第3話 食べ物の味
目が覚まし、目を軽くこすると、何やら軽く頭痛がした。
何だか嫌な夢を見ていた気がするのだけど、内容を全く思い出せそうにない。
まぁ、どうせろくでもない夢だったに違いにない。
髪をかき分け、ゆっくりと起き上がる。
固い椅子の上で寝ていたからか、体のあちこちが痛い。
「よいしょっと、あいたたた、、」
うんと、腕を目いっぱい伸ばし、背伸びをした。
バキバキと木が折れるような嫌な音と一緒に、体の毒素が抜けていく感覚がする。
私は長に朝の挨拶をするために、家の中を見て回った。
集会所のように広い部屋、トイレ、倉庫や自室。どの部屋も広さが違う程度で、特に装飾に違いは見られない。どの部屋も石で作られた、椅子と机が広さの分だけあるだけ。勿論、トイレは違うけど。
と、家に中で、隅々まで長を探したが、見当たらない。
私は散歩にでも出掛けているのかなと思ったが、こんな朝早くから行くものなのかとも疑問に思った。
誰もいない家の中に、
「長?いないとこの木の石像もっていっちゃいますよ~」
と私は一人声を出した。
当たり前だが、返事は無い。
私も散歩ついでに探しに行こうかなと思い、蔦で編まれた質素な扉を開くと、外へと出た。
まだ微かに薄暗い事に気が付き、空を見上げると、まだ太陽が出始めたばかりだった。
砂でまっさらな地平線に、黄色い禿げ頭が顔を覗かせている。
こんな時間なら起きている人も少ないだろう、と街へ探索するために路地を抜け、通りへと出た。
けど、朝早くなのに、街の中央の通りには、何人の水汲みをしている人とすれ違った。
「おはよう、旅人さん」
「おはよう」
頭を軽く下げて、通りすぎる人と挨拶をする。
しかし不思議なことに、昨日のように、質問攻めをしに来る人はいなかった。
私はそんな彼らを見て、
「そういえば長が、教会の横に井戸があるって言ってたな」
と思い出し、教会を見に行ってみようと、彼らが来る方角に足を向けた。
のんびりと歩き、疲れを微塵も感じ無いうちに、水汲みに列が見え始め、その横には教会の建物が立っていた。
他の建物とは明らかに違う形をしていて、三角の屋根には十字架が付いている。また、窓には綺麗な色付きガラスがはめ込まれており、この街で唯一色がついている建物かもしれない。
別に教会自体は、珍しくはない。よく見かける。ただ、街の中にこうやって溶け込んでいる教会は非常に珍しい。
教会はオーパツかもしれない、という話を聞くが、高層ビルが倒壊する中で、こんな小さな建物がガラスも割れぬまま残っているのが考えにくい。
私は無言で、パシャパシャと写真を撮った。
水汲みする列の前で、ここまであからさまに不思議な行為をしていて、興味を持たれない方がおかしい。水汲みを終えた一つ集団が、私に近づき声をかけてきた。
「旅人さん。何をしているんですか?」
私は記録の書物の画面を見つめたまま、
「写真だよ」
と返事をする。
フォルダをスクロールして、一番いい出来で撮ったばかりの写真を、彼女らに見せた。
画面に映った教会を見て、彼女ら食いつく様に画面を見つめ、驚きの表情を見せた
確かにそうかもしれない、紙さえない時代なのだから、絵や写真はなんてものは滅多に見かけない。
その中の1人が、
「これ、オーパーツですか」
と質問する。
「そうだよ」
と私が返すと、彼女たちは口々に、
「いいなぁ。私もオーパーツ欲しい」
「それって私達の姿も映せるの?」
なんてことを、興奮気味にはやし立てた。
うるさいな、と思いつつも私は、
「分かったから、ほら」
とカメラを向けてパシャリと撮り、画面を向こうへと見せた。
ほとんどの人は、水の反射を使って、顔を映す程度のことしかできない。だから、こういった機会でもないと、自分の姿をハッキリと見ることは、ほとんど出来ない。
彼女たちは自分の姿を画面で確認するや、
「わ、私だ」
「へぇ、こんなに鮮明に初めて自分の姿を見た」
「あ、ちょっと髪の毛おかしいわね、少し切ろうかしら」
と自分のほほに手を置いたり、髪の毛をいじったりと、各々の反応を見せた。
私は、すぐに画面を引っ込めると、写真は消した。
オーパーツ以外の記録などの無駄なことに、この記録の書物を使いたくない。
説明書によると、記録できる量にも限界があるらしい。どの程度かは、全く分からないけど。
満足したのか、
「ありがとう旅人さん」
皆でそろって頭を軽く下げた。
それに対して、
「かまわないわ。所でなんだけど、オーパーツについて何か知らない?」
と私は尋ねる。
彼女たちは、顔をお互いに見合わせると、声をそろえて、
「「りんごの木」」
と1つの単語を口にした。
今まさにそれは、長を探している理由の1つであり、自分の中で話題沸騰中の単語だ。
けど、木では無くて、
「りんごの木?木じゃなくて」
との疑問を、私は投げかけた。
「えぇ。ここに来る旅人さんのほんとどが、そこに向かうわ。詳しくは長が知っているはずよ」
私は困ったように髪の毛を触りながら、
「で、その長なんだけど、」
と居場所を尋ねようとしたら、
「この時間なら、墓地の方にいるはず。こっちの路地をずっといけば、開けた所にでるからそこね」
と聞くまでもなく答えをくれた。
「ありがとう」
彼女たちとは手を振り別れ、薄気味悪い路地へと入った。
路地はとても細く、人がよく通っている通りではないことが、一目瞭然である。
墓地ということは、毎朝お墓参りにでも行っているのだろうか?
待っていても良いのだけど、善は急げというし。
通り抜けると、多くの石が何もない荒野に並べられている風景が、目の前に広がった。その真ん中にある、一番大きな石のところに長の姿が見えた。
他の石は特に加工さえされていない、ただの大きな石なのだが、その石だけは綺麗にに半円に加工されていた。
邪魔しては悪いとは思ったが、ただ後ろから眺めているのも何だか悪いと思って、
「長?」
と声をかけた。
若干目に潤いを作っている長が、後ろを振り向いた。
なんだ君かとばかりに、腰を抑え、石に手を付きながら、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がった長に、私は石を指差すと、
「誰のお墓なんですか?」
と尋ねた。
長は石を見つめ、何処か寂しそうな表情をしながら、その墓について話してくれた
「わしの友達じゃ。一緒に教会から出て、一からこの街を作り上げた仲間だった。だがな…りんごの木を探しに行ったきり帰ってこぬでな」
新たに街を作り上げたということは、彼らがあの教会から出てきた第一世代ということだろう。
周辺に街が無い所で生まれたというのは、さぞ大変だったはずだ。
少ない知識を活用して、この小さく貧相な街を作り上げたのだろう。
けど、そんな話しに感動するより、私の頭の中はりんごの木というワードが、何度も何度もぐるぐるとループしていた。
一応、数秒の沈黙を開けた後に、
「りんごの木というのは?何処に?」
と興奮する感情をできるだけ堪えて、尋ねる。
長は、とある何もない砂漠の方角を指差し、
「ここから東に三日といった具合の場所にある」
続けて小さくため息をつくと、手の平を横に振ると、
「が、やめておけ。そこを目指して行って帰ってきた者はいないのじゃ」
と言った。
そういった話は、よく聞くことなので、
「そうですか」
と私は返事をした。
太陽が昇って来ている方角に、私は身体をまわした。
目を絞りながら遠くを見るが、さすがに三日の距離もあるので、見えるはずもなかった。
見えぬ物を、これ以上眺めていても仕方がないので、半円のお墓へと手を合わせると、長と一緒に家へと戻った。
家へとつくと、直ぐに辞書でりんごについて調べた。
「りんごっと」
鼻歌交じりに、記録の書物に入っている辞書を開く。
写真には白い花と、赤い丸い実が映し出されている。毒々しいその色とは裏腹に、甘いや酸っぱいと書かれている。
酸っぱい?甘い?それは何のことだろう?果樹って何?、、果物?
疑問が膨らむ私は、出てくる言葉を次から次へと調べた。
ついにはキリスト教の聖書までたどり着き、そういえば宗教について調べたとき、そんな話もあったなと思い返した。
調べれば調べるほど、そこへと行ってみたくなる。
今までは見て記録するだけだったが、オーパーツを食べるというパワーのあるワードに興奮する。
なにせ、私はレーション以外の食べ物を生まれてから食べたことがない。
だから、味覚という概念がよく分からないのだ。
記録の書物で小説を読んでいると、よく出てくるのが食事のシーン…あれを一度でいいから体験してみたい。
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