第12話:恋人としてではなくても
「おー、仲良く登校。二人、仲直りしたんだね? よかったぁ」
学校の登校途中に彩華と合流した。
二人のことを心配していただけに、彼女も一安心の様子だ。
「彩華ちゃん、誤解だって。別に俺達は喧嘩してたわけじゃないよな」
「……どうだか」
「え? 喧嘩してたのか、俺達!?」
ツーンと優那がそっぽを向く。
その反応に彩華は別の意味で拗ねてるのだと勘違いした。
「あーあ。拗ねちゃってる。昨日せいだね」
「昨日? 優那、何かあったのか」
「何も知らない人がここに。はぁ、張本人なのに」
「俺が張本人? 意味が分かりません」
何も事情を知らない千秋はきょとんとした顔をしている。
彩華は「教えてあげよっか?」と意地悪く言いながら、
「昨日、千秋君が例の後輩とキスしてる所を目撃しちゃいました」
「げっ……あ、あの優那さん? マジですか?」
彩華の余計な一言に、千秋は顔を青ざめる。
――そんなにびっくりするようなことか?
昨日の件で優那が不機嫌になる理由など何もないはずだ。
それなのに内から不満がわいてでるのも現実だった。
――心の中のモヤモヤ感が消えてくれない。
心のざわつきが静まらない。
「カラオケの帰りに目撃しちゃったの。そして、優那ちゃんが不機嫌デス」
「……えっと最後まで見てた?」
「途中で帰ったよ。え? もしや、最後はラブなホテルに? うそぉ」
「彩華ちゃんの妄想は置いといて」
千秋は足早に歩く優那の肩をそっと掴む。
力は強くないけども、その手を離すこともできない。
「何をする」
「逃げようとしてる猫を捕まえてます。優那、あのさ……」
「うるさい。昨日の事はただの偶然だ。お前らの恋愛の邪魔をする気はない」
「そうじゃなくて……あー、言い辛い」
言葉を濁す千秋をよそに彩華はにやにやと外野として煽ってくる。
彼女なりに優那達の関係を応援してるつもりなんだろう。
「あれですよ、千秋君。優奈ちゃんは拗ねてるんですよ。私もキスして欲しいのにって」
「違うわっ!」
そんな意味で取られたら、優那がすごくバカらしい。
「んー」
気がついたら目の前に千秋の顔が迫ってくる。
優那は容赦なく、その顔を手に持っていたカバンで叩くという対応した。
「ぐはっ!?」
「……むやみやたらに人に顔を近づけるな」
「い、いや、優那がキスして欲しかったとは。その気持ちに応えようかなと?」
「そんな事を真に受けるな。私は別にキスして欲しいわけじゃないっ。この浮気野郎。桜岡に言いつけるぞ」
不機嫌な気持ちを抱きながら、身を翻す。
「あ、待ってくれよ。優那~」
「知らん。お前なんか、もう知らない」
後ろでごちゃごちゃと何かを叫ぶ千秋を放置して歩き出す。
――アイツ、わざと唇を近づけやがって。
完全に優那の反応で遊んでいる。
「――ぅっ」
優那は多分、顔を赤くしているのだ。
それは怒りではなく、恥ずかしさからくるもので。
それに気づいた優那は余計に恥ずかしくなり、その場にはいられなかった。
すぐに二人が追いかけてくる。
「冗談だって。優那、怒るなよ」
「怒ってない」
「あ、怒ってないんだ。ただの照れ隠し。素直じゃないもんねぇ……きゃっ、わ、私を睨まないでよ。優奈ちゃん。びくびく」
余計な事ばかり言う彩華には口にチャックをしてもらいたい。
「……俺には優那しかいないんだ! お前にだけは嫌われたくない」
「そんなの浮気がばれた夫の情けない言い訳にしか聞こえない」
「ホントだって。優那に嫌われたら俺は生きてはいけませんわ、ぐすっ」
「おねぇ言葉になるな、キモい」
優那は軽く溜息をつくと、振り向いて千秋の顔を真っ直ぐに見ながら、
「お前の好きって、世界で1番信じられないな」
「ま、マジですか、そうですか」
よほどのその一言が胸に突き刺さったのか、黙り込んでしまう。
「……大体、恋人のいる男が他の女を口説くな」
「その件についてのご報告が。放課後、時間を取ってくれないか?」
真顔で優那に千秋はそう迫ってくる。
そんな顔をされると何を話されるのかが分からなくて怖い。
「……いやだ」
「そこで断るなよ!?」
「まぁまぁ。優那ちゃんが素直じゃないのは今に始まった事じゃないし」
呆れるような声で彩華は優那に「そろそろ、急がないと遅刻しちゃうよ」と促す。
「今すぐ話せ」
「えー」
「話せない内容なのか」
「遅刻するかどうかの瀬戸際で小走りでする話ではないな」
いつもの冗談ではなさそうだ。
千秋の真っすぐな瞳に優那は「分かったよ」と答える。
「放課後にゆっくりと聞いてやるさ」
「ありがとうな」
真顔で千秋にそんな表情をされたら素直に返事をせざるをえない。
――今さら、何を話したいって言うんだ、千秋は……?
教室に向かうまでの間にいくつか考えが浮かぶ。
どうやら、恋人の亜沙美とはうまく行ってるようだ。
そちらに本気になりたいという宣言かもしれない。
――幼馴染の私の存在をあの子は嫌っていたからな。
自分の存在が揉め事の火種になるのは避けてやりたい。
そのために身を引く覚悟は持たなくてはいけない。
――千秋には幸せになってもらいたい。例え、相手が私じゃなくても……。
それが優那の心の底からの想いである。
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