オートマタ使いの狂想曲〜剣と魔法と魔動機(マギナリー)
お茶うけ
第1話 プロローグ
晴れ渡る夏の空の下、その街は滅んでいた。
下町の活気に満ちた石造りの街並みは今は見る影もなく、まるで巨人の鍛治師に打ち据えられた様だった。
赤い瓦屋根は悉く叩き潰され、白壁は折り重なる様に倒れるか瓦礫の山と化している。石畳の道は掘り返され崩れた建物から投げ出された様々な物、窓枠やらベッドやら鍋釜までありとあらゆるものが散乱していた。
なぜか其処だけ残された教会の鐘楼の聖輪を吹き飛ばされた街灯が貫き捻じ曲がり、奇妙な答えの無い知恵の輪を形作っている。
路地では投げ出された馬車が大きくひしゃげ、馬の姿は…かさついた白骨や灰の山の様なものが有るべき位置に転がっているだけだ。
…良く見れば同様な灰とも遺骨ともつかない塊はそこら中に散在していた。
視界内の唯一の生者である漆喰の塀の残骸の向こうに見える大きな樫の古木は大きく折れ曲り、裂かれた幹が路地の反対側の小間物屋を一つ叩き潰している。
そこは動くものも無い完全な廃墟であるかに見えた。
虚ろな気持ちでそれを見ていた俺は何か翳りの様なものが辺りを覆うのに気付いた。
見る間に砕かれた建物の壁面の一つに幾つもの腫瘍の様なものが浮き出す。
それは壁材の漆喰の様にも剥がれ始めの瘡蓋(かさぶた)の様にも見えた。その瘡蓋はシミが蔓延る様に徐々に壁面を覆いジクジクとした"傷口"から腐液を滴らせ辺りに拡がって行く。
そしてそれは半ば廃墟と化した建物全体を覆うと"立ち上がり"始めたのだ。
残った梁を腕のように振り回して地面につくと倒壊した家はレンガと組石を振り落としながら壁と木の柱を胴の様に引き上げた。
俺はその非現実的な光景に唖然として逃げるのも忘れて立ち尽くしてしまう。
それと共に押し潰された一家族の死体が露わになった。
それらが再び生命を持ったとは言いたくない動きでのた打ち回る。やがて移動する術を見付けたのか、蜘蛛の様に手脚を動かすと餌が動きだし慌てて逃げ出した地虫達を追う。そして腐り落ちた脇腹からはみ出た長く伸びる内臓で捕えて行った。
かつては俺と同い年の少年だった存在の虚な瞳と視線が合った時、ようやくパニックが襲って来た。
「あっ…あ、あ、…う…」
上手く口が動かない。
俺はある事を確認する為に口の周りの筋肉を総動員しようとした。
「…じ…ジャ…ン?」
しかし”それ”はそのようやくの呼びかけには何の反応も見せず吐き気のする虫取りに戻ってしまう。
その悍ましい動きに気を取られていた俺の背後に何かが立ち上り日の光を隠した。振り返った俺は樫の古木が昔の伝説の様に枝を振り回し、葉を揺らしこちらに迫っているのを目撃した。大枝の一本がその動きに耐えられなかったのか折れ飛び俺のすぐ脇の地面に突き刺さる。
その樹皮を見た俺は息を呑んだ。
節と言う節、樹皮の裂け目全てに無数の小さな眼が現れたのだ。
元々生命を宿して居なかったもの、嘗て死体だったもの…そして生きているものに入り込んだ“因子”はその存在の根本を歪めて別の存在に作り変える。それはその他の生命や存在を憎み、滅ぼすか同化するまで貪食を諦めない存在…
その、世界における最大の脅威が俺の生まれた街を襲った。
街は大きな被害を受け、慌てて招集された帝国憲兵(ジャンダルマリ)の因子討伐部隊が鎮圧をする。
しかし、街は封鎖されたままだった…全滅の噂が流れていた。
余所に用事で出掛けていた俺は難を逃れたがその話を聞き我慢しきれずに街に潜入したのだ。
ここには両親が、妹が、そして俺の恩師がいた。
諦められる訳が無かった。
だけど戻って街の街区を彷徨った俺は街が全滅して居る事を悟らずにはいられなかった。
生きているものは誰も居ない…因子に犯された存在は討伐部隊が一掃したのか遭遇しなかったけどそれが慰めになる訳では無かった。
討伐軍の哨戒中のオートマトンを避ける様に移動していた俺は自宅が完全に崩壊し誰の遺体も無い事を確認してから恩師の工房にやって来た。
そして討伐軍の掃討を免れ潜んでいた因子感染体に運悪く遭遇してしまったのだ。
枝の各所から因子で腐り果てた樹液が滲み出す。
それはまるで粘液の触手の様に伸びて俺に向かって来た。
「うわあああああああああああああ!」
俺は我慢できずに悲鳴を上げ泣き出してしまう。
因子に感染し悍ましい存在に作り変えられる…その恐怖でまだ子供だった俺は身動きが取れなくなってしまった。
それでも目を背け必死に俺は逃げようとした。
なんとか力の入らない下半身を引きずる様に動き始めた時に足に灼熱とも思える激痛が走る。
「ひいいい…」
再び振り向いた俺は右脚に絡み付く捩じくれて蔓のようにみえる枝先を確認した。そここから腐臭を放つ腐液が染み出し俺の足首を焦がしまとわりつく。
絶望が俺の心を覆った。
その刹那、白く光る閃光が目の前を走る。
枝は千切れ飛び、闇の色をした腐液は光に断ち切られ悉く消え失せてしまった。
変わって銀色の煌きが周囲に満ちる。
冷たい光の雪とでも言うべきものが静かに辺りに降り注いでいたのだ。
蠢くかつて樫の大樹の一部だった大枝が光と共に二分、三分して動きを止め灰と化す。
煌く光はまるで花嵐の様に激しく渦巻き散って行った。
そしてその向こうには長い髪を流麗に靡かせ三日月の様な長刀を振るう黒い影があった。
普通の人間と言うには細く滑らか過ぎる動きをするシルエット…
その時俺は理解した。
これは偶然では無いと…若しかしたら…恐ろしい考えだったけど…若しかしたら俺にも責任があるんじゃないか?
もしここを生き延びたら俺は真実を知る為に全てを賭けなければならなくなる。
…俺はそう悟った。
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