第2話:優雨は期待を裏切るのが好きな女です


 なぜにこうなった。


「修斗。夕飯は何が食べたい?」


 帰り際、強引にスーパーに連れてこられてしまった。

 料理を作る気の優雨は気合十分といった風だ。


――その無駄に力が入ってる感が恐怖しかないぜ。

 

 何を作って、食べさせられるのかを想像したくない。


「ほら、言ってみなさい。私が何でも作ってあげるわよ?」


 思わず、修斗は「食べられるもの」と答えたい気持ちを堪える。


――本音を言えば最後。俺の明日はなさそうだ。


 ろくでもないものを食べさせられそうなので、大人しくする。


「そもそも優雨が作れるものが分からないな。選択肢をくれよ」

「そうね。ならば、私が選ぶわ。オムライスにしましょう。少しアレンジしてみる」

「アレンジとかいりませんから。普通のケチャップがいい。定番最高」

「それじゃ面白くないじゃん。大丈夫よ、美味しいって言わせるわ」


 自信満々に言うが彼はそんなわけがないと否定する。


――どう考えてこれ、ダメな奴です。俺、死んじゃう。


 死ぬほどマズい料理を食べさせるのだけは勘弁願いたい。


――マズいのはまだいいのか? 不思議な目に合う方が怖い。


 明日の自分が心配になる。

 果たして無事に生きて明日を迎えられるのか。


「オムライスかぁ。何がいいかな。シーフードか地中海風、デミグラスっていう手もあるわね。専門店みたいにアレンジ次第でいろいろと出来そうだもの」


 適当に携帯電話で検索をして調べ始める。

 オムライスは専門店で幅広い組み合わせもあり、アレンジがしやすいものだ。


「ホントに普通でいいからな?」

「面白くないのはつまらないでしょ。挑戦は大事よ」

「俺の命をもっと大切にしてほしいぜ」

「なによ。料理を食べたくらいで倒れるなんて漫画の世界よ。大げさね」


――おおげさなものか。俺がここまで不安になる理由を考えてもらいたい。


 これから先に待つ自分の未来が不安でしょうがない。

 彼女は調味料コーナーで怪しげな調味料に手を伸ばす。

 オムライスには合わないと思われる香辛料の数々。

 間違いなく不必要である。


「これとか使ってみたいなぁ。あれ、これは何かしら?」

「あの、優雨さん? 普通でいいって言ったよな?」

「そうだ。前にテレビでやってたアレとか。どんな味になるのか楽しみ」

「全然、楽しみじゃねぇよ!? 何を不穏なことを言ってくれてます?」

「ふふっ。味見役がいるのっていいわよね。何でも試すことができるもの」

「――!」


――この子、俺のことを実験体か何かとしか思ってくれてない!?


 どうしようもない危機感を覚えつつ、その場を後にしたい修斗だった。

 

 

 

 

 帰宅するや、私服に着替えて優雨は料理を始めていた。

 エプロン姿を久々に見た、と修斗はソファーに座りながら眺める。

 キッチンに立ちながら、あれやこれやと作業する手際は悪くない。

 問題があるとすれば味付けの方である。


「……優雨の料理ね。久しぶりなのは確かなんだよな」


 優雨が料理を作ってくれたことは過去に何度かある。

 その度に不思議な味を体験したのだ。

 基本的に料理を作ってくれと言って作ってくれる子ではない。

 今回も気まぐれだが、こういう機会に期待もしてはいけない。


――過度な期待は身を亡ぼす。ホント普通の料理でいいのでお願いします。


 その普通、当たり前を期待するのが一番難しいのだが。


「今日はまともな料理ができてくれることを祈るぜ」


 すでにサイは投げられた。

 彼にできるといえば、もはや神さまに祈ることのみである。


「あれー? シュー君じゃない。来てたんだ」

「日和さん? どうもっす」


 帰宅してきたのは優雨の姉である伊瀬日和|(いせ ひより)。

 地元の大学に通う女子大学生である。

 現在、大学一年生。

 おっとりとした性格の美人で、修斗にも優しく接してくれる癒し系の存在だ。

 

「ゆーちゃんが料理をしてるの?」

「そうっすね。何でか分からないけど、こういう展開になってしまいまして」

「珍しいね。あの子が料理なんてするの」

「基本は面倒くさがり屋なところがあるからでしょ」

「んー。ちょっと違うかな」


 日和は修斗を見つめながら「料理って自分のために作るのは面倒だもの」と呟く。


「面倒なのは違わないんじゃ?」

「それでもね、誰かのために作るのは楽しいのよ」

「はぁ。そういうものっすか」

「……例え、面倒でも、シュー君のためなら作る気にもなるってこと」

「罰ゲーム的な意味で?」


 ストレートな彼の言葉に日和は苦笑いする。


「あはは。キミも鈍いよね。うん、素直になれないゆーちゃんもアレだけど」

「あの、どういう意味です?」

「気にしないで。二人はある意味でお似合いってこと。男の子は鈍いくらいでちょうどいいのよ。それに、料理は他人のために作ってあげてこそ意味があるものだもの」


 修斗と優雨は似た者同士な一面がある。

 二人の関係を姉的立場から見守る日和である。


「ゆーちゃん、私の分も作って」


 日和はキッチンで料理中の優雨に声をかける。

 優雨と日和は仲のいい姉妹だ。

 おっとりとした姉と比べて気の強い妹。

 性格は全然似ていないけども、容姿はよく似ている。


――日和さんと優雨か。名前も太陽と雨。お似合いの姉妹だよな。


 美人姉妹としてこのマンションでも評判が高い。


――ただ、雨の方がキツイ性格ってどうよ。豪雨災害だぜ。


 優雨に振り回されてばかりの修斗にとって、日和と話していると癒される。


――アイツもちょっとはお姉さんのお淑やかさを見習ってほしいぜ。


 本人は到底言えないので心の中で寂しく言う。


「お姉ちゃん、おかえり。いいけど、オムライスだよ」

「オムライスは好きよ。私も手伝おうか?」

「いい。私だけで十分。修斗が逃げないように見張っていて」

「……はぁい。そうしておくわ」


 戻ってきた日和に修斗は「手伝ってくれた方が安心できたのに」と漏らす。


「心配しなくても普通の料理だったわよ」

「優雨は期待を裏切るのが好きな女です」

「そう? 斬新な料理を作れるってすごくない?」

「美味しい料理なら文句はありませんけどね。ただの不思議料理は嫌っす」


 過去の苦い記憶がよみがえる。

 優雨の料理で痛い目、もとい、不思議な目にあったのは一度や二度ではない。


「ところで、学校の方はどう? もうすぐ夏休みでしょ」

「テストはそこそこです。苦手科目以外は何とかなりそうな感じで」

「私たちも夏休みよ。大学の夏休みは少し長めだからどうしようかなって」

「アルバイトとかしてたんでしたっけ」

「してるよ。女子向けのお店なの。今度、ゆーちゃんとのデートで遊びに来てよ」

「……優雨と遊びに行くことをデートって言わないと思うんですが」


 時折、ふたりで出かけるが、デートという甘いものではない。

 荷物持ち程度の扱いで、友人関係の枠をはみ出すことは一度もなかった。


――異性として見られてなさすぎだろ、俺。どーしようもねぇ。


 自分たちの関係が恋愛という言葉からほど遠いのを思い知らされている。


「たまにはシュー君の方からお誘いしたらどう?」

「アイツとですか? 映画とかでいいなら付き合いますけど」

「そういうのでもいいからさ。あの子と仲良くしてあげてね」


 仲良くして、と言われてもいつもと変わらない。

 このまま関係が進展する気配もない。

 

「修斗、冷蔵庫の中から卵をとって。今、手が離せないの」

「はいよ」


 彼女に言われて冷蔵庫の中からいくつか卵を取り出す。

 どうやら優雨はフライパンで野菜を炒めているようだ。


――ここまでは普通。そう、見た目は普通なんだけどな。


 彼女は決して不器用でもなければ、下手でもない。

 料理自体の見栄えは悪くないのに、味が問題なのである。


――つまり味付けが自己流がゆえに不思議料理になるわけで。


 今ならばなんとか修正できるのではないか。


「なぁ、優雨。俺も何か手伝おうか」

「いいから楽しみにしてなさい。お姉ちゃんと何か話してた?」

「まぁな。日和さんのアルバイト先の話とか。女の子の向けのお店なんだって」

「あのお店、可愛いものが多いらしいわ。私も一度は行ってみたい」

「行ったことはないのか。今度、一緒に行ってみるか」


 何となしに修斗はそう口にすると、優雨は呆気にとられた様子を見せる。


「アンタと一緒に? ふ、ふふふ。あははっ。いいわねぇ」


 なぜか笑う優雨に「なんだ?」と困惑する。


「今の会話のどこに面白がられるところがあったのか」

「別にいいわよ、行きましょう。今度、連れて行ってよ」

「あ、あぁ? ほら、それよりも卵だ。受け取れ」


 きょとんとしつつも、優雨に卵を渡す。

 

「ありがと。あとは卵をといて、かき混ぜて焼き上げたら完成よ」


 ボールに卵を割ると、綺麗な黄身色の卵が広がる。

 濃厚そうなオレンジ色の黄身だ。


「オムライスの一番大事なオムの部分。ふわふわにしあげてあげるわ。腕の見せ所ね。さぁて、焼く前に魔法の粉を入れて……」

「ちょい、待て!? 今、何を振りかけました!?」


 さっとボールの中に白い粉のようなものを入れた。

 怪しすぎるその行為を見咎めると、優雨は不機嫌そうに。


「秘密よ。見ないでくれる? 向こうへ行って、待ってなさい」

「いや、めっちゃ気になる!」

「うるさいなぁ。料理の邪魔だから引っ込んでなさい」


 キッチンから追い出されてしまうありさまだった。


「……今回もやばそうな料理になりそうだ」


 げんなりとして、修斗はため息を一つつく。


――優雨がまともな料理を作るはずもないか。食えるものでありますように。


 神への祈りを続けながら出来上がる料理を待つしかない。

 そして、数分後、修斗と日和の前に出来上がった料理の品が出された。


「どうぞ、めしあがれ。優雨ちゃん特製のオムライスのできあがりよ」


 それは普通のオムライスとは見た目からして違う。

 皿一面に広がるのは定番の黄色ではなく。


「嘘だろ。白いオムライスだ、と――?」


 すべてが白一色。

 まさに純白のオムライスである。

 想像外の真っ白の一皿のお味はいかに?

 

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