第2話 木の石像

 

 住民の横を通り過ぎる度に、誰もが私のことを、チラチラと気にしてくる。

 まるで有名人にでもなったような気分だけど、知らない人からそんな風に見られるのは、あまり嬉しくない。

 どうせ彼らは、ただ珍しいものがある、との興味本位があるだけ。

 

 長に案内されて、街の中央を通っている道を真っ直ぐと歩くと。道のわきには、結構なスペースが空いていて、そこからどれぐらいの規模かを予想する。

 2、300人程度の街、、いやもしかた500もいるかもしれない、小さいとは言えないけど、決して大きいとも言えない街のサイズ。

 これだけの人がいれば、さぞ街の管理も大変そうだろう。

 通りを途中で曲がり、少し入り組んだ路地を抜けると、他の建物より、ほんの少しだけ大きな家が顔をのぞかせた。

 立派な家だとは思うが、特にこれといった特徴は無い。技術的に不可能なのか、それともこの長が謙虚なだけなのか。

 家の扉を開くと、長は、

「どうぞ、お入りください」

と迎え入れてくれ。

 私はそれに軽くお辞儀をし、靴の砂を地面をたたいて落とすと、家の中へと足を踏み入れた。


 入ると、真っ白の岩で作られたということが、良く分かる。

 壁一面が白くて、部屋の中央には、石で作られたテーブルとイスも白色。それ以外の色はどこに見当たらない。


 そんな真っ白な部屋を見渡すと、部屋の隅には、岩を削って作られた、木の形をした石像が鎮座していた。


 木はオーパーツの1つである。

 というのも、生まれて私は一度も木という植物を見たことがない。

 昔はそこら中に生えていて、それによって家や家具を作っていたらしいが、今では非常に貴重な品物だ。だから、この世界の標準的な家といえばこんな感じだろう。


 私は驚きのあまり、馬鹿みたいに全身が沸き立つのを感じた。

 走り、駆け寄り、

「木じゃないですか」

 と舐めるように石像を見渡した。

 下の方が細くて、徐々に扇形に広がっていく形が見て取れる。平面でこそ写真で見たことはあったが、立体で見ると迫力がまず違う。

 

 これは、凄い。


 充電が終わった記録の書物をポケットから取り出すと、カシャカシャとそれを記録していく。

 不意に思い立って、記録の書物で本物の木と石像を、丁寧に見比べた。

 それにしても良く出来ている。木のうねるような根っこが1つ1つ躍動感強く彫られている。枝も細かく鮮明に彫られ、まさに岩をどこまで削ったら割れてしまうのかの、限界に挑戦したような作品だ。


ずっと私が見入っているのを、後ろから椅子に座り眺めていた長が、

「気にいってくれたかね?」

 と口を開いた。

長の存在を頭から消し去っていた私は、現実に戻るように後ろを振り向いた。

変な人を見る目ではなく、面白い人だとばかりに、長はニコニコとした表情を浮かべていた。


 私は石像を指差すと、

「これは長が作ったのですか?」

 と尋ねた。

 それに、長はゆっくりと首を横に振り、 

「残念だがそうではない、旅人よ」

 と答えるが、流れるように私は

「で、では本物の木を見たことないですか!?」

 と次の質問をした。

 もし見たことがあるというのならば、是非ともそこに行ってみたい。

 どんなに遠くてもいい。そこにオーパーツがあるならば、何処へでも行く。

 しかし、長は残念そうな顔で、また首を横へと振った。こうして私は、今までのテンションがどこへ行ったのだとばかりに、急に頭が冷えた。

「残念だが、私は見ていない」

 何やら、訳ありのようなニアンスを含ませた台詞が、長の口から出てきた。

 冷えた頭に、また熱が一瞬でこもり始める。ぐぐっと身を乗り出すと、興奮気味に口を開いた。

「"は"とは。他に長じゃない誰かが?」

「うむ。まぁ、その話は後でしよう。今日はここでゆっくりとしなさい。食べ物と水はあるかね?」

 と美味しい話におあずけを食らった私は、外へと出てバイクに乗っている荷物を確認した。レーションが10個程度と水が10Lほどの在庫が確認できた。

 が、次の街までは持ちそうにない気がする。好意に甘えるとしよう。

「レーションと水どちらも少ないです。頂けないでしょうか?」

「まぁそうじゃろな。教会の横に井戸があるのと、レーションは街の中央に倉庫にしてる建物の中にある。けれどな、また住民に囲まれるだろう。私がに用意しよう」

 とことん他人の感情が分かるに、私は激しい好感を長に感じた。こういう人が、全世界中にもっといれば、もっと旅がしやすく快適でいられただろうに。

 というより、そもそも地球はこんなんじゃ無かった…かもしれないね。


 自分の好奇心のあるがままに、情報を求める人々。自分で旅するわけでもなく、他人に頼る。

 今の世界では情報が、何より貴重なものだと分からない連中。

 私は頭を軽く下げた。

「ありがとうございます」

「よい」

 長は、家にあるレーションと、貯めてあった水をご飯として出してくれた。

 味のないそれを、私は無言で食べる。

 食事というのは三大欲求の1つである"食欲"にあたる。

 だが、それは行為であり、エネルギーの活動源にさえなれば良いと考える。


 こんなにお人よしの長が、ご飯と称して、味のないレーションを差し出したのには訳がある。

 考えてほしい、今の地球は、旅人である私が"木さえ"見たことないほど、植物がない。

 よって、昔のような作物と呼ばれる食べ物が、手に入ることはまず無いのだ。


 不思議なことに、今の地球に住む人類の食べ物は、100%レーションだと言っても過言ではない。

 というよりも、レーションと呼ばれる食べ物しか存在しない。

 それは、何処から流れてくるか、誰が作っているのか、一切が分からない。

 けど、どの土地でも手に入り、その価値は空気に等しい。

 ただ、誰もが食事として食べているだけだ。


 お腹が膨れるとまだ夕方だというの眠気が襲ってきて、

「ふわぁ」

 と大きなあくびを浮かべてしまう。

 思い出せば、ここ数日で砂嵐に2度あったことで、夜に満足に寝ることが出来なかった。

 そのまま、欲望のままに椅子の上へと横になると、目を静かに閉じた。


 今日は、よく眠れそうだ。



 その日の夜に、私は夢を見た。

 ふわふわと浮かぶ水の中に、私が漂っているのだ。

 そして、私の前にも私がいた。

 同じ姿をした私が何人も水の中を漂っている。

 ふわふわとしている意識の中で、どれが本当の私なのだろうか、と朦朧としてきた。


「あなたは誰?」


 ぶくぶくと口から泡を吐きながら、私の姿をする何かに話しかける。目を閉じていた彼女たちはうっすらと目を開けると口々にこう答えたのが聞こえた。


「私は旅人。世界を旅する旅人」


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