第16話:優雨が俺を好きって、ホントかよ?


 放課後、修斗は優雨に連れられて、繁華街の方まで遊びに来ていた。

 学校帰りに寄り道するのは珍しくない。


「日和さんが働いてるのって、どこのお店なんだ?」

「もう少しでつくわ」

「女の子向けのお店なんだって?」

「ふふっ」


 日和がアルバイトをしているお店に行くのは初めてだった。

 ただ、優雨の含み笑いが気になった。


――こいつがこういう顔をするとき、ろくなことがない。


 分かってはいるものの、行くと決めたからには引くこともできず。


「それにしても、あの日和さんがアルバイトか」

「のんびりしてるけど、意外と強い人だから大丈夫よ。それにあのお店は、お姉ちゃんの趣味をかねてるの。あの人、可愛いのが好きだからさ」

「ふーん。俺の従兄も靴が好きだから、靴屋でバイトしてた」

「趣味を兼ねるのはいいことよ。何でも興味がないとダメね」


 修斗も今後は何かしらのアルバイトをしようと考えてはいた。

 継続的にお小遣い程度のお金が入るのは良い話だ。


「優雨もいつかアルバイトとかしたい?」

「私は働かなくても、お小遣い程度をせびれる相手がいるし」

「お、俺を見るな!?」


 ちらっと一瞥されただけでびくつく。


「今年の夏も楽しみだわ」

「い、嫌だぞ。夏のアルバイト代はお前に払わない」

「……はいはい。冗談はさておき」

「絶対に冗談じゃなかった」

「もうすぐお店よ。中に入りましょうか」


 そして、修斗は優雨の企みを思い知るのだった。

 なぜ彼女がここへ誘った時に笑っていたのか。

 その理由は――。


「いらっしゃいませ」


 ちょうど出迎えてくれたスタッフは、日和だった。


「お姉ちゃん、来たよー」

「あら、ゆーちゃんだ。いらっしゃいませ。……シュー君?」

「ふふふ、どうしてもついてきたいって言うから連れてきたの」

「……」


 修斗は声にならずに、金魚のように口をパクパクとさせるしかできない。


「本当に? ゆーちゃん、騙して連れてきたでしょ」

「騙すなんて人聞きの悪い。ほら、修斗。入口に立ってないで中に入ろ?」

「ゆ、優雨。お前……俺をハメやがっただろ」

「失礼ね? 修斗だって来てみたいって言ったじゃない」


 店内に並んでいるのは色彩豊かな下着の数々。

 どこに視線を向けても、女性向け商品が並ぶために目のやり場に困る。

 

「あ、あぁ……」


 日和のアルバイト先はランジェリーショップだったのだ。

 冷や汗をかきながら、彼は周囲を見渡して、


「どこに視線を逃がしても下着しかねぇ!?」

「何よ。ただの布切れに興奮中!?」

「違うわっ!? ち、ちくしょう。何で俺までこんな店に……」


 すぐさま出ようとする修斗の首根っこを優雨は掴むと、


「興奮するな。はいはい、アンタは私に付き合いなさい」

「やだぁ。お店から出してくれ。この超絶アウェーの現場から逃げたい。ほら、ほかの店員もにやにやして俺を見てるじゃないか。変態じゃないんだぞ」

「にやにやしてるのは、アンタの童貞丸出しの初々しい反応が可愛いんでしょうが。女の子の下着程度、見慣れてるでしょ?」

「見たことないわ!」

「……ふっ。ごめんなさい、アンタにそんな機会は一度もなかったわね」


 分かっているくせに、優雨から失笑されてプライドをずたずたにされる。


――ちくしょう。やられた。こいつは油断するとすぐこれだ。


 人の尊厳を踏みにじるのが大好きなのだ。


――こんな場所に連れてきやがって。俺をどうしたいんだ。


 気恥ずかしさに、今にも泣きそうな修斗である。


「外で待ってるので、好きに選んでくれ」

「だから、待ちなさい。私の下着選びに付き合ってよ?」

「何を平然と言ってくれてます?」

「お姉ちゃん。これ、追い出さなくてもいいでしょ?」

「いいよ。カップル連れでお店に来ることもあるし、別にいいよ? ただし、他のお客様をじろじろと見るのだけはやめてね、シュー君? ゆーちゃんオンリーで」

「俺はさっさとここから出たいと言ってますが!?」


 誰一人、聞く耳を持ってくれない可哀想な修斗である。

 優雨は男子が来るということに興味を抱いた様子。


「へぇ、男の子もお店に来ることってあるんだ?」

「うん。リア充丸出しのカップル連れとかね。ちらっ」

「俺たちは違います」

「……修斗の即否定の仕方がムカつく。他には?」

「あとは、自分用のものを買いに来るお客様とか……」


 店員を含めてお店全員の視線が修斗一点に集中する。


「や、やめて!? 俺はそんな趣味ないから!?」

「……似合いそうかも? そういえば、私の部屋でよく下着を見ては……」

「優雨!? ホントにやめてくれ!?」


 誤解を招く発言はやめてもらいたい。

 そのような特殊な趣味を彼は持っていない。


「意外かもしれないけども、男子でもブラをつける人はいるわ」

「嘘でしょ? オネェ系の方々か変態趣味の人でしょ」

「ううん。普通のおじさんとか。下着男子はごく少数ながらもいます」

「ただの変態やん!」

「そういう偏見はよくないよ、シュー君。人の趣味は人それぞれ。お客様である以上、私たちも接客します。それでシュー君のお好みは?」


 彼は首を横に振って「そんな趣味ないっす」と凹むのだった。

 この超絶アウェー、誰一人味方はいない。


「あとはプレゼントを買いにくるお客様もいるよ。奥さんや恋人にあげたいんだって」

「……ふーん。あとで自分で脱がせるために買いに来る、と。修斗?」

「な、何も言うな! 優雨、お願いだからもういじらないで。分かった、こうしよう。気に入ったやつは買ってやる。だから、俺をもうこのネタでいじるな」


 精神的に持たないとばかりに、修斗は屈するしかなかった。

 その発言を待っていたとばかりに、優雨は目を輝かせる。


「いいの?」

「……はい。なので、これ以上はもういじめないで」

「やった。お姉ちゃん、修斗が買ってくれることになりました」

「よかったねぇ」

「で、高い奴はどの辺?」

「遠慮容赦ないな!?」


 一度口約束したので断り切れず。

 もう自分の尊厳を傷つけられるのも嫌なので大人しくしたい。

 お店の椅子に座りながら待つことにした。


「シュー君も選んであげないの?」

「お願いです。俺を殺さないでください」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ゆーちゃんの下着だよ?」

「……だから、何だって話ですよね。俺に見せてくれるわけでもないのに」


 二人の関係はそういうものではない。

 むー、とあれやこれやと下着選びをしている優雨の横顔を見つめながら、


「いろんな種類の下着があるんですね」

「そうだね。下着は女の子が男の子に魅せたいものだもの」

「魅せたい?」

「うん。好きな人には自分をもっと魅力的に思われたいじゃない。だから、可愛いのを選んだりするわけ。ゆーちゃんも魅せたい人がいるんでしょ」


 魅せたい人。

 誰かを魅了したい人。


『優雨さんは修斗クンが好きなのよ?』


 ふいに美織の言葉を思い出してしまった。


――い、いやいや。あの言葉を本当に真に受けてしまうのは危険だ。


 もしも、その言葉に乗せられて下手な行動でもしたら、修斗と優雨の関係は壊れる。

 ここは慎重になるべきだ。


「そうすっか」

「あれ、生返事気味。今の発言、魅せたいのはシュー君なのにって意味なのに」

「俺を弄んで楽しまないでくださいな。俺たちは……」


 そこで言葉に詰まる。

 本当にそんな関係になれるのだろうか。

 修斗はこれまでの付き合いを考えて、ふとそう思った。

 この4年間、特別な関係であるとは自負するものの、恋人になれそうな気配はなく。


――優雨が俺を好きって、ホントかよ?


 一番大事なところが、未だに信じられないでいるのだった。

 そんな悩みを知らずか、優雨はわざとらしく、


「ねぇ、修斗。見てみて。こんなのがあったわ」


 それは胸元が大きく開いた派手目な下着。

 大きな胸に似合いそうで、優雨が着ているのを想像しそうになり、


「ちょっ。大胆すぎません!? そんなの見せるな」

「他にも過激なのも多くて。男子ってこれくらいじゃないと興奮しないの?」

「……そんなこともないけど。さすがにそれは行きすぎじゃないか」

「修斗は露出が高いのと、大胆なタイプのどちらが好き?」

「どっちもダメ。お兄さんには刺激的すぎる」

「……ヘタレめ。直視もできないの?」

「ふ、普通って言う選択肢は?」

「面白くないじゃない。修斗が買ってくれるんだもの。修斗好みにしたいじゃない?」


 彼女はふふっと笑いながら、修斗にだけ聞こえる声で、


「……下着を見せてくださいって言えば、見せてあげないこともないわよ?」

「その気もないくせに言わないでくれ」

「あら残念。今日の夜辺り、ホントに見せてあげるつもりだったのになぁ」


 明らかなウソなのに、心が反応してしまう、悲しい男の性。


「くっ。男ってやつは……」


 少しでも期待してしまう自分が情けなくて悔しい。

 その後、優雨が選んだ黒とピンクの下着を買わされた。

 精神的にすり減る思いと、物理的に数千円を支払わされて。

 店員のお姉さんたちにからかわれながら、様々な下着の説明を聞かされて。

 それらに耐えた修斗は、ほんの少しだけ大人になれた気がした。

 

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