第29話:あれ? 私、また地雷踏んだ?

 

 恋をすることは人間を簡単に変えてしまう。

 綺羅は今、そのことを身にしみて感じていた。

 いつものように夜になって有希と電話をしていた。

 

『キス寸前で喧嘩しちゃうなんて大変だったんだね、キラ』

「……私もこんな形で喧嘩するとは思ってなかったし」

『ふふっ。でも、キラもずいぶんと愛されてるじゃない』

 

 電話の向こうで有希が笑う。

 その言葉に頷きながら綺羅は「そうだね」と呟く。

 弘樹が綺羅の事を愛してくれているのは実感している。

 今回のことも彼でなければ、破局してたとしてもおかしくない。

 

「こんなにひねくれて、可愛げのない私を好きなんて、ヒロ先輩は変わってる」

『そーいうことを自分で言う?』

「それじゃ、聞くけども、私に可愛げなんてあると思う?」

 

 有希は「えっと」と困ったような声で、

 

『……キラ、可愛いだけが女の子の魅力じゃないよ』

「そのフォローは余計に私を傷つけた」

 

 親友の何気ない一言が胸に刺さる。

 有希はさり気にひどい事を言う。

 

『だって、キラは素直じゃないもの。もう少し自分に素直になればいいのに』

「その通りすぎて反論できない」

『もっと先輩に甘えてごらん。それが一番いいんだよ』

 

 自分に素直になることが苦手なのだ。

 それを自覚しているところで直せないでもいる。

 

『……ところで、キラ? 聞いてみたいんだけども』

「なに?」

「キスってどういうものだった? 気持ち良かった?」

 

 有希にそう言われて綺羅は吹き出しそうになるのを堪える。

 

「そ、それは……」

『私はまだ未体験だけども、キラは経験者なんでしょ? どうなの?』

「どうって言われても……それは、その……ね?」

 

 初めてのキスにびびって逃げた綺羅を弘樹は許してくれた。

 戸惑いや不安を理解してくれて。

 その後に本当のキスをした。

 

「……気持ちよかった、のかな」

『ホントに?』

「何て言うのかな。気持ちが繋がる感じがしたの」

 

 キスする瞬間は目を瞑っていたけど、唇に触れ合う瞬間の感触は覚えてる。

 思ってたよりも、実際にキスをすると胸がドキドキして止まらなかった。

 それと同時に綺羅も弘樹が大好きなんだって自覚する。

 

『へぇ。キラがそう言う風に言うなんて意外。ホントに先輩が好きなんだ』

「……うん。大好き過ぎて想いが止まらない」

『この前、キラに携帯で撮った彼氏さんの写真を送ってもらったけども、とても楽しそうだった。優しそうな素敵な人だったね。キラみたいな恋が私もしたいな』

「有希は可愛いからモテると思うんだけどな」

 

 愛想もよければ、人に優しくて好かれるタイプ。

 彼氏を作ろうと思えば、綺羅よりも苦労することなく作れるであろう。

 

『……でもなぁ、私って結構、嫉妬しちゃうから。そこが心配』

「有希が?」

『多分、嫉妬するよ。彼氏は私の物って独占欲があるからね。キラはどう?』

「私も嫉妬くらいはする」

 

 けれども、それで喧嘩する事はないと思いたい。

 また不仲になるのはすごく嫌だから。

 

『先輩が浮気したり、他の女の子と一緒にいるのは嫌でしょ」

「それはそうだけど……先輩は浮気とかしない。そもそも、女の子にモテないし」

『そんな事を言っちゃうんだ? 結構、カッコいい人だったのに』

「容姿はよくてもヘタレ系だから。今まで彼女もいなかったって言ってた」

『……き、キラ、それ本人には言わないであげてね? 傷つけちゃうから』

 

 素直ではない癖に、言葉は正直な綺羅である。

 有希と話をしていると、彼女はまだ初めての恋愛に問題がある事に気付いた。

 

「ずっと仲良くしていたいと思うのは難しいのかな」

『一度も喧嘩しないで付き合い続けるのなんて無理じゃない?』

「そうかな」

『うん。恋愛なんて喧嘩して仲直りを繰り返して、互いの距離と理解を縮めていくものでしょ。一度や二度の喧嘩くらい気にしちゃダメだよ』

「有希……」

『でも、それで終わっちゃう恋もあるわけだけども。相手に本気で愛想を尽かされたりしたら終わりだよね』

「……終わらないように頑張ります」

 

 最後の言葉がものすごく綺羅を不安にさせたのだった。

 

 

 

 

 有希と電話を終えて、お風呂に入ろうとしてると、リビングで姉に呼ばれる。

 

「綺羅ちゃん、私、明日には帰るからね」

「あっ、そう。むしろ、今からでもさっさと帰れ」

「……ぐすっ。妹が冷たいよ。彼氏できたからって生意気だよ」

 

 夢逢に対してはもうずっと前からこんな関係だから気にしない。

 荷物をまとめながら彼女は残念そうに、

 

「結局、綺羅ちゃんの彼氏とも会えなかったし」

「昨日、綺羅が弘樹君を連れて来た時に夢逢はいなかったじゃない」

 

 七海がそう言うと夢逢はショックを受けた表情を見せる。

 

「そ、そうなの? 私に隠れてそんなことをしてたなんて」

「姉、うるさい。さっさと帰ればいい」

「はっ。まさかお姉ちゃんが綺麗だから彼氏を取られるとか思ってる? 綺羅ちゃんもお年頃なのねぇ。独占欲だぁ~」

 

 なんて調子に乗った事を言うので、綺羅は彼女を睨みつけながら、

 

「バカな事を言わないで」

「どうかなぁ。男の子って浮気性だし、分かんないかもよ?」

「ヒロ先輩はそんなことしない」

「真面目なタイプほど浮気や不倫に走りやすいって聞くけどねぇ」

 

 それは、否定できないのも確かだった。


「お姉ちゃんはバカだけども、見た目は美人の部類だし、年上好きのヒロ先輩と合わせたら興味を抱かれるかもしれない、と?」

「……言葉がストレートに私を傷つけるだけの暴言なことについて」

「こんな人に惹かれる要素がない」

「フルボッコなんですが。お姉ちゃん、泣いちゃうぞ」

「はぁ。ヒロ先輩は、浮気なんてしないから。余計な心配をする必要がない」

 

 絶対にそう言う事をする人じゃない。

 信じているのに、信じきれないダメな自分がいる。

 軽く俯いていると、夢逢が小声で七海に囁く。

 

「……あれ? 私、また地雷踏んだ?」

「夢逢は本当にもう少し空気を読みなさい」

「だ、だって……」

 

 姉はシュンッとうなだれて「ごめんね、綺羅ちゃん」と素直に謝った。

 

「綺羅は自分にもう少し自信を持って。弘樹君は綺羅を大事に思ってくれてるんだから、その気持ちを信じてあげなさい」

「自信がない」

「弘樹君は綺羅を裏切るような子じゃないでしょ」

 

 そう言われても、分かっていても怖い事もある。

 

――ママの言う通り、自信がないから不安なんだ。


 自分よりも可愛い子はたくさんいる。

 弘樹に似合う人が他にもいるのでは、と思ってしまうから。


「恋にお悩みの妹を見ることになるとは。人生ってわかんない」

「貴方もさっさと誰かとお付き合いしたらどう?」

「ぐぬぬ。言わないで」

「夢逢も恋をすれば変わるかしら……。いえ、何も変わらないかも」

「見捨てないでください。そうだ。綺羅ちゃん、これ。仲直りのしるしにどうぞ」

 

 夢逢が手渡してきたのは綺羅の好きな猫のぬいぐるみだった。

 

「綺羅ちゃんの好きそうな奴でしょ? この前、泣かせちゃったからこれで許してね? 許してくれるよね? 許してくれた。よかったぁ、許してくれて」

 

 勝手に納得して自己解決する夢逢に対して、


「これはもらうけども、仲直りはしない」

「ひどっ!? お、お母さん、綺羅ちゃんが……」

「エサで釣るような真似をする夢逢が今のは悪い。言い方ってものもあるわ」

 

 綺羅は受け取ったぬいぐるみを見て、弘樹の猫を思い出していた。

 自分に懐いてくれたアレキサンダー。

 あの子猫の顔を思い出して、少しだけ沈んだ気持ちが楽になった。

 軽くぬいぐるみを抱く綺羅に夢逢は姉らしい言葉をかける。

 

「お姉ちゃんが真面目なアドバイスしてあげる」

「別に要らないけど?」

「ひどっ。あのさ、綺羅ちゃんは普通に可愛いよ? 自分の魅力って自分じゃ気づかないことも多いんじゃん。彼氏君はそーいう綺羅ちゃんの魅力に気づいてくれたんだもの。疑うことなんてないでしょう」

「……その言葉が自分へのブーメランになると知っての発言?」

「はぐっ!? お、お姉ちゃんは凹みませんよ。次の長期休みには私の魅力に気づいてくれる彼氏を紹介して見せるわ。綺羅ちゃんに負けていられない」


 膨れっ面をして反論するのが負け犬っぽい。


「はいはい。できたらいいね。多分、できないと思うけど」

「できますぅ。世界は広いよ。私の魅力に気づいてくれる人が必ずいるはず」

「ホントに世界中を探さなきゃいないかもね?」

「そ、そーいう事を言う綺羅ちゃんは可愛くないっ!?」


 妹に対しての対抗心を燃やす夢逢である。

 そんな二人の娘に「青春を満喫しなさい」と七海は見守るのだった。

 

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