第16話:将来を誓いあった仲です


 亜衣の久々の学校への復帰は担任教師である上野先生を大いに喜ばせる。

 伊月と共に職員室に顔を見せた亜衣を笑顔で出迎える。


「いやぁ、よかった。小倉、もう大丈夫なんだな?」

「えぇ。先生にもご迷惑をおかけしました」

「これ以上長引くと先生の評価も下がりそうでなぁ。うん、ホントによかった」


 笑顔の理由が、実に自分にも正直な担任教師である。


「こうして復帰できたのは滝口のおかげだな」

「そもそも、伊月のせいでもあるんですが」

「俺のせいかよ!?」

「……違うとでも? 今回の騒動の原因の80%は伊月のせいだわ」


 伊月はうなだれて「理不尽な世の中や」としょげる。


――アンタじゃなかったから、私もただの恥で終わってたのに。


 あの事件で心を傷つけた一番の原因は伊月に嫌われたくない一心だった。


――結果オーライだけど、私にとっての2週間は長かったもの。


 辛い想いも喜びも、入り混じった2週間だった。


「小倉の成績なら2週間の遅れはすぐに取り戻せるだろう。もうすぐ夏休みだし、2学期までに自習でおいつけよ。何かあれば相談には乗るし、滝口にも聞けばいい」

「えぇ、その辺は大丈夫です。あと、伊月に勉強の心配しても意味ないですし」

「……俺、さり気に戦力外通告されてる。せっかく、ノート取ってあげてきたのに」

「伊月の字は汚いから他の子に借りるわ」

「余計にひどいっ!」


 亜衣の本音に傷つく伊月であった。


「で、おふたりさん。小倉のお母さんから俺は聞き捨てならぬ発言を聞いたわけだが」


 そして、こちらも本題に入る。

 神妙な面持ちをしながら上野先生はふたりに対して、

 

「あのさ、ふたりが結婚したってマジで?」


 その発言に職員室が一気にざわめく。

 教師たちが口ぐちに小声で思い思いの言葉を囁く。


「不登校だと思ったら、いきなり学生結婚だと!?」

「まさか、できちゃった系? それは困りますねぇ」

「最近の若い子って言うのは私達の理解をはるかに超えてるわぁ」

「結婚ですって? ……この私ですらまだなのに」


 様々な教師が興味を持って、伊月たちに視線を向ける。


「はい、事実です。結婚と言っても、親に婚姻届を預けた形です。実際に結婚するのは高校を卒業してからですから、学校に迷惑はかかりません」

「いや、それも聞いたけど。実際の所どうなのよ? 子供ができたとか?」

「先生。そのような誤解をされると非常に不愉快なのではっきりと言います。望んではいますが、私は今と言う時間も大切にしている人間ですよ?」

「ご、ごめんなさい。マジで怖いから睨まんといて」


 教師相手にも容赦のない亜衣だが、睨みつける顔とは裏腹に内心は、


――子供は欲しいな。二人は絶対に作る。


 そんな乙女心もあったり。


――咲綾みたいに可愛い子供がいたら幸せな家族になれそう。


 亜衣の覚悟を知ってか知らずか、伊月は周囲の教師の疑惑の目から逃げている。


「うぅ、先生たちに白い目で見られてる」

「……堂々としていればいいのに」

「無理だってば。婚期逃してる山本先生とかめっちゃ睨んでるし。ハッ、ごめんなさい。今のは言葉のあやです。いや~、生徒指導室に連れて行かないで!?」


 違う意味で勝手に窮地に陥っていた。

 山本先生(女性、独身、36歳)に強制連行させるのを亜衣は阻止しながら、


「……他には何か?」


 そう言って、担任教師に確認すると、


「まぁ、事情は分かった。あとはプライベートな事だしな。学校としても何か言うことはない。仲良くやっているのなら何よりだ」

「では、失礼します」


 亜衣は一礼してから職員室を出ていく。

 その後を伊月は「やべぇ。めっちゃ緊張したぁ」と情けない顔をしてついてくる。


「伊月はヘタレすぎ。別に怒られる事でもないでしょう」

「うぐっ、俺はついてきてあげたのに、何て言い草だ」

「責任取るって言ったでしょ」

「……いろんな意味で責任って言葉が重いっす」


 伊月にとっては疑問に感じていることもある。


「あのな、亜衣。この件って学校に伝える必要とかあった?」

「……お母さんが勝手に公表したんだから、言い訳しないといけなくなっただけ」

「おー、のー。保奈美さんに外堀を埋められてる気がするぜ」


 そっと伊月の手を彼女は掴むと、


「伊月は基本的にヘタレだから。私達が外堀を埋めて追い込まないと何もできないわ」

「ひでぇ。……事実かもしれないけど、やりすぎですよ」

「でも、この展開が嫌じゃないでしょ?」


 亜衣の確信犯的言動に対して、「亜衣はずるいなぁ」とつくづく感じる。


「女の子はずるくていいんだとお母さんも言ってた」

「ホント、保奈美さんの影響を大きく受けてるよ」


 その手を握り返してやると、彼女は小さく笑う。


「……このまま教室に行きましょう。クラスメイトにも結婚宣言しておかなくちゃ」

「そ、それだけは待って!? 心の準備ができてない」


 亜衣の横顔を見つめ、伊月はふと変化を感じる。


「なんか、少しだけ亜衣が変わった気がする」


 普段の彼女ならばそっと自分達だけの秘密にしておくはずだ。

 他人に対して軽々しく発言するタイプではない。


「他人と繋がりを求めるのはいいことだと思うけど……」


 問題はそれが自分の事なので素直に喜べないでもいた。






 亜衣の復帰をクラスメイトは温かく迎えてくれてた。

 原因不明の不登校騒ぎだ、心配していた子たちもそれなりにいたのだが。


「――私達、結婚する事になったから」

「だから、なんで亜衣は皆の前で言っちゃうのさ!?」


 亜衣の一言にクラスは大きくざわつくことになる。

 付き合う宣言でもなく、結婚宣言だったのだから当然の反応ともいえる。

 

「まさかの展開だ。ふたりともそういう仲だったのか」

「付き合ってるのは知ってたけど、そこまで踏み込んでたなんて」

「ねぇねぇ、伊月君。お子さんの予定はありますか?」

「ないよ!? できちゃった婚じゃないから。そこ重要」


 クラスメイト達によってたかって、面白がるように追及される。

 まるで芸能レポーターのようにペットボトルをマイクのように見立てて、

 

「では、お子さんは何人の予定ですか?」

「その件に関してはノーコメントで」

「……私は最低、二人は欲しいと望んでいるわ」

「亜衣が答えちゃった!? ……ふたりっすか」


――亜衣って何気に子供好きだしなぁ。


 年下の妹、咲綾の世話も手伝ってくれている。

 咲綾も彼女の事を“ねーねー”と呼びとても懐いているのだ。

 亜衣は感情の起伏が少ないように見えるが、意外と母性的な一面もある。


「おやおや……滝口君、頑張らないとねぇ?」

「ええいっ、にやにやしながら追及するのはやめれ」

「いいじゃない。結婚まで覚悟決めるなんて今の時期じゃ難しいでしょ」

「遊びの恋じゃないって言うのが素敵だと思う」


 彼らなりの祝福でもあり、歓迎されていることに安心も抱く。


――これでよかったのかな。うん、そう思う事にしよう。


 元々、亜衣と伊月の二人は幼馴染以上の関係に見られていたので不思議な事でもない。

 ただ、亜衣は地味系ながらも美人なので憧れてた生徒は影で傷心する結果となる。


「はいはい、お前ら。静かに。ホームルームの時間だぞ」


 上野先生がやってきて、騒がしい教室を静まらせる。


「センセー、滝口君たちの結婚は学校も認めてるんですか?」

「まぁ、プライベートな問題だしな。特に子供とかできたら学校的に問題もありそうだが、そういう事情でもないし。いいんじゃないの?」


 担任は逆に感心するような口調で、


「すごいよなぁ。俺なんて付き合ってる彼女から結婚の二文字が出る度にビビって、通帳と相談しながら誤魔化してると言うのに」

「えー。先生、カッコ悪いよ」

「うるせっ。大人になると、結婚って言う言葉が重いのよ。若さと勢いで、現実よりも想いに生きる方が幸せなんじゃないかと俺は思うね。俺は責任取りたくないけど」

「……これだから、ダメな大人ってやつは」


 生徒たちから微妙に生温かい視線を向けられる担任教師であった。


「お前らも結婚は20代でしていおいた方がいいと思うぞ。若気の至りもどうかと思うけど晩婚もアレだしなぁ。何にしても結婚って大変よ」


 微妙に重みのあるような、ないような発言をしてから、


「で、久々に学校に復帰した小倉だが、何か言いたいことがあるんだって?」


 亜衣は頷くと、皆に向けて言葉を放つ。


「少し事情があって不登校になっていました。心配してくれてた皆さん、ありがとう」


 心が折れて完全な不登校になる前で本当によかった。

 伊月がこれだけは本当に安心したことである。


「私達くらいの時期になると、いろいろ事情もあるもんね」

「無事に学校に来てくれてよかったよ」


 事情を理解し、クラスメイト達も亜衣の復帰を待ち望んでくれていた。


――基本的にうちのクラスは良い奴らだもんな。


 何度も亜衣の復帰を促すプレッシャーをかけられ続けてきた伊月である。


「あと、私の伊月に手を出したら、ひどい目に合わせるので覚悟だけはしておいて」

「「――独占欲が半端ないっ!?」」


 最後の発言にどっとクラスが笑いに包まれて、この騒動は終わりを迎えたのだった。

 

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