第2話 第一部 南方編 岐嶺高原1891年7月12日-1

 捲き上る砂塵を踏み分ける様にして黒々としたシルエットの隊列が前進して行く。


 4メートルを超す巨体に甲冑を纏い対因子戦闘用の刻印槍を並べたその兵士達は生物では無かった。

 須郷力筒と呼ばれる人工筋肉で駆動され、錬金術によって遠隔制御されるオートマトンと呼ばれる半自律型戦闘魔動機だ。現代の戦場の主役の一人であり、もう一方の主役である魔動騎(マギナリーシヴァリエ)の突撃に抗堪して戦列を維持する役目柄、大型化したその姿は巨人と言っても差し支え無かった。


 それを指揮騎の複晶眼越しに見送った公会議合同派遣軍隷下の白隴(バクロン)連隊第2中隊指揮官の朱慶政(ツィチンゼン)少佐はため息を吐いた。


 今回の作戦の為に供与されたシュヴァルトミュンデ大公国のボルネミッサLa.Ⅵは特徴的な衝角の形状から"野牛"と白隴の兵士には呼ばれている。

 些か旧式ではあるが信頼性が高いとされた古強者はしかしこの南方の荒蕪地では苦戦を強いられていた。


 …戦闘にではない。


 それは敵とも言えない極めて微細な存在に対してであった。

 この地方特有の乾いた粘土質の土壌から発生する極めて細かな土埃に対して精密な可動部品の組み合わせである魔動機が脆弱である事が判明したのだ。

 ここと似た気候のラドスタンの紛争地帯で彼らと何度もやり合った事のある朱には野牛が柔な機体では無い事は分かっている。やはりシュバルトミュンデに供与された魔動騎も旧型だったがそれだけに信頼性は高い筈だ。

 整備隊の慣熟に時間が足りなかったのは事実だがこの機体の制式採用をした事のあるアキタニア大公国の部隊も苦労をしているところを見ると原因はそこに有るとは考えられないと言うのが合同部隊司令部の見解だった。

 その後、同じ華夏系同士で地元の噂の入りやすい白隴大公国の部隊にはこの高原が元々魔動機泣かせの土地であると言う情報が入って来たが後の祭りだった。


 しかし現地で作戦を開始してたった数日の間に魔動機の稼働率は見る見る落ち込み既に三割近くが稼働不能となったのは言い訳の出来ない事態だった。今日の出動でも彼の中隊は連隊野営地に4体のオートマトンと一騎の魔動騎を置いて来なければ成らなかった。


 それでも14機のオートマトンと指揮機を含んで5機の魔動騎を出撃させる事が出来た。目的は大隊偵察隊が発見した因子感染体のコロニーに対応する為だったが、当初の目標が発見出来ない状況では単に部品を磨り潰して稼働率を低下させる為の作業にしか思えなかった…


「蘇(スー)中尉…前方の状況を報告してくれ」

 朱は後部の補助座に座る中隊魔動機主任管制官に様子を尋ねる。


 報告されたポイントに接近したため歩兵に比べて俊足のオートマトン隊を先行させたのだ。オートマトンとの幽気連結(エーテルリンク)によって彼らと感覚を共有する中尉には先行したオートマトンの情報が入る筈だ。

「やはり因子感染体の低活性中規模複合単相コロニーですね…グール、それから類型ジミ獣を確認…単純発現型のみ…いやキコ単も5…7体確認…いずれもグール変異」

「そのまま縦隊を分進させて包囲しろ…付近にその他のコロニーは確認できないか?」

 オートマトン部隊への指示を出しながら最も聞きたい点に付いての質問を付け加える。

「いえ…構成、状況から考えて村落内で発生した感染体による拡大化集団の可能性が高いと思われます…」

 そのまま下位のオートマトン管制官に指示を送る中尉の答えへの失望を隠して朱も指揮機の幽気連結(エーテルリンク)機構を使ってリンクを維持中の魔動騎と伝令に指令を伝える。


…まあ、作戦継続と言うわけだ。


 コロニーの確認されたなだらかな渓谷に向かってオートマトン隊が進撃し手前の稜線を越えてゆく。権限委譲された騎乗の魔動機管制官と隊付きの装甲騎兵達がそれぞれの隊に随伴する様に前進して行った。

 そして後方から軽機甲(ライトアーマ)を装備した歩兵と搬送馬車を降りた魔動騎の混成部隊が混合隊形を形成して行進を開始した。その脇を弓兵達が縦隊のまま進み追い越して行く。

 魔動騎と騎乗オートマトン部隊、歩兵、弓兵を含んだ混成中隊は収束機(コンヴァージェントマギナリー)こそ配備していないものの高い作戦能力を持っている。報告にあった程度のコロニーだったら問題なく殲滅出来る筈だった。


 ただこうやって汚染域で発生したコロニーを潰して回るのは本来現地軍か冒険者達の役割だ。列強の派遣軍が相手をするのはその先、混沌嘯(サージ)と呼ばれる因子汚染体の大群か相変位領域などの組織的対応の求められる脅威の筈だった。今回の作戦でもこの南方の辺境地帯の高原に混沌嘯が出現したと現地の列強の領事会から報告があった為に緊張の高まる南方情勢をおして合同派遣軍が組織されたのだった。

 しかし、混沌嘯は事前の報告にあった地域では作戦開始と共に忽然と消え失せた様に見付からずその他の地域は現地の軍閥のサボタージュで捜索の騎竜兵が足留めを喰らった事も有り作戦の進行は停滞していた。

 …いや、稼働率の急低下を見れば破綻しかかっていたと表現した方が良いかも知れなかった。


 作戦を主導した扶桑に騙されたのでは無いかと言う噂が駆け巡ったが、最大の部隊を投入した扶桑の部隊も混乱していて少なくとも現地軍のレベルではそうとは思えなかった。更に言えばその様な謀略で彼等が何を得るのかも判然としなかった…


 隊列を率いる様に前進を続ける指揮騎がなだらかな稜線を越えると視界内に汚染体のコロニーが入ってきた。

 高原を覆う砂埃のベールに半ば隠れる様に佇む地元民の村落の残骸の間を動き回る夥しい影が見える。

広漠とした荒野の風景はそれでもある種の美しさを伴っていたが因子汚染体の群れは物体と言うより其処だけ空間が歪んだような奇妙な印象を与えていた。畸形化したパースの狂った生物が蠢き自然では有り得ない様な色彩を放っている。

 極彩色の様々に変異した人型はかつて人だったグールと呼ばれる類型だ。その回りを嘗て羊や犬だったであろう形状の感染体、先程中尉がジミ獣と符丁で呼んだ獣魔が彷徨く。

 植物や非生物への感染は見られず発現型もごく単純な種類…単相と呼ばれる形態だ。因子は単一の性質を持っている訳でなく様々な感染形態や発現形態を持っている。

 因子対策の進んだ西方の組織は彼等に対して共通の符丁をもって識別している。

 このコロニーは視界に入った存在に反応せず(低活性)、複数の種類の類型を含み(複合)、単純発現型やキコ単と呼ばれた巨大化変異のみと言う余り特異な発現の見られない因子感染体で構成されていると判断された。

 一般的に混沌嘯は変異が加速度的に進み複相となる。この村落が混沌嘯の一部ならもっと様々な形態の因子感染体が存在する筈だった。


 …それでもあれに慣れる事は無いな。


 朱が独り言ちると蘇がそれに応える様に口を開く。

「中隊長殿、眉に唾を三度塗るとコロニー接近時の頭痛が軽くなるって話ですよ」

「それは幾つかの地方の卑説が混じっているな」

「でも兵士達は信じている様ですけど」

「蘇亜菖(スーイアチャン)中尉、君の胸に付いている白竜徽章は何かね?兵士達の動揺を鎮めるのも士官の職務なのだが」

「…し、失礼しました!」

 地雷を踏んだ事に気付いた中尉がおろおろしているのが感じられた。

 白竜徽章は対因子作戦に一度従事した事を示す徽章だ。中央で新編された今回の派遣部隊には対因子従軍徽章持ちが少ない。必ずしも充分な経験とは言えないが実戦経験を持つ士官が兵士の噂話を信じ込んだ様な言動をするのは冗談でも問題だった。

「…以降気をつける様に」

 とは言え戦闘直前に長々と説教をする訳にも行かない。

 魔術関係の士官は技能開発の関係から年齢が若くなる傾向があり管理上の問題となる事が多かった。彼女とは新編時からの短い付き合いだが能力そのものは有るものの軍人としての適性が高いとはお世辞にも言えなかった。

 朱は話を切り上げると部隊に注意を戻した。


 攻囲の完成にはまだ時間が有るが魔動騎突撃の準備を開始すれば直ぐに時間を消費してしまうだろう。

 供与されたケーラーB.Ⅳはかなりの旧型で突撃発起までにかなりの準備が必要となる。コロニーが視界内に入ると直ぐに準備をさせる事にする。

 本当はもう少し前進して発起距離をコンパクトにしたかったのだが…


「中隊魔動騎停止…幽気共鳴(エーテルレゾナンス)に入り突撃準備を開始せよ」

 朱はキャノピーから顔を出し発語しながら同時にリンクを通じて突撃準備を命じる。


 慌てて歩兵が護衛の横列を組み四騎のオートマトンより一回り小さいより機械的な印象を与える人型のシルエットの魔動機が跪坐く様に動きを止める。より新型との協働に慣れた白隴の兵士に取ってこのタイミングでの突撃準備は唐突な印象を与えた様だった。

 隊列に若干の混乱が生まれる。


 朱はそれに直接号令を掛ける事によって収拾を計った。突撃支援の為に歩兵三個分隊を抽出して縦隊で前進させる。


 見る間に混乱が収束してゆく。


 しかしそこで蘇中尉がおずおずと言った調子で報告を上げてくる。


 さっきの叱咤で萎縮しているのを感じる。

 心の中で少佐は再びため息を吐いたがその内容は深刻なものだった。

「左翼自律機隊の先頭機が作動不良により移動不能…隊列に混乱が発生しました。左翼分隊行進停止」


 オートマトンのコントロールは一人の管制官が複数を見る。

 行進中は通常先頭機を操作しそれに従機が従う形で機動する為、隊列の組み替えに若干の時間を要する。慣れた機体なら問題なく移行出来るがこの作戦では供与機体を使用している。

 様々な思惑で決定された供与機による作戦だったがここに来てその齟齬が現れて来た。


「…その他の隊は予定の行動を継続。左翼分隊は隊列の再建を急げ!」

 後方の横隊と蘇中尉に聞かせる様に指示を出す。


 そこで少佐はコロニーに動きが発生した事に気が付いた。


 停止したオートマトンの隊列に向かって傾けた麻袋から麦粒が転がり出る様にパラパラと感染体が駆け出したのだ。

 舌打ちした朱が指示を出す前に左翼隊も気付いたらしく各機が回頭して応戦の構えを取るのが見えた。騎兵集団と管制官が一旦距離を取る様にオートマトンの背後に向かう。

「このまま交戦に入っても良いですか?」

 確認を取る中尉に肯定の返事をするとキャノピーを閉じ支援隊に随伴して前進を再開する。


 細かい機動は先程の混乱で難しい事が判明したし、どう言う理由で誘引したのか分からないが一部が突出して此方の攻撃正面に移動中の横腹を晒すのはチャンスだった。弓兵が配置に着けば相当出血させられるに違い無かった。


 戦闘は支援可能な位置に弓兵が到達する直前に開始された。


 まるで隊列を迂回するかの様に先頭機に迫る因子感染体の群れに合わせて前進しながら10メートルほどの間隔を取って相対した6機の"野牛"に犬か狼をカルチャライズしたかの様な姿の魔獣が飛び掛かって行く。

 それに対応してオートマトンは一斉に刻印槍を薙ぎ払う様に振り回した。


 攻撃平面を指定しただけの単純な指示だったが、引っ掛かった魔獣達が傷口を燃え上がらせながら弾き飛ばされる。

 刻印の浄化術式に耐えられなかった個体はそのまま全身に延焼して灰となって行く。耐えられた個体も胴や頭部を両断されジタバタと体液を撒き散らしながら泥にまみれて這い回る事となった。

 残りのすり抜けようとした連中も管制官に個別にマークされ刻印槍の穂先に貫かれて灰となる。


 感染体の第一陣は一掃された。


 直ぐ後方に自然に形成されたグール主体の第二陣が迫る。

 グール達や足の遅い魔獣達に加え冒険者達がオーガと呼び共通符丁でキコ単と分類されるオートマトンを超える大きさまで巨大化したグールの変異種も二体含まれていた。


 回り込みに対応して偶然にも擱座機を囲む様に並んだオートマトン達は傷付いた仲間を守っているかの様だった。

 五月雨式に迫る元家畜達が次々と灰になる内に溢れた麦粒が山を成し始めた。


 そこに準備が終わった弓兵の放つ誘導刻印矢の一射目が到達する。

 それらは弓兵の誘導で選択的に比較的大型のグールに向かう。誘導用の大きな矢羽根を付けた矢が次々と異形の人型を貫いた。炸裂術式と浄化術式を組み合わせた矢の魔法は一撃でグールの身体を四散させ燃え上がらせる。

 攻撃が集中した巨大化個体は一体には大きな影響を与えられ無かったが一体が脚に大きなダメージを受けたのかよろよろとよろめく様に徘徊するばかりとなった。これなら二射目で弱ったオーガは撃破出来るだろう。


 幾つもの刻印を施し強力になった現代の弾体は撃っ放しにするには余りにも高価だ。安価な矢の雨で弾幕を作っても魔動機や練気術と軽機甲で強化された現代の戦列歩兵には通用しない事から、現代の弓兵は射程の長い強力な刻印矢を空力魔法と弓に装着された測量刻印器による幽気連結(エーテルリンク)で誘導して対象に必中させる事を目指す様になっていた。

 また誘導中は敵の遠隔攻撃を避ける為に退避姿勢をとる為、射撃間隔はかなり大きくならざるを得ない。

派手さは昔の戦場に比べて無くなったものの歩兵が持ち得る最強の攻撃手段である事は変わりなかった。


 それでも強力な個体が数を減じ弱体化した感染体の第二陣はオートマトンの反撃に擂り潰されて行く。


 ようやく数体のグールが機体に取り付き牙を突き立て、大石を振り上げ叩き付けるがそれだけでは錬金甲を打ち破るには力不足だった。

 因子感染体の接触は通常の生物に取っては致命的だが魔動機の人工筋肉は通常因子の影響を受けない。複相コロニーまで発達した場合は高い魔力と異相感染力の強化によって稀に感染が起こる事が有ると言われている。しかし表層硬化帯と錬金甲に包まれ組成の異なる人工筋肉は対生物に因子が媒体とする擬似リガンドに対応するレセプターが存在しないのだ。

 この時代の知識では細胞の受容体の情報は分からないが人工筋肉が生物に対して感染力の有る因子にはあまり感染しない事は知られていた。


 物理的に感染体に破壊され無い限り魔動機が討伐戦で失われる事は無い。だから対因子戦では魔動機が前面に出、軽機甲を装備した歩兵がそれに続くと言うのが一般的な戦術だった。


 取り付かれた機体が大きく機動し攻撃者を振り払い或いは槍の石突きで突き放す。そのまま刻印槍で叩き斬られグール達は燃え崩れた。ようやく到着した巨大化グールがオートマトンの戦列に到着して格闘戦に入る。

 矢でダメージを負ったのか動きも緩慢で既に数回の刻印槍の打撃を受け肉は焦げ至る所から煙を上げていたが、それでも戦列のそこには穴が出来ていた。

 その隙に幾体かの感染体が機体の間をすり抜ける。

 そして数の圧力を増したコロニーの突出部はオートマトンの戦列の正面の幅を超える様になった。


 浸透し迂回して溢れてくる感染体達が集中する様に動きを見せた。


 そこに喚声を上げながら戦斧を振りかざした随伴騎兵達が襲撃を掛ける。

 練気術と補助装甲で強化された突進による力積が集中した斧の刃が悪魔じみた容貌に変異した魔獣の身体に叩き付けられる。

 燃え上がりながら吹き飛び、転がりながら灰となって行く感染体を踏み付けるように騎兵たちが蹂躙して行く。

 すぐに弓兵達の二射目と相まって突出部の先端が刈り取られたが、依然として感染体はそちらに惹きつけられていて村落部からの流出は続いていた。


 コロニーの感染体を全て掃討する為には包囲を抜ける存在を許してはならない。何故突出して来たのか分からないながらも左翼が攻囲の焦点となりつつあった。


「右翼は前進して包囲を完成させろ。予備分隊は右翼の補完を…」

 少佐は指揮機の視界を村落に合せ命令を修正する。

 魔動機の突撃準備の完成を待つつもりだった。指揮機と支援隊は弓兵の展開線を越えつつあり、生物や魔動機に反応する感染体の性向を考えればここで待機すべきだ。

 低活性と言えど至近距離まで接近した生物にはほとんどの感染体は攻撃的な反応を見せる。


 突出部で数を減らしつつ有るとは言え村落内には相当数の感染体が残っているのが見える。オーガ達もほとんどはこちらに残り崩れかけた家屋の上から顔を見せていた。


 村落の土壁の家屋は完全な障害物にならないとしても魔動騎の蹂躙の妨げになる。

 大型の個体の撃破には中隊の弓兵のみでは力不足だ。

 出来れば魔動騎の突撃による衝撃力を利用したかった。


 …もっと接近して誘引を行うか?


 と、意識を村落内に移した少佐の耳に再び中尉の緊張した声が飛び込む。

「左翼分隊更に一機擱座!」

「どうした?」

 自身も複晶眼の視界を移しながら緊張した声で確認する。

「突出部のキコ単と格闘中の15号機が打撃により運動器の機能不全に!」

 見るとオーガと格闘していた一体が膝を突き動きを止めていた。

 小さな感染体が纏わりつく様に噛り付いていたが奇妙な事にその機体を倒したはずの巨大化感染体も倒れ伏し半ば灰と化していた。


 …相討ちなのか?

 朱は戦闘の状況に疑問を感じたが、もう一体は既に刻印矢の二撃目で倒れており、巨大化感染体が全て撃破された左翼に救援は必要ないと判断し、支援部隊に前進を命令した。

 村落内の感染体に誘引を行う為だ。


 縦隊を形成していた支援部隊の歩兵達が横散兵に編成を変えて行く。

 本気で突っ込むなら縦隊のままで躍進させるが今は出来るだけ多くの感染体の注意を惹く事が目的だ。

 正面を広く取って行進する事が必要だった。


 朱も躍進準備の為、指揮騎と幽気共鳴に入る。

 感覚が拡大して指揮騎の人工筋肉のエーテル体と自身のそれが融合して行くのが感じられた。そしてその感覚はやがて指揮騎全体に拡大して行く。

 共鳴時に有効化される魔動騎の機構に刻まれた刻印が活性化していった。共鳴によって発生する魔力量の増大と拡大感覚による操作性の向上によって扱える補助機構のレベルも上昇する。


 まるで肌が直接外気に触れているような感覚が生まれるがこれは強ち錯覚ではない。各種機構を練気術で直接操作する為にフィードバックの量が通常の操作時とは段違いになるのだ。

 周囲のエーテルの位相の変化に居心地が悪そうに身じろぎする補助座の蘇の様子が分かるほどだ。


 突撃時の共鳴ほど立ち上げる錬金術式が多くないので躍進準備は部隊の再編中に終わった。

「共鳴中の魔動騎に乗り合わせるのは初めてか?」

「はい…騎乗部隊に居ましたので。何か獣のお腹の中に居るような…」

「なるほど…オートマトンとの連携に問題は無いか?」

「え?あ…連携確認。問題有りません」

「機種によっては制御盤のエーテル構造体と相性の悪いものがある。コイツは借り物だからな」

「…少佐は…あ、失礼しました」

 言い淀む中尉の様子に漠然とした違和感を感じながら多分そうであろう質問に答える。

「特に問題は無いな。機種の特性を読み込み切ったとは言えんが共鳴に違和感があるわけじゃ無い…若干消耗が早い気がするがこれは機の個性だろう」

「…はい…」

「ん…中尉左翼に注目!状況の確認を」

 そこで魔動騎の感覚器情報をダイレクトに受け取る少佐は左翼の状況に変化が起きたことを感じ取った。

「…感染体が擱座したオートマトンに集中…完全に制御不能となっています。原因はダメージの累積と担当管制官より報告が有りましたが…」

 左翼ではオートマトンの戦列に浸透した感染体が最初に擱座した機体に押し寄せていた。


 同じ位相の因子感染体は同種の存在により引き寄せられる。更に言えば生き物や魔動機の人工筋肉はエーテルを強く発しているために“目立つ”。

 感染体の素体の嗜好に引きづられる事はあるが感染体が生物や活動中の魔動機より擱座して活動量の低下した魔動機を特に狙うと言うのは奇妙だった。


 しかしこれはむしろ状況が好転したと言えるかも知れない。

 感染体が理解の及ばない行動を取ることは多々ある。

 対因子戦の経験豊富な朱少佐は理由を探して時間を浪費する事は避け、事態に対応する事を優先した。


「左翼に擱座機を包囲させて攻撃させろ…呉(フー)大尉!準備終了まであとどれ位だ?」

 魔動騎の先任将校に幽気連結(エーテルリンク)を通じて質問をする。

「全機終了まで2分弱!」

「…遅いな」

「二騎刻印起動時に若干の問題発生」

「その期限に全騎間に合わせろ…支援隊前進!機甲共鳴開始…穂先を掲げろ!」

 最後の指示は実際には通信盤を装備した下士官が部隊に号令を掛けた。


 兵装の使用余地を確保しながら相互に支援を可能にする為やや緊密な散兵陣を敷いた30名ほどの戦列歩兵達が前進を始める。

 軽機甲の普及で兵士の機動力が人体の大きさに比べて格段に大きくなった為に前世紀の様な肩を並べる横隊は姿を消していた。もちろん益々戦場で猛威を振るう収束機の範囲魔法で隊が一掃される危険を減らすと言う理由が一番ではあったが…感染体達には不要な理由だったが集中による攻撃力の増大より緊密な隊形を維持する為に失われる機動力の方を重視する考え方の変化の方が大きく指揮官が純粋な横隊や方陣を採用する事は滅多に無くなっていた。代わりに戦列維持はオートマトンに任せ縦隊や散兵陣を多用して支援や浸透、迂回戦術を取る事が歩兵の任務とされつつあった。


 この状況も特殊であるが魔動騎の支援任務であった。

 魔動騎の突撃発起のタイミングに合わせて経験から予想される低活性コロニーの活性化線に向かって隊を進ませる。

「蘇中尉、魔動騎が蹂躙を開始したら右翼自律機隊を躍進交戦させろ」

「はい!」

 前進しながら幾つかの命令を出す内にコロニーによるエーテルの位相の変化が顕著になって来た。

 魔動騎と共鳴している少佐に影響は無かったが外の歩兵には気分の良いものでは無いだろう…あの様な噂の蔓延る理由も分かる。


 面防を上げる不届き者が居ないか気になり確認してしまったがさすがそこまで緊張感の無い者は居なかった。


 左翼への感染体の流出は徐々に減少していった。

 反応する個体は反応してしまったのだろうか?


「大尉!状況の報告を!」

 現時点で最重要な情報の確認を行う。

「先任騎準備完了!残騎も予定内には仕上がります」

 落ち着いた大尉の声が返ってくる。

「宜しい!支援隊指定線まで躍進!」

 少佐が指示を伝え指揮騎が矛を振り上げると共に歩兵達が駆け出す。


 村落全体が揺れ動いた様に見えた。


 感染体達の動きが変わる。


 今まで無目的に徘徊していたグール達が何かに気が付いた様に辺りを見回し、魔獣達が興奮し不気味な雄叫びを上げる。

 朱も指揮騎を隊に随伴させながら奴等が動き出すのをジリジリと待ち受ける。

 やがて数体のグールがこちらに向かってヨロヨロと向かって来た。

 そしてそれを抜ける様に魔獣達が駆け出して来る。


「指定線で応戦せよ…キコ単が動き…」

 幽気連結(エーテルリンク)で命令を伝え様とした朱がそこである事に気付き絶句した。


「な…結合体?」

 後ろで蘇中尉が掠れた声で推測を呟く。


 村落の中央部の建物の陰から因子感染体の群れが尖塔の様に迫り上り出していた。

 それは繋がり合い高さを増し槌の頭の様な形状を取り始める。


 それはこの辺境の村落が本当の戦場となる合図であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る