第2話


「無事お帰りになられて何よりです、イグザス皇子」


 落ち着かなさそうにアウニがあたりを見回す。迷子になられては困るので、アウニの手を引き部屋まで案内した。



「弟は無事に保護されたようだ。今、連れてきてもらっている」


 ほっとしたように、アウニの顔から緊張の色が消えた。私はこの時までアウニが緊張していたのだと、気づくことができていなかった。


「お姉ちゃん!! 」

「ゾルガ!! 」


 まだ幼い少年が涙をこらえながらアウニに抱き着く。アウニが何度も自分自身に言い聞かせるように「大丈夫、大丈夫」と声をかけているような気がして私は胸が詰まるような感覚に陥った。


「イグザス、本当にありがとう。いくら感謝しても足りないぐらいだ」

「気にするな。もとはといえばこちらに非があるのだ。好きなだけここに滞在してくれればいい」


 嬉しそうに抱き合う二人の姿を見ていると自然と頬が緩む。

 二人にはしばらくここでゆっくりしてもらうように伝え、来客部屋へと案内する。



「お姉ちゃん、この人と仲良しなの?」

「あぁ、仲良しだよ。たくさんの魔法を教えてくれてたんだ。ゾルガが大きくなったらお姉ちゃんが教えてやる」


 そんな二人の会話を数歩後ろで歩きながら聞いていると、突然ラミーユが隣に現れる。


「お前が女を連れて帰ってきたと噂で聞いたから来てみれば、ただのガキじゃないか。あんなやつのどこがいいんだ?」

「……どんな風に噂が広まっているのかは知らんが、お前が考えているようなことはない」

「おいおい、自覚なしかよ……」


 最後の一言が聞こえなかったが、友の呆れた顔を見てろくなことは言っていないだろうと判断した。



 国に帰って数日したころ、地方にいたマリーの家族から連絡があった。

 二人に会いたいというものだったのでアウニに伝えると快く了承してくれた。

 翌日、会いに来たグランデ家の人々と初対面とは思えないほど打ち解けた様子を見せ、安心した。



「これからどうするのか決まっていなければ、ここにいてもいいが……どうすんだ? 」


 膝の上で寝ているゾルガの頭を優しくなでながら、どこか遠くを見つめるようにアウニは考え込む。


「そこまで甘えさせてもらうのは悪いよ。ここで生きるのも一つの手かもしれないけどね……私たちは竜に変化できない」

「そんなこと、気にしなくてもいいだろう。誰かが何か言うようなら、私が何とかしよう」


 くすくすと笑みを漏らす彼女に首をかしげる。


「ありがとう。でも、やっぱり……ここを出るよ。まだ、ゾルガがおばあちゃんたちと居たいって言ってるからもう少しここに居させてもらうつもりだけどね」



 彼女達がここに来てからの日々は本当ににぎやかであっという間だった。



 グランデ家の人々と別れを惜しみ涙を我慢している弟を抱きしめ言葉を交わすアウニもどこか寂しげでそれでも強がっているような気がして思わず声をかける。


「……国に帰って何をするか決めたのか?」


 すっきりとした表情を見せるアウニに、それが強がりの表情だとしても、何か言うのも野暮な気がして、結局あたりさわりのない言葉をかける。


「騎士団に入ろうと思う。魔法も使えるようになったし、そこらの男に負けることはないだろうからね」


 彼女にはとてもぴったりなものだろう。騎士団という男所帯の中でもへこたれず高みをめざすはずだ。

 少し黒ずんだ感情が胸の内に芽生えるも、私は頭をふる。


「似合いだな。騎士たちに指揮を執るところまで想像できる」

「そうなれるといいんだけどね」


 アウニとゾルガが馬車に乗り込む。

 御者が馬を走らせる。


「またいつでも来るといい。私たちはいつでも歓迎しよう」

「絶対来るよ。そしたらゾルガに魔法を教えてあげて」


 大きく手をふる二人が見えなくなるまで、私はその場に立ち続けた。


「お前なぁ、あっさり返しやがって……。人間の男にあいつが取られたらどうするんだよ」

「何を言っているのかわからないが、あの子たちは私たちと同じ竜の血を引いている。人間よりもはるかに寿命が長いだろう。仮に人間と結婚したとしても、残されてしまうのだ」

「そこをかっさらおうってか? お前、そんな奴だったか……? 」



 ラミーユの言葉を無視し私は自室へ戻る。

 私もアウニたちに負けないよう、よき王となろう。



 ―――また会う約束があんな形で果たされるとは、私もアウニも思っていなかった。


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