第4話

姉貴が『死ぬ』


頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。それでも姉貴が助けようと吹き飛ばした兵士を助けるために魔法を使う。姉貴には間に合わない。助けようと手を伸ばしてもすでに遅いのだ。

パニックになりそうな感情をすべて押し込み、追撃を防ぐため防壁を張る。

しばらくしても燃え盛る炎の中から追撃は来ない。防壁を張ったまま俺は炎に向かい駆け出した。

まだ間に合うかもしれない。もしかしたら、姉貴なら自分の身くらい魔法で守れているかもしれない。

縺れそうになる足を必死で動かしながら、駆ける。


炎の中から何かを横抱きしながらこちらへ歩いてくる、人影が見える。

抱かれているのは、姉貴だ。遠くからでも見間違えることはない。


「安心しろ、ゾルガ。アウニは生きている」


よく響く声。朧気ながらも、その声はよく知っている人の声だと脳が告げる。


「イグザス!! 」


自分の口からすらりと相手の名前が出たことに驚いたが、姉の容態のほうが心配だ。

俺よりも頭一つ分背の高いイグザスの顔を見上げ、姉の容態を尋ねる。


「火傷を負ってしまったようだ。すまない、間に合わなかった。アウニは生命力も強い。もうすぐ目を覚ますはずだ」


イグザスの言葉通り、姉貴の体はところどころ火傷を負っているが、致命傷ではない。そして、5分もしないうちに、姉貴は目を覚ました。



「遅くなってすまなかったな。アウニ。私に会うことなく死ぬ気だっただろう。約束を守らないのは感心しないぞ」


まだ意識のはっきりしていない、アウニに微笑みかける。アウニの声が聞こえ、駆け付けたらこれだ。全く心臓に悪い。


「ラミーユは無事? 」


自分も怪我を負っているのに他の心配をする姿に、相変わらずだと苦笑が漏れる。


「あぁ、おかげさまでな。全くこのガキ、自分のほうが危ないってわかってんだから、あんな無茶するんじゃねーよ。俺がこいつに殺されるところだっただろうが」

「イグザスの唯一の友人であるあなたを、見殺しにするわけにはいかないでしょう? イグザスを慕う竜は多くても、対等に話せる相手はあなただけだから」


大きくため息をつき照れ隠しのようにそっぽを向くラミーユを、不思議そうにゾルガが見ている。

どこから来たのかわわかっていないようであった。


「説明はあとでいいな? ゾルガ。いまはここを離れよう。アウニの治療が先決だ。竜の国へ行くぞ」


私は竜の姿になると3人を背に乗せその場を後にした。



国へ帰ると私は即座に、戦線を国境付近まで下げ防戦に徹底した。


「あの緑の竜が、ラミーユ!? で、でも首取られてましたよね? 」

「全く、まだまだだな。ゾルガ。あれは簡単な幻影魔法だ。さすがに首までは取られたりしねぇよ。瀕死だったのは事実だがな。アウニがあの一瞬で回復魔法を使ったんだ。自分が死にそうになってるってのによ」


ラミーユがジト目でアウニを睨みつけるも、どこ吹く風とでもいうように涼しげな表情を崩さない。


「マリーの固有魔法も受け継いでたんだな」

「母さんみたいにホイホイ使えないけどね。いざという時のために魔力を温存しといてよかったよ」


カラカラと笑った後、アウニは表情を引き締める。


「イグザス、私は国に帰るよ。馬鹿なまねをする王を止めなければいけない。勝ち目のない戦は民を疲弊させるだけだからね」

「待てよ、姉貴。まだ怪我も治ってないのに何言ってんだよ」

「国では今、私が攫われただのなんだのと言ってまたあの馬鹿が騒いでいるらしいから。これ以上面倒を増やされても困る」

「……私も王宮まで一緒にいこう」


三者三様の驚きの表情を見せながら、その理由を問うてくる。


「不毛な争いを終わらせるためには、直接話したほうが早いだろう? 」


にやりと意地悪気な笑みだったと後日ラミーユに言われた。

こうして、私もともに人間の国へ行くことになった。もちろん付いて来ようとしたラミーユは留守番だ。



王宮は私が帰ってきたということで、てんやわんやと騒がしくなっていた。誰も見も知らない男が同行していることは気にしない。


「おぉ!! よく無事でいたな、アウニ。ノルフも心配していたぞ」

「アウニ。その怪我はどうした? 竜のやつらにやられたのか? 」


幾分か興奮した様子でノルフ王子が私に近づいてくるが、ゾルガがそれをけん制するように私の前に立つ。今にも喧嘩をふっかっけて行きそうな勢いだったので、それをなだめる。


「騎士たちが私の命令を無視したために負った傷です。竜は何も悪くありません」

「ずいぶんと竜の肩を持つではないか。どういうことだ」

「どうもこうもありません。今すぐこの勝ち目のない戦をやめるべきです。そして、竜と交友関係を築くべきです。これが最後の警告です。もしこの言葉を受け入れてくださらないのであれば、……あなたに反旗を翻します」


私はゆっくりと剣を抜き、王に剣先を向ける。周りにいた兵士がざわめきだし戸惑っているようだ。そのざわめきを一括するように騎士団長が声を出す。


「いくらお前でも、その行為を取り消すことはできん。死ぬ覚悟があるということでいいんだな? 」

「姉貴が死ぬ? 団長では姉貴は殺せませんよ。というよりむしろ殺させません」

「二人とも待つのだ。私からアウニを説得させてくれ」


さらに一歩歩み寄り、私との距離が縮まる。手を伸ばされれば触れてしまいそうな距離だ。


「アウニ、考え直してくれ。竜の国さえ倒すことができれば、私たちに平穏が訪れるのだ。どうか協力してほしい」


伸びてきた手をよけるように、一歩後ろに下がる。


「今のお言葉に対し、言いたいことは山ほどありますが……私の意見が変わることはありません。ノルフ王子」


さらに間合いを詰めようとした王子と私の間にイグザスが割り込む。


「私は竜の国の皇子、イグザス・ハーク。初めまして、ノルフ王子。そして王よ。この度、私がこの地を訪れたのは和解を図るためです。皇帝より、此度の件に関しまして全権を委ねられております」

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