第9話:ど、どうしよ。困る。ものすごく困る
どうやら弘樹は綺羅の事が好きなようである。
好きだと自覚して以来、どうにも彼女の前では気持ちが高ぶる。
「なんや、朝からにやけて気持ち悪い。エッチな夢でも見てたん?」
母の手伝いで朝食の準備をする凛花は呆れた声で言った。
「見てないっての。俺ってそんなに、にやけてた?」
「鏡でも見てきたらどう? ホンマ、気持ち悪いわぁ」
「そこまで言わなくてもいいじゃん」
確かに今の弘樹はしまりのない顔をしているのかもしれない。
綺羅を好きになって数日。
ほとんど彼女の事ばかり考えてるのだ。
あいにくと、夢に出てはくれなかったけども。
「どうしたの、弘樹? ボーっとして、熱でもあるの?」
「心配ないよ、母さん。健康そのものだ」
「下半身も含めてなぁ」
「うるせっ、姉ちゃんは下品やで」
「元気なのは良いけど。ホントに大丈夫? 季節の変わり目だからね」
朝食の用意をする母親にまで心配されるありさまだ。
ちなみに父親は朝早くから花の買い付けに市場に行ってるためにいない。
花屋は朝早くから夜遅くまで忙しい仕事なのである。
母も朝の支度を終えたら、店に合流するので、準備に慌ただしい。
「ただの恋煩いってやつやわ」
「恋煩い? この子がぁ?」
「そう。例の恋の病気や。また女の子を好きになって、浮かれてるだけ。そのうち、またフラれて落ち込む流れのはず。可哀想やけど、慰める準備だけはしておくかぁ。今日はトンカツやなぁ」
「流れって言うな。余計な準備もしないでいい。姉ちゃん、俺はまだフラレてません。まだ勝負は始まってもいない」
「そうなの? 弘樹、今度はしっかり頑張りなさいよ。やればできる子なんだから」
「母さんもやればできる子扱いしないで!? 本気でダメな子みたいやないか」
母の微妙な励ましの言葉に嘆きながら、弘樹は弁当を鞄の中にしまい込む。
「今日のお弁当は幕の内風やでぇ。ちょっと手を込んでしまったわ」
「いつもありがとうなぁ……ん? 幕の内風って何ぞ?」
「食べてみたからのお楽しみや。ふふふ」
「それじゃ、お母さんは出かけるから。いつものように、戸締りはしておいてね」
「はいよ。いってらっしゃい」
慌ただしく出かけていく母親を見送りながら弘樹は朝食を食べ始める。
「それで、例の女の子の事でも考えてたんやろ? 名前、綺羅ちゃんやったっけ?」
「そうだよ。姉ちゃんに言われて考えたんだけど俺は綺羅の事が好きみたいだ」
「アンタはホント、惚れやすいなぁ。可愛い女の子にめっちゃ弱い。都合のいいように扱われてポイ捨てされるのがいつものパターンやわ」
「……悲しい過去を思い出させないでくれ」
トーストをかじりながら、弘樹は軽くため息をついた。
思い返したくない弘樹の数々の失恋の過去。
これまでの彼のフラれた過去は数多い。
「綺羅との関係は今までと違う気がするんだよ」
「ほんまかぁ? 応援くらいはしてあげるけど、どうかなぁ」
「今度こそ、うまくいくことを祈っております」
「祈るよりも何とかせな。運命を変えるんは神様やなくて自分やで?」
「げ、現実的なご意見ありがとうな。ちくしょー」
この恋が上手くいくか、期待と不安を抱える弘樹であった。
「おーい、綺羅っ」
帰り道、のんびりと歩いてる綺羅の後姿を見かけて弘樹は声をかけた。
ちょうど良いところで出会えたのである。
「ヒロ先輩? どうしたの」
振り返る彼女はいつものように素っ気ない態度だ。
それが綺羅らしいので、嫌な気にはならない。
「あのさ、綺羅。ちょっと、俺に付き合って寄り道してくれないか?」
「……やだ。私は忙しいから、帰ります」
「どこが忙しいんだよ、そんな素振りさえないのに。話があるんだ」
弘樹の誘いに「面倒くさい」と文句を言いながらもついてきてくれる。
最近、ちょっとずつだが綺羅との距離は近付いてる気がした。
そのまま弘樹たちは河原の方へと歩いて行く。
堤防沿いは散歩コースになっており、犬を連れて歩く人やマラソンをする人など夕方には人通りが多い道だ。
「こっちの道は帰る時に使った事がないかも」
「普段はこちら側を使うと遠回りになるからな。でも、川沿いの夕日は綺麗だ」
「……確かに綺麗だけど?」
赤い夕陽を眺める綺羅。
夕暮れの時間帯、沈んでいく太陽。
弘樹は他愛のない話題から切りだす。
「もうすぐゴールデンウィークだ。明後日から連休だな」
「……ん。学校が休みなのはいいね」
「おーい。綺羅はそこまで学校が嫌いか?」
「嫌いと言うよりも面倒なだけ。人が無駄に群れてる感じが苦手なの」
「群れてるとか言わないで。ホント、集団行動が苦手なんだな」
相変わらずだが、もうちょっとクラスに馴染めたらいいのにと思う。
「クラスに友達くらいできてくれないと俺も心配だぜ」
「ヒロ先輩には関係ないでしょ?」
「寂しい人生をどーにかしてやりたいなぁ、と思います」
上から目線がムカついたのか綺羅からは「先輩に心配される筋合いはない」とつれなく真顔で言い返されてしまうのだった。
「先輩こそ、GWの予定のひとつでも立ったの?」
「痛い所をついてくれるじゃないか」
あいにくと予定の方はまだ立っておらず。
弘樹は肩をすくめながら「検討中なんだ」と言い訳して誤魔化した。
「この辺りでいいか」
弘樹は人が少ない所を選んで立ち止まった。
わざわざ、綺羅を連れて話をしたいと思ったのは理由がある。
「それで話って何なの、先輩?」
夕日を背にし、赤く染まる中で弘樹は綺羅に向かいあう。
深呼吸を一つして、単刀直入に本題を切り出した。
「――あのさ、綺羅。俺、綺羅の事が好きなんだ」
綺羅はあまりにも前振りもない告白にあ然として、驚いた顔をする。
回りくどくもない、ストレートな気持ち。
その瞳を真っすぐに見つめながら弘樹は告白した。
「はい?」
「好きだ。俺と付き合って欲しいって思ってる」
「……えっと?」
戸惑う彼女に弘樹は自分の気持ちを伝えた。
綺羅との関係を変えたい。
弘樹が彼女への気持ちを自覚してからずっと考えていたことだ
「ま、待って? 意味が分からない。私の事が好きって……?」
戸惑う綺羅が赤くした顔を手で隠そうとする。
照れた彼女は可愛い。
綺羅と出会ってからの1ヵ月。
このわずかでも、長く感じられた時間。
弘樹は綺羅と言う女の子を好きになった。
容姿も、素直じゃない性格も、可愛らしく思える。
「お前が入学してくるまでの俺の昼食は、一人さびしく屋上でご飯って言うのが常だったんだけどさ。綺羅と昼休憩を過ごすようになって楽しかった」
「ただの偶然じゃん」
「他愛のない会話でも、綺羅と話してる時間は俺にとって特別なんだ」
いつも悪口ばかり言われてた気もするけども。
それでも、そんな事を許せてしまうほどに弘樹は綺羅が好きなのだ。
夕焼けが照らす河原を眺めながら綺羅とのこれまでの時間を思い返していた。
「綺羅。俺との交際を考えてくれないかな」
「す、好きとかいきなり言われても」
「これは冗談でも何でもない。本気だ。俺はお前と付き合いたいんだ」
「……ど、どうしよ。困る。ものすごく困る」
これまでにないほど、綺羅の顔は赤らんでいた。
困惑気味で言葉にならない。
弘樹の方は逆に告白してすっきりとしたのか。
「返答は今すぐに求めてないから。そうだな。明日でもいい。ゆっくりと考えて答えをくれないか? 俺は本気だからさ。一晩考えてくれよ」
綺羅は頷きもせずにただ沈黙したままだった。
何も反応もないので弘樹は顔を覗き込みながら、
「俺は綺羅が好きだから。可愛いお前が好きなんだ!」
「何度も言わなくてもいいっ!?」
「心の底から愛してるぜ、綺羅ぁ」
「も、もうやめてぇ!? やだぁ」
照れくさそうに叫ぶ綺羅だった。
自分が彼女を本気で好きな事に気付いた。
だから、この関係を変えたいと思ったのだ――。
家に帰るとリビングでくつろいでいる凛花に報告する。
「おかえり。なんや、晴れ晴れとした顔をしとるやん。どうしたん?」
「ただいま、姉ちゃん。その、俺……今さっき綺羅に告白してきた」
「え? そうなん? 早いなぁ。勧めたのはうちやけど、意外な行動力の早さにびっくりやわ。弘樹の事やからまたうじうじと悩んで、ヘタレると思ったのに」
「失礼な。俺もやる時はやるっての」
姉にそこまで言われると悲しい。
弘樹はヘタレではなく、優柔不断なだけである。
「勇気出して告白してきました」
「答えはどうやった? オッケーはもらえた?」
「しばらく考えるって感じ。明日、返事をもらう予定だ」
返事をくれるかどうかの約束はしてない。
いつものように、昼休憩に屋上に来てくれるのかも未定だ。
このタイミングを逃したらGWで10日ほど学校で会う接点もなくなる。
しばらく会えなくなる前に、ここで告白しておきたかったのだ。
「ふーん。速攻で断られるのは回避できたようやねぇ」
「どっちにしても断れる事、前提に話すのはやめてもらいたいな」
綺羅の場合、その可能性も非常にあるのだから。
でも、OKをもらえる可能性だってないことはないはずである。
「片思いのままでもよかったんちゃう?」
「告白しないで今の関係を維持ってのも悪くはないけど俺は前に進みたかった」
「……そっか。そういう前向きな所はアンタらしいわ」
姉ちゃんは笑いながら弘樹の肩を叩いた。
「綺羅ちゃんから、良い返事もらえるといいなぁ」
「神様に祈ってます。今回こそお願いしますよ」
「神頼みよりも、好感度をあげてきなよ。さて、夕食でも作ろうっと」
一応、姉なりに励ましてくれてるんだろうか。
その日の夕食は弘樹の好きなカツカレーだった。
優しい姉の計らいに元気が出た。
「俺は綺羅の事が好きだ」
その想いを言葉にした事に悔いはない。
例え、この告白がダメだったとしても……。
「綺羅。俺はお前の気持ちが知りたいんだよ」
彼にとって後悔のない恋などない。
失敗の連続で、心が折れることも多くあった。
それでも、言葉にして言わないことを悔やんだ方がマシだとは思わない。
「好きなものは好きだとちゃんと言葉にしないと伝わらない」
それこそが、彼が失敗という経験を続けて得た教訓なのだから――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます