第11話:戻ってきた日常


 幼馴染というのは常に同じ時間を過ごしてきた存在だ。

 思い出もたくさんある。

 大切にしたい想いも、嫌だった想いも共有してきた。


「優那、起きろ。朝だぞ」


 千秋が優那の身体を揺らしながら、声をかけてくる。

 朝のいつもの光景。

 優那の日常が戻ってきた。


「……んっ。まだ眠い」

「眠い、じゃないよ。ほらぁ、起きろってば」


 中々に起きてくれない優那に、


「ホント、寝てる姿は猫みたいだな」


 小さく笑うと「起きなきゃ脱がすぞ」と悪魔のささやきをする。


「――!?」


 思わずびくっと反応をして目を開く。

 先日の姉の行為がトラウマになりかけていた。


「……お、おはよう」

「おはよう、優那」


 目を開くと千秋の顔がそこにある。


――いつもの光景だな。何も変わらない朝がくる。

 

 それがどこか嬉しく感じる優那であった。


「良い朝だぞ、今日も晴天。梅雨明けして本格的な夏到来だな」

「もう夏なのか」

「今年の夏は暑いらしいぞ。そろそろ扇風機も準備しなきゃな」


 優那がベッドから起き上がると、千秋はホッとした様子で、


「ちゃんと起きてくれ何よりだ」

「うん。あとな、私を起こすときに脱がせるとか言うな」

「彩華ちゃんから聞いたぞ。お前の姉ちゃん、やる時はやる人だからな」

「ひどい目にあわされた。お前の起こし方が何と優しいものかと思い知ったさ」


 唇を尖らせながら、優那はあの悪夢より幼馴染の優しさに感謝する。

 

「お姉ちゃんの場合は有無を言わさず、思い出すのも恥ずかしい真似をされた。羞恥プレイで私の心を砕かれたんだ。ひどいや」

「そこまで恐ろしい事だったのか」

「お前も実の姉がいて、その姉にいきなり全裸にされかけたら私の気持ちが分かるよ」

「……それは嫌だな。うん」

「次に同じことをされたら立ち直れる気がしない。はぁ」


 千秋の場合はセクハラまがいの事をしても、優那を傷つける真似はしない。

 冗談は冗談で済む真似しかしないタイプだ。

 だからこそ、優那も安心して彼を家に招き入れている。


「ははっ。優那が姉ちゃんにビビる時が来るとは……」

「ふんっ。笑うな。キャラウェイを抱っこさせるぞ」

「猫は勘弁。そんなことをされたら俺が死ぬ。俺は猫アレルギーなんだ」

「自称だろ」


 軽くふてくされた優那は頬を膨らませた。

 壁時計を見上げると、いい時間帯になっていた。


「……そろそろ、時間じゃないのか?」


 千秋が優那を起こしてくれたのはただのボランティア。

 これから、例の恋人と一緒に登校する約束があるはずだ。


「可愛い恋人がお前を待ってるんだろ」


 昨日、目撃してしまった光景を思い出す。

 

――あんな風に恋人とキスをしていたのか。


 普通に付き合ってる相手がいれば、あれくらいは普通だ。

 

――千秋はこれまで何人もの女の子と付き合っているものな。


 ああいうことは何度も他の女の子としてきたんだろう。

 それを勧めたのは優那であり、彼を非難するのは的外れだ。

 なのに。

 見たくない現実を見てしまったような、不思議なモヤモヤ感が優那の心に突き刺さる。


「……そのことなんだけどさ。え?」


 優那は無意識に千秋の手を掴んでいた。

 自分でもどうして、そんな真似をしたのかが理解できない。


「こ、これは……」

「優那が俺を引き留めるなんて珍しい。何この展開、朝からもしかして愛の告白?」

「あるか、バカ千秋。浮気性だな、お前ってやつは……」


 どうして、そう照れくさくなることを平然と言えるのか。


「ただ、寝ぼけてただけだ。こんなの、えいっ」


 優那は気恥ずかしくなって乱暴にその手を離す。

 

「いてて。お前、いきなり離すなよ」

「うるさいっ。さっさと学校に行け」

「言われなくても行くよ……優那と一緒に」


 思わぬ言葉に「は?」とまぬけな声が漏れた。


「お前、今、何て言った?」

「優那と一緒に学校に行くって言った。何だよ、不満か?」


 にっこりと笑いながら髪をそっと撫でられて、くすぐったさを感じる。


――昔はよくこうやって頭を撫でられたっけ。


 優那の顔を覗き込んでくる千秋。

 昔と変わらない幼馴染の顔がそこにある。


「さっさと着替えて準備しろ。今からご飯の用意をしてくるよ」

「いいのか? 恋人と一緒に登校しなくても……?」

「愛紗美のことは置いといて。ほら、さっさと着替えてくれ。朝飯を食ってる時間がなくなる。朝ごはんが冷めるぞ」


 千秋が部屋を出ていくのを確認すると、優那はペタンと床に座り込んだ。

 気が抜けたと言うのはこのことか。

 

「なんでこんなに安心してるんだ?」


 ドキドキとする自分の胸に手を当てながら、


「いつもの朝が戻ってきた」


 時間にすれば2週間ぶりの日常。

 千秋が優那を起こしてくれる。

 彼の声で目が覚めることの安心感。

 何気ない日常の一ページが再び戻る。

 たった、それだけなのに。


「当たり前だったことがこんなにも嬉しいなんて」


 自然と口元に笑みを浮かべている自分に気づく。

 優那にとっての日常が戻ってきた事が素直に嬉しかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る