最終話:好きなものは好きだもの

 

 その日の休日は綺羅と共に穏やかな時間を過ごしていた。

 彼女とよく訪れる自然公園。

 定番のデートコースとなりつつある公園。

 芝生の上に座りながら弘樹たちは綺羅の作ってくれたお昼ご飯を食べていた。

 

「ごちそうさま。綺羅はホントに料理が上手だよな」

「……何度も言うけど、この程度じゃ褒められるべきでもない」

「何度でも言うけど、この程度でも恋人の作ってくれる料理なら嬉しいんだよ」

 

 今日、この公園に来てるのは弘樹たちだけではない。

 

「んにゃー」

 

 綺羅の膝元には猫用のリードを付けたアレキサンダーがいた。

 たまには外で遊ばせたいと連れてきたのだ。

 

「アレキもお腹いっぱい? やっぱり、太陽の下で食べると美味しいよね」

 

 お気に入りのアレキサンダーを可愛がる彼女。

 子猫の頭をなでると愛らしく鳴いた。

 

「綺羅はホントにアレキサンダーが好きだな」

「この子は私が触っても嫌がらない稀有な存在だから大好き。近所の猫なんて私の気配を感じただけで全力で逃げられる」

「そりゃ、ひどい」

「私が通った後には猫一匹寄り付かない。寂しい人生だわ」

 

 よほどこれまで動物たちに好かれない人生を送ってきたらしい。

 

「アレキはまだ他人という存在が自分を裏切るという経験をされたことがないから、誰相手にでも警戒心がなくて、無防備なのね」

「そ、そうか?」

「ねぇ、アレキ。これだけは覚えておいて。他人を信じるという行為は、裏切られたときにものすごく心が痛むものなのよ」

「にゃー」

「お前も返事するな。綺羅の過去に何があったのだ」

 

 そこが心配になる弘樹だった。

 

「綺羅とアレキを一緒にするな。この子はずっと純粋なんだ」

「……ふっ。いつまでも、純粋な生き物なんていない。いずれは汚れてしまうものなのよ。それが生きるという事だから」

「鼻で笑うのはやめれ。どこまでひねくれてるんだ」

「世界というものをまだ美しく綺麗だと信じているアレキに対する警告よ」

 

 綺羅の忠告を聞いているのかいないのか。

 膝元でのんきにあくびをするアレキだった。

 

「そういう綺羅は学校ではどうなんだ? そろそろ友達できたか?」

「……先輩の余計なお世話のせいで、私に話しかけてくる相手はいる。あいさつ程度はしてる。友達ではないけども、話し相手がいるのは……悪くない」

「そっか」

 

 お友達が人生で数える程度しかないない恋人を心配しているのだ。

 

「私には親友と呼べる相手がひとりだけいる。彼女に裏切られるのはとても辛いし、想像もしたくない。もしも、彼女に裏切られたら私は他人を完全拒絶する」

「……大事にしろよ。人間関係は大事だぞ」

 

――綺羅ってホントに人間関係が不器用だよな。


 子供の頃に友達関係でトラブルになって以来、他人を信頼しなくなったらしい。

 あの時代の出来事は些細なことでもトラウマになることもある。

 人間不信な性格はすぐに治るわけではないと思うけども改善していけたらいい。

 心地よい風が吹いて、弘樹は青空を見上げた。

 

「……いい空だ。こういう空の下だと昼寝もしたくなる」

「すでにアレキはお休み中」

 

 いつのまにか、芝生の上でアレキが眠っていた。

 食べたらすぐに眠くなるのは子猫の特権だろう。

 寝ている猫をみていると、綺羅も眠そうにしている。

 

「綺羅も眠そうだな。俺の膝を貸してやろう」

「……んっ」

 

 彼女は素直に弘樹の膝に寝転んでしまう。

 くすぐったい感触に弘樹は笑みを浮かべる。

 

「今日は素直だな」

「……甘えたいときには甘える。私は先輩と違ってTPOをわきまえてるから」

「いつだって甘えてもらいたいものだ」

「それは無理。私はそこまで素直じゃない」

 

 自分で言うなと突っ込みたくなる、いつも綺羅だった。

 弘樹の膝の上に寝転んだまま、彼女は瞳をつむる。

 

「寝るのか、綺羅?」

「アレキがお昼寝してるから私も眠たい」

「……どうぞ、ご自由に。お嬢様」

 

 可愛い彼女の寝顔を見つめる。

 やがて静かな寝息を立て彼女は眠り始めた。

 

「俺に気を許しすぎた、綺羅」

 

 そんな彼女の無防備さが嬉しい。

 ここまでくるのに、ずいぶんとかかったものだ。

 最初は警戒心の強い猫みたいな子だった。

 

「……すぅ」

 

 心地よさそうに寝ている彼女の頭をなでる。

 子猫と一緒に眠る猫系彼女。

 

「綺羅の寝顔はいつ見ても可愛いな」

 

 ぷにっと柔らかい頬を指先で触る。


「美人な顔をしてる。寝顔、写真でも撮るか」

 

 こっそりと写真撮影してみたり。

 見ていて飽きない寝顔。

 弘樹はずっと眺めながら時間を過ごした。





 夕焼けの空の下を綺羅と一緒に帰っていた。

 その腕にアレキサンダーを抱きしめながら、

 

「お昼寝をして大満足。日蔭だからすごく心地よかった。暇じゃなかった?」

「いや、全然。ずっと綺羅に悪戯してたし」

「もう二度と私は先輩の前で無防備な真似をしないと今決めた」

「じょ、冗談だ。冗談。頼むから俺に軽蔑のまなざしはやめて!?」

 

 自業自得はいえ、綺羅の白い目に耐えられなかった。

 

「……私の胸を触って楽しんでいたと」

「して……ません」

「い、今、言葉に詰まった。怪しい……この変態め」

 

 触って楽しんでたのは頬だけども。

 さすがにバレると怒られると思ってそちらで我慢した。

 

「……変態じゃない。俺は綺羅の恋人だ」

「恋人という名の変態。変態という名の恋人」

「人に嫌がるあだ名をつけないで」

「うっさい。少しは反省しなさい。ていっ」

 

 彼女はアレキの肉球をつかんで弘樹に猫パンチをさせて攻撃する。

 

「子猫を使った攻撃は禁止だ」

「うるさい。私の胸を揉んだ罪は重い」

「……冤罪ってこうやって作られていくのだな」

 

 ひとしきり攻撃した後、彼女は弘樹に寄り添いながら、

 

「先輩……」

 

 唐突に弘樹にキスを求めてくる。

 唇を「んっ」と触れ合わせると顔を赤らめながら彼女は微笑む。

 怒ったり、甘えてきたり、寂しがったり。

 綺羅は気分屋で、行動は気持ち次第でころころとすぐに変わる。

 

「やばい、先輩が好きすぎる」

「うぉ、思わぬ本音が出たな。嬉しいぞ」

「……好きなものは好きだもの」

 

 好きと言葉に出す行為。

 想いは言葉にしなきゃ伝わらない。

 伝えるのは勇気がいる時もある。

 それでも、伝えてこそ初めて繋がれる思いがある。

 

「甘えたいときに甘えてもいい、それを許して受け止めてくれるヒロ先輩が好き。ずっと好き……大好きだよ、ヒロ先輩」

 

 可愛い笑顔で、さらっとそんなことを言うのは反則だ。


「俺も好きだぞ。可愛い猫系彼女さん」


 翻弄されることも多いけども、可愛いからすべて許せる。

 夕日に照らされながら弘樹はもう一度、綺羅とキスをした。

 弘樹の彼女は猫系女子。

気分屋でいつも翻弄されてばかり。

 でも、好きと甘えられると超絶可愛くて、弘樹は彼女に敵わない。

 これからもそんな猫系女子との幸せな日常が続いていく――。

 

【 THE END 】

 


************************************************

第2シリーズ:予告編


伊月には可愛らしい幼馴染の亜衣がいる。

兄妹のように一緒に育って、自然にお互いを好きあって。

でも、最後の一線は超えられない微妙な距離感があった。

しかし、築き上げてきた幼馴染の関係が”ある事件”により崩れる。

素直になれない子猫のような亜衣。

彼女の心に、伊月の想いは届くのか。


『猫系女子は俺の嫁になりたがっている』


――責任とは取るものではなく、取らされるものである。

 

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