第15話:私の運命の相手になれるかも?


 自分の気持ちに気づくのが遅すぎた。

 美織から教えられたのは、優雨の気持ち。


「優雨が、俺を好き?」


 他人の口から聞かされた想いに、彼は戸惑うしかない。


「ホントなのか?」


 動揺して言葉にならない彼に対して、


「気づいてなかったの? 全然、まったく?」


 意外そうに美織は囁く。

 彼のひざ元で眠る子猫に視線を向けた。


――優雨が俺を好きなんて……?


 目を覚ます素振りもなく、静かな寝息を立てる優雨を見つめる。


「鈍い。これだけ好き好きオーラ出してるのに気づいてあげられないなんて」

「え、あ、いや? だって、優雨が俺の事なんて」

「どう見ても、好きでしょう? 愛されている実感はない?」


 優雨との関係を指摘されると、


「気に入られてるとは思うけど、愛されてるかと言われたら分からない」


 素直な修斗の言葉。

 すると、美織は口元に手を当てながら笑い始めた。


「ふふっ。ホントに? あはは」

「わ、笑われるところ?」

「だって、あれで気づいてないならその鈍感さはもはや罪レベルよ」

「マジですか」


 笑われてしまい、彼女に気恥ずかしさを感じる。


「そっかぁ。近すぎるのも問題だ」

「まさか、ホントに優雨が?」

「みんな、知ってるわよ? だって、バレバレじゃない。修斗クンを好きなのは態度で丸わかりでしょ? どーして気づいてあげられないかな」


 そもそも、自分の気持ちに気づいたのは最近のことなのだ。

 相手が自分をどう思ってるかなんて、考えることもなかった。


――友達以上恋人未満。好きとか、そんな素振りなんてなかっただろう?


 この関係に慣れすぎて、ホントの優雨の気持ちなんて分からない。


「ちなみに、これは確認だけど、修斗クンは優雨さんのことが好きなの?」

「それなりに。まだ自分の中にもはっきりと言える自信はないけどね」

「……修斗クンってさ、流されやすいタイプ?」

「はぐっ!?」


 何気ない一言がぐさっと修斗の心に突き刺さる。

 

「は、はい。そうですね。流されやすくてちょろい奴だよ」

「別に責めてないのよ? それはそれで悪いことじゃないもの」

「鈍いのは認める。優雨を女として意識したのはつい昨日の事だ」

「それで、あんな風にラブラブに?」

「それは……いろいろとありまして」


 誰かからのハニートラップをされかけている。

 そんな話もあったのを忘れかけていた。


――そういや、誰も接触してこないよな?


 あの話、もしかすると。


――優雨の作り話とか? 俺とああいう風になりたかった?


 勝手な想像。

 すべてが真実と異なる方向へと思い込んでしまう。


「どちらにしても優雨さんはとても大事にされてるみたい」


 やんわりと穏やかな微笑み。

 美織は「いいなぁ」とどこか羨ましそうに囁いて、


「私にはそこまで想ってくれる子はいないもの」

「あんなに告白をされてるのに」

「あれはただの男の子の下心。恋であって、愛じゃないわ。それに」

「それに?」

「私は運命を信じてるの。ホントに好きな人とは運命で結ばれるって」


 彼女はそっと修斗の唇に指先を触れさす。


「――私の運命の相手も、近くにいればいいのにね?」


 その仕草に思わず修斗はドキッとする。


――この子はすごく人を惑わせるのがお好きなようだ。


「あ、あの、美織さん?」

「……修斗クンがしっかりとしてあげないとダメよ」

「え?」

「だって、そうでしょ。優雨さんはああいう素直になれない性格だもの。こういう時は男の子の方からアプローチしてあげて。恋する女の子は臆病なものよ」

「俺の方からか。難しいな」


 優雨への対応には戸惑うばかりだ。

 彼女にどうしてやればいいのか悩む。


「大丈夫よ。優雨さんは修斗クンが好きだもの。どんな行動でも受け止めてくれるし、相手だって望んでるはずよ? もっと強気でグイグイと押さないと」

「確かに。優雨は押しに弱いところがあるような」

「あとは修斗クン次第ってわけ。頑張ってね」

「自信ないなぁ」


 経験不足ゆえに、どう行動すればいいのやら。


――変な行動してこいつに嫌われてもな。


 どうすれば彼女に好かれるのか、それを考えてみるしかない。

 修斗の不安を感じ取ったのか、悪戯っぽい口調でその手を重ねる。


「大丈夫よ。もし、優雨さんがダメだったら、私に乗り換えちゃうとか?」

「は?」

「……修斗クンなら、私の運命の相手になれるかも?」

「み、美織さん?」


 思いもよらない告白に修斗は目を点にさせる。


「私ね、真っすぐな男の子って好きなの。心が綺麗な子は一緒にいると穏やかな気持ちになれるもの。キミにはそれだけの魅力があるわ」


 それは冗談だったのか。

 それとも、本気だったのか。


「あ、あの、それは?」

「くすっ。頑張れ、男の子」


 言い終えると彼女は二人の前から立ち去ってしまう。


――いつもながら、美織さんは素敵な子だな。


 励まされたのか、からかわれたのか。

 良くも分からないまま、修斗は照れくさくなるのだった。

 だが、しかし。

 彼は浮かれて気づいていなかった。


「――っ」


 そんな彼の膝元で寝そべる優雨の“瞳”がうっすらと開いてたことに――。

 

 

 

 

 ……。

 悪女は微笑む。

 その自らの罪に苛まれることもなく。

 人の心を壊す、少女の悪意は静かに毒のように染み込んで広がっていく。

 修斗たちから離れた美織は「またぁ?」と少々、呆れ気味に、


「覗き趣味はよろしくないわよ、淡雪」

 

 少し離れたところで様子をうかがっていた友人に声をかける。

 物陰に隠れた茶髪が風になびく。


「別に覗きのつもりはなかったんだけど。出ていく場面でもないでしょ」

「確かに。それもそうね。出てこられても困る。邪魔されちゃ嫌だもの」


 そこにいたのは、淡雪だった。

 今回も、淡雪はずっと美織たちを見ていたのだ。


「隠れるのが上手なことで。ストーカーできるわよ?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれる?」

「盗み聞きと覗き見が趣味の淡雪さん。どうしてここに?」

「お昼ご飯を食べ終わったら、顔面蒼白でトボトボ歩く男の子を見かけて、これはまた私の友人がやらかしちゃったのではないかと心配してたの」

「あー、あれ? 今日は適当にボコボコにしておいたわ」

「いつもじゃない。貴方には毎度、遠慮容赦という言葉がない」

「いいでしょ。暇つぶしだもの。私の時間を奪おうとするからああいう目に合う」


 今回も可哀想な犠牲者がひとり生まれてしまった。

 彼もまた美織の本性を知り、心を痛めて彷徨うように去っていった。

 毎回、人の想いを踏みにじり、欠片も残さず壊すのが好きなのだ。


「それはいいとして。珍しいじゃない。貴方が恋のキューピッド役なんて?」

「キューピッド? 私、そんな真似なんてしてないよ」


 先ほどの修斗との会話の事を言ってるのだとしたら、それは大きな間違いだ。


「だって、鈍感な月城君に伊瀬さんの気持ちを伝えたりしてたじゃない?」

「……ねぇ、淡雪」

「はい?」

「人から自分の気持ちを伝えられるってどんな気持ちだと思う?」


 なぜか、美織の口元には薄ら笑いが浮かんでいる。


「その顔は何か悪いことを企んでる顔だわ」

「ふふふ。大事に隠し続けてきた自分の想いを、あっさりと他人から伝えられてさ。それ、嬉しいこと? 悔しいこと? どちらでしょうね」

「美織。何を企んでるのかしら?」


 いぶかしげな美織の様子に、淡雪は顔を引きつらせる。


「まず、間違いがひとつ。別に私は彼らをくっつけたいわけじゃないもの」

「そうなの?」


 これは、美織の仕掛けた罠だった。


「修斗クンはとても真っすぐな子よ。裏表のない、下心のない優しい男の子。でもね、彼はとっても純粋がゆえに、愚かしくもあるの」

「まさか、わざと……?」

「人間って意識をした時点で負けなのよ。普段から意識していないものを意識すると、物事が冷静に見えなくなる。人の想いに気づくのは特にそう」

「わざと、月城君に伊瀬さんが好きな気持ちを伝えて、意識させた?」

「ここからよ。彼はその“意識”した気持ちと向き合わなくちゃいけない。それでも、今の彼は中途半端だわ。自分の気持ちにすら気づけていないもの」


 きっかけ次第では、修斗と優雨の関係を進展させる好材料になったはずだった。

 人の気持ちの扱いには繊細さが必要。

 だからこそ。


「人の気持ちを知るのは、いい意味でも悪い意味でも重いものよ」

「受け止める方も心構えが必要なもの」

「はたして、その覚悟が彼にはあったのかな?」


 意地の悪い美織はそこに付け込んだ。

 彼を後押しするふりをして、知らぬ間に崖から突き落とした。

 そのことにまだ、修斗自身は気づいていない。


「……あの子はダメよ。相手の気持ちを考えすぎて、翻弄されてやがて自滅するタイプ。その果てに自分の中にある感情がぐちゃぐちゃになるの。見てなさい。明日にはきっと、あの子たちの関係はボロボロだから」

「どういう意味?」

「自分で気づけなきゃ意味ないもの。人の想いは、他人に教えられてるようじゃダメってこと。私の言葉程度に翻弄させてるようじゃ先は見えてる」


 彼女はくすっと微笑んで、夏の空を見上げる。

 初夏の太陽の日差しが穏やかに降り注ぐ。


「きっと、とっても面白い状況になるわ。今から楽しみ」

「面白いのは貴方だけだと思う。怖いわ、この子」

「……一番面白くないのは優雨さんかな。今頃、怒り心頭じゃない? 他人の私から自分の気持ちを伝えられてご不満なはず」

「え? あの子、起きてたの?」

「私が近づいたときに、寝たふりしてた。邪魔するなってオーラが出てたもの」


 実際は眠気が残ってる状態ではっきりとは目覚めていない様子だった。

 しかしながら、状況はある程度、彼女の耳にも届いてたはずだ。


「……性格が悪いわよ、美織? 人の恋路を邪魔しないで」

「だって、あのふたり、今日は調子に乗ってたからさぁ。ラブラブな雰囲気をかもしだしてたけど、あれって私への当てつけ、もとい警戒でしょ。私に奪われたくないってアピールをするものだから、つい反撃したくなっちゃった」


 だからこそ、ひねり潰したくなった。

 中途半端な想いごと、まとめて全部――。


「それじゃ、最後に修斗クンに気があるような素振りもただの演技?」

「当り前じゃない。彼の事は気に入ってるけど、異性として好きじゃないもの。ちょっとからかっただけであの反応、面白かったでしょ? 男の子は単純だなぁ」

「……もし、告白されたら?」

「実際にフラれてすがりついてきたら、止めをさしてあげるわ」


 その様子を想像すると、笑みが浮かびそうになる。


「彼のこと、甘く優しく殺してあげるつもりよ」

「……期待させて落とす。やり方がえげつなくてひどい」

「えー、私ってすごく優しい聖女だと思わない?」

「ただの魔女です。どこまでも悪女ね」


 相も変わらないその態度に、淡雪は心配さえする。


「ホント、人の恨みを買う子はろくな目にあわないわよ?」

「普段の行いがいいから大丈夫だわ」 

「……その笑顔が怖い。趣味が悪いにもほどがある。友人をやめたくなってきた」


 淡雪がドン引きすると彼女は「えー、友達でいてよ」と抱きつく。

 

「ひっつくなぁ。この悪女め、反省しなさい」

「悪いのは私じゃないでしょ。あの程度の言葉で、どうにかなっちゃう関係なら最初から終わり。本当にふたりが想いあうならこの程度は障害にもならないわ」

「……愛の試練を与えてるとでも?」

「運命は目には見えない強い力。運命で結ばれあうのならば、きっと乗り越えられる。あの子たちに運命に期待してみる?」


 修斗と優雨のふたりに、それはあるのか。


「だけど、無理じゃないかしら。好きな人に好きって言えない女の子。その想いに気づけない鈍感な男の子。彼らに乗り越えられると思う?」

「それは彼ら次第じゃない?」

「ならば、ぜひ、見せてほしいものね。二人の愛の絆ってものを……」


 愛に失望し、愛に期待を持てない少女。

 歪んだ価値観の彼女には人の気持ちが分からない。

 愛を理解できないからこそ、壊したくなるのだ。


「これ、貴方が何もしなければ、普通にくっついたんじゃない?」

「ふふっ。私の暇つぶし相手に選ばれたのが不運よね」

「……何だか美織が可哀想になってきた。どこで歪んじゃったかな」

「運命の人が早く現れてくれなかったせいね。すべて、その人が悪い」

「はぁ。こんな子に狙われたふたりには同情しかできないわ。頑張ってほしい」


 淡雪は友人の歪んだ心に悲観しつつ、犠牲になった修斗たちに同情する。

 隣で微笑む悪友を「こっちもこっちで心配だわ」と嘆く。

 知らぬところで、修斗達の運命が狂わされようとしていた――。

 

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