第6話:いつまでもこれじゃダメだよね


 その頃、優雨は友人たちと一緒にお手洗いから帰ってくる途中であった。


「夏だよねぇ。彼氏がさぁ、今年は海に連れて行ってくれるって」

「いいなぁ。私も海に行きたい」

「優雨ちゃんも例の彼氏とお出かけするんでしょう?」


 優雨と仲のいい友人たちは彼女と修斗が交際しているという認識である。

 彼女自身も否定していないので、都合よく解釈されていた。


――付き合ってるのと同じようなものだし。


 今さら自分たちの関係を疑う人間はいない。


「そうね。夏休みの前半は修斗はアルバイトをするみたい」

「そうなの? せっかく一緒にいられるチャンスなのに」

「稼いだお金で夏の間、楽しませてくれるつもりなの。頑張り屋さんなのよ」

「うわぁ、そっちかぁ。いいじゃん、月城クン」

「いいね。優雨ちゃんも愛されてるなぁ」


 まだ働いてもいないのに、勝手なところで使い道を決められている修斗だった。


「夏休み中もイチャイチャしまくり?」

「……アイツが甘えたがりなんだもの。しょうがないじゃない」

「優雨ちゃんと月城クンってホントに仲がいいなぁ」

「家が近いから。余計に傍にいる時間も普通の恋人関係よりも多いもの」

「それはすっごくいいかも。羨ましいくらいだよ」


 彼女は友人たちに嘘をついていた。

 実際は交際はしておらず、付き合っているように見せかけているだけ。


――本当に修斗と恋人になれたらいいのに。


 力関係的にも修斗に対して我が侭な優雨であるが、恋愛面ではかなりの奥手だ。


――はぁ。修斗が好きなのに告れない自分が嫌いになるわ。


 優雨は修斗に恋心を抱いている。

 それに気づいたのは中学3年の冬だった。

 ふたりは中学こそ同じだったものの、本来予定していた高校は別だった。

 このまま、離れ離れになるという可能性。

 その時、自分が修斗と別れたくないという気持ちに気づいた。


――好きだから別れたくないって、自分の気持ちに気づくのが遅いわよ。


 中学の3年間、一緒に過ごした時間の中で彼に惹かれていたのだ。

 どうしようもないくらいに。


――自分の気持ちに気づけてよかったのやら。悪かったのかしら。


 恋心に無自覚でいられなくなり、何かと意識してしまうようになった。

 結果的に優雨の方が修斗に進路を合わせて、今に至る。

 だが、その後、優雨は何も目立った行動はできていない。


――まったく、私がこんなにも臆病ものだったなんて。


 好きだと気付いたのはいいものの、それを伝える勇気がなかった。

 自分の弱さを知ったのも同じころだった。

 高校に入ってからも関係を変えたいと願いつつも、何も変えられないでいる。


「優雨ちゃん?」

「……修斗がもう少し積極的なタイプなら、もっといいのに」

「えー。月城君が? ないでしょ。あれ、典型的な受け身タイプじゃん」

「そこはちゃんと優雨ちゃんがリードして、引っ張ってあげないとね」

「しょうがないわよね。修斗だもん」


 せめて今の関係を変えられる何かきっかけでもあればいい。

 そう願っていた優雨だった。


――今のままでも悪くはないけど、いつまでもこれじゃダメだよね。


 修斗の方から変えてくれそうな気配はない。

 自分から動かなければ、何も変わらないのだから。

 この夏休みを利用したいと考えていた。


「あっ、噂をすれば修斗君じゃん?」

「でも、誰かと一緒だ? あれって、遠見さんじゃない?」


 友人たちが言う通り、廊下を並んで歩く二人の姿。

 話しながら修斗がノートを持ち運んでいる。


「修斗?」


 美織とは仲良さそうに談笑している姿。


――おやぁ。何をやってるのかしらぁ、修斗くん?


 ふいに湧き上がる怒りでむっとしてしまう。

 自分以外の女性と楽しく話すなんてもってのほかだ。

 嫉妬心がわくが、すぐにその行動の意図には気づけた。


「もしかして、日直の仕事をしてるの?」


 当番制で教師の雑用にかられることもある。

 問題はその理由だった。

 今日は彼らが当番ではない。


「おかしいわ。修斗たちはこの前、やってたはず」

「あー、多分、代わりじゃない」

「さっき体育の時間に早紀さんが倒れたままだったよね」

「貧血だっけ。なるほど、日直の代理か。友人想いの彼女らしいわね」

「その手伝いに修斗が付き合わされてる、と。アイツ、美人に尻尾ふりすぎ」


 優雨は「彼女に頼まれて断れなかったんでしょ」と呆れる。


――それなら納得できる。むしろ、そうじゃなければアイツを許さん。


 浮気などもってのほかだ。

 美人相手なら誰でも尻尾を振りまくる悪い癖は直さないといけない。


「ま、まぁまぁ。でも、そういう気配りができる男の子っていいじゃない」

「……優しさがあるのは認めるけど」

「うちの彼氏なんて見て見ぬフリするタイプだよ」

「男の子って面倒くさがりな子が多いもん」


 しかし、その助けた相手が優雨には気にかかる。


――またあの子と一緒。これはただの偶然なの?


 最近、やたらと遠見美織が修斗に近づいている気がする。

 日直が一緒だったという先週から急接近しているのは見過ごせない。

 あまり接点がなく、遠見美織という少女について優雨は知らない。


「遠見さんって、どんな子?」

「美織さん? そうね、一言で言えば他人想いの人かな。友人関係、クラスメイト、いろんな人に好かれるタイプ。うちのクラスのツートップ美女でもある」

「ツートップのもうひとりはあのお嬢様だから分かる」


 クラスでも人気を二分する二人の少女がおり、その片方が美織である。

 人当たりの良さや、物腰の落ち着いた感じ。

 誰もが好印象を抱くイメージだ。


「ミオリンの悪口を言う人は早々いないよね。悪評なんてほとんどない」

「美人で、誰からも好かれて、そんな完璧美少女に近寄られたら男なんて勘違いしちゃうんでしょう。……告白とかもたくさんされてそう。彼氏はいるの?」

「特定の相手は聞いたことないなぁ。だからこそ、人気でもある」


 その勘違い野郎が今の修斗になりそうで、優雨は改めて忠告することに決めた。


――あんな子にホイホイと甘い顔をすると痛い目を見るわ。


 あの調子では優雨としても不機嫌になる理由以外ない。


「そういえば……」

「どうしたの?」

「んー、これはあくまでも噂程度なんだけど。告った男の子からの評判はあんまりよくないんだよね。時々、フラれた子が悪評を噂することもある」

「私もそれなら聞いたことがあるかも。ミオリンの悪口を言いまくってた」

「もちろん、告白してフラれた男の子だから悪態つくのはよくあるよ。そんな程度の話を真に受ける子もいないから話も流されてる」


 話の内容としては、実は腹黒いだの、何を考えてるか分からない、など、男子の情けない負け惜しみ程度でしかない。

 普段の彼女を知る人間ならば相手にもしないものだ。


「フラれた腹いせにつらまらない噂を流すなんて最低」

「……と、言うだけでもないのかもよ」

「どういう意味、優雨ちゃん?」

「告白の断り方が悪いんじゃないの?」


 優雨はこれまでの人生で何度か告白を受けている。

 意中の相手ではないために断っているが、相手を怒らせたことが一度だけある。

 余計な一言を付け加えてバカにした断り方をした時だ。


――あの時はちょっと揉めて、仕方なく修斗に間へ入ってもらったっけ。


 無事に解決したものの、あと味の悪い結果になった。

 告白トラブルっていうのはよくある話。


「人間って断わられることに怒るんじゃない、断わられ方で怒るの」

「あー、なるほど。彼女は真面目に受け答え過ぎて、それが嫌になるとか?」

「……真面目に断られて、それだけ怒るわけないと思うけどね」


 何となくだが、優雨は美織に対し、これまでと違う別のイメージを抱く。


――みんなの知ってる遠見美織とは違う顔があるのかもしれない。


 人間、誰しも裏表がある。

 もちろん、それは優雨だってそうだ。


――恋愛面じゃポンコツ並みだもの。私の気の弱さには泣けるわ。


 普段の気の強さからは想像できないほどに、気の弱い一面もある。

 あの完璧美人の美織も同じなのではないか。


――誰も知らないあの子の一面。気になるわね。


 どんな裏側があるのか、隠されていると見てみたい気もする。


「例えば、告白されるのが面倒で、2度と期待を与えない断り方をするとか」


 面倒なことは2度も3度も経験したくない。


「時に彼女でも当たりのキツイ言葉を放つことがあるのかもしれない」

「あのミオリンが? ないでしょう?」

「むしろ慣れすぎて、3秒で終了。あっさり過ぎて嫌になるとかじゃないの」

「フラれる側にも問題があると私は思うけどなぁ」


――どちらにしても、あんまり修斗と関わらせちゃダメっぽい。


 用心しておくに越したことはない。

 

「遠見美織。気にしておいた方がいいかもしれないな」


 その予感が当たることになるのを、優雨はまだ知らないでいた。

 

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