第37話:猫系女子はこれだから面白い
その日はあいにくの雨だった。
朝から降り続く雨。
放課後になって綺羅と待ち合わせ、いつものようにふたりで帰る。
「綺羅、そろそろ帰るか」
「……うん。外は雨だね」
「雨は苦手か?」
「そうでもないけど。服が濡れるのが嫌なだけ」
雨の降る薄暗い曇が覆う空。
傘をさしながらふたりで帰る。
「雨の降ってる日は綺羅と出会ったばかりの頃を思い出すな」
「思い出さなくていい」
「えー。いいじゃんか。一緒に同じ傘で帰ったあの日の事を忘れてしまったのか」
「は、恥ずかしい記憶だから覚えてなくていいのっ」
綺羅にとってはあれは恥ずかしい記憶に入るらしい。
「まぁ、綺羅のお母さんに恋人だと誤解されたり、いろいろとあったからな。でも、今はちゃんと付き合い始めているのだからいいじゃないか」
「そういう問題じゃない。それとこれは別物でしょ」
「……またあんな風に一緒に帰るか?」
「何で?」
「素で言い返されると悲しい。あの時の密着感をもう一度!」
ぜひとも再現してもらいたい。
「恋人にはもっと俺に対して甘く優しくして欲しいものだ」
「先輩はべったりし過ぎ」
「べったりしたい年頃なんだよ」
「暑苦しいのは嫌なの」
そんなつれない恋人だけども、弘樹は最近になって攻略法を掴んできた。
「……俺はもっと今以上に綺羅を好きになりたいんだ」
「え?」
「今も好きだけど、もっと分かりあえて、好きになれたらいいと思わないか?」
綺羅は愛される事に弱い。
あと、押しにも弱い。
付き合い始めて、綺羅の弱点とも呼べるところを見つけたのである。
「ヒロ先輩……その手には乗らない」
「あれ、通じなかった?」
「どうせ、私を適当に口説けば勢いでどうにかなるとか思ってる? 私はそんなに、ちょろい女の子じゃない。先輩の好き勝手にはさせない」
「……なるほど。じゃ、諦める」
あっさりと引いてみると意外そうな顔をされる。
「やめちゃうんだ?」
「綺羅の嫌がる事はしたくない。俺は綺羅が好きだからな」
「……押してダメなら引いてみろ作戦?」
――バレてました。くっ、綺羅が手ごわくて負けそうです。
「ヒロ先輩は単純だよね。でも、その単純さは嫌いじゃない」
「……あっ」
そっと彼女は自分の傘をたたみはじめた。
「仕方ない。恋人として我が侭を叶えるのも、私の役目」
文句を言いながらも、そっと弘樹の傘に入る綺羅。
触れ合う肩、弘樹はもっと彼女に近づくように告げる。
「……ありがとな。素直な綺羅に感謝する」
身体を密着させても綺羅は嫌がる素振りを見せない。
初めて出会った頃からはずいぶんと変わったものだ。
綺羅に心を許してもらえるまでが長かった。
いつしか雨は小雨になりつつあった。
なので、ここまで密着しなくても雨に濡れる事はないが雰囲気を楽しみたい。
相合傘など人生でそう何度も経験できるものではない。
静かに降り続く雨の中を二人で歩く。
「……付き合うってことにちょっとは慣れたか?」
「慣れたと言うよりも、先輩が馴れ馴れしい」
「実に厳しいご意見、どうもありがとうございます」
ストレートで言葉にされると悲しさ倍増だ。
「……嫌とは言わないけど、ウザい時もある」
「それは恋人に向かって言うセリフじゃないよな」
「改善して欲しい事もあるってこと」
あんまり欲望ガツガツ系は綺羅にドン引きされる。
弘樹は反省しつつも意地悪な顔をしながら、
「昨日はあんなに可愛い声で俺の名前を何度も呼んでくれたのに」
「なっ!? こ、こんな所でその話をする!?」
「別にいいじゃん。付き合ってる奴なら誰もすることだし」
「そう言う問題じゃないのっ。もう、デリカシーがない。秘密だからね!」
こっちが構って欲しいと近寄っても逃げられる。
なのに、自分が構って欲しいとすごく甘えてきたり。
気分次第で翻弄されっぱなしではあるが、そこが可愛くて仕方ない。
「猫系女子はこれだから面白い」
「なに?」
「なんでもないよ」
ふいに持っていた鞄が綺羅の身体に触れる。
「ん? 先輩、今、お尻を触ろうとした? 変態?」
「とんでもない誤解だ!? してません」
「ホントに? すぐに手が出る悪いやつ」
「違うっての」
鞄が当たっただけでセクハラ扱い。
もっと恋人らしく信頼してもらいたい。
「忘れてた。綺羅、今度の日曜日は俺に付き合ってもらうからな。デートプランは俺が立てるから覚悟しておくこと」
「私、また変な場所に連れて行かれてしまう。また大人の階段、登らされるのね」
遠い目をして綺羅が身構えて呟いた。
「傷つくからその表情はやめれ」
「だって、HERO先輩だし。エロ大魔神め」
「綺羅もそれなりに満足してたのでは?」
次の瞬間、綺羅のカバンが弘樹の背中を直撃した。
「い、いた!? 鞄で叩くな。地味に痛いんだからな。心配せずとも安心プランだよ。ちゃんとした健全なやつだからさ」
「健全、ね? 不健全の塊が何を言うのか」
「ホントに俺に信頼ないな!?」
どこか諦めたように「約束だからしょうがない」と綺羅は呟く。
例え、恋人になっても綺羅らしさは変わらない。
そういう可愛さに弘樹は惹かれたのだから。
「たまには人の多い場所で遊ぶの良いだろう?」
「ホントにたまにはね。デート10回のうち1回くらいなら許す」
「厳しくないっすか、それ」
でも、もう少しくらいは弘樹に懐いて欲しいものだ。
――イチャラブは無理でも、デレて甘えてくるとかさぁ。
もっと甘えてもらいたい男心。
小雨が降る中で、どうやったら綺羅の信頼を得られるのかを大いに悩んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます