第3話 第一部 南方編 岐嶺高原1891年7月12日-2

「いかん!魔動騎、交戦命令下の隊を除き各隊散開!繰り返す散開!テホ結の可能性あり!」

 慌てて麾下隊への命令を伝える中尉の声を聴きながら少佐は胸の中央に氷の柱が埋め込まれた様に感じた。


 単相では無かった。


 蘇(スー)中尉の見立て…更に言えば先行した大隊偵察隊が間違って居たのは確かだがそこにソレが潜んでいた事を推測出来る様な兆候は彼の目から見ても皆無だった。

 テホ結…扶桑人が拵えた共通符丁で中規模の魔法使用結合体を意味する。感染体達が身体の一部を互いに融合した結合体の総体の姿は見えず魔法を放った訳では無いが形状挙動から朱(ツィ)の経験がそう囁いた。


 極めて危険な状況だった。

 中規模結合体の魔力は四座収束機に匹敵する。

 魔法がどの様な発現をするのかは分からないが標準的な威力の範囲魔法を放つなら中隊で直撃に耐えられるのは魔動騎だけだ。狙撃タイプなら彼らも危うい。


 槌の頭に魔力の煌めきが集中しそれはやがて緑ののたうつ蛍光ガスの竜とでも言うものに変化した。それは空に放たれふらふらと上空を彷徨ったかと思うとこちらに目掛け急降下して来た。


 衝撃が走り指揮騎が揺れる。

 中尉が歯を食いしばり悲鳴を堪えるのが分かった。

 至近で展開した灼熱の魔法場は既に交戦を始めていた幾体もの感染体を巻き込んで十人近くの兵士を消し炭に変えてしまった。

 戦いの興奮の中にある支援隊の歩兵達の戦意は消えて居なかったがそれでも中隊の一割近い人員がこれで失われてしまったのだ。


 各自浸透を行うよう下士官達が叫ぶ。

 乱戦となって犠牲が多くなるがこの状況では仕方が無いだろう。


 見れば魔力が再び槌の部分に集中し始めていた。


「魔動騎先任!今動かせるのは?!」

「直ぐにもう一騎が!」

「つまりまだ貴様だけなのだな!」

「申し訳有りません!ミスが連続して…」

 呉(フー)大尉は無能な将校では無かった。

 慣れない騎体で悪戦苦闘している部下を叱咤する余裕は無かった。


「貴様と俺で結合体への突入経路を啓開する。残機は三騎分隊を形成して後、その経路を使用して結合体を襲撃せよ…自律機隊は全て結合体を目指せ…歩弓兵も交戦開始!林(リン)少尉!指揮は貴様が取れ」

 予備隊に居る先任歩兵士官に後を任せると若干の追加の打合せをし少佐は共鳴のレベルを上げ襲撃側面に向かって機動躍進を開始する。


「中尉、悪いが付き合ってもらう」

「…はい…」

 緊張がそのまま出た中尉の返答に朱は苦笑を浮かべ、獣魔の小集団をやり過ごす様に指揮騎を跳躍させた。


 最初にコロニーに突入したのは呉大尉の騎体だった。

 時速80キロを超える速度で防護付法を幾重にも重ねた魔動騎は破城槌の様に触れるものを粉砕しながら灰と炎で敷き詰められた大道を作り上げた。

 数十体の魔獣の一群に支援用の刻印器から放たれた炸裂魔法を打ち込み吹き飛ばすと目標までの道を塞ぐ者はもういなかった。


 目標とした地点の付近には二体のオーガが進出していた。

 二体をルート上に捉えると大尉は最初の一体から僅かに進路をずらし通り過ぎざまに矛を一閃させる。

 共鳴によりオートマトンを大きく上回る魔力を持つ魔動騎の一撃により半ば胴を両断されたそれは更に加えられたエーテル体同士を共鳴させて破壊する破砕術を加えられ四散した。

 破砕術によって浄化術のキャリアと化した巨大化感染体の肉片骨片は付近の感染体の肉体にめり込み“延焼”させていく。


 そのまま速度を維持して次のターゲットに向かった大尉の騎体はしかしそこで転倒してしまう。


 魔法の直撃を受けたのだ。


 付近の感染体を巻き込みながら炸裂した魔力の塊は地面を掘り返し魔動騎の脚部を捕らえてしまった。

「…損害軽微なれど失速。目標は維持」

 悔しげな大尉の報告が入るが朱は安堵していた。

 魔力の発現形がこれ一つとは限らないが直撃でも範囲攻撃では魔動騎を撃破出来ない事が分かったのだ。


「俺もそこに向かう」

 一撃で撃破されないなら戦力を集中させた方が良い。

付法は抜けなくても炎熱系の魔法は何度も喰らえば熱による障害が現れかねない。しかしそれはまだ先の話だ。

ここで経路を確保しなければそれを心配する事も出来なくなる。


 上空を弓兵の放った矢が通り抜けて行く。

 林は弓兵に結合体の魔法生成器官を狙わせる事にしたようだった。槌頭にいくつもの炸裂魔法の花が咲く。

 ただそれは防護魔法も構築しているようで攻撃は大して成果を上げていない様に見えた。


 感染体を矛で薙ぎ払いながら大尉騎に追い付くと既に二体目のオーガとの格闘が始まっていた。

 状況に誘引されたのか他の巨大化感染体も接近して来たがまだ時間がある。腕を焦がしながら大尉の矛の柄を掴んだそれの背後に接近するとそのまま此方の矛の切っ先をガラ空きの背中に突き立てる。


「私の方が付法レベルが高いので左翼側二体を相手にします」

 燃え上がる感染体が倒れる前に呉が提案をして来た。


 残った三体は全てこちらに向かって来ていたが元いた位置の違いから二体と一体のグループに分かれていた。

「いや、二人で一体を攻めようじゃないか…あちらを落としても一応進路は確保される」

 新たな位置から村落内の状況を再確認したところそちらの障害を除去すれば中央部へは問題なく進入出来る事が分かった。

 中心部の感染体は次々と結合体に吸収されていて連中の密度は此方よりも低くなっている様だった。

 木で出来た家畜小屋程度の障害は魔動騎の突撃には問題にならない。

 障害としては先程の様に突撃経路を魔法で掘り返される事だが散開して突入すれば少なくとも二騎は衝撃力を維持したまま結合体を襲撃出来るはずだ。


 そちらを確保した後じっくり二体を料理すればいい。


 想定される中で最大の脅威である魔法による狙撃を回避する為に跳躍を含む機動躍進で二騎のケーラーB.Ⅳが巨大化因子感染体に接近して行く。

 旧型機の為に躍進速度は突撃速度に比べてかなり遅いがそれでも直ぐに目標付近に到達する。


 …しかし此処でもまた邪魔が入った。


 それは聞き慣れた蘇中尉の焦った声でもたらされた。

「左翼管制官、魔法の直撃を受けて管制不能…指揮権の再確立を図るも応答せざる機体複数!…錬金操式で…」

「詳細はいい!努力を継続!」

 戦闘開始を邪魔されてついイラついた声で報告を遮ってしまった。


 中隊指揮官が直接戦闘を行わなければならない状況だと言う事を分かっていないのか?

 その思いも共鳴した騎体を通じて息を呑む中尉の様子を感じた事から生まれた罪悪感もすぐに捨て去った。そして目前の敵に意識を集中する。


 相手は地面から抜き放った立木で武装していた。

 只の樹木なら魔動騎の武装の一撃で粉砕されるが…

「…侵蝕が始まっていますね」

 共に対峙する大尉が忌まわしい真実を口にした。


 複相化のとば口にこのコロニーはあったらしい。

 完全に複相化する前に掃討を開始できたのは幸運なのか不運なのか?

 もし事前に分かって居たなら間違いなく野戦収束機か戦闘錬金術師を随伴出来た筈だ。

 自前の高価な機材を出し惜しみするのは今回の作戦に従事した各国部隊に共通の傾向だった。

 代わりに兵士の命が失われるのは問題が無いのだろうか?


「私が拘束しますので少佐は側面から…」

「了解した」

 今度は提案を了承した。


 呉は矛を地面に突き立てると長剣を引き抜いた。

 近接戦での取り回しを重視したらしい。

 大振りに振り回される因子感染体と化した巨大な棍棒を剣で受け止める。

 浄化式と反応した樹皮が濛々と煙を上げ破砕術を通された一部が弾け飛ぶがそれは形を保ったままだった。因子感染体は元々の素体の性質を強化する事が有る。

 樹木などはまるで武器として使い易い様に硬度と耐性が強化される事が多かった。


 少佐は徐々に位置を変えながら矛を振るって大尉を支援した。

 しかしこの個体はかなり俊敏でその度に大きく飛び退って状況をクリアする。

「八六なら逃がさないんですが…」

 大尉の口から白瓏の新型機の名前が出る。


 朱は攻撃の代わりに大きく跳躍して背後に着地をした。

 そのオーガは咄嗟に対応できず再び飛び退る。

 障害物からその方向を予想していた彼は同時に跳躍する。

 連続した急激な駆動に保護付法の魔力の供給が間に合わず各所が軋みをあげる。

 しかし正面で相対する事になったものの感染体はバランスが取れず朱の一撃を躱しきれなかった。

 矛の刃先が突き刺さる肩口から因子と浄化魔法が反応し消滅する時に発する激しい熱が発生しその肉体を焼く。

 感染体が生木の棍棒を取り落す。


 しかし破砕術は不発に終わった。

 付法レベルが全身を焼き尽くすには不足しているのだ。

 そいつは咆哮を上げその異様な棍棒を抱え直した。


 幾本もの根が蛸足の様に拡がり指揮騎に因子で硬化した穂先を突き立てようと向かって来る。

「く…」

 朱は騎を後退させるが延長するそれは生き物である事を主張する様にのたうちながら彼を追い詰める。

 蘇中尉の抑えた悲鳴が耳に入る。


「哈!」

 そこで白刃が一閃して蠕動の為に硬度の低下した根本を裁断した。

 斬り放たれた木製の生きた大蛇達が白煙を上げながら炭化して行く先に僚騎の姿が見えた。


 そのオーガは幹の残りを抱えたまま距離を取りこちらを異様な色彩をした瞳で睨み付ける。


 正に睨み合いの状況だった。

 既に予定時は過ぎている。


 分隊からの報告は無かった。


 このままこの個体を拘束し続けるだけでも一時的に経路の確保は出来るが、後続の魔動騎分隊の準備が遅れた場合は残りの二体が集結して危険な状況に成りかねなかった。


「分隊準備どうだ?」

 少佐は後続とのリンクを再び開いた。

「二騎の準備が終了せず!追加の80秒が最低でも必要…」

 既に遅延が発生しているのに状況は更に悪化していた。

「深刻な状況か?」

「いえ!しかし法撃回避の機動の為、共鳴レベルが安定せず刻印魔法構造体の形成に遅れが…改善はしているのですが」

 高い魔力を持つ対象に付法レベルが満たないまま突撃させる訳には行かなかった。


「大尉、一騎でこいつの拘束は可能か?」

「問題ありません!」

「蘇中尉、左翼自律機隊の状況は?」

「依然二機と連携を確立出来ませんが三機は管制を回復しました!」

 接近する残りの二体は左翼側に位置していた。

 左翼オートマトンの現在位置からはそれほど遠くなかった。

「俺は二体の拘束に回る。左翼残機はその支援を行え」

 二人の士官から肯定の返事が返る。


 その途端タイミング悪く魔法が落下してくる。

 対応して散開するものの直撃の衝撃に激しく揺さぶられる。ただ範囲に魔力をつぎ込んだらしく指揮騎の付法レベルでも何とか耐えられる。

 しかしレベルの低下した防護付法の再建の為に全体の付法レベルの向上はお預けを食らう形となった。再建途中でもう一度喰らえば機能障害が出始める可能性がある。

「楽に仕事はさせてくれんらしい…」

「人間相手よりはマシですよ…誰が敵かはっきりしてますからね」

 呉がリンクを通じて呟きを拾ったのか生意気な言葉を返してくる。

「…野営地では言うなよ」

「了解です、少佐!」

 そのまま棍棒野郎に接近する大尉騎を尻目に機動躍進を使い離脱する。


 二体のオーガは多数のグールを引き連れてこちらに向かってきた。連中がルートを塞ぐ形にしない為にはもう少し前進せねばならない。


 この騎で誘引出来ればもう少し状況を改善出来るのだが…

 頭の中で一旦交戦を行いオートマトンの接近路に離脱する案を立てる。

 歩兵達とはまだ距離があるしオートマトンに向かうならこちらには更に好都合だ。


 そうと決めると最後の大きな跳躍を行いグール達の前に立ちはだかる。

 その中に数体、中隊の兵士だった姿を認め低くうめき声を上げてしまう。中尉の反応は知りたくも無かった。

 軽機甲で耐性は上げてあるもののこれだけの乱戦になればこうした事態は避けられない。

 もし今魔神が現れて収束機の対抗魔法によるカヴァーを与えてくれるなら連隊司令部の将校全員の命と引き換えにしても良い位だった…いや、それは余りにも虫が良過ぎるか。


 掬い上げるように矛を振るうと鎧を身に着けた個体を避けてグールの一体を引っ掻ける。それは引き裂かれ燃え上がりながら吹き飛び一体の巨大化個体の首に纏わり付く様に張り付く。

 不快気に咆哮を上げたそれは腕で振り払うと燃え止しを地面に叩き付けた。

 此方を睨み付ける蛍光する眼には確かに怒りが感じられる。


 再び跳躍を行い纏わりつこうとするグールを振り払う。


 何か首筋にチリチリとしたものを感じた。


 センサーに影を感じ姿勢を低くすると上部装甲に鈍い一撃が加わり姿勢が崩れてしまう。


 地響きを上げて前方に転がる先ほどのオーガが見えた。

 同時に跳躍して追って来たのか?

 …怒らせ過ぎたのかも知れない。


 此方が立ち上がると同時に向こうも立ち上がった。

 挟撃の形となってしまっている。

 特に問題なのはすぐ後方に迫る残りの連中だった。


 突撃支援用の単発の刻印器の存在を思い出す。


 移動軸をずらすように側方に後退すると探知部に仕込まれた指向性のある魔法構造体凍結済の刻印器を後方の感染体の群れに向ける。

 突っ込んでくる前方の巨大化感染体を矛で牽制しながら構造体の解凍を行う。

 制御構造体まで組み込んである独立型刻印器は術者の魔力の限界とは無関係に使用できるが術者が魔力の供給を出来ない為予め魔法を立ち上げ”凍結”と呼ばれる特殊な処理をして永続化が図られる。

 術者のエーテル体と一体化するような防護付法や身体魔法には使用が難しいが単発の攻撃手段や空間防御としては有効だった。ただ同じ刻印に予算を掛けるなら付法レベルを上げる方が優先されがちなので”オモチャ”を満載して魔動騎を独立刻印器の架台化する案は選択肢として外される傾向にあった。

 ただこの作戦では供与されなかったがオートマトンを魔法砲台化させるタイプは存在している。

 この旧式のシュバルトミュンデ製の騎体にも一器しか装備されて居なかった。


 炸裂魔法が仕込んであった刻印器から陽炎にも似た爆心が群れに向かって放たれる。数瞬後なぎ倒されバラバラに吹き飛ばされたグールによって燃える石炭をばら撒いた様な地獄がそこに現れた。


 その中、よろよろと立ちあがった生き残りのキコ単に抜刀した指揮騎が攻撃を仕掛ける。


 矛は掴み掛かろうとする後方のオーガに受け渡した。


 感染体が触れれば燃え上がる魔動機の武器は彼らには保持できない。手放せば魔力の供給が途絶するので魔法構造体はいずれ失われるがそこに魔力が保持されている限り浄化魔法は効力を発揮し続ける。


 案の定後方で苦鳴と共に武器が投げ出される音がする。


 生き残りへの攻撃は一撃で、という訳には行かなかった。


 下段から刎ねあげる様に突き出した切っ先が右腕を斬りおとしたもののやはり破砕術は不発で”延焼”も起きなかった。

 残った腕で騎の腕の基部を捉えられる。

 そして怒りに震えた頭突きで因子と反応した防護付法の強度が一段下がってしまう。

 更に後方の巨大化個体が組み付くために突進してくるのを避けるようと距離を取らざるを得なかった。


 四つの人外の瞳と睨み合う。


 …と、右腕を失った個体が何かを見付けた様に目の前の何かがぶちまけられた様に変色した地面を睨み付ける。

 そこからは瘴気の様なエーテルの歪みが立ち上りじくじくと何かが滲み出していた。

 オーガは膝を突き残った左手をその地面に突っ込む。

 そしてその手をじりじりと引き上げると丸で地面に大きな地虫が埋まってでも居たかのように菌糸の纏わり付く泥と石の塊が次々と引き出されてきた。

 そいつは天恵だとでも言うように空を仰ぐとその一端をを失った腕の根元に押し当てた。

 周囲のエーテルが掻き乱され不快な瘴気が立ち昇る。


 すぐに菌糸は広がりオーガの胴を侵蝕しはじめたのだ。

 そこでは葉脈の様に因子で汚された表面が脈動をしている。


「ぐ…」

 冷や汗が流れる。

 魔動騎の防護付法もその背筋がそそけ立つ様なエーテルの変化を全てシャットアウト出来た訳では無かった。

異なる由来を持つ因子が複合すればするほど感染体の魔力は上昇する。内奥の欲求に従って怪異な進化の過程を踏み出した奴は高揚感のままに四肢を振り回す。複相化の厄介な側面が具現化しつつあった。


 歓喜の声を上げたそいつに朱は反射的に攻撃を行おうとした。


 そこにもう一体が立ち塞がる。


 胴に刃がめり込む鈍い音がして斬撃が命中する。しかし速度の乗らない一撃に深手を負わせる威力は無く一旦退かざるを得なかった。


 反撃とばかりに対手が追い縋り襲い掛かる。

 かなりの速度だったが冷静さを取り戻した少佐は破砕術を諦めて斬撃に乗る術式に魔力を集中する。


 対手の首が飛ぶ。


 一旦退避しようとした指揮騎の胴に白煙を上げる対手の残骸が抱きつこうとする。その様な事がある事を知っている朱は僅かに後ろに騎の姿勢を逸らしぎこちなく動く感染体の腕を躱す。


 しかしそれは確実に騎の可動範囲を狭める事になった。

 抵抗力を失い燃え上がる感染体の向こうで胴に接合した不気味な粘菌の塊を振り上げるオーガの姿が見える。

 それは石塊や何か骨の様なモノを取り込みずるずると鞭か鏢の束の様に伸びていった。


 朱はキャノピーを叩き潰そうと轟音を上げて振り降ろされたそれを可能な範囲で回避するが、仕切れずそれは右腕基部を直撃し防護付法を貫通した。

 鏢の様に因子で汚染された石塊を抱えた粘糸の群れが何本も装甲表面に叩き付けられ破壊される。


「ぐおおお…」

 痛覚まで共有する訳では無いが感覚的に一体化した魔動騎へのダメージはかなりの心理的ショックを騎乗者にもたらす。

 その結果完全な機能停止は免れたものの衝撃で剣をとり落す。

 大きな利点を持つ共鳴のマイナス面だった。


 破裂した幾本かの力筒から保持液が漏れ出し右腕の出力がかなり低下したのが分かる。それ以上に深刻なのは防護付法のレベルの低下だった。

 累積した影響を回復仕切れずこれではグールや魔獣に命中を受けても本装甲を削る事になるだろう。関節部を狙われれば深刻なダメージを受けかねない。


 一旦大きくステップバックして攻撃範囲から離脱する。

 更に魔法を落とされるのを防ぐ為、機動を続けて位置を変える。


 そこに後続騎から連絡が入った。

「分隊突撃準備完了!」

 短いが希望をもたらす報告に大して朱は意に反した命令をしなければならなかった。

「そのまま待機…進路上に深刻な障害発生」


 大きく振り回され、地を削り空を裂く奴の石鎖の束はかなりの範囲に脅威を与えていた。

 それは後続分隊の突撃ルートを脅かし得る位置だった。


 他のルートを改めて見つけるか奴を排除しなければならなかった。


 利用できる状況を確認する。


 呉の騎はまだ拘束されていた。

 オーガの変異が進んだようで手間取っていたが既に相手の武装は解除したとの事だった。


 左翼自律機隊もあと少しの所に接近していた。


 弓兵は…全滅だった。

 直接結合体と交戦を続けていた彼らは魔法攻撃の標的となり続けたのだ。


「呉大尉、現格闘戦終了後は村落中心部に進出し最終経路の確保と第2突撃路が設定出来ないか確認せよ」

「了解」

「蘇中尉、直隷自律機隊を予定通り対象にぶつけろ…全機管制を回復したのか?」

「いえ、二機は未だ連携不能…何らかの理由で追随モードに遷移しているようです」

 悪くは無い。


 他の命令が無ければ基本的にオートマトンは僚機に追随するよう設定されている。全ての命令がキャンセルされているのだろう。

 攻撃を分散させる駒は大いに越した事はない。


 すっかり数が減った随伴騎兵を従え不揃いな二列縦隊で進撃して来た野牛達は躊躇いもせず石の鞭に身を晒して異形のオーガに立ち向かっていった。

 騎兵は散開して戦場に侵入しようとする生き残りのグールや魔獣を排除する為に哨戒を開始する。


 刻印槍を掲げる様に進む隊が攻撃圏内に入ると石鎖の連打を浴びる事になった。魔動騎の防護付法も貫通する威力の打撃を受けオートマトンの各所がへしゃげ軋みを上げる。しかし機体そのものの装甲と耐久性を厚く取ってある彼らはそれで機能停止はしなかった。


 先頭機は強引に突き進み巨人に真近に迫ったところで遂に腕ごと槍を弾き飛ばされ巨人の体当たりを受け転倒し動きを止める。


 石鎖が高く振り上げられこの地獄の様な状況とは対照的な青い空に黒々とした裂け目が幾本も入る。

 朱はそこに駆け込み打ち捨てられていた矛を逆手で拾い上げた。

 それに気付いた巨人が跳躍して大きく距離を開ける。

 そしてそのまま指揮騎に向かって石鎖を振り下ろす。


 朱はそれを無視して矛に魔力を流すと共通符丁で言うならボベ融と呼ばれるべき個体に向かって投擲した。

 直後に軌道から離脱する様に起動したが追う様に向きを変化させた石鎖が胴を守る様に差し出された左腕をへし折る。勢いを殺された石塊がそれでも激しく騎の胴部を打ち鳴らす。


 ほぼ同時に胸を矛に貫かれたオーガが苦鳴を上げた。

 そこに二本の槍先が突き出され肩口を縫い止められた変性オーガは石鎖を引きずる様にしか動かせなくなった。

 残った腕で槍を抜こうとするオーガとオートマトンの間で押し合いになる。

 その隙に朱は機能維持に必要最低限の魔法以外を切ってオーガに接近する。再び矛を残った右腕で掴むと残った魔力を全てつぎ込み破砕術を発生させた。


 ぼこぼこと奴の胴の表面が波打ち粘糸が燃え上がる。

 断末魔の絶叫を上げる巨大化感染体を屠ったのはオートマトン達だった。

 補助席から低い声で「操(コー)(くそ)…操(コー)…」と繰り返す声が聞こえる。

 刻印槍でめった突きにされそいつは遂に浄化魔法への抵抗力を失った。


 直前に魔法が別方向に放たれたのは確認している。

 ならば結合体の攻撃のタイミングには僅かに間がある。

 これなら突撃の邪魔をされる事も無いだろう。


「…魔動騎分隊突撃。目標は予定通り」

 朱はそう命令を伝えるとリンクを中断して大きなため息を吐いた。


 数刹那だけ…そうしたら共鳴の回復を開始せねば。


 緊張が急に解けたのか蘇中尉も笑いを含んだ動作をするのを感じる。

「ああ…指揮騎はこのまま自律機隊に随伴して進撃を再開する。いいな?」

 わざわざ確認を求めたのは中尉の声が聞きたかったからだろうか?

「了解です。その…痛みは無いのですか?」

「軍学校で幽気共鳴の影響に付いては習う筈だが?…まあいい…」


 そこで機体を揺るがせる打撃が加わり会話が中断してしまう。


 慌てて周囲の状況を確認すると朱は唖然としてしまった。

 オートマトンの一機が刻印槍を指揮騎の脚の関節部に突き立てたのだ。

「な!どうして?!」

 混乱した中尉の叫びが聞こえるが、担当士官に分からないものが此方に分かる筈もなかった。


 もう一機のオートマトンも槍を振り上げていた。

 あのまま突き出せば補助座が貫かれる事になるだろう。

 防護付法は切れ再建の目処は全く立っていなかった。


 ほとんど無意識に片脚だけの駆動でその槍先と相対する様に騎体の向きを変えていた。

 弱々しく槍を掴み取ろうと差し出された右腕はそいつの左腕で抑え込まれる。


 すすり泣く蘇中尉の声が聞こえる。

 朱少佐の最後の思考はやはり彼女は軍人に向いて居ないな…と言うものだった。 

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