第11話:この恋だけは終わらせたくない


 運命の日、来たる。

 昨日はぐっすりと熟睡した事もあり、快眠で目が覚めた。


「綺羅に告白したらすっきりしたからな。よく眠れたぜ」


 答えが気になり眠れないと思ったが、布団に寝転がったら普通に眠れた。

 ……自分は繊細だと思っていたが案外、図太い性格なのかもしれない。

 

「おはよー、姉ちゃん」

「おはよう。今日は弘樹にとっての決戦の日やなぁ」

「何と戦うのだ、俺は……」

「男にとって告白の答えを聞くのは決戦やろ」

「勝手に人の運命の日を、決戦の日にしないでくれ」


 綺羅の告白の答えをもらう、それは大事な日に違いないが大事すぎる。

 

「良い答えをもらえたらええな。不安にならへんの?」

「何か告白したら、妙にすっきりしてさ。不安もあるけど、前向きな気持ちだよ」

「そっか。いつもと違って、メンタル的にはいい感じやないの」

 

 もしもダメだったら、とかネガティブ思考はしない。

 

「例え、ダメでも綺羅を諦めるつもりはない。もっと関係を深められるようにしていくだけだ。俺は綺羅を諦めたりしないぞ。と、心に決めたら楽になった」

「アンタにしてはずいぶんとポジティブやな。いつもの弘樹と違うわ」

「もうヘタレ扱いさせないぜ」

「それはまた別の話やん? ヘタレはヘタレ、変わらへんよ」

「何でや!? ひどくないっすか?」

 

 姉なりの激励を受けながら、朝ごはんを食べる。

 いつものようにお気に入りのお姉さんのお天気予報を見る。

 テレビに映る美人なお姉さんは今日も元気よく天気予報を伝えてくれる。

 

「今日のお天気はあいにくの大雨の予定です」


 出足をくじかれる、お天気の問題。


「この雨はお昼頃から降り、夜まで続くでしょう。ですが、明日からのゴールデンウィークは晴天にめぐまれるので、皆さん良い連休を!」


 お天気お姉さんの口から思わぬ発言が……。


「マジかよ。夕方まで雨が降るのか」

「あらら、大雨やって。学校に行くのが億劫やわぁ」

「……俺もちょっと最初からつまずいた感がある」

 

 綺羅と会うのは大抵、いつも屋上だった。

 今日、告白の答えをもらうのも、自然の流れで昼休憩の屋上だと思っていた。

 

「これは誤算だ。これじゃ、呼び出す以外に会う機会がないじゃないか」

 

 昨日の告白で綺羅が呼び出しに応じてくれるかどうか。

 この展開、少しばかり弘樹にとって緊張するものになるかもしれない。

 

 

 

 

「では、教科書の56ページ。枕草子、清少納言についてだが……」

 

 国語の授業中も弘樹は上の空でずっと綺羅の事ばかり考えていた。

 

「どうやって綺羅を呼びだすかな。メールで待ち合わせるか?」


 昨日の告白にネガティブな反応だった場合、会ってくれないかもしれない。

 そうなると、弘樹は綺羅と会えないままゴールデンウィークを過ごすわけで。

 

「これはまずい事になりそうな予感だぞ」

「……何がまずそうなんだ、岡部? ちゃんと授業を聞いてたか?」

「は、はい」


 気づいたら先生が真横にいて弘樹を睨んでいた。


「すみません、ちゃんと聞きます。えっと、清少納言は美人だって話でした?」

「実物に会ったことがないからそこまで知らない」

「あー、幼女好きな百合っ娘って漫画で読みました。今でいうところの、幼女大好きブログでしたよね」

「そんな偏った知識もいらん!」


 枕草子は清少納言の書いた日記だ。

 今でいう所のブログである。

 当時、仕えていたお姫様のことを書いていたりしていた。

 その手の話は漫画で読んだことがあった。


「あの時代は『日本、終わった』というより『日本、始まった』と言いたい。今の幼女趣味文化の草分け的存在ですね。すごい時代があったものです。幼女のお姫様が大好きだぁ、と後世に残るような作品を俺も残すべきでしょうか」

「残すなら別のものを残せ。無駄な文化を根付かせるな」

「いえ、もっと語らせてください。俺が読んだ漫画で――」

「も、もういいから座れ。熱く語るな。え、えっと、次は……」

 

 教師の方が弘樹に呆れて撤退した。

 そんなやり取りを交わし、クラスメイトに笑われてしまうありさまだった。

 

 

 

 

 昼休憩になっても弘樹はまだ綺羅に会えずにいた。

 雨の日は教室で一人さびしく昼食を食べる。

 弁当を食べ終わり、弘樹はある決断をした。

 

「……考えて立って仕方がない。ここは勇気を出すしかないか」

 

 ヘタレな自分は卒業してやると決めた。

 覚悟を持って行動しなきゃ何も始まらない。


「きっと綺羅だって答えを出してくれたはずだ」


 イエスかノーか、それを聞かなければいけない。

 勇気を出して綺羅にメールを送ろうとしたのだが……。

 

「おや? あれ? もしや……」

 

 ポケットを探るが携帯電話の感触がない。

 記憶をさかのぼり、弘樹はリビングに携帯を忘れた事を思い出した。

 

「しまった、出かける時に机に置いたままだったかも」

 

 大事な連絡手段を失い、弘樹は意気消沈する。

 

「くっ、メールが出せない。どうしろっていうんだ」

 

 こうなると、手段としては直接会いに行くしかないわけで。

 メールで呼び出すよりも、直接呼びに行く方が勇気がいる。

 

「しょうがないか。覚悟、決めるしかない」

 

 弘樹は深呼吸をひとつしてから一年の教室へ行くことにした。

 綺羅のクラスはすぐに見つかり、弘樹は教室の中を覗き込む。


「えっと、綺羅は……?」


 まだ新入生らしい雰囲気を持つ子達の中で見慣れた横顔を発見。

 近くにいた子に綺羅を呼んでもらうように頼む。

 

「綾辻さんですか? すぐに呼んできますね」

「悪いね、頼むよ」

 

 綺羅は雨の打ちつける窓辺を一人で眺めてるだけ。

 クラスに馴染めてるとは到底思えない。

 

「あのー、綾辻さん。男の先輩が呼んでるよ。ほら、廊下の方に」

「え?」

 

 彼女がこちらを振り向くと同時に、クラス全員がこちらを向く。

 

――そんなに一斉にこちらを見ないで欲しい。照れると言うか、むしろ、怖い。


 それだけ綺羅に興味がある証拠でもあった。

 浮いた存在とはいえ、気になる相手ではあるのだろう。

 

「あっ……」

 

 ようやく綺羅が弘樹に気付いたので軽く手を挙げて「よぅ」と挨拶する。

 緊張していた彼女の顔を見たら、何か普通のテンションになった。

 考えても仕方がない、彼女を好きな気持ちには勝てないのだから。

 

「ちょっと話したい事があるんだ。いいか?」

「……ヒロ先輩」

「ほら、ここじゃ何だ。外に出ようぜ」

「うん」

 

 そう素直に頷いて席を立つと、彼女は廊下へと出てくる。

 ふたりがいなくなった教室ではクラスメイト達がざわめいていた。

 

「い、今の人って綾辻さんの知り合い?」

「仲のいい先輩とかいたんだ?」

「結構、カッコいい先輩だったよね? もしかして、彼氏とか?」

「えー。普段、何にも喋らない子なのに?」

「ああみえて彼氏とかいるんだぁ、めっちゃ意外かも」

「人って見かけによらないなぁ。むしろ、私たちが勝手に思ってただけ?」

 

 などと話してるのが聞こえたが、隣の綺羅は気にする様子はないようだ。

 

「クラスで浮いた存在ってのはホントらしいな」


 そう実感しつつ、廊下を歩きながら弘樹は綺羅にまず謝る。

 

「突然、教室を訪ねて悪かった。携帯で呼び出すつもりが家に忘れて来てさ。ほら、今日は雨だったからいつもみたいに屋上でも会えないからな」

「……うん」

「人気もなくて話せる場所って言えば……屋上階段でもいいか?」

「……うん」

 

 雨の降る屋上に出るのではなく、そこまで行く途中の階段の踊り場。

 誰もいない静かな校舎の一角。

 話をするだけなら生徒ホールでもいいが、人に聞かれたくないのでここにする。

 弘樹達は階段に腰掛けて話をすることにした。

 

「話ってのは昨日の告白の件についてだ。一晩考えてくれたか?」

「……」

「綺羅。告白の答えを聞かせてもらえないか?」

 

 ここまで来たら逃げるわけにもいかない。

 覚悟を決めた弘樹は綺羅の方をしっかりと見て、返答を求めた。

 

――さぁ、答えはどっちだ!?

 

「……」

「あの、綺羅。さすがに何か反応してくれ。無反応はさすがに困る」

 

 ダメならダメと言ってくれればいい。

 告白した時点でフラれる覚悟もできてるのだから。

 綺羅の反応を確かめようとして、弘樹は「え?」と驚いてしまった。

 

「……すぅ」

 

 弘樹の前で寝息を立てる綺羅。

 気がつけば瞳を閉じて眠りについてる彼女がいた。

 

「お、おーい、綺羅? ここで寝るのはないだろう」

 

 軽くゆするも反応が鈍い。


「綺羅ちゃん、起きてー。寝ないでくれぇ。だ、ダメだ、この感じはもう眠りに落ちてしまってる。マジか。ここでそう来るのか、この子は……」


 様子がおかしいと思っていたのだ。

 弘樹が会いに行った時から妙に反応が鈍いと思ってたら、眠たかっただけ。

 考えてみれば、弘樹の事で悩んでくれて眠れなかったのかもしれない。

 

「そうだよな、普段の彼女なら『恥ずかしいから教室に来るな~』とか言いそうだし。ったく、人の気も知らないで。無防備な寝顔を見せてくれちゃって」

 

 弘樹は肩をがっくりと落としてしょげる。


――こっちは勇気を出して呼び出したっていうのに。


 このタイミングでお昼寝とは、マイペースな彼女らしい。

 

「疲れてたのかな。可愛い寝顔しやがって……悪戯したくなるぜ」

 

 彼女の寝顔を見るのは二度目だ。

 一度目の時は綺羅の事が好きだって自覚した日のこと。

 だから、弘樹は彼女の寝てる時の顔は結構好きだったりする。

 瞼を閉じて眠りについてる綺羅。

 普段、他人に対して警戒心の強い彼女が弘樹の前だけにみせてくれる寝顔。

 自分で思ってる以上に彼女に信頼されてるんだろうか。

 

「俺は……綺羅の事が好きだ。大好きなんだ」

 

 言葉にしてみると好きって言葉は本当に想いがこもるものだと思う。

 弘樹の人生でこんな風にちゃんと人を愛せたのは初めてかもしれない。

 

「なぁ、綺羅……俺の恋人になってくれよ。この恋だけは終わらせたくない」

 

 寝てる彼女の頬を指先で撫でながら弘樹はそう呟く。

 返事はなくとも、その寝顔を見つめるだけで心が安らぐ。

 起きる気配がないので、しばらくの間、ずっと寝顔を見つめ続けていた。

 結局、綺羅は目が覚めたのは昼休憩が終わった頃。

 まだ寝ぼけていたので教室まで送り届けた。

 告白の答えは放課後に持ち越しとなり、弘樹は自分の教室に戻った。

 運命の決戦はいろんな意味で先送りとなってしまった。


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