第24話:新しい自分


 心地よい眠りについていた優那は目を覚ます。

 千秋と付き合うようになってから既に2週間が経っていた。

 8月に入り学校では世間で言う夏休みに入ってる。

 甘い痺れが優那を酔わす。

 手に入れた幸せが優那を満たしていくのを身体で感じる瞬間。

 繋がりを求めて、その瞬間が訪れるまで優那は手を握り締めていた。

 幸せ。

 この言葉の意味を身をもって理解して。

 その刹那的な行為の時間が優那に愛を教えてくれていた。


「……ん?」


 ふわぁ、と欠伸をしながら優那は目を覚ました。

 時計を見るとまだ6時過ぎ。


「こんな時間に目が覚めるなんて」


 夏休みに入ってから初めての事だった。

 朝の弱い優那にしては珍しい。

 

「ちーちゃん?」


 ベッドの隣で眠りについている千秋に視線を向ける。

 心地よい寝息を立て眠りにつき、起きる気配もない。

 のんきに寝ている彼を起こすのも悪いので優那はその髪を撫でた。


「このエロい男と付き合い始めて私も毎日が大変だ」


 夏休みに入ってから彼が優那の家に泊まる日も多い。

 愛に溺れて一日中って言うのも、若さゆえか。


「……嫌いじゃないけどね」


 愛されるのは好きだ。

 何だかんだ言いながらも、千秋の望みは優那の望みでもある。

 千秋は愛情を傾けてくれる。

 そこに優那の幸せがあるのだから。

 洗顔後、リビングに出ると愛猫のキャラウェイはまだソファーで眠っていた。


「キャラウェイもお休み中か」


 遊び相手がいないとやることがない。

 

「たまには散歩にでも出る事にするか」


 朝の早い時間に出かけると言うのは稀なことだ。

 ジョギングという程度ではないが、近所を歩きはじめた。

 夏の太陽もこの時間は眩しく世界を照らすだけ。

 過ごしやすく、熱いのが苦手な優那でも不快ではない。 


「……彩華?」


 優那は散歩途中によった公園でなぜか彩華の姿を見つける。


「あー、優那ちゃんだ。おはよう」

「おはよう。こんな時間にどうした?」

「あははっ。それはこちらの台詞。私はこの子の散歩中なの」


 彼女の足元に1匹の犬。

 人懐っこそうな顔をこちらにみあげているチワワがいた。

 

「彩華は犬を飼っていたっけ。この子が噂の犬か」

「そうなのです。優那ちゃんは犬も好き?」

「猫派の私でも可愛い子は好きだよ」

「猫と違って犬は散歩をさせてあげないとダメだから。この子と一緒で私はいつも早起きしてるの。いつもは学校に行く前に散歩をしてるんだ」

「そりゃ、すごい。私に犬は飼えないな」

「……朝の早起きくらい頑張ろうよ。ちょっとの時間なんだから」


 可愛らしい犬の頭を撫でてみる。

 くーんと鳴きながら、こちらにすり寄る。

 その愛らしさに思わず微笑んだ。


「全然、他人を拒まないんだな?」

「人懐っこいでしょう?」

「誰にも懐くのはいいことじゃないか」

「それはそれで警戒心がなくて困るんだけど、可愛いの。そういえば、優那ちゃんはどうして? 朝が弱いのに外で会うなんて珍しい」

「自分でも珍しいと思っているが友人に言われるのは少し傷つく」

「ごめんね、ホントに珍しくてつい」


 彩華が興味深そうに優那を見つめてくる。

 優那はその視線の意味に気づかないでいると、彼女は手に持っていた鞄から絆創膏を取り出して私に差し出した。


「はい、優那ちゃん。これあげる」

「絆創膏?いや、私は別に怪我などしていない」

「それじゃ、今すぐに家に帰るの?」

「コンビニで朝ごはんでも買って帰ろうと思ってるんだが?」


 優那の言葉に軽く彩華は溜息をつきながら、


「優那ちゃんが細かい事を気にしない性格なのは知ってるけど、せめてこれで“それ”は隠した方がいいと思う。首筋、少し右下の辺りにちゅーもくっ!」


 びしっと指差した場所に目線を下ろす。

 その辺りが少しだけ赤くなっている、キスマークだった。

 千秋が昨夜、首筋につけた行為の跡が残っていたらしい。


「優那ちゃんもすっかりと女の子なんだね」


 恥ずかしいやら、何とやら。

 優那は受け取った絆創膏でキスあとを隠しながら、


「こほんっ。これからは気を付ける。どうにも夏休みだと気にしなくて困るな」

「……ラブラブ?」

「恥ずかしいけど、好きな男にキスをされるのはやめられない」


 小声で優那はそう囁くと、そんな優那を彩華は楽しそうに笑う。


「愛されてるじゃん。優那ちゃんのそのような緩んだ顔を見る事ができるなんてね」

「からかわないでくれ。私は、その……」

「ふふっ、いいじゃない。誰だって愛されないより愛される方がいいもん」


 優那と千秋の交際は真っ先に彩華に伝えた。

 彩華と言えば、彼女にも夏前に彼氏ができて今は仲良くしているようだ。


「彩華も彼氏とは仲良くやってるんだろ?」

「お二人さんみたいにまだ一線は超えてませんけど? ファーストキスが精いっぱい」

「……私の場合は付き合い始めた初日だった」

「えっちぃ千秋君の欲望を向けられたら、当然かも? くれぐれも気を付けるところは気を付けてね。お姉ちゃんみたいになったらダメでしょ」


 さすがに姉妹揃って高校退学なんていうのは洒落にならない。


「気を付けます」


 優那は苦笑いを浮かべてそう言った。


――これ以上、親を悲しませるのは勘弁だな。


 親と言えば、優那は両親と和解した。

 恋人になってから千秋がしつこく優那に「両親と仲直りしてくれ」と言うので、仕方なく両親に会いに行ったのが数日前の事だった。

 仲違いしている親子関係をどうにかしてほしかったらしい。

 長年、離れていたため、お互いに今さら距離を縮めるのは難しい。

 向こうも同じく、親として娘と向き合うのを避けてきた。


――それでも、少しだけ分かり合えた気がする。どうなるかはこれから次第だが。


 彼らが家に帰ってくるわけでもなければ、優那と一緒に住む予定もない。

 ただ、月に一度程度でも一緒に食事をしようと言うことになった。

 親子としての距離感が、ほんの少しだけは縮められた気がした。

 失った時間も関係も取り戻せない。

 だけど、ほんの少しでも前に進めたのはよかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る