第19話 りんごの木
地下のトンネルは上へ昇るということは無く、そのまま地上へと直接出た。
一瞬だけ太陽の光で、目の前が真っ白になると、開けた場所が目に映し出される。
地面は砂漠の茶色ではなく、一面が緑色に染まっている。その広い敷地を取り囲むようにしてそびえたつビルには、緑の葉をつけたツルが、これでもかと纏わりついていた。
ひらひらと空を舞う小さな生き物に、微かに聞こえるのは何かの虫の鳴き声。
風が吹くたびに、砂ではなくざわざわざわといった音が鳴り響くのが聞こえる。
その広場の中央には、大きな何かがあった。
灰色の硬いコンクリートの塊ではなく、茶色と緑色の何かが目の前に姿を見せた。
私は目を見開き、
「これが植物?」
と呟く。
今まで見てきた何とも違う。
確かに、それは建物と同じように硬く大きな物だった。
何処でも見たことないような、明るい緑と茶色。まるで、建物が人の形をして、息をして、呼吸をしているような感覚がする。
風が吹く度のガサガサと音をたてる。その風に揺られ、たまに葉っぱがヒラヒラと下へと舞い落ちる。
目の前に落ちる葉を、
「よっと」
と空中でキャッチした。
ほんのり、冷たく、みずみずしい感覚が伝わる。
目を凝らしてみると、細い緑の線がいくつも血管のように張り巡らされている。
それをそっと、ポケットへと入れた。
ボルドも目を丸くして、
「これがりんごの木?」
と尋ねる。
絵では見たことはあったが、実物は初めてなので、
「多分、そうだと思うわ」
と自信満々に肯定することは出来ない。
ちらっと管理人を見ると、にこにこと彼は頷いた。
「えぇ、そうですよ」
ボルドは緑の草の中を小走りにかけて、木へと近づいた。後を追うようにして、私も緑の中へと足を踏み入れる。ガサガサと音を立て、青臭い匂いが鼻いっぱいに広がった。
そっと茶色の部分に手を当てると、ごわごわと硬い感触手に広がる。だけど、この硬さはコンクリートや石の硬さと違って、冷たいけど温かみを醸し出しているような感覚がする。
そんな不思議な感じの手前、茶色の枝に赤くて丸いものを見つけた。
手で触れると、ルツルとベトベトの丁度中間といった感覚がする
「ねーちゃん、それ何?」
私が赤いのを撫でていると、ボルドが近づいてきた。
何処かで見た覚えがあるけど、思い出せない。
私の代わりに、後ろからゆっくと歩いてきた管理人が、
「それが、りんごです」
と答えた
管理人は小さな背で、背伸びをし、私が触っている赤い実を捥ぐと、私の手のひらへとそっと乗せる。
「俺も見つけた、食べていい?」
「どうぞ」
ボルドもりんごを見つけたのか、ニコニコと手に赤い実を持っていた。
それを大きな口を開くと、一気にかぶりついた。この子の頭に警戒という2文字は無いのかな?
食べた瞬間にボルドの表情が変わった。
ボルドは目をぱちくりさせると、かじりついたりんごをじっと見つめる。そして、ゆっくりとしたペースでもぐもぐと口を動かす。
「なにこれ、、めちゃくちゃ美味しい」
ほっぺを抑えながら、まだ口から物が無くならぬうちに口を開く。
見ている私は、若干気持ち悪く感じた。彼がごっくんと飲み込むのを待ってから、返答する。
「美味しいって、、どんな感じ?」
「分かんない。レーション以外の物を初めて食べたし…ねーちゃんも食べてみなよ」
かくいう私も、レーション以外の食べ物は、ほとんど食べたことが無い。
ほとんどというのは、過去に興味本位で砂漠に生えている茶色の茎を口にしたことがあったからだ。
お腹が痛くて、3日はそこから動けなくなったけど。
その植物はからはとても不快な味がしたのを覚えている。どうやら苦いという味らしい。あんな経験二度としたくない。
ボルドはもう一口とりんごにかぶりついた。
別にボルドを実験台にしたわけではないが、食べても大丈夫そうだ。
「よし」
と、無駄に気合を入れた私は、口を開いて私がりんごを食べようとした瞬間だった。
辺りに渇いた大きな音が「ダンッ」と鳴り響く。
と、その音がしたのとほぼ同時に、手にあったりんごが粉々に砕け散った。
突然の出来事に、私は開けた口をそのまま、
「え?」
と首をかしげる。
砕けたりんごが周囲にちび散り、微かに残ったりんごの汁で、手がベトベトになった。
だが、そんな小さな事はどうでもいい。
何が起きたんだ?
なんで、りんごが爆発したんだ?
音のした方向を見ると、先頭に1人と後ろに3人が付き添うようにして、白衣の男がこちらへと歩いてきているのが見えた。先頭にいる白衣の男は、片手に細長く真黒な物を持っている。
あれは、拳銃と呼ばれるオーパーツだ。
間違いない。
周囲に微かに煙が上がっているのが見えた。あの白衣の男が私が持っていたりんごへと発砲したとみて、まず間違いがないだろう。
先頭の白衣の男は管理人の前まで来ると、
「おい、管理人」
と口を開いた。
そして、管理人がそれに答えようと口を開く間もなく、拳銃のグリップの部分で思いっ切りお腹を殴りつける。
次にうずくまるそれを見て、さらに足で蹴り追い打ちをかけた。
「旅人には与えるなと言ったはずだが」
「…申し訳ありません…主任」
管理人は蹲りながらも頭を深々と下げた。
それを見届けた後ろの3人が、彼を担ぐようにして両手を持ち上げると、向こうへと消えていく。
あまりに想定外というか、良く分からない出来事にその間に私の思考は停止していた。間は5分はあったはずだが、一瞬の出来事のように視界が移り変わっていった。
主任と呼ばれたその白衣の男に、
「さて、旅人さん。残念だけどこのまま、写真に記録でもして何処かえ行ってくれないかな?」
と話しかけられて、ハッと頭がまわりだした。
怪しい、というよりは、恐ろしい。
片足を前に出し、いつでも対応できる姿勢に組み替えると、
「貴方は何者なんです?」
と私は尋ねた。
問いかけけに、主任と呼ばれた男は腕を組み、
「ん~そうだね…滅びる世界の植物を研究する数少ない研究者といった所かな」
と答えた。
研究者。絶滅危惧種どころか絶滅していたと思っていた職業だ。
例えばワームのような怪物がいた所で、誰もその生態系などを研究しようとは思わない。
出来るだけ近づかないようにすることを第一に考える。
何せ、何の意味もない。
研究者がここから、科学文明を元の水準まで戻すことは不可能だろう。仮に出来たとして、私はすでにこの世のはいないだろうかどうでもいいことだ。
「なんだい?不満そうね。確かにね、この地上にとってはそんなこと無駄かもしれない。だけどね、それを求めている人々もいるのだよ」
「求めている人々?」
「おっとしゃべりすぎたかな」
一度口を閉じた主任は、続けてこう言った。
「それでだ、旅人さん。このまま回れ右をして帰って貰えないだろうか?」
折角目の前に食べれるオーパーツがあるというのに、食べずに帰るというのは出来るわけがない。
拷問より酷い仕打ちじゃないか。
「いやよ。取り敢えずりんごは貰うよ。貴方が管理しているかどうかなんて、知ったことではない」
それに対し、主任は困った表情を浮かべる。
「そこに蹲っている奴はいいとしても、あんたがそれを食べるのは困るんだよ。旅人さんだから…」
ん?
そこに蹲ってる?
やけに静かだったと思っていたボルドを見ると、蹲りながら地面に倒れていた。
「え?ボルド君?」
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