第2シリーズ:猫系女子は俺の嫁になりたがっている

プロローグ:幼馴染がフラグだなんて思うなよ

 

 人生でこの台詞を言われた人間はある覚悟をしなければいけない。


「――それじゃ、責任をとってもらうから」


 人生には例えば、子供ができた、手を出したなど、ありとあらゆる事情で責任を持たなくてはいけないことがある。

 “結婚”という二文字を経験する時につきものの、“責任を取る”という言葉。

 ただし、責任とは取るものではなく、取らされるものである。


「……ねぇ、返事は? 聞いてるんでしょ?」


 それが、ずっと幼馴染だった相手からの言葉ならばどうだろう?


「責任とって、私をお嫁さんにしなさい」


――信じられないことだが、どうやら幼馴染は俺の嫁になりたがっているらしい。


 突如、結婚しろと迫る幼馴染。

 責任という2文字と共に現実をまだ受け入れられないでいた――。





 幼馴染とは同じ時間を過ごしてきたというアドバンテージがあるだけ。

 恋愛に進展するかは幼馴染であるかどうかで決まるわけでは決してない。

 例え、幼馴染が美少女でもフラグ回収できなきゃ何の意味もない。

 幼馴染のままでいても恋人になれなければ、ただの男女の関係に過ぎないのだ。

 そんな滝口伊月|(たきぐち いつき)には美少女の幼馴染がいる。


「伊月、帰る前にコンビニに寄るから待っていて」

「はいはい。またスイーツか」

「そう。コンビニ限定の新作アイスが出たって」


 学校からの帰り際、伊月の隣を少女が共に歩いていた。

 腰に届きそうな長さの美しい黒髪。

 同年代よりも大人びて見られる綺麗な容姿に目を惹かれる。


「亜衣はホントに甘いものが好きだな」

「甘いものを嫌いな女子はいないでしょ?」


 小倉亜衣|(おぐら あい)は伊月の幼馴染である。

 学校内での印象は物静かで大人しい性格。

 クラスで目立つ方ではないが綺麗な女の子と評価されている。

 感情をあまり表に出さず、口数も少ないクール系の美少女。

 だが、それは文字通りの“猫かぶり”だ。


――亜衣が大人しい系女子? 冗談だろ、それは……。


 大抵のクラスメイトの印象を裏切る、彼女の本性を伊月は知っている。

 まるで猫のように、甘えたがりで、気分屋で、素直になれない女の子。

 彼女は猫系女子だと、本性を知らない連中に言ってやりたくなる伊月だった。


「暑いときはアイスに限る」

「寒い時でもアイスを食べてないか?」

「伊月、いい男の子の条件を教えてあげようか? 細かい男は嫌われるわよ」

「いちいち余計な揚げ足取りはするなってことね。すまん、すまん」


 亜衣は伊月に「ちょっと待っていて」と言ってコンビニに入っていく。

 彼女を待っている間、伊月は雲一つない空を見上げる。


「少しずつ暑くなってきたな」


 季節は6月、今の時期は梅雨の真っ最中。

 とはいえ、晴れた日には蒸し暑さが半端なく夏の到来を予感させる。

 

「……入学から2ヵ月ちょっとか」

 

 この春に高校1年生になり、あっという間に過ぎた2ヵ月で、高校生活にも慣れた。

 クラスにも馴染み、部活にこそ入っていないが、適当に青春謳歌をしていた。


「無事に亜衣と同じ高校にもなれたしな」


 そもそも伊月は高校入学の時点でかなり危なかった。

 彼の成績では今の学校に入るほどでもなく、共に同じ学校に通えるか不安だった。

 

――受験勉強はマジで頑張ったからなぁ、俺はよくやったと自分を褒めてやりたい。

 

 亜衣に教えてもらいながら、必死に勉強した日々はもう思い出したくもない。

 朝から晩まで勉強漬け、そこまでするほど、伊月は亜衣の傍にいたかった。

 二人は昔から仲のいい幼馴染だ。

 伊月の初恋相手は亜衣であり、幼馴染の関係を超えて、恋人になりたい。

 ただ、告白する勇気がなくて、今も幼馴染の関係でい続けてるワケだが。


「腐れ縁って言葉だけは嫌だな。俺は亜衣にどう思われてるんだろう」

 

 独り言をつぶやく伊月には男性として見られている自信がない。

 一緒にいる時間が長くても、別に恋人っぽい雰囲気になることもなく。

 

「よくて兄的存在なのでは? い、いや、もう少し上のランク相当な気も……?」

 

 厳しい現実を考えるだけで落ち込みそうになる。

 

「高校に入ったら関係を変えてやるつもりだったのに。何も変わりやしねぇ」

 

 環境が変われば何かが変わると思っていた時期もあった。

 それが幻想であり、何かを変えるには勇気がいると知ったのは最近の事である。

 現実を変えるにはあまりにもハードルは高かった。

 

「……何も変わらない、行動しなきゃ恋も始まらない」

 

 伊月には関係を変えるために行動する勇気がないのが問題なのだ。

 嫌と言うほど分かってはいるが、何かを変えるにはきっかけが必要なものである。


「お待たせ……どうしたの、伊月? 間抜け顔をしてる。ふぬけ顔?」

「どっちもひどい言い方だな。考え事をしてたんだ。新作アイスはあったか」


 お店から出てきた亜衣はレジ袋を伊月に見せて、

 

「うん、買ってきた。早く家で食べたいな」

「外で食べる気にはなれない蒸し暑さだからな」

「溶けそうになりながら食べるアイスもいいけど。べたべたになるもんね」

 

 伊月と亜衣は家同士が向かい合ったご近所同士だ。

 放課後や休日はどっちかの家で過ごすことが多い。

 特に亜衣の家はこの近所では一番大きい立派な家だ。

 お嬢様というほどではないが、それなりの家柄の娘である。

 コンビニから歩いて3分、住宅街の一角にある亜衣の家に到着。

 伊月は「お邪魔します」と、慣れた様子で家にお邪魔する。

 リビングに上がらせてもらい、ソファーに座る。

 

「今日は保奈美さん、いないのか?」

「お母さんならこの時間だと買物じゃない? 私、着替えてくるから」

「はいはい。アイスが溶けるから早めにな」

 

 勝手にテレビをつけて、ドラマの再放送を見ながら亜衣を待つ。  

 伊月にとっても、わが家同然に慣れたものだ。

 それは逆もしかり、亜衣にとっても伊月の家は慣れている。

 

「お待たせ。アイス溶けてない?」

 

 しばらくして、私服に着替え終わった亜衣が戻ってきた。

 チェック柄のTシャツとショートパンツのラフな格好。

 着飾らなくても十分に可愛らしいその姿を見つめながら、

 

「まだ溶けてない。もうひとつあるけど、これは俺のか?」

「そうよ。だって私だけ食べてると伊月が横取りするし」

「したことないだろ。味見程度に一口もらうことはあっても、横取りするような真似はしない。これはありがたくもらっておくけど」

 

 同じ時間を共有しあうこと。

 二人は常に一緒にいることが多いため、自然と身についた距離感である。

 亜衣も伊月の事を信頼し、居心地のいい関係を築いている。

 

「新作の味はどうだ?」

「これはありね。濃厚バニラ味が口の中でとろけていくのは及第点」


 口に広がる甘さに大満足の亜衣。

 逆に伊月はその甘さに表情を軽く歪ませる。


「甘っ。これだけ甘いと俺は苦手かも」

「分かってないなぁ。この甘さがいいのに。伊月は何でもケチをつけて、文句ばかり」

「……いや、これに関しては文句を言わせてくれ」

 

 ふたりでアイスを食べながら他愛のない会話に盛り上がっていた。

 いつもの時間、いつもの日常、二人だけの時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 すっかりと夕暮れになった頃、亜衣の母親、保奈美|(ほなみ)が帰宅した。

 亜衣の母だけあって、その容姿はとても美しい。


「どうも、お邪魔してます」

「あら、伊月君。こんにちは……亜衣は、いつも通りのようすね」

 

 彼女は微笑しながら、娘を見つめる。

 ソファーに座る伊月の真横にもたれるようにして。

 いつしか亜衣は眠りについていた。

 

「すぅ……」

 

 瞳をつむり、気持ちよさそうに熟睡している。

 人の体温を感じると安心できるもの。

 亜衣は伊月の前では無防備な寝顔をさらすことも多々ある。

 

――これだけ無防備でも手を出せないのが俺なんだよな。

 

 そんな自分自身に呆れる。

 亜衣は警戒心が強いように見えて、時にはこんな表情を見せる事もある。


――このチャンスに毎回、悪戯程度の事しかできない自分が憎い。


 亜衣もまた、伊月が悪戯以上の行為をするはずがないと信じている。

 お互いの信頼関係があってこそ、無防備な寝顔を幼馴染にさらすのだ。


「やれやれ。伊月君もいつもながら、亜衣に何も手を出さないし」

「そこは手を出しちゃまずいでしょ。親としてどうなんですか」

「そう? もしも手を出したら……社会的に責任を取らせるのに」

「全然、笑って言うことじゃないよ、保奈美さん!?」

 

 内心、ドキッとする伊月だった。

 社会的な責任と言う言葉が重くのしかかる。

 保奈美にとっては伊月と亜衣がくっつくのは自然な行為だと思い込んでいる。

 

「ねぇ、伊月君。貴方はホントに男の子? これだけ無防備なのに手も出せないの?」

「言い方がひどいっす」

「普通、貴方たちの年齢なら盛った猫のように発情しあうものでしょう?」

「は、はぁ。あの、保奈美さん。この寝顔を見て、何かしようと言う気も起りません」

「んー、伊月君は真面目よねぇ。だからこそ、亜衣も信頼してるんでしょうけど」


 何だか物足りなさを感じるような物言い。

 

「こんな奥手な伊月君が娘に手を出す日はいつ来るんでしょうね」

「親の立場で望まれると何と答えたらいいのやら」


 ぐっすりと眠る亜衣はしばらく起きる気配もなく、静かな寝息を立て続ける。


「亜衣も普段ならこんな無防備な姿を見せる事なんてないのに。やっぱり、伊月君だけは特別ってことかしら?」

「だとしたらいいんですが。幼馴染として信頼されて何よりです」

「……これだけは言っておくけど。娘を傷物にしたらちゃんと責任取ってね?」


 笑顔で威圧してくる彼女に「は、はい」と言わざるをえない伊月だった。

 幼馴染で、信頼があっても、きっかけがなければ恋愛関係には発展しない。

 伊月はそれを身に染みて感じながらも、穏やかな日々を過ごしていた。

 その“きっかけ”は思いもよらぬ形で訪れることになる――。

 

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