第12話 シンプルな答え

 朝。多分、次の日の朝だろう。

 身体が自分勝手に揺れ、

 「ねーちゃん!起きて!朝だよ」

 との声が耳へと入ってきた。

 私は、意識が朦朧とする中、目をこすった。

 ぼやけていた視界が、徐々に焦点が合い、ボルドに起こされたことに気が付いた。

 どうやら、ボルドと出合った街以来の、熟睡をしていたらしい。

 しっかり寝たはずなのに、不思議と、さらに睡魔がまた襲ってくる。

 背伸びをした私は、

「ん、、もう少し」

 と再び横になった。

「砂嵐が止んだんだよ、ほら行くよ」

 とボルドの呆れた声が聞こえてくる。

 ボルドに身体を転がされた事思うと、腰の部分にガッと硬い地面がぶつかって、その痛みでパチリと目が覚めた。

 ボルドは、ベンチから私を転がり落としたらしい。

「いったっ」

 徐々に痛みが神経を伝わって頭へと伝わり、さらに徐々に痛さが深く体へと浸透していくのが分かった。

 そんなに高さが無かったとはいえ、これは身体にくる。

 ぶつけた部分を、手でなでながらゆっくりと立ち上がった。

 再び視界にピントが合うと、腕を組んだボルドが立っていた。

「ねーちゃん。どれだけ寝てるの?「オーパーツが取り出せない」とかずっと寝言で唸ってたよ」

「…」

 寝ている姿ほど無防備な姿はない。

 別に子供とはいえ、あられもない姿を見られたというのは、少し恥ずかしい。

 そっと、彼にバレないように顔を隠すと、うんと伸びをした。

 例によって、バキバキと身体の毒素が抜けて行くような感覚が、全身へと広がっていった。

 私は振り返ると、

「悪かったわね、、で?私の寝言聞いていたなら、何か思いつかなったの?取り出す方法?」

 と皮肉交じりに言。

 意外な事に、それを待っていましたと、ニコニコとした表情で、ボルドがこっちに来いと手で招いた。 

 私は、それに期待を膨らませて、ついていった。

 きっとハンマーか何かの、硬い物を見つけたんだろう。

 だが、連れていかれた先は、昨日さんざん目にした、ビルの吹き抜けの部分だった。

 下を覗き込むと、微かに風が吹きあがって来るのを感じる。

 落ちたらどうなるのか?そんな事を考えてしまう。

 だから何だというのだ、

「?」

 と私は首をかしげる。

 まさか、「高くて気持ちいよね」とかいうために、連れてきたんじゃあるまい。

 私がよく分からないという顔をしているのに、さらに唇を緩めたとボルドは、そのまま下を見下ろしながら意気揚々と、

「ねーちゃんはここから落ちたらどうなると思う?」

 なぜか疑問形で尋ねた。

 当たり前のことを聞かれて、私は少しむっとした表情になり、

「そんなの、これだけ高さがあれば死んじゃうでしょ?」

 と答えた。

 人差し指で、私を指差し、

「でしょ?それだけ大きな力が、かかるってこと。だから、、」

 と言う。

 そこまで聞いても、しばらく何を言っているか分からなかった。

 が、不意にその案の素晴らしい答えが理解できた。

そう、自分の手で汗水垂らして壊さなくてもいいんだ。


 ただ、ここからガラスのケースを落とすだけでいい。


 私は上機嫌で、

「さすがね。早速いきましょ」

 とボルドの手を引っ張る。

 それに対して、

「ふふ~ん」

 どうだと言わんばかりに、ボルドは鼻が高そうだ。

 私たちは、急ぐ必要もないのに、7階へと駆け足で取りに戻った。

 一人では明らかに持てない重さだったので、休憩をはさみながら、えっちらおっちらと12階までそれを運んだ。

 手すりの上にまでそれを乗せると、おもいっきり下へと投げつけた。

 といっても、重すぎて全然飛びはしなかったけど。

 風の音と共に、服が入ったガラスのケースが下へと落下していった。数秒もしないうちに、ガンという鈍い音と共に、1階へと落ちたようだ。

 私は目を凝らし、

「いった?」

 と聞くが、

「さぁ、見に行こうよ」

 とボルドは返す。

 一応下を覗き込んだが、ガラスが割れたかどうかの有無の確認は、よく見えなくてすることが出来なかった。

 重いケースを運んだとはいえ、一晩ゆっくりと寝て回復したおかげで、高ぶる気持ちを抑えきれずに、下へと小走りに降りて行った。

 階層を降りる度に、段々とケースがはっきりと見えるようになっていく。

 しかし、ガラスが飛散っている様子は良くわからなかった。

 一番下まで降り、不安げにケースを見てみると、ガラスが飛散ったような後は無くて、無傷のように見えた。

 軽く失望した私だったが、近づいて確認してみると、ガラスとガラスの接続部分が綺麗に剥がれているのが確認できた。

 パカリと、綺麗にガラスの一枚を取り外す。

 すると中から、目の前にあっても触れることは出来なかった、キラキラと黒く光る服に触れることが出来た。

 今までに触ったことがない、質のいい生地の感触が手に広がった。

 後ろに立っていたボルドに、

「成功ね」

 と振り返る。

 ボルドは軽く跳ねながら、手を叩き、

「やった!!ほらほら、ねーちゃん着てみてよ」

 と催促をしてきた

 ボルドの視界から入らない位置へと移動し、迷彩柄の服で非常に脱ぎにくい衣服を、何とか砂の上で脱いだ。

 足に裏に砂の感触が直に伝わる。

 久しぶりに服を脱いだことで、心地よい風がビルの中の隙間を駆け抜けて、私の皮膚を撫でる。

「これ、着にくいわね」

 スカートのはずなのに、ゴチャゴチャとしている装飾が腕や手にあたり、うまく袖を通らない。

 苦労しながらも、なんとか服を身にまとった。

 ひざ丈より少し下のスカートに、若干肩が出るようなデザインになっていた。

 くるくると回転するとスカートが少しだけふわりと開く。

 それに私は、無意識のうちに口を開くと

「かわいい」

 と小さく呟いていた。

 スカートは滅多に履かない。

 日光によって肌がやられてしまうからだ。

 こういった室内にいる時や、安全が確認できた寝床などでは、たまにといった程度だ。

 脱いだ服を片手に、ボルドの前へとバレリーナのように、くるくる回転しながら登場した。

 目をパチクリとさせたボルドは

「似合ってるよ!!凄くかわいいよ!!」

 とニコニコと手を叩いた。

 私は軽く髪の毛をいじりながら、

「そう?」

 と聞き返した。

 とは言われても、自分の姿が確認できないので、そのまま私はスカートをひらひらとしながら、7階の大きな鏡があった場所へと向かった。

 7階に付くと、これだけ露出があるにもかかわらず、汗がだラダラだ。通気性があまり良くないらしい。

 スカートの裾で仰ぎながら、鏡の前へと立った。

 目の前には、昨日見た自分と同じ顔が映った。

 だが、違う部分といえば服。かわいらしい服を着ている私。自分の服や容姿に、全くと言っていいほど興味がなかったが、何かに目覚めてしまいそうだ。

 そっと記録の書物を取り出すと、鏡に映った自分の姿をパシャリと1枚写真を撮った。

 何気な話だが、自分の写真を撮るのがこれが初めて。


 とった写真を眺めながら私は呟いた。

「…ボルドに写真撮って貰えばここまで登ってくる必要なかったわね」

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