第18話:可愛すぎて抱きしめたい


 彼らの目的地である公園に到着。

 さっそく、亜衣の作ってくれたお弁当を公園の芝生の上で食べる事にする。

 レジャーシートの上に座る咲綾が小さな口でおにぎりをほうばる。


「ねーねー、おいしいよ」

「ありがと。咲綾が好きな具を詰めてみた。ミートボール好きだもんね」

「うんっ。大好き」


――亜衣を見てると、いいお母さんになりそうだって思うな。


 子供が好きな彼女は咲綾に対しての気配りもよくできている。

 おにぎりひとつでも、小さな子供が食べやすいサイズにしてみたり、中に彼女の好きな具を入れてあげたりしている。


「咲綾が満足そうで何よりだ」

「……伊月は?」

「俺も満足だぞ。こういうのは好きだからな」


 子供の頃、俺の母が作ってくれたのを思い出す。

 伊月にとってもお弁当は思い出のあるものだ。


「亜衣は面倒見のいいお母さんになりそうだな」

「どうかな。実際に子供を育てるのとはまた違うもの。よくスーパーとかに行くと、我がままでぐずって親を困らせる子がいるでしょ」

「あぁ、泣いてわめいて、我が儘を突き通したり、それで怒られたり。ああいう光景を見る度に、お母さんって大変だと思う」


 子供の頃は誰しも、騒いだり、わめいたりするものだ。

 泣いて、笑って、感情を表して自分の想いを相手に示す。


「ああいうのを見てると子供を持つのって大変だと思う。当たり前だけど、子は親の思う通りには育ってくれない。どう育てるか、母親って大変だよ」

「亜衣はちゃんと色々と考えてるんだな」

「家族計画はしっかりと。20歳までには一人目希望」

「具体的すぎてびっくりっす」


――リアル嫁から家族計画をされる15歳の男子です。


 伊月は内心、そう思いながら心に冷や汗をかくのだった。


「こういうことはしっかりと夫婦として話し合いが大事だと思うの」

「……卒業してから話し合いましょう」

「伊月はそうやって責任逃れしそうな気がする。子供ができてからじゃ遅いのよ」

「もう少しだけでいいから待ってくれよ!?」


 そんな先の事までいきなり考えられるわけもなく。

 まだまだ時間が必要なふたりだった。

 伊月達のやり取りを不思議そうな顔をしてみつめる咲綾。


「にーにー?」

「何でもないよ、咲綾。ほら、お茶も飲め。よく噛んで食べるんだぞ」

「はーい」


 咲綾は素直でいい子だ。

 我が侭な所もなく、いう事もしっかりと聞いてくれる。


「咲綾みたいな子なら手間もかからないんだけどな」

「……逆に咲綾は聞き分けが良すぎ。良い子だけど、言うべきことは言わないと。子供はもうちょっと生意気で手間をかからせるぐらいがいい」

「お前の子育て観はおいておいて、咲綾はうちの母さんの子だぞ。成長すれば……あまりよろしくない方面で性格が開花するかもしれん」


 伊月は頭を抱えながら嘆く。

 母親に似る妹をあまり想像したくない。


「ホント、残念なことだが母さんみたいに見た目と中身のギャップで世の男性を幻滅させる事のないように祈ることしかできないぜ」

「咲綾は可愛いから大丈夫」

「だといいけどな。咲綾、このまま素直な子でいてくれ」


 伊月が彼女にそう笑いかけると、


「分かった。素直な子になるっ」


 と、可愛く返事してくれる。


「あはは、お前はホントに可愛い奴だな」

「わたし、可愛い?」

「おう。可愛い自慢の妹だぞ」


 無邪気に喜ぶ咲綾を見て、複雑そうな顔をする亜衣は、


「伊月のシスコンぶりはお父さん属性にあふれてるわ」

「嫌な意味だな、おい」


 自覚がありつつも、他人から言われると考えたくなるものである。


「妬いてる?」

「咲綾相手に妬く意味が分からない」


 唇を尖らせて拗ねる。

 長い付き合いならば、その反応でも分かる。


「亜衣も可愛いって言ってほしいのかな?」

「なんでそうなる」

「試しに言ってみ。ほら」


 伊月が催促すると彼女は少しのためらい後に、顔を赤らめながら、


「……伊月。私は可愛い?」


 咲綾みたいに亜衣が俺にそう告げる。


「めっちゃ可愛い。今すぐ抱きしめたいんだ」


 勢いで亜衣を抱きしめてしまう。

 この腕に収まるサイズ感と抱き心地がたまらなく可愛いのだ。

 

「……だ、抱き付いてくるな。恥ずかしいっ」

「照れるな、照れるな」

「照れてないし。伊月は妙に馴れ馴れしいのっ」

「普段は夫婦が何だと言いながら、お前も照れくさいんだろうが」


 嫌がることなくそのまま伊月に抱きしめられる亜衣だった。

 

「まったく、伊月は……」

「抱きしめられるのは嫌か?」

「……嫌じゃない」


 ぎゅっと彼の胸に顔をうずめてくる。

 されるがままにされている猫のようだ。


――亜衣も十分に反応が可愛い。

 

 彼女の安定クオリティの可愛さに伊月は心を奪われていた。

 食後、のんびりとしながら、咲綾がレジャーシートの上に寝転がる。


「ねーねー、ごちそーさま。お腹いっぱい」

「ふふっ。何だか眠そうね? 眠い?」

「……んー」


 お腹いっぱいに食事を終えて、眠そうな顔をする。

 過ごしやすい気候に良い日差し。

 咲綾でなくとも、眠くなるだろう。


「ほら、咲綾。眠いのならこっちに来て」


 伊月は咲綾を膝枕してやる。


「にーにー」


 無垢な表情を浮かべる咲綾はすぐに眠りについてしまう。

 小さな寝息を立てる彼女を撫でながら、


「よく遊んでよく寝る。子供の成長って早いよな」


 咲綾が生まれたのが昨日の事のようだ。

 まだこの腕に抱きしめられる大きさだった頃を思い出す。


「……伊月は咲綾が生まれてからおっさんっぽくなった」

「傷つくからやめい。そこは父性に目覚めたと言ってくれ」


 咲綾ほど年が離れてしまうと、兄心よりも父のような気持ちになってしまう。


「男親って妙に娘を甘やかせるわよね」

「男にとっては女の子はお姫さまだからな。大切にしたいものだろ」


 誰だって子供の頃は可愛いものだ。

 男親なら自分の娘には健やかな成長と幸せを望む。


――将来、キャバクラで働くお姉ちゃんにはなってほしくないものだ。


「親の愛情をかけた分だけ、子供がいい方向に育ってくれたらいいな」

「伊月は優しいから子供に甘くなりそう。甘やかせるだけじゃ良い子供は育たない」

「亜衣はいろんな意味でしっかりしてるから、甘いようで厳しい母になりそうだ」

「そういう意味ではバランスの取れてるいい夫婦だと思うの」


 亜衣はほんのりと顔を赤らめながら、


「私ね、こういうのってすごく憧れてる」


 伊月の膝元で眠る咲綾。

 遠い未来、家族としてこういう光景が見られるかもしれない。


「自分の子供と幸せな時間を過ごす。私の夢なんだ」

「……亜衣似の女の子がいいな」

「私も最初は女の子がいい」


 世間から見れば結婚って現実も、意味も理解してない子供でしかないんだろう。

 結婚への憧れや甘さだけなのはお互いに理解している。

 けれども、好きな相手と結ばれたいって思うのは自然なことだ。

 伊月は亜衣が好きだし、これからも大事にしていきたいと思う。

 小さく「ふわぁ」と亜衣があくびをした。


「亜衣も咲綾の真似っこをしだしたぞ」

「うるさい。これだけいい天気だと眠くなるもの」

「いつもみたいに、俺に抱き付いて寝ればいい」

「……伊月は変態さんだからなぁ。私が無防備な寝顔をさらすとどうなることやら」


――だから、お前が寝てる時に何かできたことが俺にあったかと問いたい。


 文句を言いながらも亜衣は伊月にもたれかかってくる。


「伊月の体温って不思議。すごく安心できるから」

「変態扱いしてるのにな」

「それはそれ、これはこれ。変態な伊月でも、多少なりとも信頼はある」

「多少じゃなくて、大いに信頼してくれ」


 彼女は身を委ねてると、すぐに眠そうな声をだす。


「……私に悪戯したら痛い目に合わせるから」

「はいはい。良いから寝ろ」


 伊月が亜衣に悪戯できる日はまだ遠い。

 黒い髪を撫でてやると、心地よさそうに眠りだす。

 穏やかな日差しを浴びながら、伊月は妹と嫁に抱き付かれて、


「……地味に暑いんですけど」


 幸せな温もりは地味に暑かった。


「この時間は大切にしたいものだ」


 彼は口元に笑みを浮かべながら、2人の寝顔を見続けてたのだった。

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