第27話:他の女の子によそ見をするなぁ!
「どうして、女物の水着ってただの布切れのくせにあんなに高いのだ」
「まだ言ってるし。未練たらっしい男だわ」
「ご機嫌そうですね」
「彼氏からもらった新しい水着を手に入れて喜ばないはずがないじゃない」
本人はものすごく喜んでいるのだが、修斗の気持ちは軽く沈みかける。
あの悪夢から数日が経ち、今、修斗は真夏の青い海にいた。
「……海だ……海だ、うん」
「いやねぇ。修斗ってばテンション低すぎ。海だーっ!くらいのテンションになりなさいよ。つまらないでしょ」
「そんなテンションで叫んで、どうなるか分かってるが、一応やってやろう。海だーっ!青い海、真夏の太陽が俺を呼んでるぜ」
「いるわよね、海を見たら『海だーっ』とかワケも分からないテンションで叫ぶ奴。周囲から冷たい視線を向けられたらいいわ」
「ほらね! こういう反応をする奴がいるからしたくなかったんだ。ちくしょう」
しれっと冷たい視線を修斗に向ける優雨。
こういう態度を見せると分かっていたのに。
周囲の視線が痛い。
「人にさせておいてひどいやつだ」
「まぁ、少しは楽しめたからいいわ」
「本当にひどい奴だ。鬼っすか」
恋人になっても扱いに特別感がまったくない。
「どうしたの?」
「何でもない。さっさと海に行こう。ここでくだらないやり取りするよりマシだ」
修斗は海の方に移動すると優雨と別れて更衣室でさっさと水着に着替えてくる。
照りつける太陽、真夏の日差し。
「……砂が暑い」
サンダルを履いていても、この砂の暑さは嫌になる。
優雨を待ってる間に修斗はレジャーシートを砂に敷いて座る。
「おおっ、いいねぇ……」
海と言えば、水着を着た綺麗なお姉さんだろう。
あっちも、こっちも、スタイル抜群なお姉さん達がいる。
しかも、水着姿という最高のシチュエーションでだ。
「惜しい。サングラスを持ってくるべきだった」
「それでいやらしい視線を隠すつもり? バレバレだけどね」
「うるせー、男のロマンだ。……ハッ!?」
修斗は慌てて後ろを振り返ると呆れた顔をした優雨がそこにいた。
「やべぇ……」
「まったく、アンタもくだらないほどに男よね」
「悪いか。男の子ってのはいろいろな欲望に満ち溢れているんだ」
「開きなおられても困るし。バカじゃないの?」
「デレデレしちゃってカッコ悪い。大体、アンタは……」
不満そうな顔をして、修斗を責める。
「……」
「何よ?文句でもあるの? 聞いてあげるわ」
「い、いや、文句は別にないけどさ……」
修斗は優雨の水着姿を間近で見て固まってしまう。
淡いピンク色のビキニ姿。
艶っぽく、胸元にかけては男子として反応せざるを得ない魅力がある。
「ホント、暑いわね」
「だからこそ、夏の海が最高なんだろ」
「日焼け止め塗らないと絶対ダメになるわ。塗っておいて正解」
たゆん……。
――ゆ、揺れておるぞ、優雨のくせに!?
修斗の記憶が確かなら、一年前は揺れてませんでした。
――たった1年でこれほどとは……女の子の成長ってすごい。
しみじみと女子の成長を感じる修斗であった。
「修斗?」
「なんでもない。着替え終わったら行くぞ、海に来て海に入らないと意味がない」
「……その前に、アンタは私に言うべきセリフがあるんじゃない?」
修斗は過去に何度もさせられた苦い記憶を思い出す。
優雨は何かを期待するような顔をしながら修斗に水着姿をさらしていた。
「その……水着、よく似合ってると思うぞ」
「うん。ありがと」
「嬉しそうに笑いやがって、水着代込みでの笑顔だな」
「この水着、いいわぁ。とっても着心地もいいの。お値段以上の価値がある」
「……そりゃ高額払ってますからね」
普通の水着を買ってくれればこれだけの出費はせずに済んだのに。
「ふふっ。いくわよ、修斗」
「おぅ。さっさと水に入りたいや」
修斗達が海に入ると心地よい冷たさだった。
平日と言う事もあって、海は修斗達と同じ年代くらいの子が多い。
修斗としては年上のお姉さん達の泳いでいる姿を見てみたいのだが。
「……ていっ!」
「ぐはっ!?」
「よそ見するな。ここにも良い女がいるでしょうが」
修斗は優雨に顔面にビーチボールを当てられて顔を押さえる。
なお、ビーチボールは遊び用としてではなく、優雨が軽く掴まるためのものだ。
本来の用途と違う使い方をされている。
――水着が欲しいとねだったくせに、そんなに泳ぎが得意じゃないからな。
浮輪がなければ泳げないと言うほどでもない。
「綺麗なお姉ちゃんがいれば、ひと夏のアバンチュールに挑戦してみたくなる」
「修斗にそんな勇気は微塵もないくせに」
「うぐっ。そうですね」
「ホント、男って欲望まみれね」
修斗に当たって跳ねたビーチボールを回収する。
それに掴まりながら優雨は満足げに、
「水が冷たくて気持ちいいわ」
「そーですね」
「修斗。泳ぎたければ泳いで来ればいいのに」
優雨は基本的に海に来てもぷかぷかと浮いてるだけ。
それでも本人にとっては十分楽しいらしい。
「優雨と海に来てるわけで放ってひとり泳ぐのも変だろ」
「それはそうだけど」
「浮輪でも借りればいいじゃないか。多少は泳げるだろ」
「はっ。いかにも泳げませんってアピールするのは恥でしょ? 私は泳ぎが苦手なだけで、全く泳げないわけじゃないの。その辺を一緒にしないでよね」
「妙な所でプライドが高いな」
それが優雨という女の子でもある。
素直じゃない、人に弱みを見せたくない。
しばらく、海で浮いているのに付き合うが、
「……おや?」
修斗は浜辺でくつろぐ水着姿の少女に気づく。
長い茶髪の少女の横顔に見覚えがあったのだ。
「……おー。スタイル、いいな」
「だーかーら、他の女の子によそ見をするなぁ!」
全力投球のビーチボールが顔面直撃。
修斗は「ぬぐほっ」とダメージを受けて海に沈みそうになる。
「ゆ、優雨!? お前、何をする」
「よそ見をした、アンタが悪い。死刑にされてもおかしくない」
「べ、別にそんなつもりじゃ」
「ぼそっとスタイルいいなぁって言ってました。見るなら私を見なさい」
確かに優雨もご自慢のスタイルの良さがある。
男の視線を誘導しまくる胸元とか。
「さっきジロジロと見たら蹴られたんですが?」
「何か変態っぽくて気持ち悪かったんだもの」
「ひどいや」
「で、どういう子がアンタの好みなのよ?」
「違うっての。ほら、あの子。紫色のパラソルの横にいる子を見てくれ」
修斗が指をさした方向にいたのは、
「淡雪さん?」
「そう、須藤さん。そしてその横にいるのは?」
「大和君? あの隠れシスコン疑惑で評価がだだ下がり中の?」
「なんだ、それ?」
「こほんっ、これは秘密だったわ。それより、あのふたりが海に来ていたなんて」
大和猛と須藤淡雪、以前から交際が噂されているふたり。
お似合いのカップルに優雨は「いいなぁ」と思わず本音がこぼれる。
「うちもあれだけ、イケメンの彼氏だったらなぁ。ちらっ」
「残念イケメンですみませんねぇっ!?」
「……修斗にそこまで期待してないから大丈夫」
「フォローにすらなってない」
「いいじゃん。声かけにいこうか」
そう言って海に上がる優雨の後ろで修斗は「期待してないのかよ」としょげる。
見比べられたら勝負にならない。
残念ながら本物のイケメンを相手にするには分が悪すぎるのだった。
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