第21話:まったく、面倒くさいにもほどがある


 やられた分だけ、お返ししてあげた。

 美織をひとしきりいじめた優雨は、


「今回の騒動の責任は美織にあると思わない?」

「……多少は?」

「というか、全責任でしょうが!」

「それは違います。煽ったのは私でも自滅したのは優雨さんでしょ」


 こうもあっさりと罠にはまった方が悪い。

 反論する美織だが、優雨の怒りは収まらない。


「うるさい、アンタのせいだ。責任を取りなさい」

「恋愛は自己責任よ。はっ、人のせいにしてる時点で終わってるわ」

「今、鼻で笑った? 全然反省してないようね、美織?」

「リベンジポルノをばらまくと脅すような人なんて怖くないし」

「……さっきまで、半泣きだったくせに」

「べ、別にびびってないもん」


 口ではそう言いながらも、ずっと淡雪の背に隠れたままである。

 やり取りにイライラしながら優雨は溜息を吐いた。


「はぁ。ふたりとも、仲直りしなさい」


 あきれ果てた様子で二人の間を持つ淡雪である。

 淡雪からすればどっちもどっち。


「被害者ではなく加害者ふたりがいくら言い争ってもね」

「須藤さん。私も被害者です。一緒にしないで」

「んー。一番の被害者は月城君じゃない。そこが大事なところ」


 そういわれてしまうと反論しようがない。

 淡雪はたしなめるように両者に対して、


「まず、美織。今回の騒動の原因は貴方でしょ。そこに責任は感じなさい」

「どーして? 私は何もしてない」

「ちょっとは悪びれなさい。不要に伊瀬さんを煽りまくって、月城君をそそのかした罪は重いわ。自分の暇つぶしで人様の恋愛に手出しするな」

「私のせいだけでこうなったわけではないでしょ」


 この件の主犯扱いには不服そうだ。

 美織には反省の色がうかがえず。


「もうっ。ホントに優雨さんにお仕置きされた方がいいかも」


 悪事に自覚がないのが怖い。

 友人として見捨てかけていた。


「そして、優雨さん。月城君をぶん殴り、傷つけたのは貴方です」

「そこは否定しようがない」

「というか、なんで殴っちゃったの?」

「聞かないで。そこに至るまでにいろいろとあったのよ」


 目線をそらして恥ずかしがる。

 話せば面倒くさい事情が絡んでいた。

 やっと優雨の気持ちに気づいてくれたと思ったのに。


――現実は美織からの言葉に踊らされてただけ。バカ修斗め。


 思い通りにならない現実ばかり。

 嫉妬、怒り、悲しみ。

 色んな感情が混ざり合っての結果がアレである。

 殴ってしまった行為自体には大いに後悔している。

 

「それぞれが悪いんだから、どちらが主犯と責めても仕方ないこと」

「さ、最悪の現状なのは理解してるわ。だから、何とかしてよ。美織ならできるでしょ」

「私に言われてもなぁ? ていうか、これだけこじれて何ができるのやら。修斗クンが可哀想。どうしようもないから諦めたら?」


 悪びれない美織の発言に「今すぐ服を脱げ」と再び恫喝する。


「い、いやぁ。私に近づくな」

「アンタが私たちの関係を壊したんだから、元通りにする協力くらいして」


 実際問題、ここで二人がやり合っても、何も進展しないのだ。

 屋上で三人は思案しながらこの問題の解決策に悩む。


「素直にごめんなさいをすればいいじゃない」

「私から修斗に謝罪するのは無理。こちらから折れない」

「無駄なプライドだなぁ。そこで素直になれないからこじれてるんじゃん」


 自分の事になると臆病な優雨に美織も肩をすくめる。


「まったく、面倒くさいにもほどがある」

「……それ、美織にだけは言われたくないと思うわ」

「淡雪が一切フォローしてくれない!?」

「だって、ホントだもの。面倒くさいもの同士、貴方たちは仲良くできそう」


 やんわりと微笑まれてしまうありさまだった。

 ふたりして即答で「それはないから」と否定する。


「いいわ。ここは私、遠見美織が何とかしてあげます」

「あげます? 何で上から目線? して当然でしょ?」

「……させてください」


 スマホをちらつかされると身をすくめてしまう美織だった。

 恥ずかしい写真を撮られて、世間に出回られるだけは避けたい。


「修斗クンを呼び出して、私たちが適当に言いくるめればいいわけでしょ?」

「言い方に気をつけなさい。月城君が可哀想になる」

「楽勝、楽勝。やってみてダメそうなら他に手段を考えればいいじゃない」


 考えるのをやめた美織は結論を出す。

 所詮は他人事、失敗しても自分に痛みはない。

 軽いノリに優雨も言いたいことはあるのだが何もしないよりはマシだと黙る。

 その態度に優雨は不安しかなく。


「……須藤さん。フォローは全力でお願いします」

「私にできる範囲でならね」


 心配気味な優雨はぼそっと小さな声で頼み込んでおく。


「でも、一番大事なのは伊織さんが謝罪して許してもらうことだと思うの。怖くても、臆病でも、逃げちゃいけないのは自分の気持ちでしょ?」

「……うん」


 答えの出ない恋は苦しい。

 早く解放されたい。

 この行き場のない“片思い”の気持ちから――。

 

 

 

 

 しばらくして屋上に呼び出された修斗は優雨の顔を見るなり、


「……」


 黙って後ろを向こうとする。


「待ってよ、いきなり帰らないで?」


 びっくりして逃亡コマンドを選んだ修斗を引き留める。


「い、いや、なんで優雨がここに?」


 いては悪いのか、という彼女の瞳に睨まれる。

 昨日の今日で、修斗も彼女の対応には困り果てている。

 そもそも、なぜ優雨と一緒に美織や淡雪がいるのか。

 

「ふたりって、優雨と仲が良かったっけ?」

「珍しい組み合わせなのは私たちが“相談”に乗ってたからよ」

「……相談?」

「今回の件、私も悪いことをしちゃったなぁって反省してるの。修斗クンに余計なことを言っちゃったからさぁ」


 わざとらしく美織はそう呟く。

 いつもの表の顔の彼女は、修斗から見ればさぞ女神に見えるのだろう。

 またいつものように、コロッと騙される。


「私には人の恋路を邪魔する趣味は私にはないの。私のせいでこじれてしまったのなら少しは責任も感じるわ。だから、お互いに仲直りして欲しいなぁって思って」


 どの口がそれを言うか、と内心憤る優雨だった。


――今回の騒動を大きくした張本人のくせに。またいじめてやりたい。


 しかし、優雨のするべきことは美織を追い込むことではない。


――修斗との関係をこれ以上こじらさせたくない。


 だから。


「修斗」


 彼の名を呼ぶと、申し訳なさそうに、


「……頬、まだ痛む?」

「いや、もう大丈夫だけどさ」

「そっか」


 そこで“ごめん”と一言言えれば終わるのに。

 それが言えないのは優雨の悪い癖だ。


「伊瀬さん。言わなきゃダメなことがあるでしょう。逃げないで」


 そっと淡雪が彼女にその一言を促す。

 逃げてばかりではいけない。

 言うならば今しかない。


「修斗。あ、あの、昨日は……」


 勇気を出そうと頑張る優雨だが中々声が出せない。


「なんだよ」

「……え、えっと、あのね」


 どうしても一言が言えず。


「あの、だから……」


 頑張れ、自分。

 消え入りそうな言葉で言おうとしたのだが、それを遮るように、


「修斗クン。聞けば、昨日は無理やり優雨さんを襲ったんだって? それで返り討ちされちゃうなんて修斗クンも意外にオオカミさんだよねぇ?」


 美織が横やりを入れてくる。

 その追及に修斗は「はぐっ!?」と精神的ダメージを負う。

 彼にとっての彼女は憧れる存在であり、失望されたくはない。


「ち、違うんだよ? あれは誤解もあって……」

「誤解ねぇ? そんな悪いことをしてたなんてびっくり。みんなでキミを慰めてたのは被害者だと思ってたのに。まさか加害者だったんだ?」

「お、俺をそんな失望した悲しい目で見ないで、美織さん!?」

「欲望に負けるのは、男の子だからしょうがないと思うけど、女の子からすれば許してあげたくないくらいに傷つくこともあるわ。このままじゃ……きゃんっ!?」


 制服の襟首を淡雪に引っ張られて体勢を崩す。

 彼女は美織を睨みつけるようにして、


「くぉら、美織。今、伊瀬さんの大事な場面なの。貴方が邪魔するんじゃない」


 せっかくいいところで邪魔をするのは美織の悪い癖である。


「だ、だって、この子がうだうだ悩んでるから間を持たせようと……」

「間を持たせるどころか壊すつもりでしょ。この悪女は油断ならないわ」

「今のは悪気なかったのに。いじけまくってるそこの子が悪いんです」

「……無自覚ならば尚更悪い。性格が歪みまくってる」


 美織を調子に乗せると修復不能までなりそうだ。

 そもそも、彼女に期待したのが間違いだった。


「月城君」

「は、はひ。あのー、俺は犯罪者じゃないっすよ」

「そうではなくて、伊瀬さんに対して言うべきことがあるのではない?」


 優雨がダメなら修斗に任せる。

 方針転換する淡雪に促されて、修斗は自分のすべきことをする。

 結局、自分が折れてやるしか仲直りの方法はないのだ。


「……優雨」

「はい」

「昨日は勢いよく胸を揉んですみませんでした。次は優しくします」

「そ、そっちじゃないっ!」


 顔を赤らめて声を荒げる優雨だった。

 別にそっちに関して怒ったのは一度もない。


「え? 違うの? もっと揉んでよかった?」

「全然違うわ、このエッチ、変態!」

「あれ? そっちで怒ってるのでは?」

「なんでアンタはいつもそうなのよ。このバカ、死んじゃえッ」

「それは言いすぎじゃね? お前、ホントに口が悪い」

「うるさいっ。今日の朝も調子に乗りまくって。何が我が世の春よ。ヘタレのくせに」

「い、いいだろう。男としてハーレムなんて二度と味わえない体験だからな」

「開き直った! こいつ、ホントにダメなやつ」


 どうして素直になれないのか。

 相変わらずの口喧嘩を始めるふたりに、淡雪は肩をすくめる。


「……夫婦喧嘩はワンちゃんも食べない。このふたりはこれで正常なのかしら」

「どうでもいいわよ。ねぇ、淡雪。もう逃げてもいい?」

「そうね。邪魔ものは退散しましょうか。あとは二人の問題だもの」


 言い争う彼らを前に微苦笑する。

 喧嘩するほど仲がいい。

 その言葉の似合う二人に戻っていた。


「そもそも、昨日のことだって、アンタが野獣化したのが原因でしょ!」

「あれくらい普通だっての。俺だって男なんですよ」

「性欲まみれの変態野郎か」

「うっ。そ、そう言う言い方しなくても。男ってのはしょうがない生き物なんだ」

「反省してよね、反省! そんなのだから……」


 この様子ならば、最悪のパターンに陥ることもなさそうだ。

 ホッと淡雪は胸をなでおろす。


「まぁ、いいや。これはこれでいいとして。ねぇ、美織。貴方にはこれから私がしっかりと教育しなおすから覚悟してね?」

「は? い、いや、私は別に……」

「今回みたいなことをしちゃう、悪い子だもの。友達として、貴方のダメなところはきっちりと直して、夏休みを迎えてもらいたいわ。行きましょ」

「や、やだぁ。連れて行かないで。こーいう時の淡雪は怖いのよぉ」


 引きずられて屋上から連れ出される美織だった。

 残された修斗と優雨はそれに気づかない。


「……でも、ああいう風に思い合える男子と巡り合えるのは幸せなことね」


 そこにどこか羨ましさを感じずにはいられない。

 扉を閉めながら、二人の姿を見つめて美織は小さな声で呟いたのだった――。

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