第10話:すっごく楽しそうに先輩の事を話すね



 綺羅は人生で初めての告白に衝撃を受けていた。

 

『――あのさ、綺羅。俺、綺羅の事が好きなんだ』

 

 綺麗な夕焼けを眺めていたはずが、まさかの告白という流れに。

 彼女は好きだと異性に言われたことなんて一度もない。

 そもそも、綺羅が親しくなった異性は彼が初めてだったのだ。

 

『返事は明日でいいから。俺の事、考えてくれないかな』

 

 思考停止するほどに、告白されて綺羅は戸惑っていた。

 即答では何も答えられないくらいだ。

 弘樹と別れてから綺羅は自宅に帰っても悩んでいた。

 

「はぁ……どうしろって言うのよぉ。ヒロ先輩のバカぁ」

 

 小さくため息をついて、夕ご飯を食べる。

 今日の夕食はサーモンのムニエルとコーンポタージュ。

 メニュー的には好物なのに、味を楽しむ心の余裕が綺羅にはない。

 そんな様子に気付いた七海が声をかけてきた。

 

「んー? 美味しくない、綺羅? 今日は好きなムニエルなのに」

「お魚は美味しいから好きだけど……好き……はっ!?」

 

 好きという単語を自分で発しただけで先輩の告白を思い出す。

 

――だ、ダメ、ダメ、ダメ!? 落ち着け、私!?


 弘樹の告白に綺羅は今、平常心ではいられない。

 そんな姿を七海に見せたら絶対にからかわれるので、考えないようにする。


「……うー、もうやだぁ」 

「どうしたのかしら? おかしな子ねぇ? 何かあったのなら相談して」

「何でもない。ムニエル、美味しいなぁ」

「変なの? ホント、綺羅は気分屋さんねぇ。猫みたいな子なんだから……」

 

 七海は苦笑いしながら、後片付けのためにキッチンの方へと歩いて行く。

 

「猫じゃないのに」


 どうにも綺羅は猫っぽいとよく言われる。


「……先輩も私の事を猫扱いしたっけ」


 その発言に「あっ」と彼女は声を詰まらせて、


「だ、だから、先輩の事は今は考えちゃダメなんだってばっ!?」


 自分の感情が完全に制御不能状態に陥っていた。

 気が付けば、いつのまにか弘樹の顔が思い浮かんでしまう。

 慌てて脳裏によぎった彼の顔を消す。

 

「うぅ、私、どうしちゃったんだろ」

 

 普段の冷静さを失い、軽くパニックになってる綺羅だった。

 いつもながら、突然のアクシデントに弱い子である。


「……今日はどうしたのかしら、この子?」


 コロコロと表情を変える娘を不思議そうな顔で見つめる七海だった。

 

 

 

 

 お風呂でも考え過ぎてお湯に沈みそうになり、湯あたりした。

 今日の綺羅は何をやってもダメな気がする。

 

「最悪だわ。何でこんな目に。うぅ、気持ち悪い……」

 

 お風呂でのぼせた綺羅はベッドに横になりながら時計を見た。

 夜の9時過ぎ。

 この時間ならまだ有希も起きてるはずだ。

 

「有希に電話してみようかな」

 

 相談があれば相談にのってくれると言っていた友人の言葉を思い出す。

 綺羅が一人でグダグダと考えても、いい事がない。

 

「有希ならば私の話もちゃんと聞いてくれる気がする」


 頼るべきは数少ない友人。

 すぐさま綺羅は携帯電話で有希に電話することにした。

 コールしてすぐに彼女は出てくれる。

 

『こんばんは、キラ。そっちから電話してくるなんて珍しいじゃない』

「まぁね。有希の声が聴きたくてさ」

『嬉しいことを言ってくれるじゃん。ていうか、中学から数えても初めてじゃない? すごく嬉しいかも。どうしたの?』

「今、時間は大丈夫?」

『大丈夫だよ。お風呂からあがったばかりで、テレビを見てただけだから。学校の課題も終わったし、暇だよ。明後日からGWだね。でも、私の場合は実家にも戻れないからキラにも会えない。寂しいなぁ。夏休みには戻れそうなんだけどねぇ』

 

 有希の通う私立高校は全寮制なので、寮暮らしをしてる。

 一人暮らしとか今の綺羅には無理だと思う。

 何だかんだ言いながらも、きっと綺羅は家族と離れて暮らせない。

 最初は他愛のない会話をしてから、問題の話題をすることに。

 

「あのさ、有希。今、好きな人っている?」

『私? 今はいないなぁ。中学の時にはいたけどね。ほら、キラも知ってるでしょ。同じクラスだった、金海君。彼に片恋してたけど、うまくいかなくて……』

 

 中学3年の夏頃に有希は意中の相手に告白した。

 受験シーズンで卒業後の進路が別になる事が分かり、思い切って有希の方から告白したのだ。

 しかしながら相手には他に好きな子がいて、告白の結果はうまくいかなかった。

 けれども、その後、彼女は晴れやかな顔をしてたのが印象的だったので、今でも不思議だったので覚えている。

 

「あの時、どうして有希はすっきりとした顔をしてたの?」

『ん? そうだね。告白する前からフラれるのが分かってけど、ちゃんと告白できて良かったと思ったからじゃない。恋って、中途半端なままだと嫌だもの』

「片思いじゃダメだった?」

『うん。好きな人には好きって言いたい。ダメでも、ちゃんと恋を終わらせたい。そう思って告白したっけ。……恋愛の話題なんて珍しいね?』

 

 そこでようやく、有希は綺羅の悩みに気付いたらしい。

 

『まさか……キラもついに恋しちゃった!?』

「恋かどうか分からないけど。その、えっと……男の人に告白された」

『えーっ!? あのキラが男の人から告白? 嘘~』

 

 電話越しとはいえ、大きな声で叫ばれたので携帯を耳元から離した。

 

「そ、そこまで驚かれるのもどうかと思うの」

『めっちゃ気になるじゃん! それで、相手は誰? どなたですの?』

「学校の先輩。前からちょっと話すようになった人なんだ」

『うふふ。最初から話してよ。私、聞いてみたいな』

 

 綺羅は弘樹について有希に話す事にした。

 迂闊にも木に登って降りれなくなった時から始まる綺羅と弘樹の不思議な関係。

 屋上で毎日のようにお昼を一緒に食べるだけの日々。

 でも、雨に日は一緒に帰って母親に誤解されたりして。

 気恥ずかしさと困惑と、何とも言えない甘酸っぱい思い出ばかり。

 この1ヵ月あまりのことを思い返してると彼と過ごした時間ばかり。

 しかも、どれも嫌な思い出なんてひとつもなくて。

 

『……キラ、すっごく楽しそうに先輩の事を話すね』

「え? そうかな?」

『うん。先輩の事、気に入ってるんでしょ?』

「分からない。私、別にそんな風に考えて接してたわけじゃないもん」

 

 携帯を片手に綺羅はベッドを横に転がる。

 自分には恋愛なんて縁遠すぎて、考えた事なんてなかった。

 ただ、気づけば弘樹と一緒にいる事が多くて。

 

「変な人なんだよ、ヒロ先輩って。私みたいな相手でも、引く事もない」

『それを自分で言っちゃうのがキラなんだよねぇ。でも、キラってば見た目可愛いから昔から言い寄ってくる男子も多かったじゃない』

「一言、二言話したら去っていったけどね。話してもつまらない、喋らなきゃ美少女なのに、アイツ生意気なんだよね、調子に乗りすぎだ。痛い目をみろ。その他もろもろ。私に対する男子の普通の反応です、あはは」

『そ、そこまで自虐的にならなくても。キラ、実は気にしてた?』

「少しだけ」

『男子の連中の言葉なんか忘れて。つれなくされて拗ねてるだけの連中だし』

 

 これまで他人に何を言われようと綺羅が気にする事はなかったのに。

 

『……綺羅は十分に可愛いですよ』

『俺から見た綺羅の印象は、仲良くしたいのに仲良くできない。甘えたいのに甘えられない。ただ、素直になれてないだけだと思う。もっと素直になればいいのに』

 

 それなのに。

 弘樹に言われた言葉は綺羅の心に刻まれたように残り続けてる。

 今まで出会った異性と全く違う、不思議な気持ち。

 

「ヒロ先輩は私にとってこれまでにないタイプなの」

 

 綺羅は窓の外を眺めてそう呟いた。

 街明かりに照らされて薄い夜空の星が見える。

 

『その時点でさ、キラにとっての先輩は特別ってことでしょ』

「……うん、そうかもしれない」

『先輩は、今のキラをありのままに好きになって告白してきたんだから。キラのこと、ちゃんと理解してくれる良い先輩じゃない。話を聞いてるだけでも、相手が良い人だって分かるよ。キラは先輩に告白されてどう思ったのかな?』

 

 有希にそう言われて綺羅はようやく答えが出せた気がした。

 自分の中で悩んでいた答えがまとまっていく感じ。

 

「……嫌いじゃないのは確かで、告白されて断る事は頭になくて、ただ恥ずかしくて。あの人の事で悩んだりして。私は先輩のことが好きなのかな」

 

 可愛いと言われたりすると嬉しくて。

 文句を言いながらも一緒に食べる昼食の時間は楽しくて。

 綺羅はいつしか自分の顔に笑みが浮かんでいるのに気づく。

 

「そっか。私、先輩の事が好き、なんだ」

 

 やっと自覚した、綺羅の気持ち。

 有希は電話越しに笑いながら優しい声色で言うのだ。

 

『キラの口から男の人を好きって初めて聞いた。明日、ちゃんと返事して恋人になりなよ。彼氏ができて惚気てもいいんだよ?』

「……そこまでするほど、私は素直じゃない」

『だから、そういうこと、自分で言わないの。もうっ』

 

 呆れた声で綺羅を叱る有希だった。

 有希に後押しされて気持ちを自覚した、その日は眠れぬ夜を過ごすことになる。

 初めて好きになった人。

 そんな風に考えると、恥ずかしすぎる。

 

「初恋とか、考えた事もなかったし」


 ベッドに横になっても彼の事ばかり考えてしまう自分がいて。

 全然、目が覚めて眠れるわけがない。

 悶々と寝転がるだけで、意識は消えてなくならない。

 思い浮かぶのは彼の顔だ。

 

「ヒロ先輩は笑顔の素敵な人だよね」


 思えば、彼は綺羅に笑いかけてくれることが多い。

 それは他の誰とも違う、明確な差だった。

 綺羅の愛想のない態度に難しい顔をするのでもなく。

 面倒くさそうに相手をするのでもなく。

 ただ、一緒にいて楽しいと思ってくれるのだが弘樹なのだ。

 

「でも、分からないな。何で私なんか好きになったの?」

 

 綺羅みたいな面倒なタイプの女の子を好きになる理由が分からない。

 自分が逆の立場なら関わりたくないと思うのが普通なのに。


「ヒロ先輩ならきっと他にも似合う人が……」


 そう考えると自分の胸がチクリと痛んだ。

 考えてはいけない事。

 それは自分以外の誰かが彼の隣で笑っている姿。

 想像するだけで胸の痛む思いをすることになる。

 

「……やだ。考えたくない」

 

 今の綺羅は自分以外の女の子が弘樹の傍にいる所を想像もしたくなかった。

 恋をして初めて気付いたことがある。


「はぁ。何だか私は……嫉妬深い一面があるみたい」


 自分でも知らない一面に気づけるということ。

 それが恋をするという事なのだと知った。

 

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