第13話:いろんな意味でチェックメイト


「初めての責任を取ってもらうからね」


 亜衣にそう言われた伊月は顔を青ざめさせる。


『娘に手を出したら責任を取らせるから。そのつもりでいて』


 母である保奈美と同じ台詞にドキッとする。


――責任って苦手な言葉だぁ。


 自らの行動の責任を取らされる。

 それは仕方のない事とはいえ、伊月は言い訳を並べ立てる。


「キスをしたのは事実だが、あれは事故だと思わないか?」

「……それで?」


 どうやら、言い訳くらいは聞いてくれるらしい。


――くっ、ここで亜衣を納得させられるかが俺の勝負だ。


 自らの保身のために伊月は必死に言葉を並べ立てる。


「亜衣を傷つけるつもりはなかった。それは信じろ。俺だって男の子ですよ、無防備に肌をさらす女の子がいたら襲っても仕方ないでしょ」

「ダウト、というかアウト。変態発言するな」

「ま、待って。間違えました。テイク2。えっと、あの……」


――どうすればいい。そうだ、ここはあの手で行こう。


 こほんっと咳払いを一つして伊月は真正面から亜衣を見つめる。


「亜衣……俺がお前に対して常々欲情しているのは知っているだろう。年頃の女の子に対して突発的な性的衝動が起きてもそれは仕方のない事なんだ」

「ただのエッチな変態か! 全然、言い訳にもなってないから!」

「……ご、ごめんなさい」


 怒られてしまい、シュンっとする。


――都合のいい言い訳なんて思いつかなかったよ。


 行動の責任を取る覚悟はしておかねばならないようだった。


「アンタは私を押し倒してキスをした。この事実は間違いないわよね」

「はい。間違いございません」

「ならば当然、その責任は取ってもらえるのよねぇ? 変態の伊月くん?」

「け、警察沙汰は嫌なのぉ。お願いですよ、亜衣さん。幼馴染を警察に突き出す真似はやめてくれ。頼みます、容赦してくださいませ」


 ……どうやら伊月は責任を別の意味とらえて怯えているようだった。

 亜衣もそれに気づいて、顔色を曇らせる。


「なぁ、冗談抜きで許してくれ。あれは事故だ、本当に事故だから……」

「……伊月。アンタ、本当にそう思ってる?」

「へ?反省はしてるぞ、うん。土下座で許してくれるのなら今すぐしますが」

「違う。そうじゃなくて……あれがただの事故でしかないって」


――どういう意味だ?


 亜衣の考えていることがまだ理解できていない。

 彼女は唇をかみしめて、寂しそうな横顔を浮かべる。


「アンタの気持ちはどうなのよ」

「俺の気持ちって……それは……」

「伊月にとってはただの事故なの? あれをただの事故で終わらせるつもりなの?」


 伊月の服の襟首を掴んでくる。

 亜衣の悲痛な表情にようやく伊月は気づいた。


――震えてる? 何をそんなに怖がって……あっ。


 そこまでされてようやく気付くのだ。


「私の事、伊月はどう思って、あんなことをしたのよ」


 亜衣の気持ち。

 それを考えていなかったことに。


「好きだからしてくれたんじゃないの?」

「亜衣……?」

「それとも、誰でもよかった? 無防備に近づてくる女の子なら、誰もアンタはキスをするの?教えてよ。じゃなきゃ、私は……」


 今にも泣きそうな瞳をする亜衣に伊月はショックを受ける。


――俺はまた亜衣を傷つけたのか?


 ふがいない自分の行動や態度、言葉で。


――これ以上、亜衣を傷つけていいわけがないだろ。


 勇気を出せないヘタレな自分が嫌になる。

 だけど、だからこそ、ここで勇気を振り絞る。


――今こそ、言うべきだ。俺の気持ちを、お前をどう思ってるか。


 この十数年分の想いにケリをつけるために。


「すまん。亜衣、テイク3だ。聞いてくれ」

「……ぅっ……」


 伊月は亜衣を抱きしめながら、想いを言葉にする。


「ずっと前から亜衣が好きだった。俺の初恋はお前だった」


 幼い頃から抱え続けてきた想い。

 異性として意識を続けてきた。


――その想い、言葉にするの恥ずかしいけどさ。


「そんな女の子が目の前にいて、好きだって気持ちを止められなかった」


 はっきりと言葉にすることで、けじめをつける。


「だから、キスしたんだ。好きだから、キスした。事故なんかじゃない。俺の意思で、俺の想いを受け取ってほしいからキスしたんだよ」


 ずっと幼馴染のままでいたくはないから――。

 次の関係へ進みたい、その意思は言葉じゃないと伝わらない。


「……言い訳、終了?」

「終了だ。俺をどうするかは亜衣が決めてくれ」


 そこまで言い終えた伊月に対して、亜衣は微笑で言葉を返す。


「しょうがないから許してあげる」

「ホントに?」

「……ただし、責任を取ってくれるのなら」


――それって、つまり……付き合えってことだよな?


 これまでの付き合いで、自信がまったくないわけではなかった。

 だが、彼女の口から初めて明確に伊月を想う意思の言葉が出た。


――俺、ちゃんと愛されていたんだな。


 そんな伊月の顔を真っ直ぐに見つめてくる。

 今、言うべきセリフは一つしかなかった。


「何かいう事は?」

「お前の性格をよく知ってるし、今、この状況で想いを理解できたから言うけどさ」

「なに?」


 伊月は亜衣の身体を手を回してそっと抱きしめる。


「肝心な所を俺ばかり言わせるお前はずるくないか?」

「……ずるくない。私はこういう女の子だから」

「やっぱり、ずるいや。そういう所ってさ。絶対に保奈美さん譲りだと思う」


――小悪魔的というか、主導権を握りたがるところとか。


 だけど、それを含めて亜衣と言う女の子だ。

 改めて言葉にするとなると、少し照れくさくなる。


――でも、幼馴染の関係を変えるために言わなきゃいけないよな。


 一呼吸してから伊月はその言葉を口にする。


「俺と付き合ってください」

「うん……ちゃんと大事にしないと許さない」

「努力しますよ。俺、こう見えても恋人は大事にする派だから」

「今までひとりもいたことないくせに。その言葉、ちゃんと守ってよね」


 口ではそう言いながらも、亜衣が見せたのは満面の笑みだった。

 見る者を魅了する穏やかな微笑み。


――亜衣ってこんな風に笑うんだ。


 ずっと傍にいても、伊月の知らない本当の笑顔。


「……何だよ、めっちゃ可愛い顔で笑えるんじゃん。お前って」

「うっさい」

「照れてるか?亜衣は照れ屋だもんな」

「ば、バカ伊月……私をからかわないで。調子に乗るなぁ」


 普段とは違う彼女の魅せる表情に伊月はドキドキさせられる。


「……初めての続き、してもいい?」


 亜衣の言葉に頷いてもう一度、ちゃんとした形でキスを交わす。


――俺、今が一番幸せな時間かも。


 ずっと望んでいた関係、夢のような現実。

 伊月は興奮と歓喜に酔いしれていた、亜衣がその発言をするまでは――。


「――伊月、私をお嫁さんにしてくれるんでしょうね」


 思わず硬直してしまう伊月である。

 この子は今、何を言ったのか。


「……え゛っ!?」

「なんでそこで驚くの?」


 不思議そうな顔をする亜衣。

 逆に伊月はびっくりした様子を隠せずに、


「い、いや、さすがにお嫁さんは早いだろ?」

「……意味が分からない? 私達、結婚するんでしょ?」

「そっちの方が分からん!? はぁ? 結婚? え? お嫁さん?」


 頭の中が大混乱の伊月だった。

 歓喜の嵐がどこかに飛び去っていく。


「……伊月は私の事が好きじゃないの?」

「泣きそうな顔をするな。俺が悪い奴みたいだ。好きなのは好きだけどさ。状況がよく分からない。俺達って恋人じゃないのか?」

「何を言ってるの?。私は言ったじゃない。責任を取ってくれるんでしょって?」


 艶っぽい笑みと共に唇を動かしてそう囁く。


「ま、まさか、それって、つまり?」

「私をお嫁さんにするって意味以外にありえるわけない。むしろ、責任を取らないのなら許しません。……そう、伊月は責任を取るつもりがなかったのね」


 再び膨れっ面をする亜衣に伊月は慌てふためきながら、


「そ、そういう意味では。こういうのって、恋人からはじめるのが普通じゃないか?」

「……遊びで付き合いたくないの。私は本気だもの。本気で伊月が好きなのよ」


 そっと自分の唇を指先で撫で、にっと口の端を上げる。

 初めて亜衣から聞かされた好きと言う言葉はとても重みがありすぎた。


――亜衣の好きは俺の好きよりはるかに上だった!?


 いろんな意味で人生のチェックメイトをかけられた伊月であった。

 

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