第5話 あゝ牛丼紅しょうが

今日は仕事を早く切り上げた。


さいわい、鬼のような上司も今日は欠勤だった。


俺は今、手にタイムカードを手にして、どうどうと町工場の出入口をくぐる。


「自由だぁぁ~~~~!!」


どっかのお笑い芸人みたいなことを(心の中で)言いながら、俺は勤務先を出た。


さあ、今日はどこで飯を食べようか・・・


と、言っても給料日前だ。無駄づかいはできない。


安くてうまいところで食べたいなあ・・・


そうだ、いざとなれば先輩が頼りだ。

俺は、工場内に引き返す。山岡先輩なら、気前いいから奢ってくれるはずだ・・・


「先輩、せんぱーい?」


山岡先輩の所属する部署に顔を出す俺。しまいには、近くの人に先輩の

ゆくえを聞く。


「あー山岡なら、夜勤でこれから仕事だけど。まだ来てないみたいだな」


がーん、出鼻でばなを(自主規制)


「なんなら、山岡に伝言伝えておこうか?」


「あ、いえ・・・いいです」


俺は今度こそ町工場を出て行った。

本当なら、ドン(福士ふくし大地だいち)を誘いたいところだが・・・あいつは仮にも

年下だ。ご馳走することに気をつかわなきゃならない。

それにあいつには、彼女さんが居る。いろいろ大変だろうな。


しょうがなく、俺はひとりでその辺で食べることにした。


うう~~、しみるう・・・この寒さは北風だ。

寒さで思考回路がこおりつきそうだ・・・

こんな時に、行く当てもなく食べ物屋を散策しててもいいのか?


その時・・・オレンジ色の看板が、俺の目の前でかがやかしく佇んでいる。


こ・・・これは・・・・


そう。大手牛丼チェーンの、「吉村屋」。コストパフォーマンスにも貢献

しており、セットにしても1,000円をきっているというお値打ちなお店。


「生きててよかったあ・・・」

そう口ずさんだ俺は、足はよたよたになりながらも、店の中へ入る。


「いらっしゃいませーっ」

活気づいた店員の声が店内にひびく。

俺は、ひとりなので当然カウンター席につく。でも・・・俺のこだわりは、

誰かと一緒に飯を食うことだった。すっかり忘れてた。

俺は、メニューを見る前に、周りを見回した。

俺のとなりには、牛丼の定食を注文していたバーコードのおっさんが居た。


「あ、あの~・・・すみません」

「はい、なんでしょう?」

おっさんが、気弱そうに俺の声にこたえた。

「おそれ入りますけど・・・一緒にご飯食べてもいいですか?」

「はあ」

突然、意味のわからない言葉を聞かされたのか、呆気あっけにとられたような

返事をするおっさん。

「別にいいけど・・・もう一緒に食べてるじゃないですか?」

それを聞いて、なにげにうれしさを感じる俺。

「あ、そうですね・・・すみませんどうも。」


となりにおっさんがいるだけで、心強い。少し遅いが、堂々とメニュー表

をひらいた。


キムチ牛丼定食

牛丼(プラスキムチ。ちなみに、キムチは別皿でできる。)

  (牛丼はもちろん、ツユだくだ。)

豚汁(もとは、味噌汁。豚汁にするとプラス100円。)

お新香(白菜の浅漬け。にんじんや唐辛子も入って彩られている。)


いただきます。

まずは牛丼をそのまま・・・・

もしゃあ、ばく、ばく、はふ、はふ・・・うん。普通にうまい。

肉はやわらかいし、だくのツユがごはんに絡み合って・・・

今度はキムチを乗せよう。すう。別皿のキムチを、二分の一すくう。

牛丼の上にのせて、肉とめしをキムチでつつむように、食べる。

ばくっ、しゃきしゃきしゃき・・・・

うん。ピリ辛。歯ごたえもいい。牛丼とあうもんだなあ。

俺は辛党ではないが、”ピリ”程度の辛さならいける。


俺公認の辛さ。ごくん。

すかさず・・・・豚汁をすする。具の実況はあとまわしだ。

ずずずぅーーーー・・・・ごきゅり。

ノドが鳴った。気管支へんなとこで呑み込んだみたいだ。それなのに、

ムセなかった。呑み込み方が、われながら素晴らしかったのだろう。

なにより、この豚汁がうまい。いいダシだ。いい味噌だ。

具は、主役のブタ肉。脂身うまし!他には・・・

にんじんと長ネギ、里芋にすいとん、ゴボウ。

栄養がとれている気がするなあ。――そう思いながら、もう一口

汁をすする。

ずずずーちゅるる。ふうーー。

外は寒いから、しっかりとあたたまらないと。


店の外では、北風がピープーふいている音が、なまなましく

聞こえてくる。

その点、店内は暖房がきいていて、妙に明るすぎない、ランタンのような

明るさの蛍光灯がムードを生んでいる。


さて。牛丼もいよいよ大詰めか。

ラストスパートといくか。俺はトングに手をのばした。

トングがついていた黒い正方形の箱には、無料で取り放題の

紅しょうがが入っている。

そこから、「うそだろ?」と言われそうなくらい、紅しょうがをすくい、

残りの牛丼にぶっかけた。

そして、紅しょうがごと、牛丼をすくい食べる。

あむ、はむ、ざく、ざく。ひりり・・・ピリ辛。

ごくり。うまい。ああ、うまいなあ。俺の一番好きな食べ方で

フィニッシュを飾ったのだった。




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