陣の風に似た人影がいくつも疾駆してきた。


「! 来るぞ――」

「速――」


 誰もがテオティオの技倆を承知しており、敵を足止めできると信じ切っていた。それがまさか、隊列が整いきれぬ早期の段階で突撃を受けるとは夢にも思わなかった。



 ザシュッ

  キィン!

 グシュッ



 舞う血しぶきと受け止める剣戟の音。

 敵の驚くほど鋭い剣筋に、早くも百戦錬磨の隊員で殺傷される者が出る。

 信じられぬ光景だ。

 だが呻き声に迸る気合いが重なり、すぐさま苦悶の声が勝ったところで前衛の大勢は決し、その上、視界の隅に敵の第二波が映り込んでいた。


 受けに回れば押し切られる――


 あっという間の窮地に、それでもヨーンティの判断は速かった。


「前衛、斬り込め――!!」

「隊列は無視だ、斬り込めえっ」


 エッリが隊長の指示に即座に反応し、自ら強引に前へ出て、力一杯に剣を振り回す。こういう時は技倆よりも勢いだ。形だけでも敵を怯ませ、一歩でも後退させれば流れが変わる。

 手本を示す補佐の尽力で、実戦慣れした隊員達も機微を察して呼応し前衛がぐいと前進する。


「二列目カバー!! 三列、四列は隊列を整えろ」「三列、今のうちに整えろっ」

「四列、もたもたするな!!」


 前衛が作った時間を逃すまいと後衛の班長らが必至で叫び、前線では樹林であることを意も介さずに凄まじい剣戟が繰り広げられる。これには下生えの繁茂が薄い地を選んでいたのも幸いしている。

 だからこそ、部隊は十分に経験を活かし持てる力を出し切っていた。だがそれ以上に敵部隊の動きの迅速さと対応力にヨーンティは内心舌を巻く。

 ざっと視野の範囲で見渡す限り、どこもかしこも凄絶な技倆の応酬になっている。いや、敵の技倆に比べれば鍛え上げた隊員達が荒くれ盗賊かと見紛うばかりの乱雑さを感じさせる。


(なんなのよ、こいつら――?!)


 ヨーンティは一人仕留めるよりも戦いの範囲を広げ、劣勢の部下を支援することに集中せざるを得なかった。

 彼女が振るう視認を許さぬ速さの鞭だけが、躱し切れず有効打になっているからだ。加えて、テオティオの狙撃支援もある。それでも、辛うじて前線を互角に持ち込むのが精一杯であり、エッリを除けば優勢を保てる者は皆無であった。

 やはり、あまりに早い段階で乱戦に持ち込まれたのがいただけない。それが狙っての行動であるのなら、ヨーンティは手痛い見誤りをしたことになる。

 

「くあっ、隊――」


 エッリが何か呼びかけている。しかし、余裕がなさすぎて口を噤まざるを得ない。それはヨーンティもそうだ。

 たかが敵の一兵卒に思わず足を止めさせられる。


「このっ――」


 両手首をこね回し、双頭の蛇鞭で『殺傷圏キリング・ゾーン』を形成する。切り札を秘匿する余裕もなく、気付けば勝手に切っていた。そうしなければ滑り寄ってくる敵を――初めて見る民族衣装に身を包む異人の剣を凌ぐことなどできないためだ。


「目障りよっ」


 一足飛びに襲い掛かってきた異人に度肝を抜かれつつ、それでも瞬時に鞭を走らせる。


 剣で防ぎやがった――しかし。


 剣に張り付くように鞭がしなり、瞬時に異人の顔面を切り裂いてしまう。


 秘鞭『ねぶり鞭』――

 近接距離の弱点を補うべく、鞭の所々には刃でも切れぬ怪物の体毛を編み込んで強靱さを重視した作り込みを行っている。その部分で刃を叩き、勢い付けて鞭先をしならせるのが技の神髄だ。

 ただし、技の成功には相手の防御を予見した上で、鞭を振る速さに当てる位置と角度など諸条件のクリアが必須となる。

 一見して何気ない技でありながら、彼女の不断の努力が垣間見える実は絶技であることを理解できる者はいまい。

 いや、一人だけいるようだ。


「見事な腕前だ――」


 殺気立つ喧噪の最中にあって、その者の声はなぜかよく聞き取れた。

 出で立ちは他の者と変わらず、ただ一人だけ剣を鞘に納めた異人がふらりと現れると、不思議と周囲に人気が絶える。それが仲間の方で意図的に避けたためだとヨーンティは直感する。

 いや、自分の部下達もだ。

 戦う者が持つ野性の本能で、避けるべき相手を無意識に識別したように。

 つまりはそういう相手ということなのだろう。

 ただし、そんな相手おとここそヨーンティが嬉々として刻むべき獲物なのであったが。


よってたかって・・・・・・・――じゃなくていいの?」

「……」

「男はそーいうのが好きでしょう?」


 艶然な声音で。

 わざと赤い唇をちろりと出すヨーンティにその者は生真面目に応じるだけだ。


「拙者の認識とは違うな。お主ほどの手練れを相手に、多勢で掛かるのはあまりに無粋」

「そんな無理しなくても」

「本音だとも」


 その一言に何が込められているのか、ヨーンティは軽口を叩けなくされてしまう。

 異人の放つ緊迫感。

 剣に対する姿勢が戯れを口にすることを許さないのだ。


(なによ、こいつ――)


 知らずこめかみに汗の珠を浮かべさせてヨーンティはふと、咽の渇きを覚える。


「戦場で生き抜くための得物と技。動じぬ胆力。もはや女子おなごと侮ることはせぬ。されば、拙者と尋常に勝負願いたい――」


 そうして後ろ足を退き、腰を落とす。

 途端にヨーンティの骨心を締め上げる殺意に斬りつけられた。


「――くっ」


 反射的に身構えるヨーンティ。

 心臓の鼓動が激しく打ち鳴らされる。

 №2のフォルムとも違う、むしろ団長に初めて挑んだ時に味わわされた恐怖。それが記憶の底から出し抜けに沸き上がる。

 

「ほんとに……なんなのよっ」

十三じゅうざだ」

「?」

片桐十三かたぎり じゅうざ――『抜刀隊』の副隊長を申し付かっている」


 耳にした覚えのない不思議な名前。

 だが事前にもらっていた情報のおかげで、彼らの正体に気付くことはできた。


「……あんたがね・・・・・


 “魔境士族”と呼ばれる者達だ。

 これまで三名の『幹部』を倒し、根城を奪い、おそらくは夜の公都で会ったのも彼らの仲間だろう。すでに彼らとの浅からぬ因縁はできていたのだ。

 今また、ここで会ったのも彼らが『俗物軍団グレムリン』にとって避けられぬ障害だからと言えまいか。

 つまりは“宿敵”というやつだ。

 人はどうしようもない壁に幾度かぶち当たる。

 挑むも諦めるもすべては自由であり、善し悪しなどない。ただ、諦めればその先の景色が見えず体験できないだけ。

 “宿敵”も同じだ。

 ヨーンティにとってはどちらも同じでぶち壊すべき邪魔者。

 始末する手段など何でもいい。

 邪魔者を始末して戦果を挙げてきたからこそ、今の自分があるのだから。


「あんたが、次のお邪魔虫なのね」


 瞳を爛々と輝かせて。

 胸中の恐怖を飢えと欲望が塗りつぶし、ヨーンティは溢れんばかりの戦意で異人を睨めつける。

 オトコであり、軍団の敵。

 これ以上戦意を燃え上がらせる理由などない。


「いいわよ。相手になってあげる。この極太の鞭でたっぷり啼かせてあげるわ――」

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