第14話 小説の中
私の腰に添えているボルドの手は、微かに震えていた。
バイク音に負けない大きな声で、
「ねぇ?ねーちゃん。さっきの人病気だったのかな?」
とボルドは私に尋ねた。
けれど、知るわけがない。
前方に注意しつつ、顔を半分傾けて、
「分からないわー。でも病気にしては様子が変過ぎたから逃げてきちゃったけど」
と返事をした。
バイクは、都市の路地へと入っていた。大通りは何となく危険と判断したからだ。
けれど相変わらず都市の景色は、変化を見せない。
高いビルが壁のように、周囲の視界を塞いでいる。
でも、何となく雰囲気からして、中心へと近づいているような感覚は得られた。。
そんな路地裏で、今度は道路を封鎖するように、ふらふらとしている人影が見えた。
ゾンビらしき人をの場所から、離れて1分もしないうちにだ。
しかも、今度は1人ではなくて複数体いる。
私はハンドルを横に切ると、ブレーキを踏み、その場に降りた。
まだはっきりとは見えないけど、確実にさっきと同じような状態の人だろうと、容易に想像できる。
さらに、最悪なことに、ボルドが
「後ろにもいる」
と今まで走った来た道を、指示した。
「挟まれた?でも…周辺は隙間ないビルだし、バイクが…」
悩む私に、あどけない表情で、
「いっそバイクで突っ込んだら?」
とまぁ、過激な事を言い始めた。
それは、まぁそれもそうだ。
あれが。もし、普通の病気で苦しんでいる人だとしたら、引き殺すにはかなり抵抗がある。
それにしてもこれだけの数の人…近くに人が住んでいる街でもあるのかな。
一体、何があったていうのか。
考え込む私に、
「迷ってる暇無さそうだよ。バイクを捨てるか、突っ切るか」
と、ボルドが不安そうに私を急かす。
確かに悩んでいる暇は無さそうだ。
ゆっくりとだが、確実にこっちに近付いてきている。
突っ込むならば、加速が必要だし、ここは行くしかない。
ボルドとは私は再びバイクにまたがり体制を整えた。
けれど、私はアクセルをふかそうとした所で気が付いてしまった。
いつもなら、本当にどうでもいいような事だが、気になってしまった。
そう、返り血で服が血で汚れるかもしれない。
私は青い空を見上げて、
「、、服が汚れる」
とポツリ呟いた。
「え?ねーちゃん?」
キョトンとするボルドを無視してバイクを降りる。
腰からサバイバルナイフを取り出した。
着替えてる暇はないし、汚れずに通るしかない。
まぁ、病気の事なんてどうでもいいや。
苦しんでるなら、楽にしてあげよう。
振り向かずに私は、手をひらひらとたなびかせ、
「バイクのこと任せたわ」
とボルドに言った。
ボロキレ1枚をポケットから取り出して、腕に巻き付けると、、前方の集団へと身体を真っ直ぐと向けた。
ゆっくりと歩いて近付き、お互いの姿がはっきりと見えるような範囲までくる。
その数は5人ほど。
誰もが腕を力なく垂れ下げ、今にも倒れそうにふらふらと歩いている。
彼らに向けて私は、
「ねぇ?本当に誰も自我がないの?殺すわよ?」
と念のために声を張り上げて尋ねるが、誰一人として反応する人はいなかった。
仕方がない、心苦しいが楽にしてあげよう。
手にはサバイバルナイフが1本。そして、腰にも1本。
動きは鈍いし多分…大丈夫だろうと思った時、
「あ、、ぁ、、」
と、今まではまるで襲ってくる気配さえ感じ取れなかったのが、一変した。
集団の前方にいた一体が、口を大きく開けて爪を立てるように、こっちへと小走りに突っ込んできたのだ。
悠長にしている暇はない。集団の目の前まで走ると、道の端まで瞬間的に移動をする。ビルの壁を蹴って、彼らの後ろへと回り込んだ。
その中で一番後ろのやつに焦点を絞ると、首もとの動脈に向かって力強くナイフを突き刺した。
「あぁああああ!!」
そいつが叫ぶと、残りは一斉にこちらを振り向いた。ナイフは抜くと返り血を受けてしまうので、指し口に布を当てて出来るだけ飛び散らないようにして、そっと引き抜く。
そして、そいつは完全にことが切れて膝から倒れ落ちた。
ゾンビは死んだ後の状態なので、刺したぐらいじゃ死なないだろう。
間違いない、こいつらは人間だ。
が、まるで倒れた奴なんて存在しなかったかのように、残る4人はゆっくりと近付いてきた。
「まだ、やるわけ?」
私は軽くため息をつく。
たった今抜いたばかりのナイフを投げて、さらに1体を倒す。
首元から大量の血が噴水のように吹き出すのが見えた。残りは3体。同じ要領で、腰に下げていた2本目のナイフも投げる。これで2体。
1体を足をかけて転ばすと、隙を見て最初に投げたナイフを回収する。そして転ばせなかった方に、そのまま首もとにナイフ突き刺した。
「あぁ!あああ!」
辺りに悲鳴が鳴り響いた。あと1人。
転ばした奴に馬乗りになり、最後の1人をやろうとした時だ。
後ろからバイクを引っ張ってきたボルドが
「やめて。ねーちゃん!まって!その人殺さないで!」
と叫び声に近い大声を叫んだ。
その叫びが耳へと届いた私は、困惑した。
今さら、殺さないでと言われても、すでに4人、4体がそこでピクピクと、血を流しながら倒れている。
「えっと…」
よく分からないが、放置するわけにもいかないので、そいつに手に巻いていた少し血で汚れた布を、足へと巻き付ける。
これで立てなくなったはずだ。
手の分はないが、届かない位置まで下がると、ボルドの方を振り向いた。
「何?今さら感溢れるけど、、」
息も絶え絶えと、整わないうちにボルドは私が足を縛って転がしているゾンビのような人の顔をじぃっと見つめる。
「あ、、兄貴?」
「兄貴!?」
私は驚いて転がっている奴の顔を見た。顔面蒼白で、歯は数本しか残っていなく片目は無い。さらに髪の毛はちりじりで人の顔と呼ぶのはおこがましい。その姿はまるでゾンビ。
「兄貴、、だよね?、、その指についてる石の指輪、、彼女さんからのだよね?」
「あぁ”あ、ああ”」
「なんで帰ってこなかったの?」
「あ”あ”あ”」
バイクを置き去りに、倒れている兄貴の元へとボルドは駆け寄る。だが、それを一歩手前で私が腕を掴んで押さえつけた。よく分からないうちは、近づくのは危ない。
「兄貴?兄貴なんか言ってよ!!病気なの?そうなんだよね?」
「あぁ”あ」
ボルドの問いかけに、兄貴がまともな返事をすることは無かった。何を聞いても、意味のない文字列を返す。頭は完全にやられているらしい。
見ていられなくなった私は、
「ボルド君?もう、、」
と止めようとするが、
「うるさい!ねーちゃんは黙ってて!今は兄貴と会話しているんだ!!」
との大声で遮られた。
喚くボルドは、さらに私の手を振りほどこうと力を込めた。
だが、そうやすやすと手を放すわけにはいけない。
ボルドは、悲鳴に近い叫び声で、
「放してよ!!ねぇ」
と暴れる。
不意に気になって、後ろを振り向くと、後からも着々と人影が近づいてくるのが見える。
せったくリスクを冒して戦ったのが、水の泡になってしまうのはごめんだ。
「放して」と泣き叫ぶボルドほほを思いっ切り叩いた。
次に、一歩前へと足を進めて顔を固定して変わり果てた兄貴の姿を直視させた。
「見なさい。これがあなたの兄貴よ!」
ボルドは一瞬、叩かれた事に驚いた様子を見せたが、
「違う!兄貴は大丈夫。大丈夫だから」
と再び叫び、その姿に目をパチクリとして強く首を横に振った。
ボルドは出てくる涙を袖で拭いた。脚を力が抜けたらしく、私の腕だけでボルドの体重を支えている。 暴れることは無くなったが、現実を受け入れたことで力が出なくなったようだ。
私は優しくボルドの頭を撫で、
「ほら、いくよ。殺さないでいてあげるから」
「…うん」
ボルドをバイクへと乗せるて、サバイバルナイフを回収する。
後ろを振り返ると、ゾンビの集団は数メートル手前まで接近しているのが見えた。
「ああ”ああ」
「あ”、あ”うぃ”ああ、、」
「あ”、あ”ああ、、うぅ”う”」
慌ててハンドルを握りアクセルを吹かす。
ゾンビとなった兄貴を横目に別れの挨拶をし、その場を後にした。
もう、ゾンビに会うこともないと信じて。
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