第9話:ヘタレは遺伝するものなのか
「ぬぐぉ~。やらかしたぁ~!」
家に帰り、リビングのソファーに寝転がりながら、云々と唸り続ける。
伊月は先ほどの事を思い出しながら後悔する。
今朝は寝坊して亜衣の所に行けなかったのだ。
それだけではなく、その後の発言も問題だった。
『我慢してるお前が可愛くて欲情してました』
あまりにも遠慮容赦なく本音を言ってしまった伊月である。
――だって、可愛すぎるんだからしょうがない。
必死に尿意を我慢する姿に興奮したのは事実である。
女子から軽蔑されようと男の子ならば仕方ないのだが。
――俺、めっちゃど変態や。おまわりさん呼ばれても不思議じゃない。
そのせいで亜衣から追い出された。
「俺、亜衣に嫌われたかも……がくっ」
激しく落ち込む伊月を妹の咲綾が小さな手で撫でる。
「にーにー、どこかいたいの?」
「頭が痛いんだ」
「頭が悪いの間違いやろ。伊月。アンタ、亜衣ちゃんに何やらかしたんよ」
手際よく夕食の準備をする母親、凛花の呆れた声。
彼女は夕方からは旦那の経営する洋食店の手伝いに行く。
従業員がいるとはいえ、人気店であるために時間帯によっては人手もいる。
その間の咲綾の面倒を見るのは伊月の役目だった。
「保奈美ちゃんから聞いてるで。アンタ、亜衣ちゃんに手をだしたとか」
「出してないよ」
「傷物にしたら責任もってお嫁さんにせな。逃げるんは認めへんからなぁ」
「何で、母さんまでそっち派なんだよ。弱ってる息子を追い込むな」
平気で追い打ちをかける母親に伊月は抑揚ない声で答えた。
関西弁なのでちょっと言葉が強く聞こえるが、別に凛花は怖い母親ではない。
子供たちには優しい良き母親である。
「亜衣ちゃんのこと。ちゃんと恋人にする気があるんか?」
「……なぜ、親の前で答えねばならない。これは羞恥プレイか!?」
そんなことを言われて堂々と答えられるわけもない。
親相手に好きな子を認めるほど恥ずかしいものはない。
「自分の行動に責任くらいは持たなアカンよ。それが男のけじめやで」
「いや、だからね……保奈美さんと同じことを言うのは勘弁してくれ」
「咲綾。お兄ちゃんみたいなヘタレな男だけは好きになったらアカンで」
伊月にじゃれる咲綾は無邪気な声で「はーい」と答える。
「はーい、じゃないからな。咲綾まで、お兄ちゃんの繊細な心を傷つけるな」
「んにゅ?」
「咲綾にはまだ恋の話は早すぎるんだ。忘れてくれ」
「アンタには遅すぎるやろう。高校生にもなってまだ恋人にもなってないやないの」
うぐっと言葉に詰まる伊月だった。
「幼馴染? はっ、アンタはただのヘタレ。告白する勇気もないんか、情けない」
「言われなくても分かってるんだよ、ちくしょー」
息子の心をグサグサと突き刺す言葉。
まるで容赦と言うものがない。
「幼い頃から一緒にいて、これだけ仲良くなって、まさか手も出せへんとは……」
「手を出しても文句言うくせに、手を出さなくても文句言われるのか」
「このヘタレ! うちはそんなふがいない、ヘタレな子に育てた覚えはないで!」
「ぐすっ……俺、泣いてもいいですか?」
実親からヘタレ認定されるほど悲しいものはない。
ぐったりとする伊月は咲綾を膝にのせて、
「妹よ、傷心の俺を癒してくれ」
「にーにー。ガンバ♪」
天使の笑みを浮かべる妹にちょっと元気をもらった。
――この可愛い笑顔を守りたい。
将来、自分は立派なシスコンになれると伊月は自覚したのだった。
「で、母さんよ。ヘタレ扱いはやめてくれ。普通に傷つく」
「無理やね。今のアンタはヘタレ以外の何物でもないわぁ」
料理を続けながら伊月にばっさりと言い放つ。
「……ぐはっ、俺のHPはもう1だぞ」
「大丈夫。武士の情けや。ちゃんと、とどめはさしたる」
「やめれ!? 母さん、俺に対して遠慮なさすぎ!」
――この人なら平気でやりかねない。
これ以上の心の傷を広げたくない伊月はお手上げ降参だった。
「亜衣ちゃんの不登校の話は聞いてる。アンタが原因やって保奈美ちゃんは言ってたけど? それがホンマやったら、マジで責任取らせるで?」
「息子を脅すな。誤解だ。間接的な原因ではあるかな」
「直接的やろ? 亜衣ちゃんのことや。どうせ、アンタ絡みやよ」
亜衣の気持ちも、幼い頃から見てきた凛花から見ればまるわかりだった。
他人から分かりやす過ぎるふたりの気持ち。
お互いに前に進めないのは、互いに関係を変えるのに臆病なだけだ。
子供たちを後押ししてやりたい気持ちを我慢している、凛花と保奈美である。
「はぁ。アンタを見てると弟を思い出すわぁ」
「弘樹叔父さん?」
「そうやで。あの子も昔からヘタレでなぁ」
凛花は懐かしそうに、昔を思い出しながら、
「昔は保奈美ちゃんにもよく弄ばれて失恋してたわ。あの子のトラウマやで」
「叔父さんッー!?」
あまりにも悲しく寂しい現実が暴露された。
――保奈美さんが昔、小悪魔系と言う噂は本物だったのか。
そして、犠牲者は伊月の叔父も含まれていたのだった。
――いや、今でも十分に美人だから気持ちは分かるが。
当時も魅了されてもしょうがなかったのだろうと言うのは、想像に難くない。
「あの子も恋に悩んで、ひとりでウジウジしてたわ。ホンマ、アンタはうちの家の血を受け継いでるなぁ。お父ちゃんもお母ちゃんには頭があがらんもん」
「うぬぬ。お祖父さんもヘタレ、叔父さんもヘタレ。ヘタレ遺伝子の一族かよ」
負のスパイラルからはぜひとも脱したい。
「あははっ。自虐的やけど、言えてるわなぁ。好きな女の子に主導権を握られるのがうちの家系の男たちの特徴かもしれへん」
「マジかぁ。ヘタレは遺伝するのか。いや、遺伝されても悲しいけど」
嘆き悲しむ伊月を励ますように、穏やかな笑みをこちらに向けて、
「……それだけ優しい子ってことや。アンタもそうやろ」
「母さん」
「優しい子は相手を思いやりすぎる。女の子からしてみれば、そんなに優しくせんでもええってくらいにな。それがアンタの長所であり短所でもあるんよ」
最後の目玉焼きをお皿に乗せて、「ふたりとも夕ご飯やで」と声をかけた。
美味しそうな夕食の数々。
凛花も昔から料理教室に通っていただけあって、かなりの腕前だ。
――母さんって、口は悪いが料理だけはマジで上手だよなぁ。
父との出逢いも料理教室が縁だと聞いている。
高校卒業後に父は洋食店の修行を何年もして、今では独立しており、人気の洋食店のシェフとして店を切り盛りしている。
「なんや、どうしたん?」
「俺も何かスキルを覚えようかな、と」
「女子を口説くスキルでも覚えたらいいわ」
「あー、そうですねぇ! すみませんねぇ、ダメダメな子で」
親の面前でも凹むしかない。
「咲綾、今日は大好きなハンバーグだぞ」
「わーい。ハンバーグ、好き~」
「俺も好きだ。ちゃんと手を洗ってから食べよう」
妹を連れて洗面所に向かおうとすると、
「ほな、うちは店の方へ行ってくるから。あとは任せたで」
「おぅ。いってらっしゃい。咲綾、お母さんにバイバイって」
「ママぁ、バイバイ~」
「ふふっ。咲綾、ちゃんとお兄ちゃんの言う事聞いて、早めに寝るんやで」
子供たちに見送られて凛花が出かけていく。
それを見送ってから、2人は夕食を食べ始める。
「さて、食べるか。……おー、相変わらず、母さんの料理はマジで美味い」
美味しそうなデミグラスソースのハンバーグ、口に広がる味に大満足。
咲綾の分は甘いトマトケチャップにお手製の旗付きだ。
「ほら、口元を拭くからジッとしてな」
「んー。取れた?」
「取れた。咲綾、もっとよく噛んでゆっくりと食べなさい」
口元を汚しながら食べる妹の面倒を見ながら、
「なんというか、俺もすっかりと育児に慣れたものだ」
思わずそう笑ってしまう。
――いつか俺に子供ができても、大丈夫だろう。
子供の面倒を見るのには咲綾ですっかり慣れてしまった。
一緒にお風呂に入ったり、眠るまで本を読んでやったり。
忙しい両親の代わりに幼い妹の面倒を見るのが伊月の日課でもある。
愛しい妹の成長の日々、それを苦労だと思ったことはない。
「ねぇ、にーにー。ねーねー、来ないね」
「あぁ、亜衣か? ちょっと、いろいろとあってな」
亜衣もまた咲綾を実妹のように可愛がっている。
姉同然の彼女が大好きな咲綾の言葉。
「ねーねー。またあそびたいなぁ」
「そのうち、来るよ。今度、どこか行こうな」
「うんっ。あそびたいのー」
咲綾の頭を撫でながら、伊月はそう答えた。
――この子のためにも、早く解決しなきゃいけない。
これ以上、先延ばしにしていてもしょうがない。
どうすればいいのかを考えながら食事を続ける。
亜衣を引きこもりから抜け出させるためにはどうすればいいのか。
そのためにできることは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます