第20話 ゾンビ


 見ると、いつの間にかボルドは小さく蹲りながら、唸っていた。痛そうに頭お腹をねじる様に抑え、手と足が小刻みに震わせ、明らかに様子が変だ。

 思い当たる節といえば、リンゴを食べたことぐらいしかない。


 私は慌てて近づこうと、一歩前へと足を踏み出す。

 が、そんな私の行動を見て、主任がこちらへと銃口を突きつけた。

 主任は無機物でも見るかのような目をし、

「近づかないで貰おうか?彼はもう手遅れだ。そのうちゾンビのようになる」

 と言った。

 頭から血の気が引いていき、冷や汗が頬をつたり、顎から地面へと滴る。

 その言葉に、私は動揺を隠せなかった。

「ゾンビ?…まさかあの自我を失って徘徊していたのは…」

 ここ数日の出来事が脳裏に過る。。

 ボルドの兄貴は、りんごの木を探しに出て帰ってこなかったというし、食べた可能性は十分にある。

「そうだよ。皆、りんごを食べたのさ。彼らは立派な研究対象だからね。そして、この子も」

 私はm腰からナイフを抜こうと、腰に手にかけた。

 このままボルドがゾンビのようになってしまうのはダメだ。

 きっと大丈夫。

 まだ助かる。

 ダンッとまた銃声が鳴り響く。

 銃弾が私の腰を微かにかすめ、風が後から通り抜け、ナイフを突きつけられたかのように、冷たい感覚が肌を撫でる。

 無意識に、身体が足元から震えあがるのを感じ取った。

「手を挙げてもらおうか。君みたいな美人に、こんなことをさせるのは少々気が引けるがね」

「じゃぁ、ボルドを助けてよ!!まだ助かるんじゃないの!!」

 手をゆっくりと上げ、私は叫んだ。

 冗談じゃない。もっと早く言ってくれよ。

 殴られてこそいたが、あの管理人は、この白衣の男たちの仲間だ。

 私達は完全に騙されたわけだ。

「残念だけどね…もう遅いよ」

 蹲っていたボルドが、ゆっくりとこちらへと顔をあげた。

 その顔は顔面蒼白で、生きている人間の顔とは到底思えないような顔色をしている。

「ボルド君!?」

「ねx、え、、ちゃん、、あり、、と、」

 その言葉を最後に、ボルドは口から大量の吐しゃ物を吐き出した。

 そして、今まで以上に目が赤くはれていて、正常な人間じゃありえない色にまで染め上がる。口からは微かに血を垂れ流してる。見た目は完全にゾンビそのものへとなっていた。

 ボルドが天に向かって、

「あぁああ”ぁ”、、」

 と叫んだ。

「ああああぁあああ!!」

 ゾンビとなったボルドの叫びと、私の叫び声が交差する。

 見ていられない。

 これ以上知り合いが、こんな姿になったのを見ていられない。

 上げていた手を降ろすと、ナイフを引き抜いた。

「ちょっと旅人さん?困…」

 主任が何かを言い終わらぬうちに、ナイフを投げた。

 クルクルと綺麗な円を描きながら真っすぐとナイフは突き進む。そのまま、ボルドの頭にスコンと刺さった。そこから血が噴き出すと、ボルドはゆっくりと倒れた。

「あぁ~あ、せっかくの研究材料を」

 残念がる主任を睨み付けた。

 本当はこいつこそ、今すぐ殺してやりたい。

 だがそうもいかないのだ。あいつが持っている拳銃には近づかないことには、ナイフでは勝ち目がない。

 私は気迫で負けては、死んだボルドに面子が立たないと

「主任?とか言ったわね?この落とし前はどうつけてくれるのかしら?」

 と言いながら、顔をしかめ、主任を物凄く形相で睨め付けた。

 主任は、手のひらを空にあげて、

「お~怖い怖い。お仲間が死んだのに泣き崩れない辺り、君とは仲良くなれそうだ」

 と、拳銃を構えていない方の手をこちらへと差し出した。

 勿論、握手などするわけがない。

 軽く手であしらうと、倒れているボルドだったものへと近づいた。

「私は仲良くなりたくない」

 彼を布で縛り上げると、バイクへと少し強引な形で括り付ける。

 ここに置いていっては何をされるか分かったことではない。

「そうかい。ところで名前は何て言うのかい?旅人以外の名前がちゃんとあるのだろ?」


「…アイリよ。あなたは?」


 ボルドがかじった後のりんごも拾うと、そっとポケットへと入れた。

 私がここから逃げる準備をしているのを、主任は銃口をこちらへと向けているだけで、撃ってくる気配は微塵も感じ取れなかった。

 最初いった通り、本当にここから出て行って欲しいだけのようだ。

「シューベルト・アルガナだよ。君とはまたどこかで会いそうな気がする」

 アルガナの顔を見ると、ニヤニヤとしていた。

 その年を取っているのか、若いのか分からない中途半端な顔が、余計に気持ち悪さを醸し出している。

「私は会いたくない。それに次に見かけたら殺すからね?」

「それなら、次までに武器になるオーパーツを手に入れることだね」

 来た時より重くなったバイクを引きずりながら、その場をゆっくりと後にした。

 歩きながら、ちょくちょくと振り向くが、ずっとアルガナはずっとこちらへと銃口を向けていた。



 時間と場所は飛んで、荒廃した都市を歩いていた。

 何を思ったか、私はボルドの兄貴を見つけた場所まで戻って来た。

 1日前の状態で、私が足を縛ったままの状態で、道路の上で寝ころんでいるの姿が見えた。。

 私は、彼の上に馬乗りになると、ナイフを抜いてのど元に突き付けた。

「ごめん」

 私は喉元へと、素早くナイフを押し込んだ。

 刃先が肉に食い込み、動脈を突き抜けると、骨を割る嫌な感触に伝わってきた。

 しばらくジタバタと手を動かしていたが、すぐに周りに転がっている人と同じように動かなくなる。

 私は縛り付けていたボルドの遺体を、そっとそこに降ろし、近くのビルへと2人を引きずりながら入っていった。。

 彼らの目を閉じると、綺麗に2人の並べる。

 10センチほどの砂を掘り起こして穴にすると、一人ずつ埋葬した。最後にボルドが持っていた荷物を山になった砂の上へと置く。

 だから嫌なのだ。私が旅をする連れは大体が死んでいく。生きていても、すぐに離れ離れになってしまう。さらに、目の前で死ぬというほど、悲しいことは無い。

「ボルド君、天国でお兄さんとその彼女さんと仲良くやってください」

 手をそっとあわせた。

「それと…りんごの味をいつか聞かせてね」


「ねーちゃんはやっぱりオーパーツのことばかりなんだね」

 と、そんな声が聞こえてくるような気がした。


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