第2話 まぼろしの恩人~某所チーズバーグ~

ここは、俺が住まう町工場、「前波まえなみ工業所」。

業務は、車の部品や工業用ロボットの部品を加工、加工した製品をチェックしている。

俺の仕事は、機械を動かして、それらを加工することだ。


思い出すのは、なぜか入社当初のこと。それは、俺が入社して半年経った時

だった。


―――――――


たまたま、うちの部署が仕事を多く任されていたためにヘルプを雇っていた。

俺と同じくらいの年代の男性だったと思う。

その彼の横で、見せしめが行われていた。

「みんなできるのに、出来てないのはお前だけだぞ?大半は、お前が業務を

とどこおらせてるんだ、わかってる?」

うちの班長が、俺にみんなの見ている前で叱咤しったをはなっていた。

おれは、わからないことがあるから聞いただけなのに。

「ちゃんとわかれよ?言っても理解できんだろうけど」

そう言って、班長はその場を去った。俺は、周りの目などあまり気にしないで

作業をすることにしていた。だが・・・

お説教が終わり、作業を再開してから30分くらいたってから・・・・


「ねえねえ、さっき、ウザくなかったですか?」

「はい?」

ヘルプの男性が、俺に声をかけてきてくれた。

「さっきの、●●って人のこと・・」

「あ、ああ・・班長ですか?まあ、慣れてますから。

すみません、ヘンなとこ見せちゃって・・・・」


それから、何を話したのかは覚えていないが、そのヘルプの人が帰りぎわ、俺に

「お疲れ様でーす」と、気さくに声をかけてくれたので、俺もとっさに

「お疲れ様でーす」と、返してあげたのはおぼえている。

俺は、前から班長のことが気に入らなかった。最悪の場合・・・・

班長のことで出るところを出ようと思っていたのだが、

―――あの人に救われたんだ。


そう、思いたい。その言葉に救われたんだ。また会って、話がしたい。

そう思っていた。しかし、どうやって会えるものか・・・

その時俺は、横を向いて彼と話していたので、よく顔を見ていなかった。

しいて言えば、あごに少々チョビひげをたくわえていたことだろうか。


もっとよく顔を見ておけばよかったな。また・・・いつか会いたいなあ。

その時、後ろからまた、聞き覚えのある声がした。


小山内おさない!!」「はっ、はい」


「何をボ――っと突っ立ってんだ?なあ」

彼が、また来たのだ。今や班長どころか部長に昇進するという噂もささやかれる。


業務中にボ――っとしていた俺にも非があるとはいえ、俺はサンドバッグ程度に彼の怒りをぶつけられた。彼のほうから切り上げる形で説教は終わった。


は~ああ。もう仕事も終わるか。残業もやらせてもらえないんで残業代もつかずに

安月給で将来を組み立てている。

それでも、無駄遣いをしない程度に俺は食っている。

「・・・ん?」そんなことを考えていたら・・・・


ぐぅぅ~・・・

「腹減ったなあ・・・・」


俺は独身ながら、両親とともに二世帯住宅に住まう、典型的な大人。

家事はもちろん、炊事も親のスネかじりでやってもらえる。

だから、我が家でテーブルを囲んで食事をするのもいいけど、

今日は、外食でがっつり旨いものを食べて、上司に怒られたことを忘れたい。


「だ~れかさがさなくちゃなあ・・・」俺のこだわりは、知っている人と一緒に、

飯を食べることだ。一人で食べては心細いこともあるし、みじめになる。


定時を終え、工場内の別の部署から出てきた同僚を呼び止める。


「ねえねえ、ドンちゃん。聞きたいことがあるんだけど・・・」

「あ、よぉ小山内くん。なに?」

彼は、福士ふくし大地だいち。俺より3つ年下の同僚。愛称はドンちゃん。

それは、気分が高ぶると「ウホ」と言葉を発するからだ。


「これから晩飯食べようと思うんだけど、一緒にどう?」

「あ~ごめん、俺ちょっとこれからカノジョと・・・」

「彼女とメシ行くの?」

「うん」

丁重にことわられた。こいつには彼女がいたっけな。

いつ結婚してもおかしくない。むしろ、友達として応援している。

「そうか、そりゃ残念だ」と、俺。

「そーいえば、小山内くん。誰かと食事したいなら、うってつけの人

 紹介しようか?」


―――――――


ドンにそう言われ、俺のとなりには、ひと回り年上の先輩。

「いこうぜいこうぜ、小山内ちゃん」

「は はい。」

とにかくテンションが高い先輩。山岡やまおか亮太りょうた。32歳。

そのテンションの高さは、今流行はやりの、「空前絶後」なあの人に似ている。

名前を、なんと言ったかな。確か、サンライズ・・・ちがうな。えーーと、


「イッエェェェ~~!!小山内ちゃ~ん、すぐ近くにファミレスあんじゃん?」

「ちょっとちょっと、山岡さん、人だかりできちゃいますよ?もう少し、

ボリューム・・・」


「え?ああ。ボリュームあるもん食べよ?俺けっこう食ふといから。」

俺は、何も答えず苦笑いでうなずいた。

俺は、声のボリュームをさげてほしい、と頼もうとしたのだ。


ここは、メニューがリーズナブルなファミレス。

特に、今はチーズハンバーグが390円で食べられる。いわゆる、

サンキュー(39)価格だ。


俺と山岡さんは、それをふたりで注文した。と、いっても単品ではなく、

サイドメニューにご飯とスープをつけた。ハンバーグがお値打ち価格なだけに、

それがこの店の狙いなのだろう。不思議と、悪い気はしなかった。


鉄板はアツアツのまま運ばれてきて、その上には・・・輝かしい銀紙ぎんがみ

何かがつつまれていた。そう、まごうことなきハンバーグだ。

専用のナイフで、中身の気体でふくらんだ銀紙を、そっと、切るようにやぶく。


ふわぁぁ~。・・・・じゅぅぅぅぅぅ。うまそうな匂いが解放される。

ハンバーグの上には、分厚く溶けだしたチーズが広がっている。

肉のまわりのソースは、デミグラスソースのようだ。

一緒に入っている具材は、にんじんのグラッセと、フライドポテトと、

ブロッコリーだった。なかなかよろしい。


さて、勇気を出し、ナイフとフォークで細切こまぎれだ。


あふ、あふ、ほぅ、ふぅっ。

もむもむ・・・

うん。たっぷりとチーズをかけた濃厚なハンバーグ。にもかかわわらず、肉本来の肉汁が負けていない。

また、俺は同じような手順で肉を切る。今度はチーズとソースをたっぷり肉に

からませて・・・

ほぉ~ら・・・・

あふ・・・んっ・・・・・・・うまい。

もぐもぐ、と子供の頃によく言われたように、30回ほどものをんで味わった。

それに、近くに山岡先輩がいることもあって、安心感が出てきた。

それにしても・・・あの日、俺を気遣ってくれた恩人は、だれなんだろう・・・


少なくともドンちゃんではない。敬語で話すような仲じゃなかったし・・

第一すぐに気付く。

山岡先輩は・・・失礼だけど、候補にすら入れていない。

食べながら、そう考えていたら、先輩から話を切り出した。


「ね、ね、小山内ちゃん。俺さ、もうすぐ33なのにまだ彼女いないんよ?

どう思う?」

「そうなんですか。まあ・・・一緒に頑張りましょう」

「ひょっとして、小山内ちゃんに彼女って今、いる?」

「いえ・・・いませんけど。」

「あ、別れたか。」

話聞いとれ。居ないって言ったろ。

とにかく、俺の今の恋人は、食べ物かなあ・・・なーんてな。


それから30分ほど、俺と山岡先輩は、食事をしながらいろいろなことを

話した。職場では、部署が違うため滅多めったに話をすることはない。

だが、これを機にいろんなことを知ることができた。

うちの部署の班長の評判ひょうばん・・・うちの町工場が来月、国外に新工場を

建てる予定だとか。


「ご馳走様でした。」「いやいや、いいって」

食事代は、先輩が支払ってくれた。ありがたい。

そうして、また近々飲みに行こう、と気前よく向こうが誘ってくれた。

これは伏線ふくせんになりそうだ。

この人には、なんだかんだ頼れる存在になると思う。

この人はなんでも知っている。俺はその時、直感した。

―――この人なら、あのまぼろしのヘルプの人について知っているのかも。


俺は、あらためて先輩に一礼し、お互いに別々の道を歩いて帰った。


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