日常生活 *


 冷え込みは厳しくなってきたが、やっぱり早起きして迎える朝は心地いい。


 着替えて身支度をした後、朝に強いエルフィの一日は、皆を起こすことからはじまる。

 今日もやる事は沢山だ、畑も家事もそうだし、森へ狩りに出る日でもある。


 皆、エルフィが起こしにくるのを当てにしているんだから仕方がない。

 お寝坊な皆を起こすのは、いつの間にか出来た日課の一つだった。



 最初に扉を開け放ったのはルドーの部屋。

 整頓された本棚の奥にある寝台へと突き進んでいけば、穏やかな寝息が三つ。


 寝台にルドーと人の姿の双子がぎゅうぎゅうになっていた。

 ルドーは下敷きにされて埋まっている。


「ルドーさん起きてください。

 ほら、リリミミも……よいしょっ」


「だめなの。パパが力でないと起きれない……あうぅ」

「のー……むにゃむにゃ」


 エルフィはもう慣れたもので、まず姉のリリをベッドから抱き上げて下ろした。

 次にミミを、最後にルドーを発掘して揺する。


「ああ……エルフィありがとう。

 夜行性なんだ、ミミが……」

「二度寝しないで下さいね、今日は狩りですから」


 ルドーが何事か呟きながら起き上がったのを確認し、エルフィは笑顔を浮かべてルドーの部屋を出る、次はシャーナだ。

 すると丁度、廊下に部屋から出てきたシャーナの姿があった。


「シャーナさん、おはようございます。

 今、起こしに行くところでした」

「エルフィおはよぉ……ふわあ」


 小さくあくびをするシャーナの姿は、いつもより幼く見えて可愛らしい。


 口に出して言うと拗ねるので黙っているが、エルフィは姉御なシャーナがふわふわしている朝の時間が結構好きだ。

 台所に向かうシャーナを見送り、エルフィは居間の窓を開いて庭へと出る。


「ヴァンさん、おはようございます」

「おはよ」


 庭には竜の姿でヴァンが伏せっており、短くエルフィに挨拶を返した後、くわぁと欠伸をしながら言った。


「シャーナ、まだ起きてないでしょ」

「そうですねぇ、起きてはいましたけど、まだおねむさんって感じでした」

「やっぱり……竜士が起きなきゃ僕が起きれる訳ないんだよ……」


 ヴァンの言葉に、エルフィはなるほど、と納得したように頷いた。

 聖竜と竜士の関係は互いに「引っ張り合う」ものだとルドーが教えてくれたことがある。


 シャーナが完全に目覚めるまでは、ヴァンも眠気に勝てないらしく、彼は草の上で寝そべったまま動かなくなった。

 鼻の上に雀が乗っているのも気にならないらしい。


「……ニール?」


 エルフィはあたりを見回し、首を傾げる。

 庭のどこにもニールの姿が見当たらないのだ、普段ならヴァンの近くで寝そべって寝ているはずなのに。


 特に寝る時はどうしても人型が保てないからと家の中には絶対に入って来ないのだから。

 流石にニール程の巨体を見落とすはずがないので、空でも飛んでいるのだろうか。

 とエルフィは思ったのだが。


「んん? どうかしたか?」

「びっくりした、人型になってたんですね」


 エルフィに探されていることに気付いたのか、ニールが家の裏手から出てきた。

 畑の様子でも見てきたのだろう。


「おはようございます」

「おはよう、エルフィ」


 まだ寝むそうながらも笑うニールに、エルフィも微笑みを返した。

 今日も一日、良い日になりそうである。

 だってニールが機嫌良さそうに笑うから。



 ***




「なんか、あんた達が人型になってから家事が楽になったわね」


 朝食のあと、せっせと働く人型の聖竜たちを見ながらシャーナが言った。

 台所で、双子が楽しそうにはしゃぐ。


「リリお皿あらうの!」

「ミミはふくの〜!」


 シャーナの言葉に、ヴァンも洗濯物が入った籠を手に可愛らしい少年の姿で微笑んだ。


「シャーナに無理して欲しくないなって。

 あわよくば褒めて欲しいなって!」

「ヴァンはいつも素直ねぇ」


 ニールがヴァンから籠を受け取ったあと、シャーナに向かって言う。


「エルフィに家事をさせるのは……あの子がやりたいことが最優先だけど。

 生命維持に必要な作業を誰か一人に任せきりにしようという人間の発想が恐ろしい……人の子、たまに愚かしいな……」

「そういうこと言うから人に祀られたりするのよ、あんた……」


 溜息混じりにシャーナは言った。

 大昔、人に寄り添いすぎて大変な目に遭ったことを覚えていないわけでもなかろうに、過去など彼らにとっては記録でしかないから無理もないけれど。


「お姉ちゃんお皿あらえた、見て見て!」

「ミミふいた、ちゃんとふけたの!」

「はいはい、ありがとう。あんたたちはパパがいない所でも良い子ね」


 双子が駆け寄って喋りかけてきたので、シャーナは微笑む。

 リリとミミは「いい子」という部分に反応し、顔を見合わせて歓声を上げた。


「パパにもリリたち良い子だったって言ってくれる!?」

「パパ、ぎゅってしてくれるの」

「わかったわ、ちゃんと言っておくから」


 双子のきらきらした瞳を見てシャーナが穏やかに頷くと、またしても歓声が上がる。


「あ、違うの、そうじゃなくて、リリとミミは見に来て欲しかったの」

「なの!」

「ああ、ごめんごめん。

 どれどれ、綺麗になってるかなぁ?」


 はっと本来の目的を思い出した双子がシャーナの手を引っ張る。

 シャーナはほんわりと笑いながら双子について行った。




 ***




 パパ――ルドーは、エルフィと共に畑に出ていた。


 基本的に自給自足であるため、畑仕事は誰しも自然と得意になる。

 ハーブ系はシャーナが細かく手入れしている為、触れないでおいて。

 今は冬野菜の時期、畑には種類も様々な野菜が育っていて、エルフィの聴き馴染みの無い名前のものも多くあった。

 これでも夏場よりは育てている数も少ないのだが、それにしても大きく広がった葉の勢いが凄まじい。


「よくこんな育つよなぁ。聖域が関係しているとはいえ、ちょっと異常だ」

「そうなんですか?」


 元気よく育っている作物を見つめるルドーの呟きに、エルフィはきょとんとした。

 ルドーは頷く。


「慣れてるって言っても素人なのに、不作になったりも余程なことがない限りないんだ」

「最近が豊作なのかとおもってました」


「豊作が百年続くのはおかしいだろ?

 今まで天候なんか幾度も荒れてるのにさ」


「貴方達は一年二年と同じ感覚で百年とか千年をいいますね……」


 エルフィはルドーに苦笑いを向ける、ついこの間が三十年前なんて聖竜と竜士の中では普通にある。

 というか百年農作業してるならそれはもう素人とは呼べないのではなかろうか。

 とエルフィは思う訳だが、細かい事はまあいいやで流してしまう人外思考に囲まれて生活していると染まってくるもので、わざわざ言葉にはしなかった。


「でも不思議ですね。百年続く豊作ですか」

「そういえばリリミミも生まれてから百年と少しくらいなんだ、こないだヴァンと話したけど」

「あはは。ちなみにそのこないだって――」

「三日前だから大丈夫」


 ははっと二人で笑いあう。

 ルドーはどこか懐かしむように言った。


「なつかしいな、あの子達と出会ってもう百年過ぎたってことだもんな」

「リリミミが生まれたての時から一緒にいるんですね」

「ああ、俺が竜士になったのもその頃だよ。

 誰かが竜士にならないと、あの子達、すぐ死んじゃうような体だったからな」


 今度はルドーが苦笑いを浮かべる。

 畑の土に向いている目線は遥か昔に想いを馳せていて、エルフィは黙ってルドーの言葉を待った。


「竜って生まれたては人間の赤ん坊ぐらいの大きさでさ、鳴いて歩いて後ろをついて来られてたんだけど」


「そんな命が死ぬしかないって言われたら、願い事くらい叶えてやりたくもなるよなぁ」


 紡がれた言葉はまるで独り言のようで、エルフィが何か言う前にルドーは顔を上げる。


 エルフィはルドーの事もシャーナの事も、良くは知らなかった。

 知っているのは出会ってから過ごした三年間だけで、過去の事は聞いていない。


 皆がエルフィの過去を聞かないでいてくれるから、聞かない。


 知っているのは、彼らが生きる長い時が愛竜の為にある事くらいで、別にそれで十分なのかなとも思う。


 彼らが「良い人」なのは、エルフィが一番身を持って知っている。

 それが分かっているなら大丈夫だと思えるのは、築いてくれた信頼によるものが大きい。

 ルドーもシャーナも、人として正しくエルフィに接してくれたから、一度は壊れた心も今またこうして再起している。


 ここに連れてきてくれたのはニールだったし、今の自分の核は間違いなく彼だけれど、

 エルフィにとっては全員が大切な存在だ。


 ルドーは、ふと思い出したように言った。


「そう言えば、あの子達のこといつも守ってくれた聖竜がいたな。

 親でもないのにそばにいて離れなかった」

「その聖竜は?」

「わからない。もうだいぶ老竜だったから、転生したかも」


 ルドーは軽く笑った後、切り替えるように言った。


「さて、水やり終わらせちゃいますか。

 この後は森に皆で鹿狩りに行くし、あんまりエルフィを独り占めしてると後が怖い」

「さすがに何もないと思いますけど……。

 が、頑張って終わらせましょう!」



 ***



「きーん!」

「びゅーん!」


 お手伝いを飽きてやめたリリとミミは、竜の姿で空を舞い、おいかけっこをする。


「ミミ、今年もいっぱい食べ物あってうれしかったね!」

「うん、リリ!

 きっとおじちゃんが守ってくれてるの!」


 追いかけ合いながら、リリはミミの言葉に返した。


「そっか、おじちゃんは生命の神様になったもんね!」

「そうなのー!」


 追いかけ合う双子──この姉妹を守る神様のことは、また別のお話だ。

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