第18話:過去の経験が俺を不安にさせるんだぜ

 

「よぅ、岡部。GW、楽しんでるか?」

 

 弘樹が本屋で漫画雑誌を立ち読みしていると友人の松坂に声をかけられた。

 同じように漫画でも買いに来たらしい。

 彼とは連休の最初に遊びに行って以来、数日ぶりだ。

 

「なんだ、松坂か。こっちはそれなりに楽しんでるよ。そういや、言ってなかったな。俺さ、GW前に恋人ができたんだけど」

「その相手ってもしかして、お前が気になってるって言ってた子か。よかったじゃないか、上手くいって。おめでとう」

「ありがとな。松坂も新恋人ができたって話だろ?」

「俺の方も新しい子と付き合い始めたんだ。今度は犬系女子だぞ」

「……自分に尽くしてくれる相手か?」

「やっぱり、女子はこうでなくっちゃな。犬系最高。お前の方は順調か?」

 

 綺羅と出会ってからまだ1ヶ月も経っていない。

 お互いに意識し合って、好きになって、恋人になれた。


「こっちは猫系女子だ。あの可愛さがたまらん」

「それ、最初だけだぞ。その内、ウザって思うこともある」

「……単純に面倒くさいだけの子ではないさ」


 交際自体はここまでは順調なのだ。

 まだデートはしていないが、夜には電話を欠かさずにいる。

 綺羅の方からもコミュニケーションを取ろうとしてくれている。

 だが、付き合い始めて数日、弘樹はある事に悩んでいた。

 

「あのさ。松坂に聞きたいことがあるんだが?」

「あぁ、近藤夢さんはどこで購入するべきか? おすすめの店を教えてやろうか」

「それはまた今度。そうではなく、ぶっちゃけた話、キスっていつ頃した?」

 

 男の願望なんてそんなストレートなもので。

 付き合い始めたら、考える事はデートやキスとか、そんなものばかりだ。

 想像はするが、実体験がないので困っていた。

 

「……なるほど、キスねぇ。二回目のデートとかじゃないか。一度目だと何となく互いに緊張感もあるけど、次第に慣れていくものだろう」

「おー、慣れか」

「今でも会うたびに緊張するとか?」

「そう言うわけじゃないけどさ。俺、あの子と付き合う時に彼女に合わせるって言ったんだよな。それでちょっと、俺から急かすのはアレだと悩んでるんだ」

 

 弘樹は経緯を彼に説明してみる。

 綺羅が少し気難しい性格をしているために、強引にはできないこと。

 彼女に合わせると約束していること。

 キスをしたくても、弘樹からどうこうするのは少し難しい。

 

「……難しく考える事じゃなくね?」

「そうか?」

「その子だって、お前を好きで付き合い始めたんだろ? 恋愛感情があればキスとかしてみたくなるのも普通だと思うけど。お前が変に考える必要なんてないね」

「そういうものか」

「下手に自分を縛るなよ。考えすぎたら自滅するぜ。流れに任せるんだよ、流れ。分かるよな? デートでもしていれば、自然とそういう流れになるものだ」

 

 松坂は笑いながらそう言うと、ドンっと弘樹の肩を励ますようにたたく。

 

「チャンスを逃すなよ。お前はそれが下手すぎる」

「ですね。俺、最後の最後でやらかすタイプなのだよ」

「強引に行っちゃドン引きされるかもしれないから不安になるのも分かる。でも、それが男の子の欲望ってやつだからな」

「確かに、欲望には勝てないよなぁ」

「そこを我慢して、相手の欲しい時に与えてやるのが一番効果的だ」

 

 揺れる心と男としての悩み。

 初めての恋人を大事にしたいって気持ちと欲望。

 綺羅のために無理強いはしたくないけども、弘樹にも男の欲望くらいはある。

 

「相手を思うのも大切だけど、決める所はちゃんと決めてやらないと。お前は年上なんだからさ。年下の女の子をリードしてやるのも必要な事だぜ」

「リードするほど経験がなくて」

「その辺をどうするかでお前達の関係が決まるんじゃないか」

「……松坂、お前と友達になってから初めて何かいい事言ったなと思った」


 友達に相談してよかった。


「初めてかよっ! まぁ、いいや。大いに悩んでいいじゃないか」

「悩むことも恋愛の一部ってことか。明日のデートで進展があるかどうかだな」

「明日なんだ? しっかりとプラン立てて楽しんでこいよ」

「そうだな。でも、何気にデート経験はあるんだよね、俺って」

 

 弘樹は深いため息交じりにそう呟く。

 その様子を見た松坂は不思議そうに尋ねる。

 

「デート経験あるのに何でため息?」

「はっきり言おう、俺はデートにある程度のトラウマがあるのだ。付き合う寸前まで言った女の子とデートで終わった事が多すぎる」

 

 そうなのである。

 弘樹は付き合う寸前までいった女子とのデート回数は少なくない。

 しかし、最終面接に落ち続けた就活生の如く。

 彼は最後の最後にフラれるパターンが多いのだ。


『はぁ。キミじゃ私と付き合っても楽しめない気がするの』

『何か岡部君って頼りないよねぇ?』

『ごめん。岡部くんだと男として物足りないっていうか。友達でいて欲しい』

『え? 私ずっと貴方を財布だと思ってた』

 

 年上お姉様達からフラれ続ければ、トラウマにもなる。


「ていうか、最後の方は完全に彼氏扱いでも何でもなかったし。年上お姉様達は男心を弄ぶ魔女ばかりやったんや。年上の魔女は恐ろしい子たちばかりやで」

「……なんかお前も苦労してるんだな、岡部」


 そう言う意味では今回は年下の女の子、過去の経験みたいな辛いことはない。

 しかしながら、人とは失敗体験が積み重なると不安しかない。

 

「……はぁ、デートか。そこで終わるかもしれないな」

「おーい。何で楽しむはずのデートでそんなに落ち込んでいるんだ」

「過去の経験が俺を不安にさせるんだぜ」

「お前が不安になったら相手も不安にさせるぞ。難しく考えるなって」

「そう言われてもな。楽しみたいんだけども、気が重い所もあるんだよ」

 

 今はただ自信が欲しい。

 一抹の不安を抱えたデートは明日に迫っていた。

 

 

 

 

 遊びに出かけていた弘樹が家に帰ると思わぬ出会いをする。

 リビングにその相手は彼を待ち構えていた。

 

「ただいまー。って、何だこれ?」

「にゃー」

 

 愛くるしい子猫がお出迎え。

 まさかの展開に弘樹はびっくりする。

 毛並みのいい子猫は弘樹の方にすり寄ってくる。

 人に対して警戒心ゼロの子猫。

 

「おー、可愛いな。人懐っこいやつめ」

 

 お腹の方を触ってやるとくすぐったそうにする。

 弘樹は子猫を抱き上げると、凛花が玄関の方にやってくる。

 

「ただいま。姉ちゃん、これ誰の猫?」

「私の友達の猫やで。今日からGW終わるまで預かる事になってん」

「そうなんだ?」

 

 話を聞けば、凛花の友達が両親と一緒に海外旅行に行くことになり、飼っている猫を預かってもらうことになったそうだ。

 まだ生まれてから数ヵ月の子猫も何匹も飼ってるらしくて、他の友人たちの所にも預かってもらってるらしい。

 

「ちゃんと、トイレも覚えてる賢い子や。可愛いやろ?」

「……まぁな。猫は嫌いじゃない」

「綺羅ちゃんも猫っぽいもんなぁ」

「それもそうだけどさ」

 

 小さく欠伸をする子猫に癒される。

 

「でも、綺羅はこんなに懐いてくれる猫とは違います」

 

 弘樹の彼女は気まぐれな猫で、素直さはそこにない。

 

「そうかぁ? あれはあれでよう弘樹に心を許してると思ったけどなぁ」

「……そりゃ、出会った時よりは懐いてくれる気はするけどな」

「アンタに心を許してる証拠やないの」

 

 綺羅と最初、出会った頃より仲良くなってるのは一目同然である。

 それでも綺羅との距離感はまだまだ進展中だ。

 

「俺はもっと仲良くなりたいんだよ」

「それは弘樹の努力次第やなぁ」

「そりゃ、難しいぜ」

 

 弘樹は子猫の頭を撫でながら、話しかける。

 

「ホント、お前みたいに綺羅も懐いてくれたらいいのにな」

「にゃーん♪」

「可愛いな、こいつ」

「子猫は癒されるわぁ。存在そのものが天使やで」

「ほんまやな。はいよ、姉ちゃん。俺、部屋に戻るから」

 

 弘樹は姉ちゃんに猫を渡すと部屋へと戻ろうと階段をあがろうとする。

 凛花は子猫を抱きしめながら満面の笑みで、

 

「――さぁて、リビングでまた遊ぶか。”アレキサンダー”」

 

 まさかのアレキサンダーって名前に弘樹は階段をガクッと一歩踏み外した。


「あ、アレキサンダーだと。猫の名前が見た目以上に壮大過ぎるわ!」

 

 可愛い猫に似つかわしくない、屈強などこぞの征服王の名前だった。

 

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