第19話:初めてなんだから、ちゃんとリードして


 弘樹自身、これまでの人生であまりデートということに良い思い出がない。

 デート=失恋のパターンが多すぎたせいだ。

 付きき合う寸前でフラれたのは一度や二度ではない。

 さらに言えば、ただ単純に年上のお姉様たちに弄ばれてただけの場合もある。

 

「……ちくしょう、これまでの経験が逆に弘樹を不安にさせやがるぜ」

「にゃん?」

 

 リビングのソファーに寝そべってると、アレキサンダーが腹の上に乗ってくる。

 甘えたがりの子猫は遊んでほしいとばかりにすり寄ってくる。

 

「アレキサンダー。人の腹の上に乗るな。せっかくのデート用の服なんだぞ」

「……猫の毛だらけで外に行くのだけはやめてなぁ。姉として恥ずかしいわ」

「だったら、姉ちゃんがこの子と遊んでくれよ」

「うちもこれから出かける用事があるんよ。見れば分かるやろ」

「他所いき姿の姉ちゃんは毎度のことながら詐欺やと思う」

「失礼やな。うちはいつも美人さんやで」


 数十分前のジャージ姿から想像できない。

 姉の変わりっぷりを詐欺呼ばわりしたくなる気持ちも仕方ない。

 

「また料理学校か?」

「そうやで。今日もまた頑張ってくるわ」

 

 意気揚々と出かける準備をする凛花にボソッと小声で、


「年下の中学生の男を落とす方か、お菓子作りの勉強か、どちらを頑張るつもりやら。多分、両方だろうな。アレキサンダー、猫の毛だらけになるから降りてくれ」

 

 預かり中の子猫、アレキサンダー。

 人懐っこくて、構ってほしい、遊び盛りの子猫である。。

 猫の頭を撫でながら弘樹は自分の上から下ろす。

 

「ホント、警戒心ゼロ。こんなに猫って懐くものか?」

「まだ生まれて半年くらいって聞いてるわ。ずっと可愛がられてきたんやろうな」

「……そんなものかね。甘やかされてるな、お前は」

「にゃー」

「可愛いなぁ。その可愛さには癒される」

 

 子猫と戯れながら、弘樹は時計を見る。

 

「さぁて、と。俺も行きますか」

「しっかりと頑張って、綺羅ちゃんに愛想つかされんようにな」

「……はぁ。適度に頑張るよ」

「気合いれや。アンタはやればできる子なんやで」

「その言い方されたら、普段の俺がダメな子みたいやん」

「ヘタレな子やね。まさにキング・オブ・ヘタレ」

「……ヘタレ王なんて言わんといて」

 

 素直に楽しみたい気持ち半分、不安半分。

 

「うまくいく事を祈ろう。頑張りますか」


 凛花とアレキサンダーに見送られて、弘樹は家を出るのだった。

 

 

 

 

 本日は快晴、雲一つないお天気だ。

 しかしながら、昼過ぎからは天気が崩れるという予報もあった。

 弘樹が綺羅のために予定したデートプランはのんびりと一日を過ごすという、当たり障りのない無難なものだった。

 買い物に誘っても綺羅は人通りの多い所は嫌いと断られてしまったためである。

 さすがにこのGWの人の多さは弘樹も嫌になるので同意見。

 ピクニック気分で自然公園にでも行くかと誘ったらOKしてくれた。

 目的地でもあり、待ち合わせ場所でもある公園にたどり着く。

 この公園は市民の憩いの場として整備されている。

 池の周囲を走るジョギングコースやテニス場などもある総合公園である。

 

「ここに来たのはいつ以来だったかな」

 

 転校してばかりの頃、この公園に何度か来た覚えはある。

 アウトドア派ではなく、どちらかと言えば弘樹はインドア派。

 あまり自分から来るような場所ではない。

 それでも、記憶を頼りに自転車置き場を探して自転車を置いた。

 自然公園の入り口では白いワンピース姿の綺羅が待っていた。

 清楚な雰囲気が実に可愛らしい。

 

「……ヒロ先輩、遅い」

 

 弘樹を待っていた綺羅が不満そうにそう告げる。

 

「えー。俺、遅れた? 約束は11時だったよな?」

 

 ちゃんと時計で確認するが、約束の時間の5分前には到着してる。

 綺羅は頬を膨らませながら「私は30分前に来た」と弘樹に怒る。

 

――それは早すぎだろ。デート初体験の俺か。


 と突っ込みそうになる。

 自分もそうだったのを思い出しながら、

 

「もしかして、今日のデートにかなり楽しみにしてた?」

「……うるさい」

「可愛いねぇ。綺羅がそんなに楽しみにしてくれてたとは意外だぜ」

「だから、うるさいってば」

 

 拗ねる彼女は恥ずかしそうに顔を隠す。

 

――何かな。そういう反応はすごくくすぐったい。

 

 綺羅もちゃんとした女の子なんだなって改めて感じた。

 誰だって初デートは浮かれるものだ。

 弘樹も昔はそうだった。

 今日はいろいろと考えて浮かれ気分ではなかったけども。

 

「そんなに俺に早く会いたかった?」

「調子に乗らないで」

「ははっ。そうなんだ。そう思ってくれてたら嬉しいよ、綺羅」

「……むぅ、ヒロ先輩のくせに」

 

――難しい事を考えずに綺羅みたいに素直になればいいんだ。

 

「ちなみに聞くけどさ。綺羅って初デートだよな」

「そうだけど。先輩は失敗経験だけはあるって聞いてる」

「グサッ。そういう事をストレートに言うのはデリカシーがないぞ」

「ヒロ先輩だもん。ステータスに”サヨナラ男”と”寸前×”とかついてそう」

「どっちもフラれた時につくやつじゃん!」


 まさにその通り、寸前×のバッドステータスの影響は計り知れない。


「でも、いいさ。綺羅とのデートは失敗なんてさせない」

「どうかしら」

「いや、しませんから。そこは頑張るよ」

 

 デートに失敗し続けた過去なんて関係ない。

 弘樹が好きな綺羅と一緒に楽しい時間を過ごす。

 それだけの事なのだから。

 綺羅の様子を見てたら不安が消えさり、楽しい気持ちでデートできそうだった。

 

「先輩、荷物を持って」

「おぅ。ん、思ったよりも軽いけど、これはなんだ?」

 

 彼女は弘樹に手に持っていた荷物を持たせた。

 どうやら中身はお弁当らしい。

 

「お弁当か。もしかして、綺羅の手作り?」

「……ここでママの手作りを渡してどうするのよ。何のアピールするつもり?」

「だよな。これは期待するぞ、綺羅」

 

 昨夜の電話で綺羅がお弁当を作ってくれるとは言っていた。

 

「まさか、本当に作ってきてくれるなんて」

「ただ、気分が乗っただけ。そういう気分だったのよ」

「気分屋の綺羅が作ってくれただけで嬉しい」

「……ふんっ」


 期待しすぎて、朝早くに起きてしまい、やることがなくてお弁当を作った。

 綺羅としては恥ずかしいので、素直に言えない。 

 

「料理が上手だと聞いてるので期待してしまうぞ。いえーい」

「過剰な期待はしないでもらえる?」 

「いえいえ、期待しまくりだ。お昼の時間が楽しみだな」

「……早く行こ」

 

 彼女は弘樹に手を差し出してくる。

 弘樹はその小さな手を握りながら思わず笑う。

 

「……綺羅ってさ。やっぱり可愛いやつだよな」

「え?」

「俺の恋人は可愛いなって言ったんだよ」

 

 改めて言いなおすと、彼女は顔を赤らめながら、

 

「へ、変な事を言ってないでさっさと歩く」

「はいはい」

 

 照れ屋な一面もあるようでついからかいたくなる男心。

 恋人になって綺羅も弘樹に心を許してくれてる様子だ。

 

「いい天気になってよかったな」


 正直、昨夜の時点では雨の可能性も大いにあって不安だった。


「ただ、夕方は突然の雷雨に要注意だって天気予報のお姉さんが言ってたな」

「こんなにいい天気なのに」

「ホントだよな。でも、お姉さんの予報は当たるんだぜ」

 

 ゆっくりと雲の流れる蒼い空を見上げる。

 遠くの方がどんよりとしているのは気のせいではなさそうだ。

 

「天気が崩れそうになったら、早めに切り上げるか」

「うん。雨に濡れるのは嫌だもの」

「それまでは楽しもうぜ」

 

 繋いだ手から伝わる恋人の温もり。

 綺羅の手はひんやりとして冷たくて。

 でも、心が繋がるような不思議な気持ちになれた。

 

「どうしたの?」

「女の子とまともに手を繋ぐ経験があまりなくて。良いなって思った」

「その手で私の体を触りまくる気なのね」

「しませんって。そう身構えるな、俺も傷つくぞ」

 

 結局、綺羅も綺羅で単純に照れくさいだけなのだ。


「ヒロ先輩の手は大きい」

「そりゃ、男の子だからな」

「……こうして繋いでると、何か変な気持ちになる」


 初めてのデートに浮かれている気持ちは同じなのである。

 綺羅は自分自身の気持ちがふわふわするのを感じていた。

 

「こっちは何もかも初めてなんだから、ちゃんとリードして」

「了解。まぁ、お互いにのんびりとやっていこう。自分たちのペースでさ」

「うん」

 

 無理をせず、マイペースに。

 それが自分たちの恋愛だと思うから。

 ふたりはもっとお互いを好きになっていく――。

 

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