あなたのこと *
「ニールって何歳なんですか?」
隣合って座りながら、エルフィはニールに問いかけた。
家事が終わった後、日中は邪竜の気配でもして来ないかぎり、皆自由に過ごしている。
居間には丁度、エルフィとニールしか居なかった。
突然投げかけられたエルフィからの問いに、ニールは少し考えてから答える。
「年齢か、生まれてから今まで生きてきた年月ってことだよな。
転生してきたのも全部含めて、人間基準で考えると……」
ニールはぽんっと手を打った。
「四万と少しくらい、最初に生を受けたのが確か竜種が現れて三千年くらいの時だったんだ。もう聖竜信仰はあったはず」
「えーと、竜種が現れたのが五万年前なんですよね?」
「その考えが主流かな、それで行くと俺は古参の中に数えられる。
人が生まれてきたところは見てないけど、文明を築き始めたあたりから知っているよ」
エルフィは、ニールを見つめて満面の笑みで言った。
「ニールは結構お爺ちゃんなんですね」
「うーん、何かが刺さったような……」
この辺りに、と胸をさすったニールは苦笑いを浮かべエルフィの頭を少し雑に撫でた。
笑い声を上げた彼女は、髪がぐしゃぐしゃになるのも気にせず楽しそうだ。
冬も深まって、エルフィは外より暖炉の前にいる事が多くなった。
体の弱い彼女に皆が気を回して、暖かい場所を譲っているのである。
ニールに至っては自らくっついてエルフィを寒さから守っていた。
「竜は過去に執着しない生き物なんだ。
最初に生まれた時のことは朧気で……思い出そうと思えば出来るけれど。
竜は若くいたければ若いままだし、老いていきたければ老いていく。自由な生き物だから寿命の使い方もそれぞれだ」
俺は変わり者だから、他の竜と同じとは言えないけど。
ニールの苦笑混じりの言葉に、エルフィは呟くように返した。
「なんというか、貴方達を見ていると、人間がとても面倒な生き物だってわかりますね」
エルフィはあまり、人間が持つ面倒さを良く思っていない。
良い人がいれば悪い人もいる、誰かを害したり害されたりそういうのに、エルフィはいつも疲れてしまう。
聖竜達と共に過ごす中で、その縛られない自由な在り方を見ていると、羨ましく感じる時も多いものだ。
ニールはどこまで察しているのか、エルフィの髪を撫でつつ穏やかに笑った。
「人間は面倒だからいいんじゃないか、面倒な生き物だからこそ尊ばれる、きっと」
「……よくわかりません」
ニールの言葉に首を傾げるエルフィを、ニールは抱き寄せた。
大好きな人の腕の中は、この世で一番安全で、温もりに溢れていて良い匂いがする。
「分からなくても構わない。
エルフィはエルフィなのだから、自分の生き方を見つけることが出来れば良い」
「わたしはわたし……そっか、そうでした」
ニールの言葉がエルフィに齎すのはいつだって安心だった、そして正しさ。
時折、未来まで見通しているのではないかと思うほど、ニールは的確な助言をくれる。
四万を超える年月が彼に刻まれている証なのか、エルフィがニールに抱く想いが彼を信じさせる故かは分からないけれど。
エルフィはふと、ニールの顔を見上げて聞いてみる。
単純な疑問、ずっと気になっていた事があるのだ。
「ニールはなぜ、竜士がいないのですか?」
「……竜士になりたいって言ってくれる人はいたけど、断った」
エルフィの問いかけに、ニールは笑って答えた。
いつもの自然な笑顔じゃなくて、明らかに無理して笑っていた。
いつか聞かれると思っていた、とでも言いたげな瞳は、何かを怖がっていて、エルフィはその真意をどうにか察そうと一生懸命見つめ返す。
けれど──ニールみたいに上手には、エルフィには出来ない。
察せないなら、言葉にして聞くしかない。
諦めたような、仕方がないと受け入れるような笑みの向こう側を知る為に。
エルフィは、ニールの黒曜の瞳をのぞき込む。
「どうして、断ったのですか?」
エルフィの問いかけは、ほんの少し、ニールの心を抉る。
指先が震えるのを誤魔化すように、エルフィの手を握った──愛しい人よ、どうか君には笑っていてほしいのだ。
ニールは悲しみと、寂しさを宥めながら笑う、エルフィにはせめて嘘をつかない様に。
けれど、本当のことも、言わないまま。
「巻き込みたくなかったんだ、俺の願いに」
「ニールの願い?」
問いかけに、彼は答えなかった。
エルフィも、それ以上は聞けなかった。
誰よりも寂しがりやなひとが、孤独の中にいるのに近寄ってもあげられない。
繋ぐ愛情に偽りがないとしても、限りある命の自分では、彼の孤独に寄り添うことが出来ない。
今のエルフィには足りないものがあるのだ、それは勇気だったり、自らの選択を正しいと信じる気持ちだったりする。
エルフィはどうしても、後一歩を踏み込むことが出来なかった。
ニールはエルフィの想いを受け入れてくれたとき、竜士になれとは言わなかったのだから、それが全ての答えのような気がして。
寂しくて、何よりも彼が辛そうな事が悲しい、まるで独りぼっちみたいに。
せめて今は寂しくないように、ニールの胸に体を預け抱き締める。
だと言うのに、背中を撫でてくれる手に宥められているような気がした。
貴方の永劫にわたしは共にいられない。
──でも、もしかしたら。
ニールの竜士になれば、叶うのだろうか。
彼の孤独に寄り添える方法が。
四万年の時に刻まれた記憶と思い、築き上げられてきた全て。
途方もない彼方を飛び続ける銀翼にどうすれば届くのか、エルフィは考え続けた。
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