第15話:見つけてしまった過去の気持ち
千秋が放課後に話したいことがあると言う。
そんな約束をしたのが朝の出来事だったのだが……。
「すまん、優那。予定変更になってしまった」
どうやら千秋は自分が掃除当番ということを忘れていたらしい。
「お前らしい理由だな。それなら家で話そう」
「……あのー、優那さん。そこで普通に待ってくれる選択肢はないんですか?」
「ないね?」
「ないですかー。ですよね、はい」
寂しそうな後姿を見せながら千秋は「優那って冷たくないっすか」と拗ねた。
わざわざ何もすることのない学校で待つ理由の方がない。
「その代わりと言っては何だが、終わったら家にこい。たまには夕食くらい振舞ってやる。学校で話すと人目もあるからな」
「マジで? 珍しすぎる」
「感謝の意味も込めてだ。最近になってお前の大切さを改めて気づかされたんだよ」
「え?」
「幼馴染の彼の存在の大切さ。……失いかけて気づくなんてな」
素直な優那の言葉に、パッと目を輝かせる千秋である。
「そ、それは恋愛的意味合いで?」
「目覚まし時計代わりの意味でに決まってる」
「……ですよねぇ。わかっていながらも期待してしまう、男心を弄ばれてる」
「私がひどい奴みたいな物言いだな」
うなだれる彼を眺めながら優那は微笑する。
今までと違い、本当に感謝している。
――千秋のいない朝は優那の生活リズムがおかしくなる。
何だかんだと言いながらも優那には千秋が必要なのだ。
「とはいえ、珍しく優那の手料理が食べられるのは嬉しいな」
「お前の好きな煮込みハンバーグを作ってやる」
「おー。ど、どうした、今日はかなりのご機嫌さんだな」
「それだけ感謝してるってことさ。さっさと掃除を終わらせてこい」
「あのな、優那。お願いがひとつだけあるんだ」
千秋は真顔で優那を見つめながら、
「……キャラウェイ殿は別離しておいていただくと有り難い」
「私の愛猫をそこまでビビられると傷つくぞ」
「猫が苦手な気持ちを理解してくれれば……」
「あんなに可愛い動物を嫌うなんて。もうちょっとそこはどうにかならないか」
――いい加減、こいつの猫嫌いをどうにかしてやりたい。
愛猫と顔を合わすたびにびくつく姿は情けない。
――あの可愛さを理解できないとは……。
猫嫌いを克服させてやりたい気持ちがある。
「いっそのこと、キャラウェイと一緒に寝かせてやろうか」
「やめれ!? お兄ちゃん、死んじゃう!?」
「……千秋がマジ泣きしそうなので想像に留めておこう」
「お願いします。猫アレルギーの俺を殺さないで」
猫の可愛さを理解できない奴には何を言ってもダメなのだ。
夕方ごろに我が家に来ることを約束して、優那達は別れたのだった。
家に帰るなり、料理の支度を始める。
朝食は自炊スキルを覚え始めた千秋に任せっきり。
だが、料理だけなら優那の方が上手い。
「千秋のために料理をするのは久しぶりだな」
誰かのため、というのがまず珍しい。
基本的に一人暮らしだし、自分のために料理すると手を抜きがちだ。
美味しいと言って食べてくれる存在がいるのといないのでは、作る張り合いも変わる。
ある程度、仕込みを終えて、あとは千秋を待つだけ。
「ん~っ。何だ、キャラウェイ。遊んで欲しいのか?」
キャラウェイは甘えたがりな性格のためにとても人懐っこい。
優那の足元にすりよってくるので抱き上げると「にゃっ」と喜ぶ素振りを見せる。
「お前は本当に可愛いな。キスしてもいいか?」
優那が唇を近づけてもキャラウェイは無反応。
「んー」
「……」
「少しぐらい反応してくれ。寂しいじゃないか」
ふさふさの毛を撫でて可愛がる。
この子とのスキンシップのひと時はとても楽しい。
「ん、なんだかお腹が出てきたな。ダイエットさせた方がいいのかもしれない」
お腹周りにお肉がついてきたような気がする。
優那が甘やかせてるせいで、デブ猫になってしまうのも困る。
「可愛がるだけではダメだな。あっ、こら。キャラウェイ」
優那に抱かれてるのに飽きたのか、そのまま飛び降りてリビングの方へと向かう。
気分屋の子供のような性格をしている。
「キャラウェイ? 何か面白いものでも見つけたか?」
テレビの横にある棚に頭を突っ込んで何かを探すキャラウェイ。
頭がほこりだらけになるのを心配して、
「その辺は特に何もないはず。危ないぞ。って言ってる傍から……」
心配していた通り、棚に入っていた本の間に頭を挟みこんでしまう。
「キャラウェイ、無事か? もうっ、この子は悪戯好きだな」
「にゃぁ」
急いでキャラウェイを助け出すと埃をかぶって可哀想な顔をしている。
「ほら、想像通りだ。ダメじゃないか、キャラウェイ」
「んにゃー」
「まったく、悪戯っ子め。危ないからやめなさい」
すぐに埃を払うと尻尾をふって部屋を出て行く。
お気に入りの隣の部屋にお昼寝しに行ったんだろう。
「本当に気分屋さんだ。そこが可愛いんだけども……はぁ、後片付けしなくては」
キャラウェイが散らかしたテレビ周りを整理する。
普段は触らないので、埃まみれだ。
ほこりを払いながら、ひとつひとつ片づけていく。
「この辺はあまり触ることがないからな。これは昔の雑誌か。いらないから、ついでに捨ててしまおう。これは……ん?」
棚に置かれていた本はアルバムだった。
子供時代の思い出。
「私にまだ可愛げがあった頃の写真か」
優那は何となしにそのアルバムを手にする。
「こんな所にアルバムを入れていたんだな」
こういうのは普段から見るものではない。
特に自分の小さな頃の写真など振り返ってみる事もない。
もうずいぶんと開かれてないのか、薄らと埃が積もっている。
「……家族写真なんてもう昔の話だものな」
このアルバムもそうだ。
優那が小学生の頃で終わっている。
中学生になってから親に写真を撮ってもらった記憶はない。
一緒に食事した記憶がわずかに数回ある程度だ。
「壊れてしまった家族の絆に今さら何も期待していないけどさ」
両親は現実を直視できないほど弱かった。
そして、その娘も誰にも関心を持たなくなってしまった。
ただ、それだけのこと。
久しぶりに開いて懐かしい写真を見ていると、何枚かの紙が床に落ちる。
アルバムに挟まっていた紙を拾いあげると、中を見て愕然とした。
「……え?」
それは幼い頃の優那の想いが込められていた。
今の優那が捨てたはずの“愛情”。
「どうしてこれがここに……?」
それは一通のラブレターだった。
小学生の時、優那が千秋に渡そうとしていたラブレター。
でも、事情があって渡せなかったラブレター。
ずっとしまい込んでいた想いがここにある。
古いラブレターは色あせてはいるが、優那の字で宛名が書かれている。
『ちーちゃんへ』
思わず、笑いたくなるほど純粋な想いがそこにある。
「ちーちゃんへ、か……私はこれをまだ残していたんだな」
とっくに捨てていたと思っていた。
記憶のカケラにも残っていなかったそのラブレターを優那は開く。
そこには千秋が好きだという気持ちが溢れていた。
恥ずかしさに優那はそれをすぐに封筒に戻す。
「……そうか、これを書いた頃はまだ私が千秋を好きだったんだ」
初恋だった。
間違いなく、恋をしていた。
封じ込めて忘れかけていたはずの記憶が脳裏によみがえる。
「今さら、こんなもの。どうしろって言うんだよ」
優那は見なかったふりをして、そのまま手紙を同じ場所に仕舞い込んだ。
今の優那には必要のないもの。
だけど、自分では捨てられないもの――。
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