第4話:名前の通りに優しい子になれよ


「修斗、入るわよ」

「おー、優雨か。どうぞ」


 その日の夜、自室でゲームをしていると優雨がやってきた。

 この時間帯に来るのも珍しいことではない。

 修斗と優雨に関してはどちらの親も認めているので、顔パスで家に入れる。


「またゲームしてるし。飽きないの?」

「これ、好きなシリーズもの。ついに待望の5が発売されて徹夜でやってるんだよ。前は探偵ものだったのに、今度は怪盗になって他人の心の中に侵入するって話でさ。ハマってます」

「……どうでもいいわ。それよりも、こっち」


 優雨の手には漫画の本が何冊抱えられていた。


「借りてた漫画よ。戻しておくわね」

「はいはい……って、お前はどこに戻す気だ!?」


 優雨が本を片手に手を伸ばしたのは修斗のベッドの下。

 そこにはあまり人には見せられない漫画が置いてある。

 男の子の部屋なら誰でも持っている本の事だ。


「どこってここから借りた本よ。たくさんあるから迷っちゃうわ」

「にゃぎゃー!?」


 その本の表紙を見て修斗は顔を青ざめさせる。

 半裸の女の子がメイド姿な漫画の本。

 もう一冊は巨乳系の写真集。


――やばい、思いっきりアレがアレな奴ではないか。


 その手の隠しておきたい雑誌や漫画。

 よくあるベッドの下の収納スペースに隠すのはお約束。

 修斗も隠し場所に困り、そのお約束通りの場所に隠していた。


「お、お前、なんでそこから……ていうか、いつから知ってた」

「知らないと思ってた方がおかしい。定番場所に隠す方が悪い」

「ちくしょう。借りていく方も借りていく方だぜ」

「いやぁ、女の子でもこの手の本ってどういうものか興味くらいあるじゃない」

「お前には羞恥心がないんですか? 人のえっちぃ本を見ないでください」


 男のプライドを砕かれそうになり、しょげていると、


「それにしても、やっぱり男のなのね。女の子の裸に興味しかない。野獣だわ」

「うるせっ。男の子ならしょーがねぇことなの」

「そして、おっぱいが大きい女の子ばかり。そっち趣味か」

「ロリよりはいいだろうが、ちっぱいに興味はねぇ」

「そうね。これで、小さい子ばかりに興味を抱いてたら私も修斗の付き合い方を考えさせてもらわなきゃいけないところだったわ」


 ボコボコに言われたい放題である。


「お願いなので、もう許してください。そこの場所には触れないでくれ」

「健全な高校生の証拠じゃない? これでひとつもなかったら逆に怪しい」

「……お前の部屋にも似たようなものがあるとでも?」

「さぁ、どうでしょう? たまには修斗が私の部屋に来る?」


 優雨が修斗の部屋を訪れることは多いが、その逆は少ない。

 家に遊びに行くときもリビング程度だ。

 さすがに、部屋まで踏み入れることは少なくなった。


――うかつに年頃の女子の部屋に行くのはよろしくない。


 いろいろと目のやり場に困る。

 本人は気にしていなくても、こちらが気にする問題である。


「まぁ、機会があればな。って、言いながら、そこに手をつけるなぁ」

「他にどんな本があるのが気になって」

「はいはい、そっちの普通の漫画だけに興味を持て」


 修斗が必死の抵抗をしてみせると優雨は肩をすくめる。


「残念、それじゃ普通の漫画にするわ。修斗はゲームを続けたら? ゲームオーバーって表示されているけどいいの?」

「うわ、負けてるし!?」


 修斗はため息をついて、コンテニューのボタンを押して再び始めることにした。


「最近のゲームってCGがすっごく綺麗なのね」

「携帯ゲームもいいけどな。こういう方がやりがいがあるから好きなんだ」

「ふーん。私は漫画でも読んでるわ」


 優雨は適当にベッドに座りながら漫画を読み始める。

 彼女はゲームには興味がないので特に話をしてくることもない。

 ただ、一緒にいる時間は多い。


「そういえば、あの本は?」

「どれだよ」

「中二病みたいな必殺技のバスケ漫画があったでしょ。久しぶりにアレが読みたい。どこにあるの?」

「あれなら、続刊が出てるぞ。そっちの本棚にあるはずだ」

「へぇ、完結したと思ってたら続編あるんだ。それじゃ、読もうっと」


 気が付けば、ごく普通に優雨は修斗の傍にいる。

 4年前からずっと続いてる。

 どこかでこの関係がどこかで変わるんじゃないかって思ったことはある。

 でも、今も変わらず、何年たっても、変わる気配がない。


「優雨?」

「なぁに? 今、忙しいから後にして」

「漫画を読んでるだけだろうが」

「修斗の部屋って漫画が多いから飽きないわ。ねぇ、ジュースはないの?」

「人の部屋を漫画喫茶扱いするんじゃない。適当に自分でもってこい」


 昔から、漫画好きなために所有している本の数も多い。


「お前が俺と仲良くなりはじめたのも漫画がきっかけだったよな」

「え、そうだった?」

「このマンションに引っ越してきて時のことを覚えてないか」


 それは優雨の家族が引っ越してきた4年前の事だ。

 同じ階には同年代の相手が修斗くらいしかおらず。

 二人はすぐに仲良くなって、親しくなった。

 男女という意識をしあうこともなく、友人関係を続けている。


「今みたいに漫画を借りに来たりしてただろ。そうしてるうちに仲良くなった」

「修斗の部屋にある少年漫画に興味があったのは確かね。うちには少女漫画しかなかったもの。どうしても恋愛ものばかりで飽きてたの」

「思えばあの頃から俺たちって変わってないよなぁ」


 今みたいに優雨は無防備な姿でベッドの上に寝転がって漫画を読む。

 ただ、太ももが見え隠れするスカートに気を使ってもらいたい。

 露骨な視線を向ければその足から蹴りが繰り出されるのでしないけども。


「……そうね。修斗が短絡的思考のおバカさんであることは変わってない」

「すげぇ失礼な物言いですな」


 ただ、言い返せるほどの成長っぷりがあるわけでもない。


――こいつは変わったなよな。容姿的な意味で。


 すごく女性らしくなったとは思う。

 中身は昔のままではあるけども。


「例のアルバイトって夏休みの前半?」

「そうだな。一週間くらいの間で頑張る予定」

「それじゃ、予定通りに水着を買ってもらう事にするわ」

「何でだ!? 買ってやる義理がない」

「えー?」

「不満そうに言うな。そう言うのは彼氏でも作ってねだりなさい」


 彼女に水着まで買ってやる義理はない。

 

――優雨のスタイルは立派だがな。


 水着なんて買ってやると、さらに調子にのられるのでやめておこう。


「ちっ、ケチくさぁ。いいわ、いろいろとたかってやるから」


 薄桃色の唇を尖らせて文句を言う。

 

「人の稼ぎをたかるな。大体、優雨は人にものを頼む時の態度がなってない」

「土下座をしろとでも?」

「そこまでしろって言わない。せめて、頭くらいは下げてくれ」

「嫌よ、修斗相手に頭を下げるなんて」


 しれっと言い放つ優雨はそっと立ち上がる。


「アンタだって私に頭を下げて頼み事なんてしないでしょ?」

「そもそも、俺はお前に頼み事なんて滅多にしないからな」

「ふんっ。そう言う事を言うから修斗は器が小さいのよ」


――うぐっ、言うに事を欠いて……。いや、落ち着け、俺。


 ここでむやみに反論してもどうにもならない。

 言い争っても口では優雨には敵わない。

 今の関係では互いに気重ねしないと言うのはあるかもしれない。

 

「修斗って高校生になってから細かい事を気にするようになったわね。長年の付き合いなんだから、私の事も理解してるでしょ」

「嫌なくらいにな」

「だったら、これが普通なんだって思いなさいよ」

「いやいや、思えるか。自分に都合のいい時にだけ変な解釈をするんじゃない。お前には一度言っておかねばならないようだな」


 ゲームのコントローラーを置いて優雨に向き合う。


「お前の名前には優しい雨という素晴らしい名前がつけられている。それなのに優しくないゲリラ豪雨のような感じで……ぐふぉ!?」

「……あん、誰がゴリラだって?」

「い、言ってない!? ゲリラ豪雨だと言ったの」

「嘘だぁ」

「ホントだ。聞き間違えで暴力に出るな」


 修斗は顔面に枕をぶつけられた頬を押さえる。


「その枕、低反発じゃないからめっちゃ痛いんだよ」

「どちらにしても不愉快でしょ。ゲリラ豪雨ってバカにしすぎ。そもそも、名前なんて親が勝手に子供につけるだけで性格まで反映する必要ないわ」

「……名前の通りに優しい子になれよ」

「だったら、修斗だってサッカー選手にでもなれば?」


 彼女はあざ笑うかのような物言いで、


「将来、有名選手になって『修斗選手、シュートしました』って実況されてみなさいよ。思わず笑いに包まれるわ」

「失笑だろうがな!」

「ぷぷっ」

「笑うなぁ!?」

 

 彼は名前ネタでからかわれるのを嫌がる。

 

――シュートじゃない、しゅうとなんだ。シュートくんでは決してない。


 小さな頃から名前でいじられた苦い記憶。

 その名前のせいで修斗はサッカー好きなのにサッカー部には入らなかった。


「名前から受ける印象って大事だろ」

「まぁ、イメージ的なものはあるのは事実だけど」

「優雨は優しい雨だぜ。こうなんて言うの、天が泣くみたいな感じでさ。それに似合いそうな儚げで、か弱い少女をイメージしないか?」

「天泣。雲がないのに雨が降るやつでしょ。いいじゃない、私っぽくない?」

「全然。実際の優雨は気が強く、ツンデレのデレ抜き、ただのツンしかない女だ。あらゆる意味で裏切られた気持ちなる。はぁ、がっかり豪雨だぜ」


 優雨は「人を豪雨扱いするな」と怒りを我慢しながら、


「今の時代、アホな親が将来、子供が可愛そうな名前を平気でつける時代なの。もっとひどい子もいるじゃん。いいじゃない、修斗で。私も優雨でよかったわ」

「名前については親のつけてくれた名前だ、文句は言いたいが我慢しよう」

「お互いに普通に良い名前でよかったわよね?」

「そーですね」

「というわけで、私は別に他人に優しくなくてもいいってことよ」

「そこまで自信満々に胸を張って言いきるなよ」


 どこまでも自分勝手な考えをする子である。


「実際、名前のイメージ通りの子なんているかしら?」

「例えば……美織さんとか?」


 最近、付き合いのあるクラスメイトの名前を出す。

 誰からの人当りもよく、人気のある女の子だ。


「遠見さん?」

「美織だぞ。美しさを織り込んで。あの子なんて可愛げのありそうな名前通りに美しさと可愛げがあって素敵じゃないか。それと比べたら……ぎゃぁ!?」


 美織の名前を出した瞬間、修斗の背中に優雨がタックルをかましてきた。


「な、なにしてくれる。ひっ!?」


 彼女の目が笑っていないので冗談にならない。


「不愉快さが増したわ。なんで遠見さんには可愛げがあって、私にはないのかしら? 私は優雨という素敵でかわいい名前通りの女の子でしょ?」

「ゆ、優雨のそういうところが可愛げが……あーっ!」


 今度は脇腹をひねられて修斗は「ぎ、ギブ」と苦しい声を上げる。

 

「ぼ、暴力はやめよう。うん、俺が悪かった」

「反省して」

「引き合いに出して比べたのはすまん。勝てない相手と比べたら、そりゃ不機嫌にもなるよな……ま、漫画雑誌はやめて!?」


 週刊の漫画雑誌を振り下ろそうとするので止める。

 さすがにそれを投げられたら怪我をする。

 優雨はその振り上げたままの手の状態で、笑顔を浮かべながら、


「ねぇ、修斗? 私の優雨という名前に可愛げは?」

「あ、あります。素敵すぎて涙が出るくらいにあふれて出しております」

「つまり、私は?」

「超絶可愛い。名前通りに可愛らしい。思わず惚れてしまいます、あはは」


 恐怖に顔を引きつらせて強引に言わされる修斗であった。

 決して本心からの言葉ではない。


「よろしい。最初からそう言えばいいのよ」


 不機嫌はなりをひそめたのか、再びベッドに寝転んで漫画を読み始める。


――なんで、ここまで怒られたんだろう。名前ネタでここまで怒らせるとは。


 怒らせたのはそこではないことに、修斗は気づいていない。


――俺たちの関係、いつもこんなのばっかりだよな?


 甘い雰囲気のかけらもない、いつも通りの日常。

 もうちょっと何か変わってもいいはずなのに。


「……はぁ、どーしてこういう流れになるのかしら」

「なにが?」

「何でもない。さっさとゲームでもしてなさい。この鈍感男め」


 漫画で顔を隠しながら、ふてくされる優雨である。

 したいのは喧嘩ではないのに。

 優雨もまた、自分の思い通りにいかない関係に不満だった――。

 

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