モラトリアムメシ
黒田真晃
第1話 人にやさしく ~ラーメン~
「んっん~んん・・・」
決してこれはいかがわしい声をあげているのではない。
背伸びだ。
その時、反射的に出てしまう声だったのだ。
俺、
こんなにも長い時間ルーティンワークの繰り返しだと、さすがに気も
そんな野望が心のどこかで生まれ始めたとき・・・
やばい。
何者かに、ガン飛ばされたような気がする。それは、この職場を巡回中の上司
だった。
仕事をサボタージュしたことで、彼の機嫌をそこねるような事態にはしたくない。
俺は、くちびるを噛んで作業を続ける。
――――――――――――――――
いよいよ
さて、あとは作業日報に今日の業務連絡を書き留めて提出するだけだな・・・
俺は、休憩所の横長の
これは、
それをうのみにして、俺は3日ほど前、ショッピングモールの文具店でこれを購入
した。そして・・・・記入を始めようとしたら、
―――カシャン。
シャーペンが床に落ちた。
「・・・あっそ」
これは、俺の声だ。中二病のやつだったら、
「シャーペンちゃん、ごめんよ大丈夫?」とか
こいつらを使う側だから、心配などする必要がない。
そうつぶやいた後、シャーペンを手に取りなおして、紙面にペンを置くと、
先ほどまで3㎜ほど出ていた芯が、見事に折れていた。
「・・・あっそ」
二回目だ。
てか、詐欺だ。このシャーペン。
――――――――
俺、小山内洋一は、生まれつきモノには厳しい。だって、その大半悪いのは
モノであるからだ。俺だって、人間
製造者にまで感謝して使う。
そんなモノローグを言っていたら(ダジャレじゃないぞ?)
・・・ぐうう。
「腹減ったなあ・・・・」
25にもなって、小学生のような空腹の表現になってしまった。
ようし、今日は親の許可付きで外食をしてきていいことになっている。
俺は、すでに職場の外にいた。これから夜は、自由の身だ。食べに行こう。
しかし、どこで食べるべきか。
そんなことを考えていたら、後ろから聞き覚えのある声が。
「あれ、小山内くんじゃないの?」
それを聞いた俺は上機嫌になっていたのか、
「ありゃ、ドンちゃんじゃないの~」と、若干オカマ
「これから帰るとこ?」彼がきくと、
「うん、これから食べてくとこだよ」と、俺。実は、彼とは
前々から一緒に外食でもすることを約束していた。そのため、
「じゃあ、これから一杯・・・いっとく?」と、ドンが言う。
これはチャンス・・・と思えた。決してやましいことじゃない。
一人で食べずにすむチャンスなのだ。
「おう、よかったらご馳走するぞ?」
「そんな悪いよ・・・俺も出すから」
年上だから、というわけじゃない。俺の長所は、人にやさしいところだからな。
彼は、
といっても、俺より4つも年下。
それは、俺と違って彼は高校新卒採用で入社したからだ。
だから、人生の後輩ではあるが、同じ年度に入社したため、同期ということになる。
俺とドンは、ふんけいの
え?なんでドンちゃんって言うかって?
彼は、俺とおなじく食通で、中でも
だから、ドンちゃん、ドンちゃん、って俺は呼んでいる。
カツ丼、天丼、親子どーん。(古い)
―――――――――
そんなこんなで、俺とドンは町中で食べるところを探した。
居酒屋でも、と思ったけれど、すこし出遅れたのか、どこも
人だかりがすごい。満席で、一時間待ちが多かった。
「どうする?」と、ドンが言う。当然、居酒屋は候補からはずれるだろう。
俺も、少しの間黙り込んでいたけれど、
「・・・・あ」
俺は、秘密兵器を持っているのを思い出し、それをふところから出す。
「にやり。」
「あ、それは・・・・」
この
1枚しかないけれど、拍子抜けするなかれ。
これ一枚で、3つまで注文したメニューが割引されるのだ。
―――――――――
「お待たせしました、
若い女性の店員が、お盆にラーメンを二人分持ってきた。
提供時間は、注文からわずか10分ほどだった。
「今日は、混んでなくてよかったな、ここ」と、俺。
「ウホ。ついてるなあ」と、ドン。
ここは、俺の行きつけのラーメン屋、
俺が極旨醤油なる醤油ラーメンを、ドンが極旨味噌なるラーメンを頼んだ。
俺は、
もやぁ、と生まれたての湯気が顔をつつんだ。
基本、インスタグラム用の写真など撮らない。インスタをやっていないし、第一
そんなことに気をとられて食べる時間が過ぎてしまう。
さあ、食べよう。「「いただきまーす」」と、俺たちの声が重なり合った。
まずは、王道の麺からいこう。スープから飲むと、ヤケドのおそれがある。
ふーふー・・・ふー、・・・ずずず、ずっ。
もむもむ・・・・うん、この太ちぢれ麺。ちゃんと卵が練り込んであって・・・
何より、コシがあって、うまい。
ずずぅぅ、ずぅ、ずぅ。俺は、
俺と向かい合って食べているドンは、もう具に手をつけていた。
そうだ、バランスよく食べないと・・・俺は、とりあえずチャーシューに箸をのばした。チャーシューの形は、まれに見る横長式で、やや厚みがある。
こいつは、大口を開けないと食べられそうにない。
あーーーぐ、・・・むっちゃむっちゃ、・・・うん。やはりうまい。
肉の繊維を感じるホロホロ感、もちろん、ジューシー感もある。
他の具材も食べた。・・・ホウレンソウ入りか。ホウレンソウがあると、野菜を
そして・・・味付け卵。これは、子供のころ食べられなかった。
今食べると・・・あむ・・・ん~~~・・・うっとり。
表面の甘酸っぱさと、半熟の黄身のコクがいいハーモニーを生み出す。
どうしてこんなうまいものが食べられなかったのだろう?
さて・・・次はスープだ。危惧していたもので、遅くなってしまった。
申し訳ない。
背脂がスッと浮かんだこげ茶色の液体に、レンゲを沈ませる。
レンゲの中に流れ込んだ分、俺はスープを慎重に口へはこんでいく。
ちゅーちゅるるる・・・・ゴクッ。
んーんまい。仕事のあとの一杯に値するうまさだ。見た目は味が濃そう
なのだが、後味すっきり、ダシが効いている感じのスープだった。
俺は、何度か前述の動作を繰り返し、スープを飲む。
やはり、ラーメンは無言で食べるに限るな。そのことで、俺とドンが会話をかわす
のは、食後、店を出たあとだった。
―――――――――
割引したとはいえ、結局代金は、自分が注文した分を、
「ありがとうございましたぁ!」
男の店員の
外は寒い・・・もう冬か。厚手のコートを着ている者たちが街を
行き交っていた。俺たちもそうだが。
俺とドンの会話は、俺から切り出した。
「あのさドンちゃん・・・」「なあに?」
「俺さ、うちの姉貴、もう結婚してウチ出たからさあ・・・
姉貴の部屋、
来てくれよ。その部屋、使ってもいいから。」
と、いうさらにフレンドリーな関係をきづきあげようとする初めての《こころ》試みだった。
だが、ドンは・・・
「あー、そうしたいんだけどさ、俺んち、今彼女がいるからさ・・・
なんか寂しくさせると、あいつ、うるさいからさ。」
「あ、そうか。」
ドンには、幼なじみの彼女がおり、ご両親の反対を押し切り、わざわざ
ドンの実家に住まわせてあげているとか。
それに比べて俺は・・・先をこされてしまっている。
でも、別にいいんだろう。友達が幸せならそれで・・・
「そんならさ、なんか彼女さが喜ぶようなことしてやれよ?ちゃんと。
たとえば、プレゼント贈るとかさ・・・」と、俺。
「んー。それもいいけどさ、俺の場合は、それはとっといて、
普段は手っ取り早いことするよ。リップサービスとか・・・」
ふうん・・・ん?
「リップサービスって、どんなこと言うの?」
「んー、例えばさ、照れくさいけど・・・”後片付けがすんだら、早く
ベッドに行こうよ。早く終われるように、俺が手伝ってあげる”とか・・」
「ふーん。そっか。で、ベッドに向かわせるときは?お姫様だっことか?」
「いやいや・・そこまではしないよ、ははは・・・」
ふーん・・・あ!!
「ど、どうしたの?小山内くん。」
「ドンちゃん、先帰ってて!俺、会社に忘れ物した!」
「え、そ、そう?じゃあ、気をつけてな。また明日会社で・・・」
「うん、おやすみ!」
俺は、ロケットスタートのように、勤務先へ突っ走った。
―――会社にリップクリームを忘れてきた。
思い出した理由は、ドンちゃんとの会話の中にあった。
とにかく、あれがないと俺の唇はカッサカサだ。
そのうち、ひび割れて血が出て・・・ア”―――ッツ!やだ!!
勤務先の町工場まで、とんぼ返りしてきた。夜勤と交代制の仕事なので、
まだ工場は開いていた。
さっきの休憩所にあるはずだ・・・その休憩所には、誰もいなかった。
当然、みんな業務中で、機械の近くにいる。
えーと、リップクリームリップクリーム・・・・あっ、
あった。
無くなって居なくてよかった・・・・
俺は、ぶつくさ独り言をいいながら、と言っても
「まったく君はどこまで俺をコケにすれば気が
リップクリームに言い聞かすようにして、それを手に取った。
俺は、再び外へ出る。
不思議と、寒くなかった。丁度いい気温。
それは、先ほど必死で走って体が
食後の運動は体に良くない。今後、気をつけよう。
さあて、明日は何を食べようかなあ・・・・
✰この小説はフィクションです。実際の個人、団体などとは関係ありません。
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