第11話:変態街道まっしぐら。暗黒世界行きよ


 自転車のカギを返しにもらいにきた修斗を襲うハプニング。

 冷静さを取り戻した優雨の部屋にあがることになる。

 修斗にとってはかなり久々の事である。

 リビング程度は行き来していても、さすがに女子の部屋には入りづらい。

 優雨の部屋は女子らしい明るく可愛らしい色合いの内装だ。

 壁の飾り棚にはいくつものアロマキャンドルが並べられている。


「おじゃましまーす。おー、昔とあんまり変わってないな」

「昔って数か月程度しか経ってなくない?」

「そうだっけ。相変わらず、ファッション雑誌とかアロマキャンドルとかばっかりだぜ。相変わらず、アロマ趣味か」

「まぁね気持ちを落ち着かせたいから、アロマつけてもいい?」

「どうぞ、ご自由に。俺を殴らないのなら何でもしてくれ」

「それは悪かったわよ。素直に謝ります、ごめんね」

「珍しい。優雨がここまで素直とは……」

「私はいつも素直よ。これにしよっと」


 断りを入れてから優雨はアロマキャンドルに火をつける。

 彼女はこの小さな灯が揺れるのを見るのが好きだ。

 すぐにふんわりとした香りが部屋に漂い始める。


「すっきりとしたいい香りだな。何だっけ、これ?」

「ラベンダーね。定番で一番落ち着く香りなの」

「あぁ、トイレの芳香剤……すみません、例えが悪かったので殴らないで」


 キッと優雨に睨まれて修斗はシュンッとする。


――優雨の趣味にケチをつけるとマジで怒られるからな。


 またもや攻撃されても嫌なので大人しくしておく。


「ラベンダーとか香りがいいのは好きよ。落ち着くでしょ」

「ストレス解消にはなりそうだ。気持ちは落ち着きました?」

「……ちょっとは落ち着いた」

「そりゃ、よかった。いきなり殴られるとは思わなくてな」


 驚かせたつもりはなかったが、結果的にはタイミングがよくなかった。

 あまりにもよろしくないタイミングでの登場だったのだ。


「で、何か用か? ちょうどいいから家にあがってと日和さんも言うし」

「アンタに用があったのは事実よ」


 姉が妙に期待する顔を見せるので放っておいて欲しくて、部屋に招いた。

 告白はすぐにできるはずもなく、その前に優雨は例の話をするか迷う。


「……言っても信じてもらえるとは限らないものね」

「は? 何がだ?」

「例えば、アンタの信じてる女の子がとても悪い子だとしたら?」

「お前?」

「わ、私は素直で可愛い子でしょ!」

「いてっ。自分で言うなよ。あぁ、優雨以外の話ね。で?」


 話をするだけしてみることにした。

 信じるか信じないかは、彼次第だが。


「その子は、裏の顔があるの。表の顔からはとても想像できない。他人を傷つけるのを楽しむような歪んだ性癖の持ち主だったとしたら?」

「……ふむ。人って知らない一面があるっていうものな。何だったかな、人には3つの顔があるっていうやつ。知らない?」

「知らないわ。なにそれ?」


 人には3つの顔がある。


「えっと、一つ目は世間に見せる顔だな。みんなが知ってる一面だ」

「世間で思われてる人物像ね。ふたつめは?」

「友人や家族、大切な人に見せる顔。いわゆる自然体の自分だな」

それはよく優雨が修斗に見せている顔でもある。

「……最後の3つ目は?」

「誰も知ることのない自分だけが知る本当の素顔。ホントの自分ってやつ」


 優雨で言えば、臆病ものな自分の顔。

 自分しか知らない自分の顔は誰にでもある。


「あの子にとってそれは、ひどく歪んでしまったものだった。3つ目の顔なんて知らなかった方がいいのに。私は知っちゃった」

「それ、誰の話?」

「言っても信じないから教えません。とある女子の話よ」

「ふーん。俺と何か関係があるのか?」

「単刀直入に言えば、その悪女がアンタに意地悪をしようと企んでるわ」


 そこまで言われて修斗の顔色が曇る。


「マジで? 俺、その子に何かした?」

「彼女曰く、ただの暇つぶし。修斗が悪いわけでもないのに、ひどい話ね」

「えー。俺、誰の恨みも買ってないのに。女子には優しく、それが俺のモットーだぞ。それなのに、ひどいじゃないか。なんてことだ」

「女子に優しく? 私にも優しくしてよね」

「十分すぎるくらいに俺は優しくしてるつもりですが!」

「……とにかく、そういうわけで、アンタはその子に狙われてます。遊び半分で修斗を篭絡して、ポイ捨てするつもりみたい」


 修斗は腕を組みながら考えるそぶりを見せる。


「人生で一度だけでも、とてつもない美人に良い思いをさせてもらえるのならば、ポイ捨てされるのも悪くないかもしれん。天国と地獄だな……ぐあぁ!?」

「私みたいな美人さんが傍にいて、一度もいい思いをしたことがないわけ?」

「すぐに手が出る子だからな。あ、足を踏むな!?」


 迂闊な一言により修斗は足を踏まれて攻撃される。

 部屋の隅っこに逃げる彼は「これだからなぁ」とため息をひとつ。


「修斗は贅沢ものだわ。私の何が不満なのかしら」

「……性格が問題だと思うんだ。女の子は常に優しく謙虚で、お淑やかに。それがいいぜ。お前のお姉ちゃんみたいな性格だとよかったのにな」


 優雨はアロマの灯を眺めながら「うるさいなぁ」と不満をあらわにする。


――まぁ、素直な優雨っていうのもらしくないけどさ。


 修斗の知る優雨の二つ目の顔。

 素直じゃないからこそ、可愛らしく思える姿。

 なんだかんだで修斗も優雨のそういう性格を“らしさ”として認めている。


――それにしても、俺は誰に狙われてるんだ?


 思い当たる人物はひとりもいなかった。


「それで、その子は具体的に何を仕掛けてくるっぽい?」

「ハニートラップ」

「甘い罠か」

「そうね。甘い毒でゆっくりと殺されちゃうのよ」

「つまり、俺はあんなことや、こんなことをされてポイ捨てされるわけか」

「……おい、変態。何をにやけてるの?」

「そんなことないぞ? 美人にハニートラップされて、嬉しいわけがないだろ?」


 そう言いながらも口元は想像してにやけている。

 男ならば甘い罠であろうと、受けてみたくなる。


「はぁ、ハニートラップをされてみたいとか思ってる?」

「どんな目にあわされてしまうのだろうか。ドキドキ」

「ちなみに期待しちゃってるところを悪いけど、本日、犠牲者を目撃したの。彼は二度と恋愛など迂闊にできな程の心の傷を負わされていたわ」

「――!?」


 甘い罠というからにはきっといい思いをさせてもらえると期待してしまった。

 だが、甘い。


「ハニートラップが美味しい思いだけさせてもらえると? 甘いわね。アンタの恋愛観を粉々に砕いてしまうかもしれないの。危機感を抱きなさい」

「マジで? 言いすぎじゃなくて?」

「イエス。今回の彼はきっと心の傷をいやすのに大変な時間を必要とするわ。いいえ、もしかしたら、もう女子には幻滅して男子に走るかもしれない」

「おい、こら。話を盛りすぎてないか?」

「全然、盛ってない。アンタだってそうなるかもしれないのよ」


 びしっと指をさして彼女は修斗に言い放つ。

 それはあまりにも厳しい現実。


「修斗の未来は女子に幻滅して男子と付き合うかもしれない」

「い、嫌だよ。普通に女子と恋人になりたいや」

「それができればよかったのにね。……変態街道まっしぐら。暗黒世界行きよ」

「す、好き勝手に妄想するな。待ちたまえ。そうなるとは限らないだろ」

「残念。悲しい未来は約束されているの」


 さすがにそんなに煽られると修斗も慌てざるをえない。

 自分の未来が輝きを失うのは困る。


「いやだぁ。そんな暗黒世界は嫌だ」 

「そんな目にあいたくない?」

「はい、あいたくないです」

「女子に失望しきって男の子を好きになってもいいの?」

「だから、嫌だっての。俺はノーマル趣味だ」

「でも、アンタの部屋のえっちぃ漫画には、女装男子ジャンルの本が……」

「ねぇよ!? 健全、健全! おかしな疑惑を抱くな!」

「えっちぃ本は不健全だと思うけど。あと、おっぱいが大きい子ばかりだったわ」


 ちっと優雨は不機嫌そうに舌打ちをしながら、


「そうだ。今度、アンタの部屋の掃除してもいい? ベッドの下を大掃除しましょ」

「や、やめてください! ご無体なぁ!?」

「……私も見たくないけど、捨てるものが多そうだわ」

「やめろぉ! そんなことをするのなら、俺もお前のクローゼットの中をのぞく」


 追い込まれて情けない反撃に出る。

 そんな修斗に平然と優雨は対応する。


「別にいいよ? 私、下着を見られたくらいで恥ずかしい気はしません。盗られたら怒るけど、見られる程度は別に何とも思わない」

「なぬ?」

「ほら、布切れが見たいならどうぞ、ご自由に? ほらぁ、早くしなさいよ?」

「い、いや、あのですね。その……」

「私がお気に入りのを見せてあげましょうか? これとか、あれとか?」


 ぐいぐいと迫る優雨に修斗は「参りました」と降参する。


――ちくしょう。優雨に勝てる気がしねぇ。


 優雨に敵うはずもなく。

 変な方向に話がそれたので元に戻す。


「それで、アンタが男の子趣味に走るのを阻止してほしい?」

「できることなら。いや、何があってもそうはならないと思いますが」

「ハニートラップを回避する方法がないわけじゃないわ」


 不思議そうな顔をしながら優雨に「何か秘策があるのか?」と尋ねる。


「……と、付き合うとか」

「優雨? ぼそっと言われても聞こえない」


 彼女はなぜか顔を赤らめながら小さな声で言うのだ。


「わ、私と付き合ってみるとか……? そうすれば邪魔も入らないし」

「……優雨と付き合う? 俺が?」

「そういうのもアリなんじゃないの?」


 彼女からの思いもしない告白。

 修斗と優雨と恋人になるという選択肢。


「ホントに……?」


 ラベンダーのアロマキャンドルの香りが漂う部屋。

 優雨の想いが二人の関係を変える――。

 

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