第26話:こいつ、寝顔だけは可愛いんだけどな


 夏休みが始まり、修斗は朝からアルバイトに勤しむ毎日。

 恋人になっても、この10日あまりは特に二人で出かけることもなく。


「せっかく付き合えたのに、一緒にいられないのは残念ね?」


 アイスティーを飲みながら、淡雪は穏やかに微笑む。


「別に。夜には襲撃してるからいつも通りよ」

「……襲撃されるのは可哀想。やだやだ、こうやってプライバシーにずけずけ踏み込むようなガサツな彼女にはなりたくないもの」


 どこか膨れっ面でそう吐き捨てるのは美織だ。

 先日の一件では対立したふたり。

 だが、淡雪が間を取り持ち、友人関係となっていた。

 いい意味でも悪い意味でも素でいられる相手というのは必要なのだ。

 今日も三人でカフェに集まり雑談していた。


「言ってくれるわね。美織なんてまだシングルのくせに」

「私は作らないだけですぅ。貴方と違ってモテるんです」

「何がですぅ、よ。片っ端からフラグ潰しをしてるくせに。将来、モテなくなってから大いに後悔するタイプね。はっ、悲しい将来になる前に誰かと付き合えば?」

「自分が付き合ってるからって余裕じゃない。すぐにフラれて泣くハメにならないように努力したら? 優雨の性格じゃ引き止め続けるのに限界があるでしょ」

「言ってくれるじゃん」

「こーらー。ふたりともお店の中でケンカしない」


 淡雪がすぐさま間に入るのもいつもの事だった。


「まったく、いつまで経っても仲良くなれないんだから」

「そんな私たちを仲良くさせようとするのが無駄」

「そうかな。私から見てふたりっていい友人になれると思うの。似た者同士って分かり合える気がしない?」

「同族嫌悪で戦う宿命にしかないと思うけど」

「そもそも、性格が悪い人と私みたいな清純派は相性がよろしくない」

「はぁ? 優雨が清純派? どこをどう見ればそうなのぉ?」

「だーかーら、やめなさいってば。もうっ。素直になれない子猫たちめ」


 お互いを名前で呼ばせたりして、仲良くさせようと淡雪なりに頑張っている。

 彼女から見れば美織と優雨は似た者同士で仲良くなれそうな気がしたのだ。

 だが、未だに遺恨が残り、言いあう二人を呆れつつ、

 

「でも、優雨さんのいう事も一理あるわ。美織は恋愛をするべきよ」

「……今は彼氏なんていらないって」

「このまま性格が捻くれていくのを見ているのは忍びなくて。恋愛もせずに心がさび付いてしまう前に何とかして欲しいの」

「い、言い方には気を付けてくれない? 傷つくんですが」

「誰か素敵な人に巡り合ってくれると私は友人としてすごく嬉しいのに」


 淡雪に嘆かれて悲しくなる美織だった。

 自分でも感じてはいても、そう簡単に変えられないのが性格なのである。


「そーいう、淡雪さんはどうなの? 素敵彼氏と夏休みを満喫中?」

「……はぁ」


 その話題になると彼女はあからさまにため息をついて落ち込んだ。


「どうしたの? 深いため息なんてついて。意外とお悩みでも?」

「なによ、淡雪。人には散々なことを言っておいて自分の恋愛はダメなわけ?」

「そうじゃないけど……いろいろとあります」


 ため息をつきたくなるには理由がある。


「仲は良いのよ。夏休み中は彼とよく出かけたりしているわ。一緒に図書館で勉強したり、妹バレしたりして困ったり。でも、許せそうにない事件が先日におきまして」


 彼女はぐぬぬと右手を握りながら答える。

 普段は温厚な彼女にも許せないこともある。

 静かに憤る淡雪に、ふたりは顔を見合わせて「なんだ?」と不思議がる。


「大和猛。イケメンで優しくて頼りがいもある彼の何が不満なわけ?」

「そうそう。うちの修斗よりも全然素敵な男子じゃない」

「……猛クンの本性を知るまでは私もそう思っていたわ」

「本性?」


 そして彼女は自らの恋人の隠された性癖について話し始める。


「あのね、猛クンにはかなり美人な妹さんがいるの。名前は大和撫子。芸名ではなく本名らしいけど、とっても可愛い子なのよ」

「大和撫子……名前をつけた親はすごい」

「逆に覚えてもらえていいんじゃない。で、その撫子ちゃんがどうしたわけ?」

「彼、今でも彼女と一緒にお風呂に入ってるんだって」


 空になったコップの中でカランっと氷の滑る音がする。

 唖然とする彼女たちは何とも言えない顔をして見せた。


「はい? 一緒にお風呂?」

「……マジで? 女子人気が高く不沈艦と呼ばれてる、あの彼が?」

「それはいわゆる、お世話的な意味でじゃないの?」

「あー、なるほど。小さい妹を可愛がるなら分かる。その子、何歳? 小学生?」

「現在、彼女は中学3年生。私たちの一つ年下なの。お年頃よね?」

「全然、小さな子供じゃないじゃん! いろんな意味でダメなやつじゃ?」

「お年頃の妹と一緒にお風呂って……ないわぁ」


 ドン引きする三人はあまりにも悲しい事実に沈黙してしまう。

 美織はどこか遠くを見つめる淡雪を慰めるように、


「いい男が魂の一欠片まで素敵なわけじゃないってことでしょ」

「でも、“シスコン”さんはマジでないわ。私なら無理、絶対に無理」

「……確かに」

「恋する男がロリコン、シスコン、マザコンは遠慮したいわね」


 全否定されるのも仕方なく。

 淡雪もその件では猛に対して不信感を抱いたようだ。


「前から気になっていたのよ。妹とデートとか目撃情報もあったし」

「うわぁ。本物のシスコンさんかぁ」

「大好きな人はシスコンでした。寂しい現実ね?」


 可哀想な淡雪には同情しかしてやれない。

 自分の恋人がそっち系だと知って平然といられる女子はいない。

 

「淡雪、今からでも遅くない。その彼から手を引いたらどう?」

「男なんていくらでもいるじゃない」

「私もとても悲しい」

「どうするの? 淡雪さんはどうしたいわけ?」

「……はぁ。ホント、欠点のない人間なんていないと思う」

「だよね」

「まさかアレだけ完璧に見えた相手にもこんな弱点があったなんて」

「私も思いもしなかったわ」


 頭を抱えて嘆き悲しむ淡雪の姿に、


「恋愛って時に残酷だわ。私、当分しなくていいや」


 さらに恋愛に対して幻滅する美織であった。


 

 

  

「という話があったわけよ。修斗、アンタはマザコンとかじゃないわよね?」


 不審な目を向けられる修斗はベッドに寝そべりながら、


「ねぇよ! 変な疑惑を持つな。こっちは疲れてるんですよ」


 夜になり家に帰ってきた修斗は、当然のように部屋にいる優雨に物申す。

 アルバイトの疲労感から素直に寝かせてほしいのが彼の本音である。


「それで、須藤さんは大和君と別れるのか?」

「んー、その気はないみたい。まっとうな道に戻すのを頑張りたいって言ってた」

「愛の深いことで。見捨てられなくてよかったな」


 これで破局のきっかけにでもなったら悲しい。


「淡雪さんも彼にべた惚れみたいだから、見捨てるに見捨てられないでしょ」

「ちなみに俺がもし、そういうことが発覚したら?」

「間違いなく見捨てる。焼却処分のポイ捨て決定」

「……躊躇なく言いやがった。別にやましいところはないけど、傷つくぜ」


 もっと気遣いが欲しい修斗である。

 実際は優雨が見捨てるわけもないのだが。


「今日でアルバイトも終わりでしょ?」

「無事に終わりました。なので寝させて」


 この10日間、初アルバイトに大変苦労した。

 慣れない仕事をこなすので精いっぱいだった。


「ホントに働くって大変だね。肉体労働系のアルバイトはかなりきつい」


 若さという回復魔法を使っても身体がいう事を聞いてくれない。

 だが、しかし――無事に戦いも終わり、修斗は給料を手に入れたのだ。


「……さぁて、中身はどれくらいかな?」

「おい、こらぁ。勝手に給料袋の中を見るなぁ!? 俺もまだ見ていないんだ」


 優雨が期待に給料袋を開けてみると、


「あらぁ、ずいぶんと稼いでるじゃない」

「諭吉さんいっぱいだ。金額が思いのほか多かったのでちょっとビビった」

「……働く事ってお金が手に入る事なのね。私もアルバイトしてみたいかも」


 大変な思いをしたからこその価値。

 働いてみてはじめて分かる感動がそこにある。


「――そうだ、これ例の水着の請求書。差し上げるわ」


 その感動をあっさりとぶち壊す、愛しい恋人の声。


「請求書。はい、そういう約束でしたね。いくら……は?」


 請求書の金額、15000円。

 何度見てもその金額が書かれている。


「ちょっと待てや、優雨。約束以上の金額じゃないか!」

「つい、衝動買いで水着以外にもちょっとプラスしちゃった。えへっ」

「えへっ、じゃねぇよ! なんで、ここまで買い物してやがる。爆買いするな」

「初めてのデートに来ていく服とかも含めましたよ?」


 ドヤ顔で言われてしまい、修斗はもう嘆くこともできない。


「いろいろと可愛く着飾りたいお年頃だもの。頑張ったわ」

「頑張ったのは稼いできた俺だ!」

「修斗、うるさい。これくらい気持ちよく出してくれないと男の器が……」

「ちくしょう。お前ってホントに俺を何だと思ってやがる。しくしく」


 約束ということもあり、仕方なくもらったばかりの給料からお金を差し出す。


「サンキュー。しっかりと支払ってくれる素敵な彼氏♪ 次もよろしく」

「ぐぬぬ。戦いに負けたことを悔やむしかない」

「その分、可愛い水着だから安心しなさい。たっぷりとみせてあげるわ」

「いやらしい目でみまくってやる」

「……露骨にいやらしいと、おまわりさんに突き出すよ?」


 気持ちが折れて、疲れがどっと出てきた。

 今はゆっくりと休みたいのだ。

 ベッドにひれ伏す修斗に、


「何よ、もう寝ちゃうの?」

「さっきも風呂で寝そうだったくらいに眠いんだ。放っておいてくれ」

「……よし、そんなにお疲れなら私がマッサージしてあげるわ」


 何か嫌な予感がする。


「い、いい。遠慮しておく……ぬぐわぁ!?」


 優雨がいきなり修斗の背に乗ると、マッサージをしてくる。

 背中を押されると激痛のあまり、声が出ない。


「あれ、ここが痛いの? アイス食べすぎで内臓が悪いのかも」

「や、やめい……ぐぎゃぁ!?」


 苦しみにもだえる修斗に遠慮容赦なく優雨はマッサージを続ける。


「修斗、私が気持ちよくしてあげるわ」

「色っぽい発言をしながら顔がにやけてるだろ」

「そんなことないですよー。えいっ」

「ぬぐぉ!? や、やめてくれ、マジで痛い。そ、それ以上は……がくっ」


 疲れと激痛マッサージにより、ベッドにうつ伏せになりながら眠りに落ちる。

 決して、マッサージが気持ちよかったからではない。

 こうして、修斗の7月最後の夜が過ぎていく。


 

 

 

「ん……もう、朝か。あれ?」


 欠伸をする修斗は目が覚ましたら、なぜか床で寝ていた。

 冷たいフローリングの床の感触。


「いてぇ。ベッドから落ちたのか?」


 目をこすりながら、起き上がると、身体が筋肉痛で痛む。


「うぅ、足腰が痛む。まだバイトの疲れが取れてないのか。せっかく、俺の本当の夏休みは今日から始まるというのに」


 アルバイトの日々で楽しみなんてほとんどなかった。

 これから残りの夏休みを思いっきり楽しんでやると決めていた。


「はははっ、今日からは軍資金(アルバイト代)もあるから思う存分に遊べるぞ」


 夏と言えば海、海と言えば女の子の水着、女の子の水着と言えば……。


「そうでした、さっそく軍資金から相当な金額が持っていかれたのだった」


 一気にテンションダウン。


「文句言える立場じゃないけどさ。次こそは勝とう」


 何言っても負け犬の遠吠え、勝負に負けた修斗が悪いのだ。


「優雨の水着か、アイツ、無駄にスタイルだけはいいんだよな」


 中学3年くらいからの成長具合が半端ないのは認めよう。


「恋人の水着なんだ。見まくっても文句は言われまいて」


 失った分の金額くらいはそこで回収させてもらいたい。

 ふと、時計を見ると、まだ朝の7時前。


「こんな時間に目が覚めるとは、まだバイトの癖が抜けてな……い……?」


 修斗の視線に入るのはなぜか膨らんでいる布団。

 おかしいと気付くべきだった。

 朝っぱらからこんな床に直で寝てる理由。


「……まさか?」


 修斗は布団の方を見ると、案の定、無防備な寝顔で優雨がそこに寝ていた。

 理解不能な状況であるが冷静に考えてみよう。

 昨夜、修斗達の間に何かがあった、そんな可能性は1%もない。

 だとすると、帰るのが面倒でここで寝たことになる。


「すぅ……」


 見事なまでに熟睡している優雨。


「こいつ、寝顔だけは可愛いんだけどな」


 瞳をつむって眠る様は子猫のような可愛さ。

 ついスマホで写真を撮ってみたりする。

 思った以上に可愛くて、ドキッとしてしまう。


「この顔で、もっと穏やかで優しい性格なら俺はもっと早く告ってた」


 悲しいかな、自分の気持ちに気づくのが遅れたのは彼女の性格が遠因だ。

 それでも、優雨を好きだという気持ちは芽生えたわけで。


「優雨とこんな関係になる日が来るとは思わなかったぜ」


 無防備すぎる姿にドキドキしつつ、彼女を起こす。


「起きてくれ。ほら、早く起きなさい」


 優雨を揺すって起こすと小さく欠伸をしながら起きる。


「ん? 何よ、誰……?」

「俺だぞ、優雨。なにゆえに俺の部屋で寝てる?」

「……修斗? 何でここにいるの?」

「不思議そうな顔をして言うな、質問してるのは俺の方だ」


 寝ぼけ気味の優雨に状況を理解させるのは難しい。

 説明すること、数分、ようやく昨夜の事を思い出したようだ。


「だって、せっかく遊びに来たのに、寝ちゃうんだもの」

「それだけ疲れてたんだ」

「で、なんか悔しいから一緒に寝ました」

「なんで、そこで寝る!?」

「恋人が添い寝して何の文句があるの? ん?」


 ちょっと甘い香りをさせながら優雨が迫る。


「な、なにもないけど。顔近いんですが」

「……照れちゃって。あー、まだ眠い。家に帰って寝るわ。そうだ、修斗」


 修斗は軽く微笑して修斗の頬に触れた。


「アンタの寝顔は無邪気な子供のようで可愛かったわよ」

「なぁっ!?」

「ふふっ。じゃぁ、またあとでねぇ」


 思わぬ優雨の一言に気恥ずかしい思いをさせられた。


「全然、色っぽいイベントもなく、俺の尊厳だけを傷つけられた。げふっ」


 精神的なダメージを受けて屈辱感に耐える。

 しかし、彼女がいなくなった後で反撃とばかりに、


「そういや、こんなものを撮っておりました」


 口元にニヤッと笑みを浮かべて言う。


「俺を甘く見ちゃいかんぜ、優雨ちゃんよ」


 すぐさまスマホを操作して先ほどの写真を優雨に送り付けた。

 メッセージも一言付け足す。


『優雨の寝顔の方が可愛すぎました』


 そして、送信。

 しばらくして隣の部屋から「~!?」と声にならない叫びが聞こえる。

 地団駄踏んで恥ずかしがってる最中の優雨を想像しながら、


「……ふっ。勝った」


 小さな勝利を感じながら彼は朝ご飯を食べるのであった。

 

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