ドラゴンと少女の話
水原緋色
第1話
それはある仕事の帰り道。
日も暮れかかり、川の近くで夕食の準備をしていたころ。
夕食づくりに参加させてもらえず、暇を持て余した私は川の上流へと向かって歩く。
元の姿に戻れば一日もかからずに国へ帰れるのだが、そんなことをすれば人々を無駄に怖がらせてしまうことになる。それはいけないと人の姿でいるが、やはり時間がかかりすぎてしまうように思う。
それでも三日程度なら寝ずに動け、夜目も効くため一日に移動できる距離は人よりも多い。
10分ほど歩いたところで、目の前に大きな湖と滝が見えた。
木々に囲まれ人の気配など全く感じられないそこには、様々な動物が出入りしている。
私は滝の近くまで来るとそこへ腰を下ろす。顔を洗い、水を一口飲む。ふと小さな人影が目に入った。
夕食の片付けを無理矢理手伝っている最中、救護テントとなっている私のテントがやけに騒がしくなった。
「おい、何事だ––––」
テントに入ると目の前に少女が小型ナイフを構えていた。
「目が覚めたか、よかった。気分はどうだ? 腹が減っているなら、用意できるが」
「来るな!! お前は誰だ、名乗れ。なぜ私をここへ連れてきた」
ルビーを思わせる赤い瞳に、白銀に煌めく肩より少し長い髪。既視感を覚える。
「イグザス・ハーク。竜の国の皇子だ。湖のほとりで怪我をして倒れているのを見つけて、放っておけるわけがないだろう」
少女の瞳が一瞬、光を浴びる。
少女はナイフを下ろし、短く非礼を詫び頭を下げテントを出て行こうとする。
「君、奴隷商人に捕まったんだろう。魔法印は消しておいた。家まで送ろう」
「……! なんで消した!! 唯一の手がかりだったのに、なんで……」
「落ち着け、もう我が国には連絡をしている。商人は国に着いた途端に捕まるはずだ。違法行為だからな」
いくらか落ち着いた少女の腹の虫がなる。
「どんな状況でも腹が減るのはいいことだ」
一週間ぶりの食事だという少女には固形物はあまり良くないだろうと、スープのみ食べさせた。
少女は黙々とスープを口に運び、満足したのか小さく息を吐く。
「兄弟が捕まったのか?」
「アウニ・バルティ。弟が1人。名前はゾルガ。両親ともに他界。村では厄介者だった。食いぶちを減らすために、売られたんだろう」
「アウニくらいの歳なら、魔法が色々と使えるだろう。なぜ捕まった?」
「両親の方針だよ。魔法を使わずとも生きていける力をつけろってね。15歳になるまではろくに魔法を教えてもらえなかった。15になって少しした時、事故で死んだ。だから使える魔法は、魔法を無効化することくらい。そのかわり、武術や剣術は色々と教えてもらったけど。そもそもドラゴン5人に対して、私の武術なんかや半端な魔法なんて通用しない」
自嘲気味に笑い近くにあった石ころを遠くに投げる。
理不尽に負けない強さを与えたいとその時に思った。
「国まで一緒に来るといい。その間、俺が魔法を教えよう」
驚きで目が見開かれ、けれども嬉しそうに頷いた。
国まで一か月ほどの長旅ではあったがアウニは疲れた様子も全く見せなかった。
「根を詰めすぎるのはよくないぞ、アウニ。少し休め」
声をかけなければ、教えた魔法を一日中反復練習している。さすがにそれを見かねてか従者たちもアウニのことを気にかけているようだ。
「イグザス、そろそろ新しい魔法を教えてくれ。もっといろんな魔法が知りたいんだ」
目を爛々と輝かせている姿に、私も断ることができないでいる。攻撃魔法や防御魔法ばかり教えてくれと強請るのは、弟を守りたい一心なのだろう。
それにしてもアウニの魔力と魔法適正は人間では到底あり得ない。それに、赤い瞳というのも人にしては珍しい。私の中で疑問が確信に変わっていく。アウニがドラゴンの血を引いているのではないか、という確信に。
その疑問を解消するため私は単刀直入に聞いてみることにした。
「そうだよ。父は人間、母はドラゴン。ドラゴンに変化することは出来ないけどね」
案外あっさりと認められる拍子抜けしてしまった。
けれど、隠さないということはもう1つの疑問にも素直に答えてくれるだろう。
「アウニの母の名は、マリー・グランデか?」
「知ってるの?」
「あぁ、私のお世話係だった。アウニはマリーによく似ている。陽だまりのような人だった。悪戯もよくされたがな」
くすくすと笑う姿に既視感を覚えるほど、本当に二人はよく似ていた。
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