第20話それぞれの……

【羽倉城】『抜刀隊』宿所――


 主の沙汰を受け、月ノ丞がすぐさま詰所にとって返せば、すでに隊の者が全員、広間にて隊長の帰りを待ちわびていた。

 腰を据える暇もなく持ち帰りし任務を伝えれば、場は当然のごとく色めき立ち、“黄泉渡り”の怪事に動揺あるいは困惑するよりも、むしろ魑魅魍魎を相手取るやもしれぬ激闘の予感に興奮し心躍らせた。

 さすがに月ノ丞も「業深き者達よ」と微かに苦笑したのは無理もない。

 善かれ悪しかれ、隊に身を投じる連中は、皆、剣の探求に身命を賭すような“一種の奇人変人”ということだ。


「肝心の先遣隊についてだが……手始めに一班のみ先発させることを考えている」


 示された隊長の方針に末端の隊員達から当然のごとく不満のどよめきが上がる。さすがに前列の上座に陣取る者達は隊長の意図に気づいているようだが、それでも若干名は態度や表情に出さずとも、その身より"憮然たる空気”を洩らしてしまう。


「“未知”に対し、無造作に飛び込むのが勇猛とは云わぬ――その真理は剣術と変わらぬ」


 月ノ丞が冷ややかに勇む隊員達を窘める。


「とりあえず班は三つ編成するが、出立はあくまで一班のみ。二つはいざというときの支援部隊として城で待機してもらう。初回の刻限は昼時まで。昼過ぎからの方針については、一班の報告を吟味した上で班編制の再考含めて探索に出す班の数を考えるものとする」

「隊長はどうされるので?」


 暗に「いつもの単独行動か」と問うているのを承知して月ノ丞は「否」と明言した。


「副長があのような状態だ。私が残って指揮を執るほかあるまい」

「そのような殊勝な言辞、らしく・・・ありませぬな隊長殿」


 ふいに掛けられた声の主へ皆の視線が集まった。廊下に現れた人影を目にして、誰もが大なり小なり驚きを表す。


「身体はよいのか?」


 一人正面を向いたままの月ノ丞は、その出現どころか人影の正体まで察していたのであろう。驚きも見せずに縁側に立つ人影――副長片桐へ労りの言葉を掛けた。


「なに、深夜の水浴びで少し身体が驚いただけです。一晩しっかり休まさせて頂いたせいか、以前より身が軽いくらいで……一声あれば、いつでも行けまする」


 覇気のある声に無理はないようで、顔の血色も確かに昨日よりは良いようにすら見えたが、月ノ丞の方針は変わらない。


「悪いがすでに班長は決まっている」

「拙者以外に適任がおると?」


 声をひそませる副長を意にも介さず、月ノ丞が凜と広間に声を響かせる。


谷河原やがわら 月齊げっさい

「はっ」


 落ち着いた声が応じ、最前席の中央に座す者へ皆の視線が集中する。

 侍然とした着物姿の抜刀隊にあって、ただ一人、作務衣を着た禿頭の男は両眼を閉じた状態で、真っ直ぐ隊長に顔を向け下知を待つ。

 “精悍”を絵に描いたような彼らの中に在って、月齊は良い意味で力が抜けた泰然自若たる雰囲気を醸し出す。元々が主の代わりに筆を執る『右筆ゆうひつ』の職に就いていた異色の剣士であるが故の佇まいであったろう。


「お主に第一班の班長を任せる」

「承知、つかまつる」


 月齊が低頭し拝命するのを受けて、副長片桐は初めから何もなかったかのごとく静かに己の座すべき位置へ向かった。

 実力者揃いの『抜刀隊』にあって、上位陣ともなれば一種の化け物ばかり――その『第三席次』に位置する男に不足などあろうはずもない。

 副長の態度を“了承の意”と誰もが捉えて話しは先に進められる。


「副班長は葛城かつらぎ 剛馬ごうま

「応っ」


 胴間声を響かせるのは、皆より頭ひとつ高く胸の厚みは倍違う見た目以上の巨漢と錯覚させる男。

 位置は『第九席次』――真剣試合にしか興味がなく、隊の名物でもある『昇格試合』に不参加を貫いているが為に末席に居座り続けているが、その実力は上位を狙えるとも噂されている。

 葛城の選出も順当か、片桐も軽く頷いていた。

 選出は更に続き、


「他に元部、楠、小室の三名を加えた計五名を第一班とする」

「「「はっ」」」


 選ばれた五名が凜々しく表情を引き締める。その姿に一層思いが高まったか、羨望の眼差しを向ける者もいる。選出されなかった上位陣にも不満はあろうが、異を唱えないのは、規律の徹底された組織力と何よりも隊長及び副長に対する絶体の信頼があったればこそ。


「ひとつ申したき儀が」


 今し方、班長に任命された月齊が声を上げるが、異論ではない。


「まずは昼時までとのことですが、以前と同じく、城の周囲は森に囲まれている様子。まずはどちらの方へ向かうべきですかな?」

「南であろうな。昨夜、物見は“蜘蛛の化け物”が南方より現れるのを見たといっている。しかも、そのはるか先の森の中に“火柱”が立つのを見たという話も。行けるのであれば、そこに何があるか確認したいところだ」


 蜘蛛と聞いて末席の者達が息を呑む。例え一匹でも大人数で手こずった“物の怪”だ。わずか五名の班で相対すればどうなるか――場合によっては数匹の蜘蛛と対峙するかもしれぬし、それどころか奴らの“巣”などに出食わすとも限らない。例え選出されなかったとしても、考えるだけで緊張してしまうのも仕方がなかった。

 だが、選ばれた当の月齊はにたりと嗤う。


「なるほど……第一班に選んでいただいた事、隊長に感謝せねばなりますまい」

「然り。儂も早く出立したくてならんわい。なにせ、昨夜は寝坊して・・・・化け物退治に参加できなかったからのう」


 豪快に笑み崩れたのは葛城だ。「開戦は明朝」と割り切って、ひとり勝手に酒を呷って熟睡していたのだから正直笑い事ではない。それを知る数名が、非難がましい視線を向けている。

 無論、本人は「どこ吹く風」だ。


「しかし“火柱”ですか……」


 気になるらしい月齊の独り言に月ノ丞が応じる。


「位置的に万雷殿が布陣された辺りでは、とも云われていたが。樹冠を突き抜けるほどに高く立ち上がったのも束の間、すぐに消えたとのことであった」

「篝火ではなさそうですな」

「まさか異人が使うという大砲おおづつでもあるまい……いずれにせよ、そんな音は誰も耳にしておらぬ。ただ、“火柱”が立ち上がった後、その方角から“蜘蛛の化け物”がやって来たというのが気に掛かる」


 月ノ丞が思案げに眉をひそませるのを同意とばかり月齊も頷く。


「“火柱”が発端ともなれば、その正体を知りたくはありますな」

「むしろ探らねばならん。城を守るためにも」

「お任せくだされ。“護り”は儂が、“攻め”は剛馬がおりますれば……初回の我が班にて、大任を見事成し遂げてみせましょうぞ」

「無論、期待している。ただ、功を急いて万が一を起こしてはならぬ――無為に命を散らすなというのも主命であるからな」

「おお、若の温情……しかとこの胸に。この月齊、若を失望させるようなことは決して」


 前掛かりになる禿頭よりも月ノ丞は端に座る巨漢を心配そうに見やる。


「懸念はむしろ剛馬の方であろうな」

「拙者が……? はっは……隊長も戯れが好きとは知りませんでした」


 愉快げに大口を開ける葛城に月齊が閉じた目を向け、「戯れとるのはお主だろう……」と苦い声で窘める。


「……その楽天ぶりが、班を善き方向に後押しするのを願っている」


 懸念も含めてすべては承知と月ノ丞は話を打ち切った。そのまま居住まいを正して、あらためて全隊員へ語りかける。


「即刻、第一班は出立の準備に掛かれ。整い次第、こちらへの挨拶は無用にて城を発て。他の者も、昼過ぎあるいは明日にでも出番があるのだ。場合によっては、一班の支援として緊急の出立も考えられる。心を引き締め、準備に余念無きように」

「いかなる怪事が出るやも知れぬ――」


 留守を任され腹に抱える思いもあるのだろう。副長が立ち上がって一同に声を掛ける。


「これまでと勝手が違うことを肝に命じよ。各自の些細な過ちが大任の失敗に結び付くとも限らぬ――『抜刀隊』の名を汚さぬよう心して掛かれよ」

「ご案じ召されるな」

「副長殿の分まで頑張ります」


 口々に隊員が応え、「偶にはゆるりと座していてくだされ」と良い意味でほどよく力みも取れる。


「頼むぞ」


 黙した副長に代わり、あらためて告げた隊長の言葉が締めの挨拶となり、その場は散開となった。


         *****        


【羽倉城】『夜廻り衆』詰所――


「――堀の周囲を伐採するにあたり、伐採と警護の二班体制を敷き、南から順に取り組んでいく」


 『慧眼』として一目置かれる無庵の助言に耳を傾けながら、夜廻り衆頭である斉藤恒仁の指揮の下、速やかに城外活動の隊が編成され、併せて伐採した木材を運ぶ運送班も構築された。


「木元。運送班は『荷役衆』の力を借りたい。儂の伝言を頭の海原殿に伝えて参れ」

「はっ」

「五郎座。お主は鍛治師に言って半鐘と似たものを造ってもらえ」

「半鐘……でございますか?」

「用を足せば似たものでも構わん。昨夜は物見の体制が悪かった。いざという時に城内へ警告を知らせる手法が必要なのじゃ。状況に応じた“鳴らし方”も決めておけば、よい連絡手段となるだろう」

「さすがは『慧眼』。よい智恵を授けてくださります」


 毛ほども“斉藤の案”だと思いもしない部下に、事実だけれども無性に腑に落ちない思いを抱えつつ、斉藤は別の者に指令を出す。


「吉木。さらに一班を編成し、伐採木にて堀の外側に柵を設けろ。高さは二間(約3.6メートル)――例の蜘蛛除けとして侵入防止を図りたい。さらに余材があれば、城内での防衛戦を念頭に置き、移設可能で何者の突撃にも耐えうる“盾柵”を作り置きせよ」

「幸か不幸か、ちょうど修繕に訪れていた『番匠』が城内に二人おります。その者らの手も借りたいのですが……」

「これは主命だ、否やはあるまい。それに、いざというときの警護に一人付けておけば、問題はなかろう」

「では適任を一人。それと“盾柵”なるものについて、子細知りたく紙と筆具を用意いたします」


 すれ違いが起きぬよう、構想者の頭にある設計を何かに落とし込む必要があると悟った部下の機転で、用具が準備される。

 実際の意思疎通にあたっては、考案者である無庵と制作者である『番匠』に任せるものとした。


「篝火の用意を忘れるな。蟲にせよ獣にせよ、不動明王の権能宿りし“火”を怖れるのは、魑魅魍魎も同じと我らは昨夜の戦いで知ることができた。今や我らには確かな武器がある。臆せず、各々の役目に集中せよ」


 斉藤は部下達を鼓舞し、課された大任を全うすべく監督に励む。すでに額にじんわりと汗の珠を浮かべながら、この後一日中、声を張り上げるのであった。


         *****


【羽倉城】執務之間――


「――なに、狩りをしたいと?」


 常ならば兄の執務を邪魔する妹ではないのだが、珍しい訪問に何事かと会ってみれば、思ってもみない進言に面食らってしまうのは無理もなかった。そんな兄を涼しげに見つめながら、この怪事の最中、変わらぬ美しさで妹靜音は小首を動かす。


「はい兄上。聞き違いではありませぬ」

「なら余計にたち・・が悪い。お前は今がどのような刻か……分かって云っておるのだろうな」


 最後には口元に苦笑を含んで主――弦矢は小さく肩を落とした。


「勿論です、兄上」


 後に「私なりには」と付け加える靜音は、切れ長の目を真っ直ぐ兄に見据えて言葉を続ける。


「現状、魑魅魍魎が徘徊しているかもしれぬ地で我らは孤立無援の状態――何故今の状況に陥ったのか分からねば、還る手段を見出すのはしごく困難でござりましょう。必然、生き残りを賭けた戦いが長引くのはもはや避けられぬ事。ならば女子供とて某かの労役を立派に担い、皆一丸となって事に当たらねばならぬ事態――若輩の私には、そのようにしか思えませぬ」

「――――うむ……まあ、そうであろうな」


 あくまで涼やかに、『慧眼』並びに『忌み子』の無庵と同じ見立てをする妹を、弦矢は額に冷たい汗を浮かべつつ口元の苦笑を深める。


(何故、こやつ・・・は“男”に産まれなかった?)


 替われるならばすべて任せたいと思いつつ、弦矢は美しき妹の顔から外の景色へ視線を移す。

 己の知る暖かい日差しが降り注ぐ光景に、ほっと一息つきながら、真にここが異境の地なのかと思考を軽く逃避させる。


(そうとも。ここが危地であると云うならば、かように妹と仲睦まじい・・・・・談笑に耽ることもあるまい。やはり儂は“夢”を――)


「兄上?」

「ん、おお……うむ……“狩り”であったな」


 文机を人差し指で「とん、とん」と叩く兄の珍しい所作を妹が不思議そうに見つめている。それを自覚して妙な焦りを覚えつつ、弦矢は混乱気味の頭から辛うじてひねり出した考えを口にした。


「つまり……お前も“糧食の事情”を懸念しているのだな?」

「僭越ながら」

「さすがは“田舎の姫君と侮られてはならぬ”と母上が教養の習得に力を入れただけのことはある」

「常に政務に就いてる兄上からみれば、私などまだまだ」


 なぜか嫌味か皮肉に聞こえる自身に訝しみつつ、弦矢は「いや、世辞ではない」とやけに真剣な面持ちで訴える。


「……こほん。して、“狩り”の件だが」

「はい」

「お前も云うたように、外にいかなる脅威があるかは皆目見当もつかぬ。本日より『抜刀隊』が先遣隊として城外へ出る故、せめて、儂らの見定めを終えてから考えてはもらえぬか? いや、これは兄として……城主としての命令じゃ」


 月ノ丞とはまた違った魅力の野性味に溢れる兄の凜々しき顔を冷然と見返しながら、しばし――靜音がゆるりと首肯した。

 途端に弦矢の全身から何かが抜け落ちたように、その身体が心持ち縮んでさえ見える。


「……仰るとおりですね。戦う術のない私が表に出れば、兄上達にご迷惑をお掛けするばかり。靜音が浅慮でございました。お赦しください」

「分かってくれたかっ……いや、その通り。できればお前に羽根を伸ばさせてあげたいところではあるが、状況が状況じゃ……察してもらえて嬉しいぞ。……いや本当にありがたい」


 思わず酒でも持ってこさせそうな勢いで、「よかった、よかった」と何度も膝を叩き、相好を崩す兄に靜音は軽く頭を下げる。


「大事な執務の邪魔をしてしまい、重ねて陳謝致します。では、吉報をお待ちしております」

「……」


 妹が辞去し、独りに戻ったところで弦矢ははたと思う。


「……問題が先送りになっただけではないのか?」


 この後、しばし執務が滞り、結局は少しばかり酒を持ってこさせることになったのは云うまでもない。

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